【第18話】複合魔術師メア
『ピンポンパンポーン緊急事態です。ピンポンパンポーン緊急事態です───』
べルートンの町の方から放送音が聞こえる。
『大型モンスターの襲来が確認されました。至急避難してください───』
落ち着いて淡々としたとした避難勧告。
いつも通りの夕飯時、この促しに即従える住民はいくらほどいるだろうか。
このままいけば一体何人犠牲になるだろう。何人?何十人?何百人?
人だけではない、多くの家屋やお店も破壊されてしまうだろう。
この一週間でメアはアルトとべルートンの色んな場所を巡った。
美味しい物の食べれる所、興味深い所、楽しい所。
全部なくなってしまうのだろうか。
多くの顔見知りもできた。
トードラーメンを出してくれるラーメン屋のお姉さんは毎回煮卵を一個オマケしてくれるし。
トード唐揚げのおばさんは妊婦さんで再来月出産予定だと話してくれた。
みんなちゃんと逃げれるだろうか。
そんなことを考えるとメアは息が苦しくなった。
もうこの町は少女にとって無関係な場所ではないのだ。
自分の弱さを言い訳に物陰に隠れて町が蹂躙されるのをただ見ているだけなんてダメだ。
メアは土塊の陰から出た。
少女の心臓は張り裂けそうなほど鼓動している。
「迷うな、私…」
スペシャルトードは町の方を向いて笑っている、隙だらけだ。今なら準備するのに時間のかかる複合魔法でも一撃打ち込めれるはずだ。
師匠も私を信じているからああやって足止めをしてくれている。その信頼に応えなければならない。
「べルートンと師匠を救い出せるのは私しかいない…。師匠…!今助けますから!」
覚悟を決めてメアは走り出した。
※
土手の上のべルートンの人々は草原にトテトテ走る一人の少女の姿を見つけた。
「お、おい!あそこに女の子がいるぞ!」
「ホントだ!冒険者か!?あの帽子魔法使いっぽいぞ!」
「何をするつもりだ!?もしかして戦う気か!?あの子本気か!?」
「危険すぎる!あんな小さな子に何ができるというんだ!」
一人の男性が「危ないぞ逃げろー!」と少女へ叫んだが笑い声に掻き消され気付いては貰えなかった。
「アレじゃア!あの子が言い伝えの勇者しゃましゃア!」
百歳を超える最長老の老婆が入れ歯を吹き出しながらプルプル震えて叫んだ。
老婆は少女を指して勇者と呼んだ。
「でもババ様~、異翼の風も金色の獣もいないよ~?」
「ほまかひこひょひゃいいんひゃ!(細かいことはいいんじゃ!)」
「ババ様~、入れ歯~」
幼子の片割れが飛び出した入れ歯を慣れた手つきで老婆の口に再投入した。
「ひょごほご…。ワ、ワシの盲いた目には朧げな影しか見えん…。じゃがその分見えるのじゃ。節理より逸脱した者らの輝きがの…。お主らに見えとるド級のカエルは墨をぶちまけた邪悪なオーラを漂わせておる…、あの子はその闇に対して光り輝いて抗おうとしているのじゃ…!勇者でなく何と言うのじゃ…!」
「そ、そうなのか…?」
「最長老がそうおっしゃられるのならそうなんだろう!」
「何でもいい…、誰でもいい…!た、頼む…!べルートンを守ってくれ…、お願いだー!!」
べルートンの人々が見守る中、メアはぐちゃぐちゃになった草原を走る。
エルドナのように悪路をぴょんぴょん飛び跳ねて進むことはできないが、割れ目を飛び越えて斜めになった大地を駆け上がり少しずつだが着実に進んでいく。
少女は自分でも驚いていた。めちゃくちゃ身体動く!と。
アルトとビックトード討伐でずっと歩き続けていた効果だった。
スタミナが付いていたのは分かっていたが、体力に余裕ができると身体ってこんなにも動くんだ!と感動した。
そしてメアは大地が隆起して断崖絶壁になった先に辿り着いた。
そこは隠れる場所が一切ない見晴らしのいい場所だった。
逃げ場の隠れる障害物もないこの場を選んだのは少女なりの覚悟を決めた不退転の意思表示だ。
そこから改めて近くで見るスペシャルトードはやはり巨大だった。
まるで絵画に描かれたワンシーンのように笑うカエルの立ち姿にグッときてしまう。
これで町を襲わずアルトさえ食べていなければ凄い物を見ているとはしゃいでしまっていた所だ。
しかしこれは敵だ。
メアは息を吸って吐いて整えて二本の魔術杖を構える。
残夏の少し暖かな風に頬を撫でられ茶色の髪がなびいた。
少し無我夢中で走ったおかげか、心は意外なほど落ち着いていた。
後は全力の一撃を放つだけだ。
倒せれば師匠を救い出せて万々歳。威力が足りず倒しきれなくても大きなダメージを与えて体力を奪えば土手を越えるのにも手間取ってくれるはずだ。
いや、そんなことを考えるのはやめよう。
絶対にここで打ち倒すんだ。
集中した少女の脳裏にアルトとの思い出がよぎり始めた。
実はいうとメアは学校に通っていなかった不登校児というものだった。
この世界では庶民の子でも小学校と中学校は義務教育であり、基本的な勉学と適正のある職に合った訓練を受けるのだが、メアは魔法訓練の始まる小学五年生の頃から登校拒否を起こしていた。
もちろん彼女が複合魔術師であったことが原因にあった。
「メアは凄いのね」優しい教師はメアにそう言った。
たとえ初級魔法の【火球】すら放てなくとも、メアには秘められた圧倒的な才能があることを、生まれた時から上級職であることの凄さを、学校の大人たちは知っていた。
だから初めての魔法訓練の際、少女があまりにも巨大すぎる火の球を空に浮かばせた時もそう驚くこともなかった。それができてしまう可能性がメアにはあることを教師たちは既知していたからだ。
ただ、恐れてしまっただけだったのだ。
メアは今でもはっきり覚えている、優しかった先生たちが向けてきた化け物でも見るかのような目を。
「化け物…」の一言を。
幼くとも賢いメアはすぐにぜんぶ理解した。
恐れられた赤鬼は姿を消すことしかできない。だからメアは学校を去ったのだ。
そんな経緯もあって学校生活を送れなかったメアは密かに青春というものに憧れを持っていた。
十何日ほどのアルトとの生活、実情はカエルと戦い続けた泥臭い物だったがメアにとっては青春を取り戻せたようで光り輝くような日々だった。特に旅館【仙蛙】での生活は修学旅行のようで楽しかった。
「師匠、私たちまだカエルしかしばいてませんよ?」
アルトとはドラゴンに跨って空を飛ぶ夢を叶えるまで一緒にいようという約束をした。
ずっと続けようと約束した冒険はまだまだ序盤だ。
こんな所で終わっては困る。だから助け出す。必ず。
草原に大きな風が吹いた。
メアはアルトを助ける気満々であったが。
現実は斯くも上手く行くものではなかった───
ゲコッ!ゲコッ…!ゲコッ…、ゲコ…、ゲコ。…ゲコ。
狙いすましたかのようなタイミングでカエルの笑い声がやんでしまった。
胃液を強酸化させて笑う原因となっていると思わしき異物をさっさと消化したのだ。
けろりとした顔でスペシャルトードは一鳴きした。
「そんな…」
この事態にメアはショックを受けた。
カエルの笑いはアルトの手によるものであると確信していたからだ。
その笑いがなくなったということは、アルトが死んでしまったということだ。
野生の感か本能か。スペシャルトードはゆっくりと後ろに振り向いた。
カエルは両まなこで少女の姿を捉えて瞳に映しだした。そこにはちっぽけな少女の姿があった。
土手の上の男たちが「あ~!」と落胆する声をあげた。
「終わりだ~!」
逃げ場も隠れる場もない少女の残酷なラストを想像して皆が頭を抱えた。
だが当の本人だけは前を見ていた。
ピィーピィーという微かな音がメアの耳に届いていたからだ。
それは何度もこの草原で聞いてきた救援求めフルートの音だった。
笑い声がやんだおかげで聞こえるようになったその笛の音はカエルの腹の方から響いていた。
「そうですよね…、生きてますよね…!師匠!ハハハ!」
その笛の音がアルトの物であることをメアは疑わなかった。
おかしくて笑ってしまうほどだった。
「生きてさえいてくれれば!!ほんのちょっぴり!半分ぐらい溶けてるぐらいなら一生かかっても私がどうにかしますから!!」
メアは魔術杖を横へ振って手を離した。
二本の杖は不思議な力が作用して空中でピタリと停止する。
カエルが凝視する目の前でメアは堂々と振る舞った。
もっと恐ろしい目をメアは知っている。
あの日、旧校舎を消し飛ばしたことで教師やクラスメイト達から向けられた視線、ギルドで組むのを断られながら向けられ続けたあの視線たちに比べれば、今向けられている目はただ大きいだけだ。
何も怖くない。
「燃える火の原点よ───」
【終わりを告げる瞬きよ───】
いつ舌が伸びて食べられるか分からない局面でメアが詠唱に用いたもの。
───それは手話だった。
「精霊が…!大地の精霊…!大気の精霊たちが…!ざわめき始めた…!」
異変に誰よりも早く気付いたのは土手の上の目の見えぬ老婆だった。
メアはアルトから教わった手話で弱点だった長すぎる詠唱時間を短縮させようとした。
口頭と手話を用いて二種の魔法を同時に発動させるという荒業だ。初級魔法とはいえ魔法の発動は本来一つでも難儀になるのだが少女の賢さのステータスの高さがそれを可能にした。
手話で魔法の詠唱をするなんて話は聞いたことはないが確かな手応えがあった。
「火天の先に在する陽極の一部よ!」
【遠き彼方に在した星々の終焉よ!】
詠唱に呼応して数多の光が蛍のように宙に漂い始めて大地が光り輝き始めた。
頭の先から足の先までピンとしたものが通ったような感触を感じた。
唱えるほど莫大な魔力が自分に集っていくのが分かる。
魔力の奔流というモノがすぐ傍にあるように感じる。
「少女よ…、それは世界からの贈り物じゃ…、新たに産まれた偉大なる魔術師の息吹きに世界が祝福しておられるのじゃ…!」老婆は涙した。
大地と大気の精霊が形を見せて巻き上がりメアを祝う。
メアの身に起きているこの現象は古来より【聖人】と呼ばれた者らによって引き起こしてきたものだ。
発生する条件は定かではなく、同じ手順を再現しようと二度目はない、奇跡と呼ばれた現象だ。
レベルが低いせいで足りなすぎたMPが補われていく。
物事のピースが合致し、少女の導き出した複合魔術師へのアンサーへ贈られたたった一度きりの初回ボーナスが、本来少女の持つポテンシャルを最大限に引き出していった。
まるで世界そのものが味方をしてくれているかのような無敵になった気分でメアは力を込める。
「在るがまま全霊の一端をここに顕わし!我が敵滅する剣となれ!ファイア!!」
【あまりある極大の一端をここに降し!我をも翻弄する力を揮え!エクスプロージョン!!】
煌めく火炎と煮える爆発の塊が二本の魔術杖のそれぞれ先に出現した。
それぞれの魔力の塊はメア自身が驚くほど異様に巨大なものだった。
その様子にスペシャルトードはただ黙って見ていた。
いや、よく見ると大きすぎる身体を小刻みに震わせていた。
「怯えておるのじゃ…!」
老婆は意気揚々と答えた。だがそれは違った。
カエルは耐えていたのだ。
突然ぐっぱりとカエルの口が地獄の門のごとく開かれた。
そして、ゲッゲッゲッゲ!!とその大口で再び笑い始めた。
ゲコッ!ゲコッゲココ!ゲッコ!ゲッコ!ゲコココ!ゲッコ!
カエルはずっとこれに耐えていたのだ。
※
「うぉおおおおおお!!アルトォ!そこでいいんだな!!」
「ピィーッ!ピィーッ!ピィーッ!!」
バラバロスの叫びにアルトは笛の音で答えた。
二人は溶かされて死んではいなかった。
骨まで溶かす地獄と化した胃の中でアルトはバラバロスに肩車され【くすぐり】を再開させていた。
バラバロスが率先して足場になってくれたおかげで胃液浸からずに済んでいるのだ。
アルトは無事でいるのだが、代わりにバラバロスはこれまで味わったこともないような激痛に耐え続けていた。
「死ねるか!こんなクソみてぇな場所で!この百芸のバラバロス様が!死ねるかぁああ!!」
バラバロスが血管をはち切らせ鼻血を吹き出しながら叫んだ。
胃液の水嵩は増して腰の上まで浸っていたが、バラバロスは自分の全魔力を下半身に集中させ皮膚を強化し溶解を防いでいた。これがなければ二人はすでに原型も残さず消化されていたところだ。
魔法剣士であり技スキル魔法スキル両方のスキルを浅く広く習得できる器用貧乏な彼だからこそできた力技だった。
それでも限度はある。保って立っていられるのは数分だ。
「アルトォ!時間さえ稼げばどうにかなるんだろなァ!?」
ジュワァアアアアア!ボコン!ボコン!胃液が炭酸水のごとく気泡をたてた。
さらに溶解度を高められていく。バラバロスは唇を血が出るまで噛みしめた。
「助かるためだ!泥を啜っても俺様は足掻いてやるぞッ!!」
アルトはただ頷いてひたすらにくすぐり続ける。
※
二人の男の懸命な窮鼠猫を噛む行為によって、我慢しきれなくなったカエルはなりふり構わず唾を飛ばして笑った。
その様は酷い物だった。ゲッゲッゲゲゲゲゲゲゲゲッ!笑う笑う爆笑する。
ちっぽけな少女は唱える。
「進化の刻を私は踏み躙じる。形なく比べなく せめて不平なく」
【穿ち血肉蒸火する鉄槌を空より振り下ろす我が勇みたる傲慢を】
カエルは笑いながら目にしていた。
二つの魔力の塊が美しくも混じり合い、受けてはならない一撃が生み出されていくのを。
「無秩序な叡智を手繰り行使する我が蛮行と共に万理を叛せ」
【音なき冷百にて永劫を否定する万雷が貫く。無きも有すも】
「在して滅び」
【滅して発す】
命に届くであろうそれを阻止しなければならない。
カエルにしては少し頭の使えるようになっていたスペシャルトードだったが彼には何もできなかった。
生まれて初めて味わう生理現象に、押し寄せる笑いの濁流に逆らい成すすべはない。
ただ、この笑うという行為は意外と悪いものではなく。
ゲッ!ゲッヘ!ゲッゲッゲ!ゲゲゲ!ゲッ!ゲッ!
清々しく。カエルは笑った。
「メアリー・ギルバレットの名を示し!」
【等しく 光あれ───】
最期に彼の目前に広がったものは赤き紅蓮の瞬きであった。
【「朱天星雲超新星爆発!!」】




