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第一章 声を失った少女⑩ ナイスバディな養護教諭

 翌日、忠弘は授業を終えると、部活に行く前に保健室に顔を出した。素人がいくら考えても答えは出ないと思ったのだ。であれば、身近な専門家に頼るのが一番だと考えた。


「失礼します。」


 中に入ると真美子が出迎えてくれた。真美子は28歳の養護教諭で、教員免許のほかに看護師資格も持っている。優しい人柄に生徒の評判はすこぶる好評で、人気女優にも決して負けないルックスと、欧米かと言わんばかりのナイスバディに、男子生徒を中心に身の上の相談をよく受けているらしい。親身になって相談に乗ってくれるため、身の上の悩みは解決していくそうだが、身の下の悩みが発生して大変だとかなんとか。


「演劇部の大澤君よね。珍しいわね。具合でも悪いの?」

「いえ。ちょっと専門家のご意見をいただきたくて。」

「あら、何かしら。まぁ、どうぞ。」


 忠弘は真美子に勧められて椅子に腰かけた。


「実は、バイト先の女の子の事で・・・。」


 そこまで言うと、真美子はにっこりと微笑み、


「あらあら、恋のお悩みかしら?」


 そう言ってきた。反応を見ている限り、きっとその手の相談事が多いのだろう。


「いやいやいや! 女の子って、まだ小学四年生の子なんで。」

「あらまぁ。でも、もう少し大きくなったら、少しの年の差なんて気にならなくなるから、節度を守れば、別にいいと思うわよ?」

「ち、違いますよ!」


 盛大な勘違いをしている真美子に苦笑いをしながら否定しつつ、忠弘は今の状況を説明した。何やら切実な悩みということが理解できたのだろう。真美子は次第に真剣に忠弘の話を聞いてくれた。


「なるほど。大澤君はその子の声を取り戻してあげたいのね。」

「はい。心因的なもので、一過性のものだろうということも調べたんですが、具体的にどうしてあげたらいいのかわからなくて。」


 真美子は忠弘の話を聞いて、書棚から心理学の本を取り出して忠弘に見せてくれた。そこには幼少期のトラウマに関しての記述が書かれていた。


「その綾乃ちゃんは、震災でご両親や生まれ育った町や家を失ったことのショックが大きすぎて、心に大きな傷を負ってしまったのね。それは、たとえ大人の私だって、同じ経験をしたらきっと大きなショックを受けると思うわ。想像をするだけでも胸が張り裂けそうなことなのに、綾乃ちゃんは幼いのに現実に多くのものを失ってしまった。」


 真美子の説明に、忠弘はうなずいた。


「そうですね。僕も、両親や兄を突然奪われてしまったら・・・。そう考えるだけで胸が苦しくなります。」

「お花屋さんに引き取られたといっても、店主さん達ご夫妻は、綾乃ちゃんにとっては赤の他人だし、大澤君だって、引き取られた先のアルバイトのお兄さんなだけのはず。」


 真美子は話しながら立ち上がると、ティーポットの紅茶をカップに注いで忠弘に振る舞ってくれた。真美子は紅茶が好きらしく、色々な種類の紅茶を持ち込んでいる。校長公認のことで、生徒だけでなく同僚の先生方や、校長ですら世間話ついでに紅茶をいただきに来ることがあるのだ。そのため、生徒が相談に訪れた時に、校長がのんびり紅茶を飲んでいるので驚くこともあるらしい。


「そっとして、時間が経過するのを見守るのが一番いいと思うわ。」

「やっぱり、そうですよね・・・。」


 忠弘はすぐにできることはないのかと落胆した。心の傷というものは厄介だ。身体の傷は、手術したり、薬を飲んだり、適切な治療を施せば改善が見込めることが多い。しかし、心の傷は手術することもできず、特効薬があるわけでもない。


 気落ちする忠弘を見ながら、真美子は話を続けた。


「人間の心ってね。実はよくできているのよ。時間とともに、つらい経験や記憶を薄らいでいってくれるの。だけど、その時間を少しでも短縮できる方法もあるわ。」

「えっ?」

「綾乃ちゃんは今、世界で自分独りになっていると思っちゃってるんじゃないかな。だから、大澤君や、引き取った店主さん達が、あなたは一人じゃないよって、一緒にいるよって、そういうことを伝えていくことで、綾乃ちゃんにそう思ってもらえたら安心するんじゃないかな。」


 そう言って、真美子は忠弘の肩をポンと叩いた。その時、忠弘は綾乃に寂しい思いをさせないように、楽しいことをたくさんしてあげたいと思ったのだ。


「先生、ありがとうございます! おれ、綾乃ちゃんに何ができるか、よく考えてみます。」

「大澤君は優しいのね。また何かあったらいらっしゃい。専門家と名乗れるほど心理学は専門じゃないけど、何かアドバイスできるかもしれないわ。」

「はい。ありがとうございました! 紅茶もごちそうさまです!」


 忠弘はティーカップに残った紅茶を飲み干すと、さっそく福原生花店へ足を向けた。



 生花店に到着すると、ちょうど綾乃も帰ってきたところだったらしい。今日も志穂が一緒に帰ってきてくれたようだった。二人並んで店先に陳列された花を見ていた。


「綾乃ちゃん。志穂ちゃん。」


 声をかけると、志穂も綾乃もちょこんと頭を下げてきた。


「今日は早かったんだね。」

「はい。一斉下校の日だったんです。」


 小学校では、防犯や防災の目的で一斉下校をすることがある。今日がその日だったらしい。


「志穂ちゃん。今日の予定は? また、公園に行こうか。」

「すみません。私、今日はお母さんと出かけることになっていて。だから、せめてお家までは一緒にいたいなって。」

「そっか、ありがとね。」


 志穂は綾乃を送り届けると、今日の任務を全うしたと言わんばかりに、満足そうに笑顔で帰って行った。今日は大したことも起きなかったようだ。


「綾乃ちゃん。荷物置いたらちょっと買い物付き合ってくれるかな?」


 声をかけると、綾乃は無言のままうなずいてくれた。店の中に入ると、香織が納品された生花を陳列していたところだった。


「あら、忠弘君。今日は部活じゃなかったの?」

「あ。」


 そう言われて、今日が部活の日だったことをいまさらながらに思い出した。綾乃のことが気になりすぎて、部活が今日に変更になったことをすっかり忘れていたのだ。


「やべ。杏奈に怒られる。」


 忠弘は慌ててメッセージアプリを起動した。このアプリは携帯を使ったコミュニティツールだ。メールよりもやり取りが簡単で、リリースからすぐに爆発的に使用人口が増えた優れものだ。杏奈に急用で部活を休むことのメッセージを送ると同時に既読マークが付いて、即座に返信が入ってきた。


「レスポンス早っ!」


 恐る恐る画面をのぞき込んでみると、案の定、怒りの顔マークのスタンプとともに、


『くぉら! 急用ってどういうことじゃぁ!!』


 というメッセージが表示された。杏奈らしい、まるでその場にいるかのような台詞のようなメッセージ。忠弘は苦笑いしながら、詫びの返信を送り返した。



続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


真美子先生のような相談に乗ってくれる大人な養護教諭。

作者の時代には残念ながらいなかったなぁ。。。


次回もどうぞお楽しみに!

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