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【第7話】ブルーメード最大の危機


Fランク冒険者アルト・ゼナパートがギルド【青い瞳の人魚(ブルーメード)】を追放されてからニ週間後───


青い瞳の人魚に三人のSSランク冒険者がそれぞれ挑んでいたクエストから凱旋してきていた。

【朱き龍撃姫】【禁忌なる不死】【蒼大盾の虎】と呼ばれるSSランク冒険者たちだ。

この大国シンフォルニア王国にわずか十六名しかいないSSランク冒険者、その内の三名もがこの青い瞳の人魚には所属していた。

彼らの存在があってこのギルドは大陸二位、この国一番のギルドになれたといっても過言ではない。


そんな一人ひとりが個人で国軍に匹敵する規格外の力を有するとされるSSランク冒険者だが、そんな彼らは帰って来て早々ブチ切れていた。

相手はこのギルドのマスター・ギガルテ。元Sランク冒険者の初老のヒゲを生やした大男である。


そのギルドマスターと三人のSSランク冒険者は受付テーブルを挟んで言い争っていた。

一応立場はギルドマスターであるギガルテの方が上だがお構いなしに言葉が飛び交う。


「私たちがいない間にアルトをクビにしただと!?ジジイ!ふざけるなよ!」


深紅のまとめ上げた髪に龍鱗をあしらえた露出度高めの防具を着た【朱き龍撃姫】はギルドの受付テーブルを怒声と共に叩いた。

ドシンッッッ!ギルドの建物自体が揺すれギルドメンバーたちが戦慄する。


彼女の名前はニルヴィーナ・ラゴンテンペスタ。

この世でたった一人の【炎星龍の加護】を極神龍から与えられた龍撃戦士のSSランク冒険者だ。


丸出しの健康的な四肢は細いながらも隕石落下規模の爆発的な力を秘めている。

素手で邪龍を殴り殺したという伝説もある女傑だ。


「今回のクエストにアルト君を同行させてくれなかったのは最初から私たちがいない間にアルト君を追放するためだったのね!卑怯よ!卑劣だわ!」

 

ニルヴィーナの隣で喚き散らすのは過剰な回復魔法で人を殺せる【禁忌なる不死】ハイプリーストのリリィー・ファランポネア。


フリフリなゴスロリ風の黒ドレスを着ている幼めな顔をした可憐な女性だが、実はギルドメンバーたちが心中で今一番恐れているのはニルヴィーナより彼女の方だった。


何をしでかすか分からない無邪気で異端なる存在。

彼女がその気になればたった一言の呪文でこの場にいる全員の息の根を止め、また一言で容易にその全員を蘇生することができるだろう。


同じギルドの仲間にそんなことしないだろうとは思うが、それが保証できないのが気まぐれな彼女である。


「こんな過酷な外界にほっぽり出されてしまうだなんて、アルトの奴が可哀想だ!アルト!すぐに迎えに行ってやるからな!待っていろよアルトォ!!」


そのまた横でアルトの名前を叫ぶのは【蒼大盾の虎】ガルド・ガライラック。

背中に巨大な盾を背負っている短髪の金髪が似合うイケメンマッスルガイだ。

群青色の装飾がなされた鎧の上からでも鍛え抜かれたガタイの良さが分かる。


スキル【青雷】にて拡張される彼の巨盾の守りは対軍兵器の一撃すら悠々防ぎきるという。

ギルドの頼れる兄貴分的存在だが少しばかりアルトに対して過保護になってしまう面があった。


「まずは落ち着け。それとお前らワシはギルドのマスターじゃぞ。少しは言葉使いは弁えろ」


「ああン!?ジジイが肩書出してくるンならこちとらSSランク冒険者様だぞ!」


「マスター酷いよ!珍しくマスター直々に仕事斡旋してきたから私たちクエスト行ってきたのに、それが全部策略だっただなんて!騙したんだね裏切ったんだね!」


可愛らしい仕草のリリィーだがこの子も含めこの三人の力は誇張なしで天災級。

本来ならSSランク冒険者らの凱旋に祝うムードであったはずなのに、気圧され逃げ出すこともできずにギルドの人間たちは気配を殺して嵐が過ぎ去るのを待ち続けるしかできずにいた。


「おいおいおいおい、三人共そうムキにならないでくれよ」


そんな張り詰めた空気をあえて読まず口を出した男がいた。

困り劣勢なマスターへ援護の矢を放つように現れたのは副ギルドマスター・バラバロスだった。

その背後には怯えて背中にくっつくエルドナの姿もあった。


「バラバロス…!」


「アルトをクビにしたのは俺の判断だよ」


あえてバラバロスはそう切り出した。

こうなってしまえばいつかは知られること。

バレた後に詰められるよりかはこうやって初手に堂々と自白した方が格好がつく。


「言えよ、テメェがアルトをクビにした理由。私たちが納得するようによォ!」


ニルヴィーナがチンピラのように迫ってきた。

下手な答えでは夜空の星にされるだろうが、この展開は読めていた。

こうなることを予想してバラバロスは予め家で答えを用意してきていた。


「実はアルトはエルドナに陰でセクハラをしていたんだ。この事実を白日の下に晒さないことを条件にあいつにはこのギルドを去ってもらった。俺は副ギルドマスターとしてやるべきことをやったんだ」


彼の用意していた答えとは徹底的にアルトを悪者に仕立て上げてやるということだった。


こいつらもアルトの本性がゴミカスクズ野郎だったと騙せれば怒りだって収まるはずだ。

あることないこと話してこのピンチを切り抜けてやる。


「な?エルドナ」


「え…、あ、はい…!わ、私はア、アルトさんにセクハラされてました!」


唐突なフリに頑張ってアドリブで応えたエルドナ。


「私からのアピールに耐えるアルトがテメェごときに手を出すわけないだろッ!!」


ニルヴィーナの腕が振るわれ、バラバロスの身体が直線運動でギルドの中を飛んだ。

突っ立ってままの恰好で吹っ飛ぶ人間の姿をその場にいた全員が初めて見た。

ドゴンッ…!気付いた時にはギルドの奥の壁に人型の穴が開いていた。


「バラバロス様ぁ~!」


半泣きのエルドナが穴に駆け寄っていった。


「エルドナも美人だがアルトの好みはマッスルボディーだ。俺たちはあいつが決して必要以上に人の身体に触れないことを知っている!そういうウソでは騙せないぞ!」


そう言って肉体が映えて見えるようポーズをとるのはガルドだった。


「アルト君は別にマッスル好きじゃないけどね。アルト君の好みはボンキュッボンだよ、私のようなね~」


リリィーがガルドに張り合うように胸を寄せてみせた。

なかなかの巨乳である。


「お前のは脂肪だ、少しは鍛えろ魔女」


「うっざ~。筋力弱体化魔法かけてやろうか?」


「ふんッ!鍛え抜かれた肉体にそのようなもの効かない!」


天災クラスの実力者が今にも一触即発でぶつかりそうになっている中、開いた穴から半死状態のバラバロスが這い出てきた。


「え、Aランクだったから耐えられた…。Bランクだったらヤバかった…!」


エルドナの肩を借り、懲りずにまたSSランクの三人の前に歩み出ようとするバラバロス。

エルドナは怖くて泣いてしまっている。


「も、もう止めましょうバラバロス様ぁ。殺されちゃいますよぉ!」


「行くんだ…!ま、前に進め…。ま、まだ策はある」


「ううう…!」


彼の指示には逆らない彼女だった。


バラバロスが片手をあげ誰かに合図を出す。

その合図を見てチャラチャラしたタイプの男が立ちあがった。

白いスーツに金髪をワックスでセットした男であった。


「はーい☆SSランク冒険者の皆さま初めまして!いやー、皆さま美しい!俺はマルス!Cランク冒険者の家事掃除雑用何だってできちゃうイケイケの補助魔術士(エンチャラー)で~す!」


それはバラバロスがアルトの代わりに用意したバラバロス派(いち)のイケメンだった。

名をマルス。アルトと名前が似ているのも選出理由の一つだ。


「こいつは何だ?」


チャラチャラした男の場違いな登場にニルヴィーナが問いた。


「ア、アルトがいなくなって寂しいだろうと思ってだな…。女みたいな顔の奴よりマルスのようなイケメンで何でもできる奴の方が嬉し───」


「私たちは顔がいいからアルトを気に入ってたわけじゃねぇよッ!」


ボッ!ボッ!


マルスとバラバロスの姿がその場から消え、二つの人影がギルドの中を並行して飛んでいった。

ドゴンッ!ドゴンッ!

次の瞬間、ギルドの奥の壁に二つの人型の穴が増えていた。


「バ、バラバロス様ぁ~!」


エルドナが穴に駆け寄っていった。


「お前らなぜアルトなんぞに固執する…。くすぐりしかできんあいつに何があるというんだ」


マスター・ギガルテが尋ねた。それはずっと彼の疑問であったことだった。

なぜ彼らSSランクは高難易度クエストにわざわざFランクを連れて行きたがる?

これまで何度も尋ねていたことだがちゃんとした答えを貰ったことはなかった。

仕事はちゃんとこなすため深くは聞かずにいたことだったが。


「マッサージだ!!」


ニルヴィーナが勢いで答えた。


「ニルちゃんそれ言っちゃうの~?」


「もういいだろ言っても。アルトももういないんだし」


「マッサージだと…?」


ギガルテは驚愕した。

こいつらがアルトを気に入っていたのはそんなくだらん理由だったのか。


「しかしそれならそれで別にこれまで内緒にすることもなかったのではないのか…?」


「そりゃあ…。嫁入り前なのに…、男のアルトに身体触らせているだなんて、よォ…!おいそれと言えねぇだろ…ッ!!」


「ね~!」


ニルヴィーナは真っ赤になって答え、リリィーも頬を染めてそれに同意した。


「それにアルトのマッサージの有能性を皆が知れば取り合いになってしまうからな!」


ガルドがついでに補足した。

こっちが本当の理由だろう。


自分たちがアルトを独占するためにこれまで内緒にしていたのだ。


「もうね~。アルト君の寝る前にやってくれるマッサージがあったら、きっつい長旅の野宿も超快適になるんだよね~。もう旅にはアルト君必須なんだよ」


「マッサージなんて誰がやっても同じであろう。もっと早くそれを教えてくれれば各自に専用のマッサージ係なんてワシの方から雇って付けてやってもよかったのに」


「全ッ然違うんだよアルト君のマッサージは。何て言うんだろうね、体内の魔力経路自体をいじくられてるというか、直接身体の中身を刺激してきてるように感じるんだよね。疲れた筋肉を直に束にして掴まれ揉まれた時なんてもう気持ちよすぎて問答無用でイチ殺だよ~」


「ゴクリ…。そ、そんなにあいつのマッサージは凄いのか…?」


リリィーの説明につい喉を飲んでしまったマスター・ギガルテ。

彼もまた慢性的な腰痛に悩まされていた。

SSランクがこうも絶賛するアルトのマッサージ、ぜひ試してみたい。


「アルトの代わりなんていないんだよ」


「そうだ!アルスだがマルスだか知らんが彼にアルトの代わりはできない!誰もアルトの代わりになんてなれないんだ!」


SSランク冒険者三人が受付テーブルから離れ、ドアからギルドを出ていく。


「どこへ行く…!待てッ」


ここで行かせてしまえば三人は二度とここへは戻ってこないであろう。

ギガルテは引き留めようとするが、三人の足は止まらない。


「ジジィ!昔あんたは言ったよな!ギルドは家だと仲間は家族だと!その言葉を聞いて私はあんたのギルドに入ったんだ。バカや雑魚どもがワイワイやってたあの頃の方が楽しかったぜ!じゃあな!」


「マスターはね、家族を捨てたんだよ。そんな人の下にいる気持ちにはなれないな」


「すまない!俺はアルトの手が忘れられんのだ!あいつが俺を救ってくれたあの日から俺はアルトの盾なんだ!あいつの居場所が俺の居場所。これまで世話になったマスター・ギガルテ!」


各自好きかって言って離れていく。

それぞれアルトを探しに行く気なのだ。


「ぐぐぐ…、まずい…。あいつらがいなければ…」


それを言ったのはエルドナに肩を借りて歩く今にも死にそうな瀕死のバラバロスだった。


SSランク冒険者が一度に三人もいなくなってしまえば青い瞳の人魚の今の地位から確実に凋落する。いずれこのギルドを我が物にしようと考えているバラバロスにとってそれは最も恐れている事態であった。


「バラバロスよ…。アルトの追放はお前の独断だったが非常にマズいことになってしまったな」


「マ、マスター…」


ギガルテの言葉にバラバロスは滝のような汗を流した。


「ワシはこれからあやつらを追い、改めて説得を試みてくる。お前はあやつらより先にアルトを見つけ出して必ず連れ戻してこい…!それができねば…、分かっているな?」


「ぐッ…」


そう言い残してギガルテは三人の後を追っていった。

まずい。このままではギルドマスターになる野望の実現どころか今の地位すら危うい。


「バラバロス様…、どうします…?」


心配そうな顔でエルドナはバラバロスの顔を覗いた。


「クソクソクソッ!アルトを探し出し、頭を下げさせてSSランクの奴らに戻ってくるよう説得させてやる…!」


アルトがもうこの町にいないことは聞いている。

この大国の中でヒントもなく探しても見つかるはずがない。


人探し専門の業者を雇っても探し出すには時間がかかるだろう。

そんなもの待てやしない。


すぐに見つけ出さなければSSランクの三人が別のギルドに移籍してしまうかもしれない。

こういう情報は驚くほど速く業界中に伝わる。

国トップのギルドからSSランク冒険者が三人も抜けただなんて情報すぐ伝わり広まるだろう。

それを知った別のギルドのカスどもは必死になって引き抜こうとするだろう。


クソ、無理だ。方法も時間もない。

バラバロスはエルドナの身体を突き放し地面にへたり込んでしまう。


SSランクの奴らが別ギルドに移籍してしまったら間違いなく俺がすべての責任を押し付けられて失脚する。

せっかくトップギルドの副ギルドマスターにまで登りつめたのに、全ておじゃんだ。


アルトのクソ野郎…、抜けた後までめんどうかけやがって…!


「失礼します、少しだけよろしいですか?」


そんな絶望して頭を抱えるバラバロスに話しかけてきた女がいた。


「あなた様が青い瞳の人魚の副ギルドマスター・バラバロス様ですね?」


その女はメイドの恰好をしていた。

胸に王族関係者であることを示した金の刺繍のある、メガネをしたメイドだった。


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