【第4話】第11王子リクリーシュ・オーべヴァンス
「王族欺瞞罪、私を不快にさせた罪、私の前に立ち塞がった罪、諸々合わせて死刑ね」
可愛い顔をして怖いことを言うのはこの国の第11王子のお姫様リクリーシュ・オーべヴァンス。
後ろの怖い目をした五人のメイドさんたちは合図があればいつでも殺せますよと武器を構えた。
彼女らは王族の従者だ。メイドの姿でも僕なんかよりずっと強いはず。
「待って!この人は倒れていた私を介抱してくれただけよ」
バッと僕の前に出て庇おうとしてくれたのはエリーゼだった。
華奢な細いその背中が何とも頼もしい。
「どきなさい。また泣かすわよ」
「また失神させられたいみたいね、リクリーシュ」
顔を近づかせバチバチと火花を散らせる二人。話に聞いていた通り猿犬の仲のようだ。
「ホントむかつく顔。見るたびに歪ませてやりたくなる」
そう言って先に手を出したのはリクリーシュ様の方だった。
手のひらでエリーゼの顔を鷲掴みにする。アイアンクローだ。
小さな手なので全然顔を覆えてないのだが。
それに対して身体をぶつけてリクリーシュ様を転ばし寝技に入ったのはエリーゼだった。
必死に暴れる小柄のリクリーシュ様の抵抗を気にもせず一気に首絞めを狙うエリーゼ。
相手は王子なのに容赦はない。色んな意味で恐ろしい。
「そこまで!」
密着して首に腕を回した所でメガネのメイドが戦いを止めた。
「我々の前でそれ以上はやりすぎですよエリーゼ様」
「クッ…!は、離れなさい!」
「王宮には戻るわ…」
エリーゼはリクリーシュ様から手を放し解放する。
「だからアルトさんには手を出さないで…」
彼女は頭を下げて懇願した。僕のために。
その時だった。
バシュッと空気が引き裂かれる音がし「ううぅ…」とエリーゼが右腕を押さえる。
「勘違いしてるわね。あなた私と同等のつもりなの?私は王族あなたは犬なのに!?」
それは氷のように美しく半透明な鞭だった。
どこからか取り出したそれでリクリーシュ様はエリーゼを打ったのだ。
「立場を弁えなさいよね!」
高らかに笑ってリクリーシュは蹲るエリーゼの背を容赦なく叩いた。
「お嬢様やりすぎですよ」
さすがの行いにメガネのメイドが主を止めようとした。
「躾けよ躾け!二度と私の手から逃げようとしないようにするための躾けよ!ほーほほほほ!」
狂った主はそれでもお構いなしだった。狂ったように楽しそうな声を出す。
その喜びようが僕を追放した時のバラバロスとエルドナの姿と重なった。
リクリーシュの氷の鞭がエリーゼの頭上に振るわれる。
しかし鞭の先が彼女に当たることはなかった。
「何のつもり?」
───僕が受け止めたからだ。
「ア、アルトさん…、わ、私は大丈夫ですから…、鍛えてますしこれぐらい全然…、貴方が手を出しちゃ、ダメです…」
「むかつくわね、本当に死刑に処されたいの?ア・ル・ト・さ・ん」
冷たい目をするリクリーシュは舌を出して下唇を舐めた。
捕食者のように、蛇のように。
つい動いてしまった。
きっと最善の行動は息を殺して嵐が過ぎ去るのを待つことだっただろう。
出会って間もない少女のために王族に歯向かうだなんて、頭の悪い行動だ。
エリーゼが甘んじて理不尽な鞭を受けているのは僕のため王子のうっ憤を晴らすためだっただろうに。
それでも動かずにはいられなかった。
メイドさんたちが黙って武器をこちらに向ける。
「何か言いなさいよ」
「アルトさんは話せないのよ…!」
「ふ~ん、ホントかしら?リジェ」
「はい事実です!名前アルト・ゼナパート。冒険者ランクはF。性別オス。ス、スキルは【くすぐり】しか有していません」
リジェと呼ばれたのは双子のメイドの片割れだった。
僕を男だと看破した人だ。どうやら鑑定スキルを持っているようだ。
「くすぐりぃ?」
「はい。スキル【くすぐり】、効果はくすぐる。だそうです!」
「あはー!しょっぼ!何それ!エリーの白馬の騎士様はそんなゴミスキルしか持ってないのー!?」
大爆笑された。つられて後ろのメイドさんたちも失笑してしまっている。
「冒険者歴は五年!今日ちょうどギルドをクビになったようです!」
「あひゃー!五年でスキルひとつ!?しかも今日ちょうどクビになってるってー!」
大爆笑だった。
「はァーはァー、面白過ぎでしょ、底辺過ぎるわ…」
「最低ね、リクリーシュ…。そんな笑うなんて…」
「…ふ~ん。サンバラ」
サンバラと呼ばれたのは眼帯のメイドさんだった。
サンバラはリクリーシュから氷の鞭を受け取り代わりに白い剣を渡した。
「見てよ。私専用の武器、百花氷乱剣。美しいでしょ?」
自慢げに鞘から抜かれたその剣は氷の刀身をしていた。
冷気をまとっているようで空気が凍って白い湯気を漂わせている。
魔法武器のようだ。
「ゲームをしましょ。私とあなた戦って先に参ったと言った方の負けってゲーム。私が負けたらあなたの今日の罪を全部忘れてあげるわ。そしてエリーゼも騎士団に戻してあ・げ・る」
それは思ってもない好条件だった。
「ダメ…、ダメよアルトさん…!」
「断ったら死刑☆」
リクリーシュは僕が負けた場合のペナルティーについては何も言っていなかった。
それはそもそも僕が話せないからだろう。言葉を発せない僕に「参った」はないのだ。
ゲームが終わるのは、リクリーシュが参ったと言った時か僕が死んでしまった時という訳か。
リクリーシュの実力は分からないけどFランク以下では間違いなくないだろう。
あの氷の剣も得体が知れないしこちらの情報はいろいろ漏れている。
スキルが【くすぐり】しかない情報なんてこちらの銃に弾が入ってないことがバレてしまったようなものだ。
万が一僕の拳が届きそうでもその時は周りのメイドが黙ってはいないはず。
誰も一対一のタイマン勝負なんて言っていないからもしもの時は介入してくるはずだ。
んー、絶体絶命だな。
それでも「参った」と言わせるだけでいいのなら、Fランクの僕にも勝ち目はある。
バカにされた僕のスキル【くすぐり】。
魔石も破壊できずモンスターとの戦いにも役に立たないスキル。
その隠された真価を見せる時が来たようだ。