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第一章 声を失った少女⑪ コミュニケーションツール

 綾乃の準備が整うと、忠弘は彼女を連れて鎌倉駅前の商業ビルへ向かった。その中には大手電機店があり、そこで考えていた物を探し始めた。しばらく店内を探していると、ようやくお目当ての物を見つけることができた。


「あったあった。」


 忠弘は会計を済ませると、場所を移動して小町通り入り口の喫茶店『こまち茶房』に入った。ここは杏奈のバイト先でもある。店長は狩野和晴(かりのかずはる)と言って、大澤家の近所に住む5歳年上の先輩だ。元バスケ部のエースということもあって、190センチを超える高身長とあごひげが怖い印象だが、それをカバーするにはあまりあるルックスが武器である。忠弘が小さい時は家が近いこともあってよく遊んでもらった。


「こんにちは和先輩。」

「おう。なんだ、今日は部活じゃなかったのか?」

「うっかりすっぽかしちゃいました。」


 和晴は苦笑いする忠弘と、その後ろに隠れるように立っている綾乃を交互に見て、


「妹、なんていたっけ?」


 と、目を丸くして聞いてきた。見た目に反してお酒を飲まない和晴は、商店会のお酒の集まりにはあまり出席していない。綾乃の話を聞いていないのは仕方がなかった。


「話すとややこしいんですけど、バイト先のお嬢さんです。」

「そうかそうか。よかった、遂に忠弘が小学生女児に手を出しちまったのかと思ったよ。」


 真美子先生といい、いったいどういうイメージを持たれているんだろう。と思ったが、口には出さずに愛想笑いだけ返しておいた。


「奥の席が空いてるから、好きに座ってくれ。いつものでいいのか?」

「んー。ちょっとおなかすいちゃったから、レアチーズとBLTサンド付けて。綾乃ちゃんは何にする?」


 目の前のカウンターに置いてあったメニューを取り、綾乃に広げて見せてあげた。どうしていいかわからない様子だったので、


「大丈夫。ここの優しいお兄さんが何でもご馳走してくれるから、好きなもの頼んでいいよ。」


 と、和晴を指さして言った。


「おいこら。」

「この子は新しく小町通りの仲間になった石山綾乃ちゃん。福原生花店に住むことになったからよろしく頼みますよ和先輩。」


 そう言うと、


「なに? 福原さんとこのお嬢ちゃんか。じゃあ、ご馳走しないわけにはいかないな。綾乃ちゃん。遠慮しなくていいぞ、なんでも頼んでくれ。」


 そう言って笑ってくれた。和晴はとても面倒見がいい、この年齢で店長を任されているのも、オーナーからの信頼が厚いからだろう。杏奈も働きやすいから社会人になるまではここでアルバイトをすると何度も言っていた。


 綾乃は遠慮がちにオレンジジュースとイチゴパフェを指さした。


「よっしゃ。お兄さんに任せとけ!」


 そう言うと、和晴は腕まくりして厨房に入っていった。奥にある窓際のテーブル席に座ると、外からの日差しと店内のエアコンがちょうどいい具合に快適な空間を作ってくれていた。


「ほんと、遠慮しなくて大丈夫だよ。和先輩は背も大きいし、ゴリラみたいでちょっと怖い感じするかもしれないけど、すっごく優しいんだ。」

「おい、誰がゴリラだ!」


 忠弘の言葉に厨房の奥から和晴が返してきた。忠弘は笑いながら、先ほど電気店で購入したものを紙袋から取り出した。それは、A5サイズの電子メモパッドだった。これは圧力に反応して色が変化する液晶を使っているので、付属のペン先で押すことで文字が書けるようになっている。消去ボタンですぐに消えるので保存はできないが、何度も使用することができる優れものだ。電気店でも数百円からせいぜい千円程度、最近では100円ショップでも売り出したりもしているらしい。


「これはさ、こうやってペンで書くだけで文字や絵が書けるようになっているんだ。このボタンで一瞬で消すこともできる。綾乃ちゃんが言いたいことや思ったことを、これに書いて相手に見せれば、会話ができると思ったんだけど、どうかな?」


 実際に書いて消してをやって見せて、忠弘は電子メモを綾乃に手渡した。


「書いてごらん。」


 忠弘に促され、綾乃はうなずくと、慣れた手先で何かを書き始めた。そして、しばらくして画面を忠弘に見せてくれた。


『お兄ちゃん。ありがとう。』


 そこには遠慮がちな小さな文字でそう書かれていた。たった一言だったが、初めて綾乃と会話ができたような気がしたのと、『お兄ちゃん』と呼ばれたことがとても嬉しかった。


「どういたしまして。学校にも持って行って、それでみんなと会話するといいよ。」


 綾乃は嬉しそうにうなずくと、再び何か書き始めた。


『みんなともっと仲良くなりたいからがんばる。』


 そう書かれた文字を見て、忠弘は微笑んだ。


「お待たせ。オレンジジュースとこまち茶房スペシャルパフェの出来上がりだ。忠弘はエスプレッソのトリプルとBRTサンドにレアチーズケーキな。」


 そこにはメニュー表よりもはるかに立派なパフェが登場した。お店が発送するDMの誕生日記念などに出す特別メニューだ。ちなみに、忠弘に出されたエスプレッソのトリプルというのは、通常のエスプレッソ三杯分をコーヒーカップに一度に入れたものだ。忠弘は物心ついたころからコーヒーが好きで、特に中学に入ってからは濃いめのコーヒーを好んだ。


 しかし、通常のエスプレッソは量が少ないため、たくさん飲みたければ何度もお代わりをしなければいけない。そこで和晴に相談したところ、店側としても一回に入れたほうが時短になり、オーダーを取ったり、カップを洗う手間が減るのでラクということで、エスプレッソのダブルとトリプルを用意することになったのだ。エスプレッソ380円に対して、ダブルで580円、トリプルで780円と、エスプレッソ好きにはたまらない料金設定になっている。(注…こういう喫茶店がほしい作者の希望である。)


『ありがとうございます。いただきます!』


 メモパッドの文字を読んで、和晴は大きな声で笑いながら、


「おうよ。ゆっくりしていきな。」


 そう言ってくれた。綾乃がなぜしゃべれずにメモパッドを使っているのか。そういう野暮なことは聞いてこない和晴の気遣いがありがたかった。二人は和晴に礼を伝えると、甘味に舌鼓をうちながら、メモパッドを使用して、ゆっくりだがたくさんの会話を楽しんだ。



続く。

読んでいただいてありがとうございます。


作者は計算機付きの電子メモパッドを使っています。

(某100円ショップで550円)


ちょっとした計算のほか、

伝達事項などを忘れないようにメモできるので大活躍です。


さて、声の代わりに会話ができるように苦心した忠弘。

綾乃はコミュニケーションが取れるようになりました。

声を取り戻すまでの二人の道のりはまだまだ続きます。


また、引き続き読んでやるぞ!

頑張れよ! と応援いただける際は、

ぜひ、いいねとブックマークと高評価での応援をよろしくお願いいたします。


次回もどうぞお楽しみに!

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