【第27話】ロックビースト討伐戦
ツルハシ。それは炭鉱夫が坑道を掘り進むのに使う物で、堅い岩石を砕くのに最も適した道具だ。
大体の人は見たことはあっても使ったことはないだろう。
昨日までは僕もそうだった。
そのツルハシを力いっぱい握りしめ上から下へと振り落とす。
鋭利な先が直径60センチほどの動く岩石と激突して真っ二つに割った。
「おおー!鮮やかさです!さすが師匠!」
見事な一撃に、大きな一輪車を転がすメアが褒め称えてくれた。
少女は割れた岩石に駆け寄る。
割れた断面には燃えるような真紅を宿した宝石が露出していた。
岩石獣種の命の核である高純度の魔石だ。
それを小さなハンマーで周囲を砕いて少々乱暴に採取して一輪車に入れた。
「魔石ゲットです!!」
【戦斧の化け猫】に来て二日目、僕らはロックビースト討伐戦に参加している。
◆
山稜龍の背の森林と水の都バラッサのふちが接するこの場所は何もない戦うために用意されたかのような平地だった。
本来なら断崖絶壁であるはずの先に急斜面の上下する森が広がっている。
山の如き龍、ハーレウマウルエスの背中の森である。
頑張れば跳んで届きそうなぐらい距離は近い。
そんな山からは揺れで剥がれた岩石がつぎつぎ転げ落ちてきている。
大体はそのまま湖に落ちていくが、運がいいのはバラッサの台地に降り注ぐ。
この岩石群こそが今回の敵、十人十色の異形を飾る岩石獣種だ。
【戦斧の化け猫】メンバー64名、マスター・ザザバラがバラッサ外部のギルドより連れてきた助っ人メンバー39名、総勢103名で僕らは岩石モンスターの町への侵入を防ぐ。
「メアチ~、こっちも割ったにゃ。回収よろしくにゃ~」
ツルハシを持ったニャルシーがメアを呼んだ。「はい!」と返事してメアが向かって行く。
実家がブドウ農家だという彼女は一輪車の運転が異様に上手かった。
山稜龍の移動による地響きも気にせず真っすぐ走る。
地形を破壊してしまう複合魔術師のメア、くすぐりしかスキルのない戦士の僕、軽業師のニャルシーにその他のロックビーストに対して決定打のないバトルケットシーメンバーはツルハシを担いで戦いに参加していた。
岩石獣種は危険な大型モンスターだ。
ここから見渡すだけでも体長8メートルほどのロックビーストが至る所で暴れている。
十数メートルはある人型ロックモンスターが一際目立って暴れているのも見える。あ、誰かが踏み潰された。
多分助かっているだろうなので話は戻すが、そんな大きな個体は近寄るのも危険すぎるので、そういったのは高ランカーの人たちに任せて僕らは小さめの個体を担当することになっている。
例えばそう、ちょうどまた目の前にきた魔犬サイズのロックビースト。見た目はただの岩だが二つの足を生やして歩行している奴。これぐらいのをツルハシで倒して魔石をゲットするのが今日の僕らのお仕事だ。
小さな個体は動きもノロいので僕らでもツルハシで倒すことができた。
身体の中心線を狙えば真っ二つに割れて魔石の回収も楽に行うことができる。
「え?私たちもロックビースト討伐クエスト参加ですか!?」朝からメアは驚いた。
「当り前じゃろ。少しでも人手が欲しいからお主らには来てもらったんじゃから」
マスター・ザザバラにこう言われた時は不安で生きた心地がしなかったが案外いい感じでやれている。僕以上にビビっていたメアも今では楽しそうだ。魔石で山盛りに積まれた一輪車を楽しそうに押している。微笑ましい。
「疲れたにゃ~。お手々にマメができて痛いにゃ。アルトもメアチも適当に休み休みやっていいにゃ~よ」
そう言ってニャルシーはちょうどいい割れた岩の上に座った。
お留守番係であるはずだった彼女は勝手が分からない僕とメアのために連れてこられた。
そのことにマスター・ザザバラに対してスゴい抗議して朝は機嫌が悪かったが、今は機嫌も直り色々なことを指導してくれている。
すぐにサボろうとする年下だが頼りになる先輩だ。
「ニャフフフ、いっぱい採れたにゃ。これはボーナス期待できるにゃ」
山盛りの魔石を見てニャルシーは笑った。
僕は水筒の水を飲む。
ツルハシ組のロックビースト討伐は採った魔石の量で報酬を貰う。
相場は分からないがこれだけ量が合ったら報酬も期待していいだろう。
「師匠はこれでいくら貰えると思います?」
いやらしい笑みで尋ねてきたので予想を指で示してあげた。
ちょっぴり欲をかいた予想だ。
「え~、そんなに貰えますかねぇ~」
少女のニヤニヤは止まらない。
「メアチメアチ、おいで」ちょいちょいとニャルシーが少女を呼んだ。
「何です?」
近づいた少女の耳元で何かをニャルシーは囁く。
ごにょごにょごにょ。
「ええ!ええ!えええ!?」
なんか凄いことを聞かされているようだった。
「そ、そんなに貰えるんですか!?」
「…貰えるんだにゃ、うん。四、五年に一度あるボーナスなんだにゃ」
どうやら報酬について聞かされていたらしい。
あまりのメアの驚き様に内容が気になった。いったいいくらになるんだろうか。
メアがそそくさと僕の方に寄ってきた。ちょいちょいされる。屈んで耳を貸す。
耳元で囁かれるとこそばゆいものがあった。
ごにょごにょごにょ。
え…?そんなに貰えるの?
驚いた。かなりいい額である…。僕が多めに予想して示した数倍の額だ。
「頑張ればマイホーム建てれますよね…!」
「それは流石に全然むりにゃ。残り数日しかハーレウマウルエス動く期間にゃいし」
それでもFランク冒険者にとってはとんでもない額になる。
[メア…]
「はい、師匠…!」
だったらこんなことをしている暇はない。
報酬は回収した魔石の量に比例する歩合制なのだ。
あと数日しか時間がないのならなおさら時間を無駄にするわけにはいかない。
「ほら、ニャルシーさん立ってください。頑張りますよ!報酬はグループで山分けなんですから」
「にゃ~ん、こうなるんだったらお金のこと教えるんじゃなかったにゃ~」
急かされたニャルシーがしぶしぶ腰を上げる。
「しょうがにゃいにゃー、貧しい二人のためににゃーも頑張ってあげるかにゃ!」
その時だった。
巨大な岩石が僕らの近くに飛んできて落下してきた。物凄い衝撃と共に僕らの身体は少し浮く。
腰を上げていたニャルシーは変な体勢だったのもあって吹っ飛んでいった。
そして一秒の間にも満たない無重力感覚を味わって地面に叩きつけられた。
地面にめり込んだ岩石からは折り畳んでいた岩の手足が伸びて立ち上がっていく。
首はなく、顔らしきものは胸の位置にあった。
それは僕の背丈の三倍はある人型岩石獣だった。
「にゃにゃ!やば!」
「えええ…!!!」
僕らツルハシ組は危険なロックビーストが落ちてこない位置まで下がり散らばって作業している。だがたまに落下する岩石同士が空中で激突し互いに吹き飛ばし合ってここまで届く時もあった。これまでは小さな個体ばかりがそうだったが、今回は大物が飛んできてしまった。
眠っていた所を揺らされ落下することとなったロックビーストの気性は荒い。
怒りの矛先をこちらに向けてゴーレムは牙をむく。
「グォオオオオオオオオオオオオ」
巨大な岩の腕を振り上げる。
質量は武器だ。工夫ゼロの拳の振り落としが一撃必殺のものとなる。
高ランカーの戦士職なら魔力で鍛えた鋼の肉体で、魔法使いなら防御力を上げる補助魔法で生き残れるかもしれない。残念ながら僕らにはそのどちらも持ち合わせていない。
「死んだニャー!!!」
バチィ!閃光が走った。
───白く眩い数閃の光が瞬く。
同時にゴーレムの身体には幾閃の光の軌跡が刻まれていた。
威力の負荷に耐えきれず線に沿って巨大な岩石の身体は後ろへ爆ぜていく。
振り上げた剛腕を振り落とす暇もなくゴーレムは半身を破砕されてしまった。
ここまで一瞬の出来事だった。僕が視認できていたのは直前に死を覚悟していたせいで物事がスローモーションに見えてしまう走馬灯現象を脳で起こしていたおかげかもしれない。
やったのは光の速度で現れた閃光の騎士、閃光姫アイラ・キャロラインベル。
陽の光に煌めく金髪に、純白の騎士装備を半ば合わせた防具を装着した愛想のない女の子は僕らの前に立って剣を構えている。
「グォオオオオオオオオオオオ!!」
体積を三分の一にまで減らされたゴーレムが断末魔を上げた。
両腕を粉砕され肉体が大きく削られても命を核である魔石が内にあるかぎりロックビーストは倒れない。臓器も血液も痛覚もないため恐れ退くこともない。
命を失う寸前まで彼らは暴れ続けることができるのだ。
大質量の肉体をそのまま武器にして死を悟った獣は突進してきた。
決死の突進もアイラなら容易に避けれるものだろうが、彼女の後ろには僕らがいる。
くるりと軽く剣を回転させて彼女はその場から動かない。
「【閃光斬】」
光が瞬いた。知覚することもできない速度で何度も振るわれた剣は真空を生み出しゴーレムの硬い外皮に光を刻む。
幾度の衝撃が刹那の間隔もなく同時に伝わり、乱打は一撃となってゴーレムの前進する力を打ち消し芯まで粉砕していった。
大きな真っ赤な魔石も地に転がってゴーレムの活動停止が確認された。
アイラは一瞬で現れて一瞬で敵を倒してしまった。
これがSSランク冒険者に最も近いSランク冒険者といわれる者の実力。
分かってはいたが試験用の魔石すら破壊できない僕とは天と地ほどの実力差だ。
「びびったにゃー!!助けに来てくれるのは分かっていても肝が冷えるニャ!」
「信用して…」
「信用してるけどビビるものはビビるニャー!少しちびったにゃ」
「…汚な」
それだけ言い残すと次のしゅんかん彼女の姿は閃光に乗って消えていた。
探すと別の場所で既に新たな相手とのバトルを始めている。
彼女にはツルハシ組を守るという役割を課せられている。だから安心して小さいのと戦いなさいと僕らはマスター・ザザバラからは言われている。
それだけの力量があるという信頼が彼女にはあった。
事実期待通り、激しい戦いに身を投じながらもこの広い戦場のすべてを彼女は見通していた。
仲間の位置も危機も、新たな敵の出現も大きさも、違う速さのなか走るアイラは冷静な目で戦場の四方八方を眺め知ることができる。
この戦場において彼女は一人だけ格が違うのだ。
「し、師匠…、腰が抜けました…」
ニャルシーが少し漏らしたと言ってたが実は僕も少しちびってしまっていた。
正直キャロラインに対して半信半疑であった僕らにとって先ほどの一瞬は肝を冷やす所ではなかった。
己の無力感、情けなさを感じつつ自力で足り上がれなくなったメアの脇を取って支えてあげた。
少女の身体は今だ震えている。




