【第29話】ケットシーの夜
山稜龍が数年ぶりに目覚め動き出して六日目、ようやく気に入った位置に辿り着けた山の如き龍は大きな音を立てながら身を下ろして眠りに就こうとしていた。
その光景を僕らは大勢の観光客らに混じって遠くから眺めている。
見えているのは台地のふちより上の山部分だけだったが、連なる山々がダイナミックに動く様は見応えがあった。
「あ~あ、ボーナスタイムが終わちゃったにゃ~」
報酬のよかったロックビースト討伐戦も今日で終わりだ。
今はギルド・フェルピーメッツがあの場で戦っている。バトルケットシーの出番はもう回ってこない。
【閃光姫】アイラやサシャイなどの一部メンバーは救援を要請され参加してるようだが、ツルハシ組の出る幕はないだろう。
「でも十分いっぱい稼げませたね、師匠」
[ああ、質素に暮らせば当分はお金に困らなくて済みそうだ]
討伐戦に参加できたのはたった数日だった。
それでも大金を得ることができた。33万GP。冒険者とは夢のある仕事だ。
こんないい時期に出向させてくれたイリスには大感謝である。
お土産に色々買って帰ってあげよう。
「見るもんは見れたし屋台で色々買ってギルドに戻ろうかにゃ」
「いいですね。たこ焼き食べたいです」
「ニャハ~、イカ焼きもいいにゃよ」
山稜龍が鎮まった今日、明日からはそれを祝うハーレウフェスティバルなる大祭が開催される。
数年ぶりとなる祭りに気合も入っているようでバラッサの町全体が祭り色に飾られていた。
山稜龍を模した大きな張り子も飾られているし水に溶ける自然に優しい紙吹雪が舞っている。
本番は明日からだというのにフライングで店を開けて客を呼んでる屋台がたくさんあった。
「へへ、私お祭りで豪遊するのも夢だったんですよ」
「いい夢にゃ。ロックビースト討伐戦で稼いだお金は祭りで使い落とす。それがバラッサ冒険者のあるべき姿にゃ。たくさん買って遊んでお金を回すにゃ。ニャハハ~」
◆
夜。メアはバトルケットシーのメンバーに馴染め、可愛がられてギルドの酒場の人気者になっていた。
やっていることはニャルシー筆頭にしたメアのポーションを飲む練習だ。
サシャイが貰ってきた余りの青色ポーションを使わせてもらっており、毎日二本頑張って飲むのがメアの日課になっていた。
「メアチ、頑張れにゃ〜」
ニャルシーは昼に宣言通り屋台でオトナ買いしたたこ焼きやらイカ焼きやらお面やらクジの景品をテーブルの上に並べて食べている。
「あと少しだよ!メアちゃん!」
「頑張って!」
「ンく…、ンく…、ンく…」
年の近い幼いメンバーとも打ち解けてメアには友達ができていた。
メアよりちょっと年下のルエとラキいうニャルシーと同じ猫尾人の可愛らしい双子の少女だ。
懐いて長い白い尻尾をピコピコさせながら応援する。
「プハッ!はあはあ…!」
「やったメアちゃん!飲めたね!」
「やった!」
「お~!噴かずに全部飲めたにゃ」
「はあふぅ…。ありがとうございます」
メアは初めて誰の手も借りず自力でポーションを飲み切った。
和やかな空気に包まれる。みな楽しそうだ。
羨ましいな。
そんな輪に加われず僕は端のカウンターテーブルに座って孤独に食事を取っていた。
完全に和やかな雰囲気の外にいる。むしろ僕という存在は排斥されている空気があった。
出されたギルド定食も量が少ない気がする。ギルドの敵になってしまっているような気がする。
これは多分気のせいではない。
僕はケットシーの皆に嫌われていた。
こうなったきっかけはわかっている。
原因はあそこでビール片手にはしゃいでいる奴、ニャルシーのせいだ。
◆
ロックビースト討伐戦に参加した初日のあの日、あの猫女は僕にお酒を飲ませまくった。
メアがポーションを頑張って飲んでいるんだからお前はお酒を飲むにゃと言って半場無理やりにだ。元々お酒に弱かった僕はすぐグデングデンに意識朦朧に。
その後の記憶はなくメアから聞いた話だが、酔ってテンションの昂った僕は面白がるニャルシーに連れられ風呂に入っていったそうだ。
危惧してすぐに後を追ってきたメアはついポーションを浴場のタイルの上に嘔吐してしまって、ニャルシーに介抱してもらったとも言う。
その隙に僕は湯船で【閃光姫】アイラと対面していたらしい。
「酔っているみたいだけけど…、大丈夫…?」
タオルで身も隠さず彼女は酔って湯船に浸かる僕を心配してくれたそうだ。
ニャルシーはその日アイラがギルドに帰ってくるとは思っていなかったそうだった。そもそもその日も貸し切りのはずになるはずだったと。
「応答もできないぐらい、酔ってる…。肩を貸すから…、出よう…」
ニャルシーはビビったと言う。
ちょっと目を離した隙にアイラと僕が立たせよう抵抗しようと裸のまま組んずほぐれず取っ組み合っていたというのだから。
その話を聞いた僕の方がビビった。
そして、アイラが取っ組み合いを制し、湯から僕を引っ張り上げると───
「そ、そのままアルト、フラッシュの速さでルーちゃんに背負い投げられたんだにゃ!!ニャハハハハハハ!あげられたアッ、アッ、アルトのおっきくなっ、ニャハ!なったちんちん見てっ!ニャハッ!ニャハッ!ルーちゃんッ!ビクって!にゃってッ!ニャハハハハハハハハハハ!」
ニャルシーは延々ツボに入りながらその話をギルド酒場で広めまくった。
朝も昼も夜も人を集めては言いふらした。
そんなこともあって僕は女子メンバーみんなから総スカンをくらっている。
風呂場でギルドのエースを辱めた変態として。
僕追放の話も出たが、マスター・ザザバラは「浴場は一応混浴じゃし、話を聞く限り悪いのは全部ナルシーじゃろ」とニャルシーに二か月の風呂掃除当番という罰を言い渡してくれた。
メアにはこの状況を心配されているが、彼女に今はバトルケットシーのみんなとの仲を優先してほしいと伝えている。冒険者は交友関係も武器になってくる。別ギルドの人間とも仲良くなっておくことは大事なことだ。
なのでこんな孤独な状況でも一向に僕は構わない。
【青い瞳の人魚】にいた頃はこれが当たり前だったしね。
でも突き刺さる視線で針の筵なので食事が終わったらギルドの裏手の庭に出ていく。
ギルドの庭は広さもあり淡い光源ランプが置かれているので食後に来るにはちょうどよかった。
庭には様々な花や薬草の類が植えられている。メンバーの誰かの趣味だろうか。
やることもないのでキルシアの剣を抜いて素振りをすることにした。
他の戦士の様に僕にはステータスバフも有用な技スキルもないが、それらを抜きにした素の技量ぐらいはせめて勝っていたいものだ。
メアも頑張ってポーションを克服しようとしているし僕も頑張って腕を磨こう。
最近はツルハシばかり使っていたから久しぶりに剣を振った気がした。
季節は秋、涼しいが動くとすぐ汗ばむ。
上着を脱ぐことにした。誰もいない薄暗い場所、問題はないだろう。
「太刀筋は、様に成っとるのぉ」
それからしばらく剣を振っているとギルドの裏口から二つの影が出てきた。
小柄な老婆と金髪の女の子。マスター・ザザバラとアイラだった。
お風呂の件以降忙しく働くアイラとは顔を合わせていなかったため久しぶりの再会になる。
彼女には謝罪したいと思っていた。ちょうどいい。
「動きだけはね…」
そう言ってアイラは腰に携えていた剣を抜いてかかってきた。
うおっ!
高速移動スキルなしの視認できる速度での突進だったため、その一振りは剣で受けることができた。
やっぱりまだお風呂の件で怒っているのか!?
と思ったが、鍔迫り合いの近距離で見えた彼女の顔に怒りはない。
いや、この子は普段から無表情だ。表情で気持ちを判断はできない。外ではクールに装って内ではふつふつ憤怒のマグマを煮えたぎらせているタイプなのかもしれない。
ザザバラは見ているだけで彼女を止めてはくれなかった。
「怒っていてもこれはやりすぎだ」と言ってやりたかったが残念ながら僕は話せない。
言い訳も説得も選択肢にはない。剣には剣で応えるしかなかった。
アイラは剣を押す反動で一歩半分下がると下から右上に、右上から左下に、下から左、上へ、右へ、下へときれいな動きの連打で攻撃してきた。
剣の発する光が闇夜に残像を残して美しい軌跡を描く。
それらを僕は堅実に一つずつ捌いていく。閃光でない斬撃なら反応できる。
速く手数も多いが彼女の剣は直線過ぎた。
先の一手の予想は容易で、次の横薙ぎを逸らし一気に距離を詰めて攻撃に転じる。
受け流された剣が戻ってくる前に彼女の懐に入り込んだ。
そのままの勢いで切っ先を腹に突き刺す。
「それまでぃ!!」
ザザバラの怒声が響いた。
もちろん女の子のお腹に剣を刺したりなんてことはしない。
キルシアの剣の剣先はアイラの右側腹部の服の上に添えられているだけだ。
傷一つ付けず勝敗は結した。
「気は済んじゃか?」
「うん…」
アイラが剣を下ろしたので僕の方も剣を収める。
「すまんかったの、アルト。お主のいい素振りを見て試したくなったそうなんじゃ」
「ごめん…」
途中からそんな気はしていた。
剣を交わせば相手のだいたいの精神状態は窺い感じ取ることができる。剣とはそういうモノだ。
アイラの剣に殺気は感じなかった。彼女は自分の力を試すために剣を振っていた。
それは別にいいのだが、お風呂でのことは今どう思っているのだろうか。
僕としてはそちらの方が気になる。
「あの時の事情は聞いた…。ナルシーが全部悪いから…。私も投げたし…、ごめんなさい…」
びっくりだ。こうやって謝ってきてくれる子だとは思っていなかった。
もっとこう僕みたいなFランクは虫けらと一緒だと言うバラバロスタイプだと思っていた。
意外にいい子なのかもしれない。
[ニャルシーが全部悪いわけじゃない。僕にも非があった。アイラさんイヤな目に合わせてしまって申し訳ありませんでした]
筆記用メモを使って僕も謝罪した。
本音は全部ニャルシーが分かったと思ってるんだけどね。
ただ事を円滑に進めるためだったら僕はいくらだって自分の頭を下げることができる人間だ。
「うん。じゃあ…、和解できたってこと、だね…」
「よかったのぉ仲直りデキて。フォッフォッフォッフォ」
「じゃあザザ婆…、私は自主練してくるから…」
「うぬ。素振り千回三セットじゃぞ」
「うん、分かってる…」
アイラは僕の横を通って庭の奥の方に歩いて行った。
奥と言ってもすぐそこだ。光源ランプの横で剣から木刀に握り替えて素振りをし始めている。
もう僕のことなど一切気にせずブゥンブゥンと風斬り音を奏でていた。
「あの子の向上心には恐れ入るのぉ」
ザザバラが話しかけてきた。
「アルトや。今回お主が一本取れたのは、あの子がステータスバフやスキルの一切をオフにした状態で挑んだおかげじゃ。勘違いして驕ってはならんぞ」
分かっている。僕もそんな馬鹿じゃない。
閃光スキルを不使用だったのは傍から見ても明らかだったが、彼女はパワーも手加減していた。
素の技量を試すために必要以上の力を入れなかったのだろう。
それでもそこらにいる屈強な成人男性の力よりも強いパワーはあった。
今でも僕の手は少し痺れている。
しかしSランク冒険者が素振り、基礎の鍛錬か。
「あの子はSSランクを目指しておるんじゃ。スキルと優れたステータスを生かすも殺すも技量次第、フォルニア最強の戦士となるべくああやって基礎を磨くのじゃよ」
戦士職の鑑だな。偉い。
努力のできる天才か。
我流で鍛えた僕の技量なんかすぐ追い越してしまうのだろうな。
「ナルシーが身体を褒めておったよ、お主の裸体は戦いに適した筋肉をしていたと。たしかにいい身体をしておる。剣術にも長けておるみたいじゃの」
薄着の身体をじろじろ見られた。そう凝視されると恥ずかしい。
スキルもステータス強化もなく死地を剣一本で戦ってきたからな。
剣の扱いぐらい上手くないとやってはいけない。これで剣まで下手だったらもう死んでいる。
「そのナルシーがすまんかったな。あのアホウのせいで孤立してしまっておるじゃろ」
[いえ、いいんですよ。メアさえ皆さんと仲良くしてもらえれば]
「あやつにはキツく説教しておくからの。それはそうとアルトや、アイラの特訓に付き合わんか。みんなアイラを思ってお主を避けておる。ならば仲良く特訓して仲がいいことをアピールすれば今の状況を解決できるんじゃないかと思うんじゃが、どうじゃ」
なるほど。それはいいアイディアだ。
僕がハブらているのは九割方、ギルドの絶対的エースアイラの敵になったからだ。
逆にそのアイラと仲良くなってしまえば皆からの目も変わるだろう。
だが特訓に付き合えるかどうかはアイラ次第だ。
邪魔…。と一言で断られる可能性が高い。
彼女からはあまり好かれてないみたいだし。
「私はいいよ…、練習相手…、ちょうど欲しかったし…」
彼女はもう真横にいた。
集中している顔をしてちゃっかり話を聞いていたようだ。
「汗はかきたくないからって…、誰も特訓に付き合ってくれないから…、助かる…。はい、これ…」
二本目になる木刀を渡された。やる気満々だった。グイグイ渡してきた。
もしかして期待していた?最初からこうなることをザザバラと示し合わせていた感があった。
悪い気はしないからいいか。
「実はところお主の素振りを見て喜んでいたのはアイラだったんじゃぞ。言葉にも顔にもまったく出さんがの、フォッフォッフォッ」
「ザザ婆…、余計な事言わなくていい…、怒るよ…」
そうは言っても眉を少しもしかめることはなかった。
せっかく二人いるので実践的に剣を交わす。
喋れない僕と無口なアイラである。会話こそなかったが剣を通じて楽しんでいるのが分かった。
「よかったよかった。楽しいかい。いい特訓相手ができてよかったのぉ、ふぉふぉ」
僕もいい時間を過ごせた。
今日はぐっすり眠れるだろう。
◆
【戦斧の化け猫】ギルドマスター・ザザバラはその日の深夜いい気分でいた。
置時計の針は二時を回っている。
いい気分で閉まって誰もいなくなったギルド酒場でお酒を嗜みながらギルドに届けられた書類や手紙に目を通していた。
「気分良さそうだね。ザザ婆」
老婆の対面の席に座って同じく書類に手を出す少女がいた。
黒髪に片目を隠した女、サシャイだ。
サシャイはバトルケットシーの副ギルドマスターであった。
「ああ、いいことがあったのさ」
「ふ~ん、それはよかったね」
二人は顔も合わせず書類に目を向けたまま話した。
いい意味でそういう仲だった。
片や老婆、片や二十歳前の少女。大きく年の離れた二人だが、関係は友である。
サシャイはザザバラの古い友人で、ザザバラは少なくとも二十年前からサシャイという少女のことを知っていた。
ニャルシーやアイラと同世代の若い子に見えるが、サシャイの実年齢は不明だ。
このことはザザバラ以外のバトルケットシー団員は誰も知らない。
疲労に関して精通したヒール使いであり、たった四時間の睡眠で四日間朝昼晩働き続けることができる凄腕ヒーラーであること。
皆が揃って不味い不味いと言うポーションを好んで飲むような偏食家であること。
バトルケットシーを大事に想ってくれていることさえ分かっていれば、何者であろうと気にはしないとザザバラは思っていた。
寝ても寝ても疲労の取れない老いた老婆がこうやって深夜に雑務に就けるのもサシャイのヒールありきであった。老婆にとってはなくてはならない右腕である。
「ザザ婆、これ」
一つの厚い封筒をサシャイはザザバラに差し出した。
彼女がこうやって差し出すのは重要な案件のものに限る。
大手ギルド【黄金の千年大樹】のマークが入った封筒だった。
厳重にギルドマーク入りの封蝋の施された封筒には複数の書類が入っていた。
その中の特に厚めの高級紙を読むと[緊急:獣害大騒動の恐れあり。総動員の要請]と書いてあった。
「スタンピードかい…、まいったね」
ザザバラは頭を抱えた。
害獣大騒動は大規模なモンスターの群れが発生して人の生活する地帯に襲撃してくる現象のことをいう。
そのスタンピードの予兆が確認されたらしく、事前に群れを叩いて発生を防ぐため総動員という十数以上のギルドが人員を出し合って挑む形式のクエストが組まれたようだった。
続きの文に目を通していくと、事の詳細の下に[可能であれば【戦斧の化け猫】からは四名のAランク冒険者を派遣してもらい]とあった。
「ウチからAランクを四人もじゃと?高ランクは現場に近いギルドが出すのがルールじゃろうに。う~ぬ。スタンピートはたしかに恐ろしい現象じゃからのぉ…。しょうがない」
「ザザ婆その下も読んだ?」
「ぬ?」
サシャイに言われ更に下まで読むと[多くのSSランク冒険者が休業を発表し多くのギルドが人手不足の現状、今回のクロスギルドに集う人材には不足の予想ができる。そこで貴殿のギルドよりSランク冒険者【閃光姫】アイラ・キャロラインベル嬢をぜひ出してもらいたい。図々しい頼みではあるが救いある決断をしてもらえること信じている]との文が続いていた。
「なんとまあ図々しい頼みじゃな」
アイラは自他共に認めるケットシーのエースだ。
それを名指しで要求してくるとは失礼極まりない話なのだ。
普段ならこんな失礼な要求断る所だが今日は違った。
心配だった山稜龍移動も無事死者も出ずやり遂げれた。
老婆を喜ばせる出来事が今日はいくつかあった。
だから思う所はあったがザザバラは決めた。
「しょうがないの。アイラに行ってもらうか」
総動員、今回の内容はスタンピードの阻止。首魁ジェネラルオークの討伐。




