【第16話】この世で一番キライな奴
時は少し遡る。
※
「空気入れ替えますよー」
メアが窓を開けた。
流入する冷気が心地よい。
ここはギルドの二階にあるイリスの部屋だ。
時間はもうお昼をまわっていた。
朝まで飲んで僕らは昼すぎまで寝ていたのだ。
「はい、マンゴラウコン入りのお茶です。どうぞ」
二日酔いでグデッと横になっていた僕に新入り受付嬢ナーラがお茶をくれた。
下のギルドのキッチンで作って持ってきてくれたようだ。助かる、ナイス気遣いだ。
マンゴラウコンさえ接種できれば二日酔いもすぐ良くなる。
ちょうど窓も開けられ寒かったから大事に飲むことにしよう。
「マスター起きませんね」
「昨夜は凄く飲んでましたもんね、ずっとアルトさんに絡んでお酒飲まさせて自分も飲んでって…」
「凄かったですねー…。師匠も師匠で…酔って…、スキル使ってイリスさんくすぐって…」
「後始末大変だったね…、着替えとか…」
僕がお茶を大事そうにチビリチビリ飲んでいる間に女子二人は協力し合って部屋の片づけを始めていた。
歳も近そうですぐ仲良くなれたみたいだ。いい友達ができたようでよかったよかった。
話の詳細も気になりすぎたが頭が痛すぎてそれどころではなかった。
それはそうと僕の上着を見つけてほしい。僕は今も上半身裸だ。
サービスになっているのならこのままでもいいけれど。
メアなんて事あるごとに自然を装ってチラチラ目線を送ってきている。
「どうです?アルトさん、お茶は効きましたか?」
ん、おかげで頭がすっきりしているよ。先ほどまでの頭痛もなくなっている。
「ありがとうだそうですよ」メアが代返してくれた。
「お役に立てれたら嬉しいです。それじゃあ空のジョッキ、下のギルドに返してきます」
「一人じゃ持ちきれませんよね?私も手伝いますよ」
「ありがとメアちゃん」
二人は仲良く大量のジョッキを抱えて部屋を出て行った。
僕はお茶の残りをすする。
※
「複合魔術師とくすぐるスキルしかない戦士のFランクパーティーですか…、スゴいね」
僕らはナーラが用意してくれたパスタの軽食を食べていた。
イリスはまだ眠ったままだ。
「でも師匠のくすぐりは最強なんですよ?現に元Sランク冒険者のマスターを倒しましたし」
それはイリスが酔っ払いだったからだ。
「確かに最強だった…。見てるこっちまで悪夢だったよ…、人ってあれだけ笑えるんだね…。噴水みたいに…」
「やめましょうナーラさん…、蒸し返して一番傷つくのはマスターです」
「ね」
メアが止めたがホントに僕はとんでもないことをやってしまったようだ。
内容は気になったがメアとナーラは墓まで持っていく覚悟をしたらしく二度とその話に言及することはなかった。
イリス本人も記憶飛んでしまっていればいいのだが。
「それで二人は今日はどうするの?あたしは夕方からのシフトで、マスターは…、仕事大丈夫なのか、な?」
目覚めさえすればマンゴラウコンですっきりさせることはできるし心配する必要はないだろう。
「私たちはこれからべルートンに戻ろうと思います」
「えー、もう行っちゃうの?」
「はい。片道三時間ですしね。もうお昼ですし一日最低一体はカエル倒さないと旅館代で収支マイナスになってしまいますから。この後すぐにでも」
荷物は仙蛙に預けて部屋も取ったままだからな。こうしている間にもお金はかかっている。
「あまり無理しないでね。イリスさんも手柄を上げるより無事に帰ってきてくれることの方が喜ぶと思うから」
「心がけます。カエルシーズンが終わったらまたオルーナに戻ってきますので、その時はまた一緒にご飯食べに行きましょうナーラさん」
「うん、楽しみにしてるね」
食器を洗って僕らはイリスの部屋を出る用意をした。
イリスはまだ寝たままだ。幸せそうに眠っている。
「よほど嬉しかったんだと思いますよ。メアちゃんのことずっと気にかけてたから。大事に思われているんだね」
「フフ、自覚してます。マスターに大好きですよって伝えててください」
「わかった伝えておく。じゃあアルトさんメアちゃん、いってらっしゃい」
「はい、行ってきます!」
イリスをナーラに任せて僕らはオルーナを出た。
二度目のオルーナからの旅立ちだ。
今回はギルド【翠緑の若葉】の一員アルトとして。
ビックトード討伐は歩合制なのでギルドに属しても報酬の量は変わらないが、やはり肩書があるのとないのとでは違うな。胸を張って堂々としてられる。
ギルドのマークは羽織るケーブの背中部分に入れてもらった。オシャレで気に入っている。
「師匠には夢とかありますか?」
列車の中でメアが質問してきた。
窓の外の流れゆく景色を眺めながら少し考える。夢か。
[ドラゴンに跨って空を飛びたい、とか…?]
「ふへへ」
笑われてしまった。
たしかに子供っぽすぎたな。でも実際僕の夢といえばドラゴンに乗ることであるのだ。
[メアには何か夢あるの?]
「私の夢は、もう叶えてもらいましたよ」
窓辺でにっこりと微笑んだメアはこれまでで一番可愛く僕の目には映った。
「だから今度は師匠の夢のお手伝いをするのが私の今の夢なんです。へへ、ドラゴンに乗って空駆けるってロマンあっていいですね」
[新しい自分の夢を探すのもいいんじゃないか?]
「へへへ、ぼちぼち探します」
ちょうど商品を載せたカートを押す物売りの女性がきたのでビンのコーラを買って乾杯した。
「でもドラゴンって基本めちゃくちゃ人を嫌ってるじゃないですか。東の国々じゃ聖龍陽国とずっと全面戦争してますし、なかなか不可能に近いですよね。背中に乗るどころか近づいただけで焼き煤にされちゃいますよ」
まあね。現状ドラゴンはこの世の最強種でビビるぐらい人を嫌悪し敵対してきている。
小国なら単騎で滅ぼせるというドラゴンに騎乗などまさに夢物語だ。
だが広大なルーマ大陸で人が把握し領地にできているたった3パーセントの土地だ。残り97パーセントは今だ未知に包まれている。なら必ずどこかに人に懐く友好的なドラゴンだっているはずだ。
可能性はゼロではない。
それに僕はその龍の国ドラゴニアからやって来たと言う女性を一人知っている。
別に叶えなくても構わない優先度の低い夢だがちゃくちゃくと近づけてはいる。
「約束しましょう」
ん?ああ。
小指を立ててきたので小指で返してあげた。
「師匠の夢を叶えるまでずっと、ずっと一緒に冒険続けましょうね」
他愛もない約束をメアと交わした。
※
かつての偉大なる開拓者ヤン・コルマは亡くなる直前に弟子を集めてこう言い残したという。
人の最も恐るるべき死因は事を成した後の一歩目にある、と。
※
「イヤーッ!!!!師匠!諦めないでーッ!!」
油断した。
オレンジ色に染まった夕暮れの草原の下、僕はビックトードに食べられていた。
上半身は完全にの中で、かろうじて出ている両足をメアが必死で引っ張ってくれている形だ。
「イヤ!イヤ!こんな!こんな所で!こんな終わり方だなんてイヤーッ!!!」
状況は絶望的だ。
三時間ほど列車に揺られべルートンの町に戻ってこれたのは今から一時間ぐらい前のことだった。
今日の討伐どうしようかと談議した結果、せめてカエル一体は倒しましょうということになって僕らは草原にやって来た。
その時はまだ多くの冒険者が戦って残っていた。
だが僕らがカエルと戦い始めると同時に徐々に人は減っていき、気づけば僕らだけになっていた。
その状況にメアは焦り始めて足を滑らせ転倒してしまった。
だからそれ故に僕は攻撃を入れたあと足を止めたのだ。
「ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!私のせいで!!イヤ!師匠イヤーッ!!」
メアは何も悪くない。悪いのは僕の状況判断ミスだ。
人が減った時点で戦闘を離脱するべきだった。惜しんでしまったんだ。
浮かれてしまっていたのかもしれない。ギルドに入れてもらえて嬉しかったから。
メアが救援フルートを吹いているのが聞こえたが意味はないだろう。
もうこの戦場に僕ら以外の人間はいない。
馬を利用してビックトードの死体を回収する人たちも安全面を考えて草原にやってくるのは完全に日が暮れてからだ。
抵抗しようにも万力のような下に胴体を絞めつけられて満足に動くことすらできない。
そもそも息が続かない。意識ももうじき飛ぶだろう。
こんな死に方か。
Fランクの力量で冒険を続けていればいつかは命を落とすことになるだろうなとは思っていたが、最期はカエルの胃の中か。せめて青空を拝みながら死にたかったな。
無念の残る死に方だが、メアが無事なら及第点か。
ごめんな、まだまだいっぱい色んな所に冒険行こうと約束したのにな。
「師゛匠゛…!師゛匠゛…!イヤだァ゛…!」
メアの涙がポタリと落ちた、次の瞬間。
ゴォオオ!と風の一刃が大地を砕きながら飛来し───
ゲコォー!とビックトードの下半身を粉々に砕いた。
「あ゛あ゛ッ!」
絶命したカエルの口から僕は引っ張り出された。
衝撃にメアは後ろへ倒れて僕も地面に転がる。
「師匠ーッ!」
空気に触れた胃液と唾液がものすごい悪臭を発し始めるが構わずメアにギュっとされた。
心配をかけたな…。
でも、誰が手を貸してくれたんだ───
「やっと見つけたぜぇクソアルト。くくく、カエル相手に手こずってるようだな」
そこに立っていたはよく知っている顔、忘れもできない男がいた。
───バラバロスだった。
その横にはツーンとした顔でエルドナもいた。
なんでこの二人がここに。
仕事のためではないだろう。彼らはA、Bランクの高ランクコンビなのだからこんな稼ぎがいいとは言えないクエストには用なんてないはず。
かと言って観光というわけでもなさそうだ。
「お前よ、王族様と何かあったのか?美人のメイドがお前について聞きに来たからテメェの居場所の情報と引き換えに全部喋ってやったよ!渡りに船とはこのことだったぜ!クハハハハ!」
王族のメイド?そんなのは第11王子リクリーシュのメイドらぐらいしか知らないが、もしかして彼女らのことだろうか。
エリーゼの居場所もピンポイントで見つけたようだったしメイドの中に【探知】のスキル持ちがいたのかもしれない。だとすると常に居場所を掴まれているのか、ゾッとするな。
「要件は一つだ、アルト」
バラバロスはそう言って歩み寄ってきた。
彼の顔は逆光で影が入り、とてつもなく邪悪なものに見えた。
「青い瞳の人魚に戻って来い。今度はそれなりの地位につかせてやるよ。ゴミみてぇなギルドでしょぼいクエストなんてこなしても美味くはないだろ」
それは耳を疑うような発言だった。
ふざけるなよ…、お前らが僕を追放して追い出したんじゃないか。
今さら、戻ってこいだと…?
「ゴミじゃ、ないです…、翠緑の若葉は…!」
僕より先にバラバロスの暴言に反論したのはメアだった。
身体は小刻みに震えていた。
彼女もバラバロスの実力は先ほどの一撃で目撃してしまっている。
自分たちが一時間半かけて倒すカエルをたった一撃で倒してしまうAランク冒険者の力を。
それでもメアは勇気を振り絞って言葉を吐いた。
「て、訂正してください…」
「ハー!?名前も聞いたことねぇよ、ンなゴミギルド!中堅までは全部頭に入ってるんだがな!俺が知らねぇってことは覚える価値もねぇゴミってことだ!めんどくせぇから黙ってろお前」
「グスン…」
自分の内から沸々と湧き上がってくる怒りの熱に僕は気付いた。
きっとこの世にはどうしようもなく救いようのない悪党が存在する。
僕の前にいるこの男もまた、そんなドス黒い醜悪な人間なんだ。
生きているだけで周囲を害し、存在するだけで他人を傷つけ続ける、公害のような人間だ。
「何だよその面。言っとくがお前のクズスキル【くすぐり】についてはエルドナから聞いてるからな。対人最強?掴ませなきゃいいだけの話だろ。つーか俺にそんなスキル使ってみろ、エルドナにそいつを殺させてやるからな」
当たり前のように人質を取る。
男同士の一対一、正々堂々のタイマンなどこいつの頭にはサラサラないらしい。
卑怯な男だ。
唯一の僕の切り札【くすぐり】のネタが割れているのは非常に痛い。
正直初見殺しでしかないからな、このスキル。
警戒されていれば相手を捕獲するのは難しいし、メアを狙われてしまえば守れない。
「やめようぜ。喧嘩をするために来たわけじゃねぇんだ」
バラバロスはにっこり笑った。
僕の嫌いな目の笑っていないペタリと張り付けたような不愉快な笑みだ。
「考えてみろよ。今俺はお前の命を助けてやったんだぜ?命の恩人、感謝するべきだろ。お前が大人しくブルーメードに戻ってくれば全部丸く収まるんだよ。これまでのことは水に流してやり直そうぜ。そいつも連れてくればいいじゃねぇか。それでどうだ」
どうしてこんなに一度は追放した僕を連れ戻したがってるのは不明だが、こいつのことだ、どうせロクな理由ではないだろう。
トップギルド【青い瞳の人魚】に戻って来いと言われれば百人中百人が喜ぶだろうが僕はもう違う。
もうそんなギルドに魅力は感じない。
もっと大事で骨を埋めたいと思えた素敵なギルドに出会えたからだ。
それに僕はお前が嫌いだ、お前がいるギルドなんて戻りたくはない。
これが一番の理由だ。同じ空気も吸いたくないのに同じギルドだなんて絶対無理だ。
死ねバラバロス。この世で一番お前が嫌いだ。
僕は答えた。
「何だよそれ、手話か?わかんねぇよ」
「戻る気はない。今の僕は翠緑の若葉のメンバーだ、だからその話断らせてもらう。帰ってくれ。だ、そうですよバラバロス様」
僕の手話を通訳したのはエルドナだった。
「お前手話分かるのか?」
「まあ受け手としてだけなら。アルトさんと組んでた時に教えてもらったんです」
「ふーん。で、断るってお前の翻訳ミスじゃないんだな?」
「あってますよ!師匠は確かにそう言・い・ま・し・た!お願いですから帰ってください!」
僕の背中に隠れてメアが言った。
ギロリとバラバロスに睨まれ「ひっ!」と言ってすぐまた身を隠した。
「アルト、戻ってくる気はないんだな…?」
こくりと頷いて見せる。
「ハァー…。ホント、お前はイライラさせてくれるよ…」
バラバロスが歩いて更に距離を詰めてきた。
10メートルほどの距離を一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。
やはり大人しく帰ってはくれないか。
さすがにメアにまで手は出さないだろうが、僕はただでは済まないだろうな。
しかし僕はもう正式にギルド【翠緑の若葉】に入団している身だ。
【青い瞳の人魚】副ギルドマスターという高い社会的地位に座るバラバロスもそう大それたことはできないはず。間違ってここで僕を殺せば大問題に発展するのだから。
だがバラバロスは平然と剣を抜いた。
「間違っていた…、お前を追放したのはよ。それじゃあ足りなかったんだ…、お前だけはこの手でぶっ殺すべきだったんだ」
バラバロスの剣の刀身が煌めいていく。
本気の殺気が向けられ、冗談では済まない最後の一線が踏み越えられた。
「じゃなきゃ俺の悪夢は終わらねぇ…!ぶっ殺してやるよ、アルトォッ!」
その時だった。
ピンク色の大蛇がバラバロスに巻き付いた。
グルンと一瞬のことで成す術もなくそのままバラバロスは持ち上げられていった。
いやこれはピンクの巨大な舌だ。
大蛇ではなく巨大なカエルの鮮やかなピンク色の舌だ。
舌の飛んできた先を見上げる。そこにいたのは信じられないほど巨大なビックトードだった。
オレンジ色に夕日に照らされながら、そのカエルはギャザー大森林の巨木の上から顔を出してこちらを見下ろしていた。
「ぐあああああああ!」
バラバロスは食べられた。




