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第一章 声を失った少女⑭ 文化祭にて

 そんな感じで何でもありのドタバタ演劇は、杏奈を中心に笑いあり、涙はなく、時に事件が起き。と、突っ込みどころ満載で約1時間を演じきったのであった。


「つ、疲れた。。。」


 カーテンコールの後、舞台袖に掃けた途端、忠弘は床に転がって一言漏らした。台本がないというだけで、こんなにも神経すり減らすものなのかと実感したのだ。それはほかの部員も同じだったらしく、舞台に立った六人はみんなぐったりしていた。


「これ、あと三回やんなきゃいけないのよね。」


 杏奈がため息と一緒にそうこぼした。


「お疲れさま。みんなよかったよぉ!」

「すっごい面白かったぁ!」


 照明音響担当の伊藤理恵(いとうりえ)と小橋涼代(こばしすずよ)が声をかけてきた。こっちは元気いっぱいという感じだ。まぁ、どんな照明、どんな音響が来るかわからない中、台本なしで必死に物語を紡いだ演者と違って、二人は自分のさじ加減で音や光を入れられる。その上、そこから演者たちがどう動くか高みの見物ができるのだから、楽しいの一言だろう。


「理恵ちゃんも涼ちゃんも調子乗りすぎ。合わせるの大変だったんだから。」

「見てて面白かった。お客様の反応も良かったんじゃない?」


 理恵の言う通りで、終わった時の客席の反応は、昨年とは全く違った大歓声だった。唯一の三年生である島畑哲也(しまはたてつや)も、


「3年間やってきた中で一番よかったんじゃないかな。」


 と言ってくれていた。島畑はこの文化祭で引退だが、春先に部長の座を早々に杏奈に譲っている。一人の3年生よりも、人数の多い2年生を中心にしたほうがうまくいくという判断だ。忠弘は、最後の舞台がアドリブオンリーの作品になることを詫びたが、


「謝ることでもないだろ。初めての試みなんていいじゃないか。楽しんでやろうぜ。」


 そう言ってたくさんフォローをしてくれた。ともかく第一回の公演は無事に終了した。午後の部が始まるまで自由時間にしようということで、後片付けをして一時解散となった。忠弘が片づけを終えると、綾乃たちが楽屋になっている大ホール脇の会議室に来てくれた。


「忠弘くん、お疲れさま。」

「店長。今日は来ていただいてありがとうございます。」


 今日の公演のために、和元はわざわざ店を休んだのだ。他にも花屋はあるし、駅前のスーパーでも墓参用の供花は販売している。しかし、毎回福原生花店で購入してくれる常連も多いため、店を休むときは供花用の花束だけは店先に出している。鍵付きの貯金箱にお金を入れてもらう無人販売方式だ。これは忠弘が考えて提案した方法だった。


「いやいや、忠弘の晴れ舞台だからな。それに、うちの商品も飾ってもらってるしな。」


 舞台セットや会場出入り口に設置されている花は造花ではなく、香織がアレンジしてくれた生花になっている。いつも公演の時には福原夫妻が用意してくれるものだ。アレンジがかわいいので、終了後に誰が持ち帰るかで争奪戦が始まるほどだった。


 和元たちが気を使ってくれる代わりと言うわけではないが、受付時にパンフレットを配る際、忠弘お手製で福原生花店のチラシを一緒に配っている。初めてドライフラワーを飾った時に、来場者からフラワーアレンジについて問い合わせがあったためだ。


 差し入れと言って、和元は大量のお菓子を買ってきてくれた。午後の部も見に来るといって、夫妻は一度外に出ると話していた。


「じゃあ。良かったら綾乃ちゃんは私たちと一緒に回らない?」


 そう言ったのは杏奈からだった。綾乃はメモパッドを取り出して、


『いいの?』


 と聞いてきた。


「もちろん! せっかく来てくれたんだし、一緒に遊ぼう!」


 杏奈の飛び切りの笑顔に、綾乃は嬉しそうにうなずいた。手をつないで歩きだす姿はまるで年の離れた姉妹のようだ。そんな二人をにこにこしながら追いかける忠弘であった。


 それから三人で文化祭を見て回った。忠弘にしてみれば、杏奈と二人で回りたい気持ちもあったが、こんなに楽しそうにしている杏奈と、それに振り回されている綾乃を見るのはとても面白かった。杏奈は一人っ子だから、妹みたいでかわいいのかもしれない。


「綾乃ちゃん。大丈夫、疲れてない?」


 さすがに気になって忠弘が声をかけた時、綾乃は左手にコーラ、右手に唐揚げ串を持っていた。すでに焼きそばとたこ焼きを食べているのだが、食べて食べてと杏奈が買ってきたものだ。綾乃は小さくうなずくと、空揚げ串の唐揚げを一気に食べきって、肩掛けカバンからメモパッドを取り出し、


『大丈夫。まだ食べられる。』


 と、書いてみせた。そう意味ではなかったのだが、いつもよりも楽しそうな綾乃の姿を見て、忠弘は何とも言えぬ苦笑いを見せた。


「忠弘。あんたもお腹すいたでしょ? お好み焼きもらってきたよ。」

「買いすぎだっての。綾乃ちゃんを関取にでもするつもりか?」

「大丈夫よ。綾乃ちゃんくらいの子だったら、2、3日遊べばすぐに元通りだし。」


 そう言う杏奈に綾乃もコクコクと頷いた。まったく、いつの間にか仲良しさんになってる。時間がかかった自分の事を考えると、忠弘は杏奈の人望というか、人柄の良さに関心と嫉妬を感じた。


「あとで払った分請求してくれよ。」

「大丈夫。ちゃんと物々交換してきたから。」

「物々交換?」

「公演のチケットと、後でみんなの部活やら生徒会やら手伝うってことになってるから。忠弘もよろしくね。」

「はは・・・。」


 もう、杏奈の戦略にあっては笑うしかない忠弘だった。結局、散々飲み食いし、午後の公演では、2人が胃からこみ上げるものを我慢しながら演技をしたのは言うまでもない。その公演中。


「私は、違う。殺して、うぷっ。殺してなんかない!!」


 台詞の間に思わず込み上げてきた杏奈と交錯する際、


「食い過ぎだよ。」

「だね。」


 申し訳なさそうに笑顔になる杏奈に、忠弘も苦笑いで返すしかなかった。一方の綾乃は、すっかりお腹が満足したおかげもあって、午後の公演を見ながらすやすやと眠りに付いているのだった。



続く。

読んでいただいてありがとうございます。


作者が演劇部の時も、

タイムスリップした侍が現代でコーラを飲むというシーンをやりました。

事前打ち合わせでは麦茶に入れ替える予定でしたが、

小道具担当が失念したおかげで、

引っ込みがつかずに舞台上で1.5Lを飲み干したことがあります。


会場は盛り上がりましたが、

台詞の節々で込み上げてくるのに耐えながらの演技でした。


いい思い出です。


さて、次回は綾乃にちょっとした事件が発生します。


綾乃の声を取り戻す戦いはいよいよ終盤戦です!

次回もどうぞお楽しみに。


また、作者の奮起の為にも、

いいねとブックマークと評価での応援をよろしくお願いいたします。

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