【第22話】マスター・ギガルテ
【青い瞳の人魚】マスター・ギガルテ、63歳。
アルトの腕の四倍の太さはありそうな鍛えられた腕をムキムキッと晒す筋骨隆々な大男。
一見、斧を振りまして戦ってそうな男だが雷と大地を操る雷土魔導士だ。
彼が本気を出せば大地は嵐の海原のように渦巻き、雷の槍が投擲される。
そんなギガルテはアルトとメアと三人並んで公園の背もたれのない幅の広いベンチに座っていた。
ズルズルズルーとアルトとメアは皿に盛られたパスタを食べている。
「美味しいか…?」
ギガルテが訊ねた。
それは海鮮パスタ。ちょうど正午だったのでギガルテがわざわざ持ってきてくれた物だ。
恐らくこれがポスターにあったブルーメードの始めたというパスタであろう。
「美味しいですよ!イカとか海老とかゴロゴロ入ってて美味しいです!」
メアは料理を褒めた。
大男は「そうか…、美味いか」とほっそけなく答える。
アルトはこのパスタを知っていた。彼が駆け出し時代のお金がなかった頃にギガルテが何度か作ってくれた懐かしの味だった。
「本場の人魚料理人から教えて貰ったレシピにワシが人好みのアレンジを加えているからの」
「人魚ですか!?」
「うぬ、人魚じゃ」
ギガルテは遠くの景色を見ている。
「青い瞳の人魚な、人が減ってガランとしてたから飯場として開放したんじゃ…」
顔はあちらに向けたまま話した。
それはアルトに向けての言葉だった。
「SSランクの三人がいなくなり。バラバロスの奴が派閥の者らをごっそり連れて移籍して。他の多くの者らもスカウトに釣られて、のぅ」
現状ブルーメードのギルド員数はアルトがいた頃の四分の一ぐらいにまで数を減らしていた。
屋台骨のSSランクがいなくなり落ち目となったギルドに残るより、より良い待遇で引き抜かれることを選んだ者が多かった。
特にブルーメードのライバルギルド【百獣王の牙】が好機とスカウトを使って大勢引き込んでいたのも大きい。
事実上ブルーメードは大手ギルドとして終わっていた。
「間違っていたんじゃな…、ワシは。運よく破格のSSランクが三人も入団して…、行けることまで行きたくなったんじゃ。そう、高みに…。フォルニア最強のギルドになって…、テルマージアの星光の獅子を越えてみせると…。躍起になって、大事なことを忘れていた」
ギガルテは一切アルトの方へ向かない。
少年はハンデを持っていた。話せない戦士。
それでも剣が振るえるのなら問題ないと大男は入団を許した。
少年はずっとブルーメードで戦ってきた。それをずっとギガルテは見てきた。
ランクも上がらず、低報酬のクエストしか挑めなくとも腐らず懸命に戦う彼の姿を。
SSランクがいて、Sランクも増え、いつしかいてもいなくてもいい存在になったFランクの青年の姿を。
ギガルテは見ていたはずだった───
「すまなかったな」
遠い空の雲を眺めて、遠いあの頃を思い出しながらギガルテは言った。
彼がマスターとしてメンバーと築けていたのは利害関係だけだった。
利用して利用されていた、それだけの関係であった。
だから利用価値がなくなれば見捨てられて当然だ。
もしも、もっとギルドのメンバーたちと向き合っていればここまで人数が減ることはなかっただろう。
少なくとも小さな絆でもあればこうも易々と見限られることはなかったはず。
去った者の数はギガルテのマスターとしての不甲斐なさの数値である。
そしてメアはパスタを食べ終わった。美味しかった。
お礼を言おうとしたが空気が重い。ごちそうさまですら言えずにいた。
そんなメアから皿をアルトは受け取った。
自分の皿と重ねて、立ち上がる。
その動作にようやくギガルテはアルトの方を向いた。
今さらギルドに戻ってこいなど都合のいいことは言わない。
アルトも何も言わない。
「頑張れよ」
目も見ず静かにそう言ってギガルテは皿を二枚受け取った。
伝えたかったことは伝えた。
聞きたかったことは聞いた。
二人の間はそれだけでよかった。
アルトは「行くよ」と合図し、メアを連れてその場から離れていく。
ここには仲直りをしに来たわけではない。決別しに来たのだ。
アルトはもう十分だった。
ずっと心の隅に引っかかっていた物は取れた。これで心置きなく新たな場所で戦える。
大男は引き止めなかった。
残され、去り行く二人の背中を見届けながら───
「海鮮パスタ、なかなかの好評でな…。新作も考えておるんじゃ…」
と、誰にも聞こえない程度に小さく言って最後を口ごもった。
追放された彼に今さら「また食べに来なさい」なんて口が裂けても言ってはいけない。
謝罪しても、改心しても、アルトには許してもらったわけではない。決別だ。
二度ともう会うことはない。
「いつかまた、師匠と一緒に食べに来ますから!その時はよろしくお願いしま~す!」
名前も知らない少女が振り返って言った。
それがアルトの心情を察しての代弁だったかどうかは当人にしか分からない。
それでもギガルテは目頭を押さえた。
「ああ…、二人で来なさい」
男が人生を注ぎ込みこれまで重ね上げてきた物は瓦解した。
挽回することも、再起することもこの先ないだろう。
だが、転落を経て大事なことに気付いた。
人生で最も大事な物は「社会的地位」なんかより「人との縁」なんだということに。
人のために生きよう。
残りの人生、すべて人のために活かそうとマスター・ギガルテは決めた。
この先【青い瞳の人魚】は細々と活動する弱小ギルドに落ちぶれる。
生き恥を晒さずいっそ潰した方が潔いと言われるほど成り下がるが、決してマスター・ギガルテは廃団を選ばず、行き場のなくなったへなちょこ冒険者たちの最後の駆け込み寺として活動し続けた。
まるでどこぞのへなちょこ冒険者にしてやることのできなかった事を償うかのように、男は多くのへなちょこ冒険者らの親父となって尊ばれながら愛され続けた。
そして彼の海鮮パスタもまたいつまでもこの町の住民たちに愛され続けた───
大男が空を見上げた。どこまでも澄んだ青空が広がっていた。
かつて彼が憧れたある人魚の瞳のように、きれいな青色をしていた。




