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【第24話】戦斧の化け猫


そこは深い森の奥の奥。

人の生活圏から遠く離れた森林の中に一つの小さな小鬼種巣窟(ゴブリンコロニー)は在った。

奥行きのない浅い洞窟に十数体のゴブリンが身を寄せ合って生活する巣だ。


昼過ぎ、そこに住むだいたいのゴブリンは寝ている。

昼活動か夜活動かはコロニーによって変わるのだがここは夜行性型の巣だったらしい。

洞窟の中に適当な藁を引いた上に並んで雑魚寝していた。


彼らゴブリンは森の中での食物連鎖カースト最底辺の被捕食者である。

人の半分ほどの体躯に成人男性以下の筋力。知性はモンスターにしては珍しく「道具」を使える程度の知能を有しているが、それを活かせるほどのズル賢さは持ち合わせおらず、無常な暴力によって命を散らす森のいじめられっ子だ。


程よく固まって生活し程よく腹の足しになる彼らはおやつ感覚で捕食される。

時には子に狩りのやり方を教えるための練習台として殺され。

時には暇つぶしに弄ばれお手軽に殺される。それがゴブリンと言うものである。


一匹のオスのゴブリンがむくりと起き上がって隣で寝ていたメスのゴブリンの身体を触り出した。

彼らにはそれぞれを識別する名前はない。親とか兄弟の概念もない。夫婦という契りさえない。

あるのはオスかメスかの違いだけ。


今もこの瞬間、世界のどこかでゴブリンが食われている。

捕食され人に駆除され悲惨な死を迎えていることだろう。


だから減った分を増やすため今日も彼らはせっせと腰を振る。

力は貧弱、知性は微妙、ならば残る生存戦略は子作りしかない。

食物連鎖の最底辺、過酷な環境であっても一定の個体数を保持できる強みがそこにあった。


無知な彼らは知らない───

今この時、ゴブリンの子が一匹、巣から飛び出してちょっとした冒険気分を味わっていることに。


お夜寝しすぎて昼に目の覚めたゴブリンキッズはひとり明るい森の中を探索する。

夜の世界とは全く違う景観に心を痺れさせながら獣道を塞ぐ倒木をよじ登る。


無知な彼らは知らない───

今この時、洞窟の出口前に複数体のオークが来ていることに。


ゴブリンキッズは枝の先に垂れる青に輝く果実を見つけた。

青色は熟していないことを示すが、なぜだかその実だけは美味しそうに見えて彼の心を惹いた。

手を伸ばす、ゴブリンには過ぎたる力へと。


幸せで無知なキッズはまだ知らない───

その頃、自分の親ゴブリン含めてコロニーの仲間がみんな叩き潰されていることに。


オークにとってゴブリンコロニーはバッティングセンター。

日々のストレスを解消するために探しては訪れる、ただそれだけ。


腹の足しにはなるとはいえ肉質は固くて骨も多く食べにくいからオークはゴブリンを食用とは見ていなかった。この大量ゴブリン虐殺に意図はない、理由なく全部殺してオークたちは満足した。


ゴブリンは常に虐げられる。

それは創世から変わらない世界の理の一つである。


   ◆


水の都バラッサ。

その町はフォルニア国首都キサから東の方角にある、円状の湖に囲まれた美しき小都市だ。

向こう岸まで数十キロある湖は丸を書いたように町を囲んでいる。

一部を除いて町の淵は断崖絶壁となっているが、人の暮らしや経済活動に必要不可欠であるはずの外と繋がる橋の類は伸びていない。


とある理由でバラッサと外界への出入りは飛行船でのみで行われてきた歴史がある。

人も物流も空を通じて入って出ていく。


「お~、町が見えてきましたよ」


だからアルトとメアも飛行船に乗ってやってきた。

二人は今、バラッサの上空にいる。

メアは窓から眼下の景色を眺めてアルトは通路側の席で雑誌を読んでいる。

【翠緑の若葉】の在るオルーナから出て四日間の旅路。ようやくゴールが見えてきた。


[どれどれ]


雑誌を置いてアルトも身を乗り出し、窓からバラッサを眺め出した。

「狭いですよ~」と少女が文句を垂らしたが構いはしない。

顔を近づけて二人同時に窓の外を眺める。


一望して、声にはしないがアルトは感動した。

流石は今読んでいた旅行雑誌の【一度は訪れたいフォルニア観光名所100】に選ばれていた町だ。

町そのものが一種の芸術作品。幻想的な在り様である。

中央部から湧いて流れる川が滝として湖に落水しているとこや、水に囲まれ完全に孤立した都市の姿は他では決して見ることのできない光景だろう。


「へへ、ドーナツ食べたくなりますね」


たしかに円状の湖は青いドーナツのようにも見えた。


「アレが山稜龍ですよね」


湖のライン上の一部に三つの山が並んでそびえ立っていた。

大きな山が二つと低い山一つ。それをメアは()と言って指した。


アルトは頷いた。そう、あのただの連なる山に見えるアレは生きているモンスターなのだ。

上からではよく見えないが、ゆっくりと山々は揺れて少しずつ前進していた。

丸を描く湖の軌道に沿って半身を沈めながら移動していた。


信じられない話だが、山三つそのまま歩いているそれは正真正銘の命を持つ生き物なのである。


山稜龍と書いてハーレウ・マウルエス。

フォルニア国領に生息しているモンスターの中で最もサイズがデカいと図鑑に載る龍なのだ。


鼻の先から沈んで見えない尻尾の先までの体長は百キロメートルオーバー。

正確な長さは誰も知らない。

二百キロメートルはあると提唱する学者もいるがそれはナイだろう。


ハーレウマウルエスは普段は全く動かず眠って過ごしているのだが四、五年周期で目を覚ましてはこうやって位置を移動させる。それを見るべくして多くの観光客が水の都を訪れる。

イリスがアルトとメアをここへ送り込んだのも、ちょうど山稜龍の大移動が見れそうだという情報を掴んでおり、せっかくの機会、面白い物を見てきなさいという思惑もあった。

もちろんビックトードの繁殖期シーズンにカエル討伐クエストが発生するように、このタイミングだけの仕事がバラッサにもある。


「あの大きさ、スペシャルトード何体分ですかねぇ」


二人を大きさで驚かせた超ド級サイズカエルでさえ小さく思えるほどのサイズ感があった。

眼下に広がる湖もハーレウマウルエスが数百年の永い時をかけて削っていった大地の窪みに河川が流れ込んで生まれたとの一説もある何かとスケールの大きなモンスターである。


バラッサと外界を繋げる橋が一本もない理由がこれだ。

山稜龍がバラッサの周囲を一周するのにかかる時間は二十年。無論、龍が人の作った橋を気にかけ跨いでくれるはずもないので、偉い人たちは橋を架けることを断念したのだ。

しかし陸路がないことは特別感もあって観光客にはウケてはいた。


「食糧問題とかどうなってるんでしょうかね。何食べてるんだろ」


[背中の山林による光合成らしいよ]


アルトは旅行雑誌にあった豆知識をさっそく披露した。

ハーレウマウルエスは見た目で龍と呼ばれているが分類は岩石獣(ロックビースト)だ。

岩石獣種は肉や魚などの有機物から栄養を摂取しない。


「はえ~、あの森全部で栄養を取ってるんですね。大きくなれる訳です」


『ピンポーン!』天井に内蔵されたスピーカーから注意を引く音が鳴った。

『皆様、間もなく当機はマルバ空港に着陸致します。着陸の際はたいへん揺れますので───』と、アナウンスでちゃんと席に座っておくことを指示されたのでアルトは自分の席に座り直しシートベルトをした。

その横でメアもカチャカチャシートベルトをはめる。


「長旅でしたね、師匠」


[ああ。メアも四日間頑張ったね、疲れただろ?]


「はい。こんな長い移動なんて初めてでしたからクタクタです。でも色んな乗り物に乗れて楽しかったです、へへ」


疲れてても天真爛漫に笑う子だ。


四日の旅を経て水の都バラッサに辿り着いたのは、くすぐりしか技のない戦士と才能に振り回される魔法使いのコンビ。

滞在期間は今のところ一月の予定。


  ◆


バラッサに到着したアルトとメアはすぐあるギルドを訪れた。

イリスが紹介してくれた、彼女が冒険者時代に籍を置いていたギルドだ。


ギルドの名前は【戦斧の化け猫(バトルケットシー)】。

最近リフォームされたようで外観はピカピカでオシャレな佇まいだが、中身はとてもとても古くからある古参ギルドだ。何でもフォルニア建国辺りからあるとイリスからは聞いている。


そんなバトルケットシーの前はバタバタしていた。

何人もの冒険者らしき女性が忙しそうに走って出入りしている。


そんな女性らの合間を縫ってアルトとメアはギルドの中に入った。


「こんにちは~」


とりあえずメアが挨拶した。

しかし「急いで急いで交代まであと少しよ」「剣の用意は?」「薬草いくつ必要かな?」「総動員なんだから持てる奴はあるだけ持って行って」「誰よ!バナナなんかバックに入れてる奴!」「わたし~、途中でお腹減るかもじゃん?」「食べ物なら支援者会の人たちが全部用意してくれてるわよ!キッチンに返しておいで!」「さー、今日は水の魔導士アリリン様が大活躍するわよ~!」「アリリン邪魔ー!テーブルの上に立たないでよー!」という感じで中もバタバタ騒がしかった。


「お~、あの子らじゃな、イリスの言ってた子は。こっちじゃ」


奥の受付カウンターの前でアルトとメアに手招きした老婆がいた。

身の丈に合わない大きな杖を持った小柄な老人だ。


「師匠、呼んでいますよ」


[そうだね。見たところあの人がマスターかな?行ってみよう]


「はい」


二人は真っすぐ老婆の下へ歩き出した。

初顔の来訪者にバトルケットシーの者らはほとんど気にしない。チラリと見ては通り過ぎていく。

それどころではないという様子で慌ただしく荷物をまとめていた。


この場にいる者でメンバー全員というわけではないだろうが女性が多かった。

ほとんど女性だ。地味目な男性が三人ぐらいいたが他は全員女である。

女性主体のギルドのようだ。


「よー遥々遠い所から来てくれたな。ワシの名前はザザバラ。マスターじゃ」


相対すると老婆が名乗った。大きな杖を持った腰が曲がって背の低いお婆さん。

メアが名乗り返そうとする、その前に老婆の横でニコニコしていた若い褐色肌のお姉さんが元気よく片手をあげて言った。


「私はニャルシーにゃ!ランクはC!よろしくにゃ!」


そのお姉さんには尻尾があった。頭上には可愛らしい猫耳まであった。

可愛さアピールのための装飾品という可能性もあったが違う。

尻尾は生体であることを主張するように大げさに動いていた。自由自在に。本物だ。


「猫の獣種人さんですか…?」


「そーにゃ!そーにゃ!この世で一番萌える猫尾人(マーテル)にゃ!」


「ニャルシーではなくナルシーじゃろ。ちゃんと自己紹介せんか」


「別に名前ぐらいいいじゃん、にゃ。ニャルシーの方が断然可愛いにゃん」


「なんじゃそのにゃんにゃん言葉は。いつも通り普通に喋れ」


「だって~。今日はイリス姉さんの紹介してくれた男の人も来るんでしょ?だったら可愛くアピールしたいのが人の性ってヤツにゃんよ~。で、イケメンのアルトくんって人はどこ?」


きょろきょろ探す仕草を見せた。

ニャルシーもアルトのことを女だと勘違いしていた。


「目の前におるじゃろ。そっちの銀髪がアルトじゃ」


「そ~ですよ。一見ただの美人に見えるでしょうが、師匠は立派な男性です」


「えー!ウッソー!!えー!?ウソでしょー!?」


ニャルシーの尻尾はピーンと立っていた。心底驚いていたようだ。


「そしてそっちが複合魔術師メアじゃな」


「はい。私のこと存じてくれていたんですね」


「お主はべルートンの超巨大カエル退治で有名じゃからのぉ。イリスからも話は聞いておるしな」

 

「可愛くて才能のある将来が楽しみな子がいるって聞いてるにゃよ」


「えへへ」少女は照れた。


「お主についても噂は耳にしておるよ。ギルドで飼ってるペットにパンパンやってるとこを見つかって追放された淫獣アルト。ナルシー、お前はウチのマスコット枠なんじゃから気を付けるんじゃぞ」


「いやー、パンパンはイヤにゃ~!」


ニャルシーはイヤ~ンポーズで自身のお尻を両手で押さえて見せた。


老婆の言っているのはバラバロスに流された噂のアレのことだった。

アルトの気分は最悪に害された。

「師匠…」とメアが心配して服を引っ張ってきたぐらい顔にそれは出てしまっていた。


「怖いにゃ~、鬼の面にゃ」ニャルシーはドン引きしていた。


「すまんすまん。お主がそういう奴でないこともイリスから聞いておる。バラバロスじゃろ、こんなくだらん風評流して人を貶めようとするアホウは。大きなギルドで人を束ねる立場を得ても性根の腐りは治っておらんようじゃのぉ…」


「そーですよバラバロスさん!私も一度会いましたがたいへん失礼な方でした!」


ビックトードにアルトが捕食され絶体絶命のとこを助けてはもらってはいるが、その後の言動でメアの中でバラバロスは「完全に敵」という認識になっていた。

少なくとも【翠緑の若葉】を侮辱されたことを少女はまだ怒っている。


「あの馬鹿垂れが迷惑をかけたようで申し訳ない」


「バラバロスはウチの汚点にゃーからね」


「あの人もここのギルド出身なんですか?」


「そーじゃよ。じゃがある問題を起こしてのぉ。しばいて強制的に冒険者を辞めさせようとしたらバラッサから逃げ失せて、知らん内に大手ブルーメードの副マスターになっておったんじゃ」


「はあ、色んな意味で凄い人なんですね…」


「ただの器用貧乏の世渡り上手にゃーよ」


「でも若いのにブルーメードの副マスターまで成り上がれるのは凄いですよね」


「イリスなんかの正面からでは敵わぬ者らを相手に裏で立ち回ることを覚えてしまって、そーいうのが得意になってたんじゃな」


「変なカリスマだけはあったからにゃ~」


実はマスター・ザザバラが定例ギルド長集会に腰が悪いのを理由にバラバロスを代理で送っていたのが、彼にバラッサの外で太い人脈を作れた要因の一つだった。

【青い瞳の人魚】マスター・ギガルテと彼が知り合ったのはその集まりの場である。


老婆はほほ笑んだ。そこには様々な想いが込められている。


「まあ、今後あやつと何かあったらワシの名前を出しなさい。それで折れるはずじゃからな」


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


「ザザ婆の名前よりイリス姉さんの名前の方が効くと思うにゃ。あいつ事ある毎にイリス姉さんに叩きのめされてたからビビってるんだにゃ」


「う~ん、マスターに迷惑をかけたくないので、マスター・ザザバラさんの名前お借りします」


「それがいい。イリスも起ち上げたギルドの運営で大変じゃろうしな」


「姉さんのギルドもメアちゃんの活躍でいい宣伝ができてよかったにゃーね」


「宣伝になりすぎちゃって…、今マスターのすっごい負担になってるんですけどね」


「そーだった、ニャハハハハ」


「大変じゃろうが、今を乗り越えたら団員も増え仕事も増えてることじゃろう」


「そーにゃそーにゃ。だからそんな申し訳なさそうな顔しちゃダメにゃ。全部プラスになるんだから、笑おーにゃ」


ニャルシーがメアのほっぺを両手で押さえた。


「ひゃい」


とりあえずメアはマスター・ザザバラとニャルシーと馴染めたようだ。

やはり初対面の相手とは共通人物の話題で盛り上がるのが一番である。


「ザザ婆…。いつまで話してるの…?もう準備終わったよ…」


編んだ金髪に純白な鎧姿の女性がやって来た。

騎士装備と冒険者服装を混ぜて2で割ったような装備を装着している子。

整った顔立ちをしているが表情はない。

今も何を考えているのか表情から読み取ることはできない。


「もうちょいと待っておくれ。アルトとメアや、紹介しようか。この子がうちの最高戦力(エース)、現在SSランクに最も近いといわれているSランク冒険者【閃光姫(フラッシュ・ルー)】のアイラじゃ」


「通称、ルーちゃん」


ザザバラとニャルシーに紹介されても彼女の口角に変化はなかった。

ムスッとしているわけではないが、ニコッとした愛想も笑みもない。


「初めまして、わたしメアリー・ギルバレットと───…」


メアの自己紹介は前にかざされたアイラの右掌によって制された。


「あなたたちの話は聞いている…。ここにいるのは一時的なんでしょ…?Fランクとは仕事も一緒にならないし別に仲良くなる手順は踏まなくていいよ…」


無表情のままに彼女はそう告げた。


【閃光姫】アイラ・キャロラインベル。

彼女との初対面はとても印象の悪いものだった。


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