【第32話】クロスギルド
鉱都市ファバラ。小鳥がさえずり鳴く朝早くからとある大きな広場には百を超える冒険者が集っていた。
堂々とし強そうな者もいれば不安そうに周囲をキョロキョロしている弱そうな者もいる。オオカミの頭をした大剣を背負う亜人もいて玉石混交という感じの集まりだ。
これからファバラを救うべく共に戦うことになる仲間同士、彼らは挨拶を交わして情報交換し親交を深めていた。久しぶりだなと喜び合っている者らの姿も少なくはない。
今回の総動員ホストであるフォルニア五大ギルドの一角【|黄金の千年大樹】Aランク冒険者フルクイン・ファスフィリアは満足げな笑みを浮かべた。
「集まったのは全員で137名になるか、中々だな。お前はどう思う?」
声をかけられたのは腰の後ろに二本の手斧を携えた大男、フルクインを補佐するべくやって来た同ギルドのAランク冒険者スパクヌ。
「ええ。これだけいれば任務は達成できるでしょうね、フルクインちゃん」
「ちゃん付けはやめろ。立場を弁えてくれるか」
執事の男を後ろに控えさせた二十歳前後の金ぴか防具に身を包む青年は不快そうに言った。
そのリアクションも可愛いわねと言うようにスパクヌはニッコリする。
「いいじゃないの、私たちの間柄なんだし。それにしても大きいのはアイラちゃんとサルサーちゃんが来てくれたことよね。あの二人の存在は大きいわ」
「…ああ。どちらか片方来てくれれば儲け物だと思っていたが、まさか両方来てくれるとはな」
二人は広場の一段高い公演用の段の上から群衆の中にいる二つの人影に注目した。
一人は人だかりの中心部に立っていながら孤高のプレッシャーで誰も近づけない輪を形成している騎士と戦士の防具を組み合わせて着た【閃光姫】アイラ・キャロラインベル。
現在SSランクに最も近いSランクとして名も知られ、美しい金髪と美貌もあって注目を集めていた。
今回の急な招集には応じて貰えないだろうと半ば諦めていたが、バラッサ名物のロックビースト討伐戦がちょうどよく終了してくれたのがタイミングよかった。
そしてSランク冒険者もう一人は群衆の中にいなかった。
「どこにいる?」フルクインが言う。彼女がここに到着しているのは聞いている。
見渡し探すと広場の端の木の下で独りマスケット銃を抱きかかえ立っていた。
【魔弾の射手】サルサー・イガルマ。マスケット銃を武器にする珍しいタイプの冒険者だ。
アイラに比べ存在感は薄いが実力は並んで本物、二人がいれば今度のクエストに怖いものはない。
「頼りがいがあるのはSランクだけじゃないわよ。あそこの狼人の彼はEランクながら戦闘能力はAランク相当、その隣の可愛い彼女も聖央教会教皇の娘でありながら冒険者に転身した実力派プリースト。心拳波動拳のリュカ、遠窓のトロレス、魔のクガ。フルクインちゃんがマナー違反の名指し要請しちゃうから名の知れた人たちが集まちゃったわ」
「我々にとっては都合のいいことだろ。今回のクエストは万が一にも失敗することは許されない」
「…そうね。【青い瞳の人魚】みたいに落ちぶれたくないものね」
◆
「奇遇だな!メア!アルト!ここで再開するとは思ってもいなかったぞ」
冒険者の群衆の中で僕は狼の顔をした背の高い冒険者に声をかけられた。
迫力のある狼の顔も牙も被り物ではなく本物、かつてべルートンの草原で出会った【酒水神の天鉾】のフロウという狼人族の冒険者だ。
インパクトの強い彼の風貌は忘れもしない。
「フロウさん!シャーロットさん!お久しぶりです!」
「久しぶりね。メア」
フロウの横にいる豊満な胸の女性はシャーロット。僕らはビックトードに丸のみにされた彼女を助け出す手伝いをしたことがある。
シャーロットとフロウから後ろに少し離れた位置にはフータローというちょっと暗い人もいた。
そのフータローは黒に近い茶髪の少女と話している。
耳より上で作られたラビットスタイルのツインテール、服装は軽装の白いシャツと黒いスカートで装備を見るに魔法使いであろう少女は「そうなの!?」とフータローから何か聞いて驚く様子を見せて、前に歩み出てきた。
「あなたがメア!?あのスペシャルト───もがっ!」
フロウがその子の口を手で押えた。
「やめろティア。それを大声で言うと大騒ぎになる」
多分言いたかったことはスペシャルトードを倒した子!?だ。
それをここで大声で言われると確かに目立ってしまう。メアは一流雑誌で大々しく取り上げられた子でバレたらと面倒くさいことになること必至だ。
今はあそこのに立っているアイラに注目が集まり、誰もこのメアがあのメアだということには気づいていない。
それを理解してティアは口を押えるフロウの手にタップした。
「…ちょっとヒートしちゃったわ。ふ~ん、あなたがあのメアね…」
「どうも初めまして、え~と…」
「ティア。ティア・ランドビネ。Bランクの炎竜魔導士よ、よろしく」
「はい!ティアさん!よろしくお願いします」
「ティアは最近私たちのパーティに入った子なの」
戦士二人と補助回復魔法使いのパーティーに魔導士の加入か、バランスのいい理想的なパーティーになったな。僕らコンビパーティーとは雲泥の差だ。
「メアたちはオルーナからわざわざファバルに参加しに来たのか?」
「今は【戦斧の化け猫】に一時的にお世話になってるんですよ。皆さんこそこんな場所で会えるなんて思ってませんでした。フロウさんたちこそわざわざ向こうからファバルまで?」
「いや、バッカスアルパーナのギルドは移動式でな、ちょうどバラッサのロックビースト討伐戦に協力するためにファバルまでギルドごと来ていたんだ」
「フロウさんたちも来てたんですか!?」
「いいや、バラッサには別の奴らが行っていた。そいつはボロボロになって帰ってきたがな。メアたちも大変なクエストに参加していたんだな」
「私と師匠は後ろの方でツルハシ振って小さいのを倒してたんですよ。それはそうとギルドが移動式って言うのはどういうことなんです?気になるんですが」
「ギルド自体が陸を進める船なんだ。この仕事が終わったら遊びに来ればいい。凄いぞウチのギルドは」
「へ~!ぜひ今度行かせてもらいます!」
フロウのふさふさの尻尾を撫でながらメアは約束を交わした。
「メアは私たちの命の恩人だから大歓迎するわ。あなたがスペシャルトードを倒してくれたからいま私たちは生きている。べルートンではお礼を言えず終いだったわね、ありがとうメア」
「ああそうだ。地震だと思って窓から外を見るとあの巨大なカエル。まさかメアが倒してしまうとはな。凄い魔法使いだったんだな」
「えへへ」とメアは褒められて照れた。
後で二人にはメアが複合魔術師だということを説明しておかないとな。
変に期待され、メアの魔法を作戦の要なんかに置かれなんてしたら大変なことになる。
だが森に入る前にフロウとシャーロットといった顔見知りと会えたのはラッキーだった。
彼らのおかげで緊張していたメアの表情は和らいでいる。
「で、あんたは?」
ティアが話しかけてきた。
ごそごそ筆記用のメモを懐から探す。
「無視?」
「アルトは話せないぞ」フロウが言った。覚えてくれてたか。
「そうです。師匠は話せないんです」
「師匠…?ふ~ん、あんたがあのメアの師匠…。ランクは?」
[Fランクだ]メモに書いて見せてやった。
「F…?エフ?」
そうだ。師匠と呼ばれるFランク冒険者なんて信じられないかもしれないが、そうだ。
「色々あるのよ。あなただって色々あって私たちのEランクパーティーに入ったんでしょ?」
「ちょっとビックリしただけよ…、ふん」
彼女にも色々あったようだ。
冒険者業界、仲違いや方向性の違いで組む相手を変えることは珍しくはない。
「よおフロウ。お前も来ていたか」
群衆をかき分け、横からフロウに話しかけてきた男がいた。
フロウ並みに体の大きいその男は顔に一本筋の大きな傷があり額に鉢巻きを巻いている。
傷だらけの太い両腕を見るに格闘家だ。
「リュカ」ドンとフロウが男の前に立った。
「よおシャーロット相変わらず美しいな。てかおいおい新たな美人三人増えてるじゃねぇか!どうなってるんだお前の周り!亜人野郎がハーレムかよ」
三人増えた美人?僕まで含めているのか。
「メアとアルトはただの顔見知りだ。お前とは関係ない、絡んでやるな」
「俺の顔にその亜人面を近づけるなよフロウ。キスでも期待してんのか」
男とフロウは仲が悪いようだ。
キス寸前の位置にまで顔を近づけ睨み合う。
「彼は心拳波動拳のリュカよ。フロウとは何度か仕事で一緒になっててね。ライバルなのよ」
こそこそシャーロットが説明してきてくれた。
「フロウ以外には基本親切な人だから安心してね」と言う。
ん?リュカの後ろに見知っている顔があった。リュカと似たような服装の女。
「あっ…」その子も僕の方に気が付いた。
「あっ」メアも気付いた。
この前【翠緑の若葉】の酒場に訪れ、メアとパーティーを組みたいと誘いにきた子だった。
めちゃくちゃメアとパーティーを組みたいとアピールしながら、メアの正体を知ると露骨に冷めた様子を見せ、後にまた連絡をくれるといったまま何の音沙汰もなかった子である。
名前はたしかサイガ・タヌ。
「あっ…、そのメア殿…。お久しぶりでござる…」
「ど、どうも…」
よそよそしく挨拶を交わすメアとサイガ。
思わぬ再会にサイガは申し訳なさそうで、メアは気まずそうであった。
まさかこんな所で再開するとは。
「元気であったでござるか…?」
「はい…。あ、サイガさんコンビが組めたんですか。よかったですね」
「い、いや…、リュカ殿は拳の兄弟子でござって…、パーティーじゃ…」
めちゃくちゃ気を使いあって会話をしていた。
「行くぞタヌ。まだ挨拶を済ませておかなきゃいけねぇ奴はいる。狼男、せいぜいモンスターに間違われて後ろから誤射されないように気を付けろよ!」
「要らぬお世話だ。人を心配する前に己の汗の臭さを気にしろ、鼻が曲がる」
「あン?そうか?臭うかタヌ?」
「あ、汗臭さは漢の勲章でござるよ。ではメア殿、またでござる」
そう言ってサイガはリュカの後ろに付いて行った。
大きな背中のリュカと高身長のスタイルのいいサイガ、お似合いコンビである。
「アルト…、紹介する。魔のクガ…」
リュカらが去ったと思ったら次はアイラが誰かを連れてきた。
「フラッシュルーのアイラだ!」と周囲がざわめき距離を置かれて人がいなくなった。
メアは魔術帽子を深く被ってシャーロットとフロウを壁にするように間に潜り込んだ。そして離れ行く人らに紛れて離れていった。
円の中に残されたのは僕とアイラとボロ衣を頭から被った人丈半分ぐらいしかない人。人か?
魔のクガ。名前だけは聞いたことのある冒険者だが、見た目は人に見えなかった。
身長はアイラの半分しかなく、顔も手も足も布に隠れていた。
「閃光姫のアイラか…、すごい奴と知り合いなんだな」
「バトルケットシーで知り合ったのね」
「シャーロットさん、あのクガさんって人は何者なんですか?」
フロウの陰に隠れシャーロットの胸に抱かれたメアが尋ねた。少女もその異形な存在に不気味なものを感じていた。
顔を埋めた豊満な胸の感触はもの凄かったと後にメアは語る。
「呪いのクガ…、近づいちゃいけない危険な魔術師よ」
魔のクガは喋らない。人と対峙している気がしなかった。
とりあえず[こんにちは]とメモに書いて見せようかと思ったがどこが目かすらわからない。
僕は動けなかった。行動した途端に襲われるような気がしてならなかったからだ。
「そう…。でも、アルトに攻撃したら…、許さないよ…」
アイラが突然そう言った。クガに向かって剣を半身抜いて見せる。
「ダメ…、その前に、私が…、クガを、斬る…」
一人でアイラが喋っている様に見えるが、クガと会話をしているようだった。
言葉一つ発さず身動き一ないクガ、黒布の下から腕も出していないので手話を使っているわけでもないが、どうにかアイラに意思を伝えているようだ。
そしてバシン!とアイラの閃光がクガに向かって一筋振られた。
容赦のない一撃。周りの冒険者たちは驚きのけぞった。
地面には剣痕が刻まれるが真っ二つになった人の姿はない。
魔のクガは飛んで避けていた。
空飛ぶ黒ごみ袋のように飛んで向こうの群衆の方へ落ちていった。
「ごめん…、紹介しようと、思ったんだけど…。アルトはもう、クガに…、近寄らない方が、いい…。夜道には気を付けて…」
アイラは淡々と言うが、え?怖い怖い。怖いんだけど。なんで?どういうことだ?
今ので僕は魔のクガに狙われるようになったってことか?
クガは僕に何を言ってたんだ。
「ヤバい奴に目を付けられてしまったみたいだな、アルト」
近づいてきたフロウに肩に手を置かれた。
「オオカミ…、狼人…」
「初めまして、俺はEランクのフロウだ」
「Eランク…、でも強いね。分かるよ…。私は、Sランク、アイラ・キャロラインベル…」
「存じている。閃光姫の名は有名だからな」
フロウとアイラは握手を交わすが僕としてはクガのことが気になってしょうがない。
大丈夫なのか?アイラの一撃を避けたあの動きはタダ者ではない。ほっといていいものなのか。
「穢れのクガは気に入った人間の顔の皮を剥がしてコレクションにすると聞くわ。あんたも気に毒にね…」
イヤなことを言ってきたのはティアだった。
そんな危ない奴に目を付けられてしまったなんて、クロスギルドクエストもまだ開始していないのに前途多難すぎる。
パンっ!パンっ!二発の銃声が鳴った。
広場の前方、一段高い壇上で金髪の青年が空に向かって銃を二度放ったのだ。
注目を集めるための行為だ。
「時間になった。これよりジェネラルオーク討伐戦クロスギルドに向けて説明を手早く行わせてもらう。私は金剣のファスフィリア次期当主フルクイン・ファスフィリア。今回のクロスギルドを取り仕切る【黄金の千年大樹】の代表としてここに立たせてもらう」
百を超える視線が一斉に注がれた。
事の顛末は大まかに聞いているが、最終確認とこれからの作戦についての説明はこれからになる。
壇上後方に張られた大きな地図の前に立つフルクイン。
若いが舞台の上でも物怖じせず堂々としていた。
彼が今回の僕らのリーダーになる男だ。




