【第30話】選ばれし三人
「師匠、起きてください」
朝早くからメアに揺すられて僕は起床した。ンー!と伸びをする。
僕とメアは今もギルドの二階の部屋を借りている。
ハーレウフェスティバルという今日から始まる大祭のおかげで観光客がさらに増加したことでバラッサの宿泊施設の値段は割高となってしまっているので、ザザバラの好意でタダで使わせてもらっているのだ。
ギルドの二階ともあってメアと仲良くなった団員がそのまま泊まりに来たりする。
幼い双子の猫尾人のルエとラキ、ニャルシーが特に最近ずっとこの部屋に泊まりに来ていた。
メアは修学旅行!修学旅行!とそれを喜んでいた。
「ニャルシーさんも起きてください」
「あ、あ…、うん、後五分…、にゃ…」
ニャルシーは寝起きが悪い。簡単には布団から出てこようとはしない。
僕はニャルシーをメアに任せて顔を洗いに行くことにした。
部屋から出るとパジャマから着替えて朝の支度を済ませたラキとルエと会った。
「おはようございます」
「アルトさん。おはよう」
最初はバラバロスの流したウソの噂話のおかげで僕のことを警戒していた双子だが、今では慣れて挨拶してくれるようになった。可愛らしい良い子だ。
ちなみ二人は共にCランク冒険者。
僕より格上だがメアが僕を慕ってくれてるのを真似て敬ってくれている。
僕は右手を少し上げて挨拶への返事をした。
「ではまた後で」
「メアちゃんの手伝い行ってきますね」
ラキとルエはニャルシー起こしに加戦するべく部屋に入っていった。
◆
朝のギルドの酒場は朝食をとる団員でいっぱいだ。
山場のロックビースト討伐戦も終わり今日から一週間程度の休暇を取る人が多いそうだが、女子寮が徒歩一分の場所にあるのでみんな休みでもギルドのご飯だけ食べに来ていた。
「アルト君。おはよう」
一階に降りるとテーブル席に座る浅黒く日焼けした男が話しかけてきた。
希少なバトルケットシーの男性団員、フィールという顔のいいワイルドな男だ。
「隣座る?」
気のいいフィールは目の前の料理と席を一つずれてくれた。
せっかくなので空いた席に僕は座る。
ドワーフ族と純人族のハーフだという彼の鍛えられた身体は大きい。
鍛えられていい身体をしている。胸元から覗く胸筋はムチムチだ。
「今日の日替わり男飯は唐揚げみたいだよ」
朝から彼は唐揚げを食べていた。
ここは女子率が圧倒的に高いギルドなので酒場メニューは低カロリー料理や美容にいい感じのものが多い。
スティック野菜やサラダ、あっさり系の物ばかりだ。
だから世の男が好みそうなこってり系の料理の種類は少ない。
そこで数少ない男とカロリーを気にしないタイプの子のために日替わり男飯というメニューが用意されていた。いっぱい食べたい人には助かる考慮である。
だが今日は朝から唐揚げの気分ではないのでスティック野菜を注文することにした。
ぽりぽり食べよう。
お腹が減っても今日からは町のどこにでも屋台が開いている。
[フィールは今日は?休み?]
筆記用メモで話しかける。
「ああ当然。だから今日一日ニャルシーと祭りを周るつもりだよ」
少し照れながら彼は言った。
めちゃくちゃいい男、性格もとても良くて僕と気の合い親友となったBランク冒険者フィール。
なんと彼はあのニャルシーの彼氏だ。
だからフィールと僕の出会いは決していい物ではなかった。
ニャルシーと一緒に入浴した僕。フィールにだけは内緒事はしないと決めているにゃと言うニャルシーはあったこと全部話して僕を紹介した。おっぱいもじろじろ見られたにゃ~なんて余計なこともだ。
その時のフィールは凄く悲しそうな目をしていた。
無言で酒場から出て行くフィール。悲しい後ろ姿にほっとけとニャルシーは言った。
その日、次にフィールを見たのはメアとニャルシーと三人で買い物に行った帰り道の川原であった。
一人寂しく座っていたフィール。気付けば僕と彼は殴り合っていた。
「あほくさにゃ~」
「ロマンですね…、男同士のタイマン…、カッコいいです、師匠…!」
ボコボコにされたがこちらもボコボコにしてやって、その日の夜から僕らは親友になっていた。
清々しい気分で二人で見たあの夕日を一生忘れることはないだろう。
「アルトもメアちゃんと祭りを見に行くだろ?」
[そうなるね。たぶんルエとラキも一緒に。夜中にそんな話をしていた]
「じゃあ案内はいらないな」
[唐揚げ一個くれないかい?]
「はい?」
軽くスティック野菜を注文したら何だか目の前のから揚げが食べたくなってしまった。
贅沢は言わない。一個食べれたらいい。
「ダメだ。あと三個しかないんだから」
[人参スティック一本と交換は?]
「吊り合っていないだろ…、しょうがないな。一個だけだぞ」
ホントめちゃくちゃいい奴である。
こんな野性的な見た目で中身は紳士なのだ。
[箸か何かないかな?]
「手で食べればいいだろ」
[ヌルヌルするし、メモ帳とペンが汚れちゃうよ]
「キッチンの人を呼べば箸ぐらい借りれるんじゃない?俺はそこまでやってあげない。なけなしの唐揚げを一つあげてお前への親切心は売り切れた。自分でどうにかしてくれ」
[フィールも知ってるだろ、僕がみんなにあんまりよく思われてないの]
アイラを風呂場で辱めたとして僕はギルドメンバーの敵となっている。
アイラとは仲良くなったが昨日の今日だ、まだ知れ渡っていない。
「そうだったな、まったく…、ほれ」
フィールは箸で唐揚げを摘まんで差し出してきた。
拳大の大きな唐揚げだったが気合で口に頬張る。味は美味しかった。
この光景を実はニャルシーが見ていて、のちのち僕に彼氏を寝取られたとかまた言いふらすことになるのだがそれはまた別のお話である。
カツンッ!
マスター・ザザバラが杖を床に強く突いて酒場の注目を集めた。
「食事中すまんがお主らに緊急の話がある。食事は続けたままでよいから聞いておくれ」
真面目な顔をしていた。
とても大事な話のようだ。
「にゃ~、何だにゃ~?」
「何でしょうね。緊急?」
いつの間にかメアたち四人が後ろに立っていた。
ひどい寝癖を付けたニャルシーがあくびをしている。
そしてヒョイと最後に一つ残っていたフィールの唐揚げを手に取ると口に入れてしまった。ひどい。
「あ~…、ニャルシー…」
「にゃはは~。油断大敵にゃ」
恋人、フィールとニャルシーの間柄はおおよそこんな感じだった。
ニャルシーにフィールは頭が上がらない。惚れた弱みだと彼は言う。
ザザバラは真面目な顔で事を伝える。
「鉱都市ファバル近くにて獣害大騒動の起こりが確認された。オーク種による集団襲撃で周囲三つの村が奪われたそうじゃ。現時点で重傷者多数、死者二名。ギルド【黄金の千年大樹】を主体に総動員が組まれることとなった」
スタンピードの予兆、たしかに緊急な話だ。
すぐに対応しなければいけない事件である。
ここで僕の頼んでいた野菜スティックが届いた。
付属のケットシー特製のドレッシングがまた濃厚で美味い品だ。
「スタンピードって凄い話が出ましたね」
そう言ってメアは野菜スティックの一本を手に取った。盗られた。
まあ、別にいい。僕らはパーティー、シェアできる物はシェアする。問題はない。
「でもファバルは遠いね。飛行船と鉄道で丸一日ぐらい?」
「そのくらいかな。アルトさん頂きます」
ルエとラキもメアを真似て一本ずつスティックを取っていった。
可愛い双子だ。全然許せる。その行為に問題はない。見た目も声そっくりでどっちがどっちだがよく分からないが、頂きますとちゃんと言えた方が礼儀正しい良い子のルエだろう。
妹の方、ルエはホント良い子だ。
「クロスギルドにゃーか。せっかくみんな休みに入ってハーレウフェスティバルもやってるとっても楽しい時期なのに、行かされる奴らは可哀そうにゃ~ね」
ニャルシーは後ろから手を伸ばし、もう豪快にスティックの入った器ごと取っていった。
彼氏の真横でこう言うのもなんだが信じられない女だ。
背後に立つ女子四人に僕の野菜スティックはシェアされてしまった。
「ニャルシーさん丸ごとは…、師匠が可哀そうですよ」
[いいよメア、男飯頼むから]
「そうそう。朝は男子はたくさん食べなきゃにゃ」
ニャルシーに代金を請求してやろうかなと思った。
メアらが美味しそうに食べているので大目に見ることにした。
「お前たちザザ婆の話は聞いていないだろ」
フィールが言う通り途中からザザバラの話を聞き逃していた。
「どうせ派遣されるメンバーはウチらじゃないにゃ」
ニャルシーの言う通りクロスギルドに何名かを派遣するようだが僕らは選ばれないだろう。
だいたいこういうのは誰が行くか決まっている。
ギルドの外交の場でもあるのだからメンバーは固まっているものだ。
「でも師匠、オークの集団ってロックビーストと戦った後だと何だか怖さあまり感じませんね」
余裕そうな顔でメアは言った。
スペシャルトードを打倒し、ロックビースト討伐戦を近くで見てきたメアにとってオーク程度はもう恐れるに足らぬモンスターという認識であるようだ。
驕っているな。駆け出し冒険者がそういう考えでいてはいけない。
[そうとも言い切れないよ。僕は今回の方が難しいクエストだと思う]
「どうしてです?ロックビーストの方が大きくて硬くて強いですよね?」
[個体としての強さはね。問題はフィールドかな]
ロックビーストは確かに強大なモンスターだった。
だがいかに強くともこちらはバラッサの台地で迎え撃つ準備ができた。
遮蔽物がなく見晴しのいい場所、魔法使いは用意された安全地帯で魔法を詠唱でき、怪我人が出ればすぐ回収できて、常に防衛側が有利に戦うことのできるフィールドでの討伐戦だった。
それに比べ、モンスターが町に下りてくる前にボスのオークを倒す必要がある今回のクエストは森の中での戦いになる。
土地勘もない樹海、木々が視界を遮り四方八方上下から加減を知らぬ巨漢の手が伸びる。
どれだけ数がいるかも分からないオーク相手にゲリラ戦。
肉体的にも精神的にもキツい戦いになる。
それに何も敵がオークだけという訳でもない、ゴブリンやコボルト、野生のロックビーストだっている。
まだべルートンの草原とバラッサの台地での戦いしか知らないメアに想像はできるだろうか。
あの闇の続く森の奥の光景を。
その日頑張っても宿に戻れずお風呂に入って温かい布団で眠ることもできない過酷さを。
森で大怪我したらすぐに病院に行くことはできないんだ。
だから僕はロックビースト討伐戦よりこっちの方が大変だと思う。
討伐対象の強さ弱さだけでクエストの難易度を判断してはいけないよ。
「私の認識不足でした…」
[これから少しずつ知っていけばいい。そのために僕がいるんだから]
「へへ、ご指導これからもよろしくお願いします」
メアの良い所は素直で賢く反省できるところだ。
「ではこれよりクロスギルドに派遣する者を三名発表する。ワシからも特別手当を出すつもりじゃ。ぜひ進んでファバルへ向かってもらいたい。…一人目はアイラ・キャロラインベルじゃ」
酒場がざわめいた。
当然だ。アイラはギルドのエース。親交のあるギルドに強く要請されない限り普通はクロスギルドにエースは出さない。それほど切羽詰まった状況なのだろうか。
「そして二人目、アルト・ゼナパート」
さらに酒場がざわめいた。
え?アルト?イリス姉さんのギルドから来てる子よね?女の子みたいな顔した。
アイラにセクハラしたんでしょ?その二人を一緒に?訴えて裁判やるって噂なのにどうして?
次会う時は法廷では?アイラがこの世で最も嫌う男なんじゃないの?
もしかして意外と仲いいんじゃない?えー!もしかして二人は兄妹とか?えー!?
なんて言いたい放題に言葉が飛び交い出した。
ザザバラの横に座るアイラの顔に表情はない。驚いた様子も嫌がる様子もない。
平然とすーんと澄ましていた。
どうして僕なんだ。
スキル【くすぐり】しかない弱小戦士だということはザザバラも承知のはず。
なぜ、ああそうか数合わせか。
Sランクのアイラ派遣は大奮発だ、そこにFランクの僕を付けて帳尻を合わせたのか。
それなら納得だ。
ザザバラはざわめく酒場を眺めながら思った。
みんな驚いておるのぉ、と。
(アルトを選んだのはアイラが初めて男に興味を持ったからじゃ…。孤児じゃったのを拾って十数年、偉いもので強くなることばかり考えてこの子は育ってきた。恋愛に興味も持たず…。人の生き方に口を出すつもりはないのがの、愛らしい孫同然の娘が初めて男に関心を示したのじゃ、それを応援したいと思ってしまうのは老い先短い者のさがというものじゃろうな…。結果なぞどうでもよい。アイラよ、これ機に男と関わり世界を広げてきなさい)
昨日の晩、アイラに引っ張られて行った先にアルトが一人素振りして居たことで老婆はあることを確信していた。それはアイラの内に愛が芽生え始めていることだ。
それは愛というには小さすぎて未満であるかもしれない。
それでもその小さく芽生えた想いを大事にしたいとザザバラは思った。
誰よりも早い世界に生きている彼女は他者の喋りさえ遅く感じている。
故に一周回ってアイラの喋りは遅かった。
きっとアルトは顔が女子のようなので気後れしないのだろう。
話せないアルトの横は会話に困らず居心地いいのだろう。
「三人目はメアリー・ギルバレットじゃ」
メアもアルトを好いているのをザザバラは知っている。見てれば分かる。
だから最後の一人は彼女だ。
恋はいつだってフェアであるべきなのだから。




