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【第34話】野営の準備


アス村に居座っていたオークどもを全部倒すのには思ったより時間がかかった。


アイラが温存され戦いに参加しなかったことも大きいが、オークたちが意外と健闘してきたせいだ。

こちらに重傷を負った者はいないものの、こんな見晴らしの良い冒険者側に有利なフィールドでここまで手こずらされてしまうと後々が思いやられてしまう。


「倒せましたね。師匠、ふふふ」


[メアがいい囮になってくれたおかげだよ]


「いえいえ師匠の腕前のおかげですよ~」 


僕とメアは二人で一体のオークを倒せた。

メアが音を立て気を引いた隙に僕が斬りかかって何とか倒すことに成功した。

ちょっと危なかったけど無傷での討伐だった。


次は片付けだ。倒したオークの亡骸はほったらかしてはおけない。


今夜はここで一晩過ごす。

血肉の匂いが危険な猛獣を呼ぶ可能性もあるので山道から転がし落として捨てることになった。

ちなみにビックトードのように食用にしたりはしない。二足歩行モンスターの肉を食用にすることは忌避されていることだ。自然の循環に戻す。


「トロレスちゃん手を貸してくれるかしら」


「ああ…、いいだろう」


スパクヌは外にいたオークのだいたいが倒されたのを確認すると数人連れて家屋に隠れ潜んでいるオークをターゲットに向かった。


僕とメアはオークの死体片付けチーム。あとは村の倉庫から野営用の道具を取り出してくるチームと前述したスパクヌチームに分かれて作業することになった。


倒したオークの頭の傍に座り込み、僕らはスパクヌらの様子を窺う。


遠窓のトロレスは探知スキルに優れた冒険者のようだった。

彼には壁だらけの家屋も窓だらけに見えて中身が分かるらしい。


「二階の奥の部屋に一体いる。スコップを持っているぞ気を付けろ」


「さすが~、じゃあバロちゃんお願い」


「了解だ」カンカンカンカン!!


帽子を深く被った冒険者バロは鍋とお玉をぶつけ音を出して潜むオークを外へと誘き出す。

オークがドアから頭を出した瞬間、その側頭部に手斧が突き刺さる。やったのはスパクヌだ。


見ているこっちが惚れ惚れする連携でスパクヌたちは手際よくオークをどんどん倒していった。


「いつか帰ってくる村人さんたちのためにああやって手間でも外で倒してるんですね。うへへ、せっかく帰ってきたらお家の中が血まみれだったなんて嫌ですもんね」


彼らは潜伏するオークの位置と武器を知っても家の中には突入していかなかった。

徹底して家屋内での戦闘はスパクヌの指示で避けられていた。


しかしその理由はメアの言ったことだけではない。


[家の中での戦闘は非常に危険だからだよ]


狭い室内では剣を振り回すことはできない。

剣を捨てて腕力お化けのオークに殴り合いで勝てる自信がなければ室内戦は握手と言えよう。

突きは有効だが、的確に急所を打ち抜いて即死させねばそのままの勢いで掴められこちらが殺される。

少なくとも僕はごめんだ。素の人間とオークの筋力差は子供と大人以上にあるのだから。


前に言ったが戦うフィールドはほんと大事。

それ次第でロックビーストを単独討伐できる猛者でもオークに殺されることもある。


[魔法使いならなおさらだよ。放った火の球が家具に引火し火事になって自分を焼く。詠唱を終えるより先に逃げ場ない環境で距離を詰められてしまえば詰みだし]


「わぁー…、外で戦うことが大事なんですね」


[でも誘き出すのに手間がかかるから中で戦って倒す高ランクの冒険者は多い。その点あのスパクヌは徹底して安全第一でやっている。ああいう人が参考にできるいい冒険者だ。見て学べることは多いから今回のクエストではあの人を注意して見ててごらん]


基礎を疎かにしない者こそプロである。

僕は知識があっても能力値が基礎レベルにすら辿り着いていないFランク冒険者なので、スパクヌのような男からプロの仕事を見学してもらいたい。


さて、そろそろやることをやるか。こんな僕でも教えてあげれることはある。


僕は左腕の腕輪に触れて脳裏で「開け」と唱える。

すぐそばの空中に亀裂が生まれ上下に裂けて小さな入り口が生まれる。

そこに手を突っ込んでナイフを取り出した。


これは空間拡張腕輪(リー・ヴァーリ)と呼ばれる魔法協会制作のレンタル魔法武具。


内部は空洞で、腕輪の内側には恐ろしいほどの数の高度術式が刻まれており、無知な者でも原理を理解しないまま手軽に空間魔法を扱えるというとんでもない発明品だ。

遠出クエストには必須のアイテムとして冒険者業界で広く普及している。


ただ便利なその分レンタル料は高く、収納スペースは値段に応じて増大する。

僕の付けている月十万GPレンタル品で大きめなリュック一つ分の収納スペースだ。

月十万は大きな痛手だが手持ちを減らして動けるというと考えれば破格な値段である。


取り出したナイフをクルリと回してメアに渡した。


[モンスターの左耳は討伐したことの証拠になる。切り取ってギルドに提出するんだ]


左耳の提出はギルド規定で決まっていることだ。

逆を言えばどれだけ他部位を持ち帰っても左耳がそこになければ倒したとは認められない。


[でも今回はクロスギルドだからどれだけ狩ったかで報酬は決まらない。だからナイフでここからここに縦に裂くんだ。誰かが取って別クエストの噓申告に利用されないようにね。メア、やってみようか]


「はい。うわ、初めてです。ナイフ使って切るのは…」


魚や兎の肉を捌くのと変わらない。

しかし初めて人に形の似たモンスターに刃を入れるのは抵抗のあることだ。

ここで練習しておこう。


[端の方からじゃなくて付け根から刃先を刺して裂いた方がやりやすいよ]


「分かりました…」


とんがった耳の端を掴み、ゆっくり根元にプツリ刃を入れピィーと横にナイフを走らせる。

オークの左耳はきれいに裂かれた。

これでこのオークの左耳ははぎ取っても討伐した証にならない。


[上手だ、メア。初めてで一発でできるなんて凄いぞ]


「えへ、そうですか、えへへ」


メアを褒め、フロウを呼び、手伝ってもらって三人で担ぎ上げてオークの亡骸を山道から転がし捨てた。


アス村の中心部に戻るとシャーロットらが焚火で飯を炊いていていい匂いが漂っていた。


そして中心部にはいつの間にか木材でキャンプファイヤーの骨組みが組まれていた。

僕の背よりも高く積み上げられている。木材は村の倉庫の備蓄されていた物だろう。


「おっきな土台ですね」


「あらかたオークも片付いたわね!みんなお疲れさま!ツイノ村に出発するのは明日の明け方になるわ!それまではみんな身体を休んでちょうだい!」


まだ日暮れ前だがスパクヌが木に火をつけた。

火は一気に駆け上がり燃え盛る。


「暖かいです」


[寒かったからちょうどいいね]


キャンプファイヤーに向けて僕は地面に敷物を引いた。

場所は早い者勝ちになる。まあ位置はどこでも一緒だ。

フロウらが隣に陣を置いた。お隣さんだ。


僕らは外で夜を明かす。

こんなに無人の家が周りにあるのに野営する。


さっきも話したように、家の中での戦いは不利になってしまうからだ。

オークもゴブリンも壁を登って二階の窓から侵入してきたりと対応が難しくなって、どうしても状況が見渡せずワンテンポ後手に回ってしまう。

六十人近くを収容できる家もないので外で過ごした方がいいのだ。


「キャンプみたいで楽しいですね。ワクワクします」


アイラは「何か、あったら…、起こして」とそれだけ言って、僕らのすぐ傍で鞘ごと剣を地面に突き刺しそれにもたれ座ったまま眠った。


優秀な冒険者の鉄則には「眠れる時は寝ておこう」というものがある。アイラは眠る早さもピカ一のようでもうスヤスヤ熟睡していた。毛布をかけてあげる。


「はい、シチューよ~」


するとシャーロットがお椀を二つ持ってきてくれた。温かいシチューだ。

一応携帯食は持ち合わせているが体の温まる料理は嬉しい。


アイラが目を開けて静かにこちらを見ていた。匂いで目を覚ましたようだ。


「待っててね、アイラちゃんの分もすぐ持ってくるから」


「ありがと…」


教会流アレンジを施したというシチューはとても美味だった。堪能したその後はフロウらと話したりトランプで暇を潰したりしていると気づけば日は暮れていた。少し先は真っ暗な森。


木々の間からは点々と光点がこちらを覗いている。モンスターの瞳だ。

構ってもキリがないため寄ってこない限り放置だが、いつ襲ってきてもおかしくない。


「火の管理は見張りの子がちゃんとやるのよ~、絶やしちゃったら絶体絶命だからね。それと大規模な襲撃があった場合とか、何かの拍子で火が絶えた場合、魔法使いちゃんたちはこの家を燃やしてちょうだいね」


キャンプファイヤーを背に一番近い家屋にスパクヌは指さした。


村の街灯は全てランプが割られて使い物にならなかった。

夜の明かりは中央のキャンプファイヤーと周囲に置かれた十数個の篝火置きのみになる。


もしその二つの火が消されてしまった時は周りの家を燃やして明かりを確保することになるのだ。


「だから誰も家屋には立ち入り禁止よ~。それじゃあみんなおやすみなさ~い」


空間拡張腕輪(リー・ヴァーリ)から枕を二つ取り出す。

快適な睡眠にこれは必須だ。

僕はメアごと毛布にくるまってそのまま押し倒し横になった。


小さな背中が僕の正面が密着する形で。


「師匠のエッチ~…」


ぼそりと言って身をぐいぐい寄せてきた。

言い訳するがいやらしい目的でやっているわけではない。


怖いのは僕が寝ている間にそういった予測不可能な脅威にメアが連れ去られ、それに気づくのが起きてからになるということだ。

何が起きるか分からないフィールド。前触れもなく空から巨大鷹が舞い降りて人を連れていくことだってあり得る。蔦が地面を音なく這って人知れず少女を誘拐していくことだってあり得る。

こうやって密着して眠れば何か異変にすぐ気づける。暖かくていいしな。


メアも満更ではない様子だ。


[おやすみ]メアの目の前で片手で簡易手話で伝える。


「おやすみなさ~い、師匠…」


長い長い夜が始まる。


猛獣たちが目を覚ます過酷な弱肉強食の夜が、来る。


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