【第13話】グランファイガ!
魔法と魔法とを複合させて威力を数倍にし放てる複合魔術師。
出力できる瞬間最大火力は全上級職内でもトップクラスである魔法攻撃特化職だ。
しかし多くの魔法使いはそんな複合魔術師をハズレ職と呼び評価する。
なぜなら超火力を誇る代償に複合魔術師は複合しないと魔法を放てないというデメリットとを持っているからだ。
初級魔法も中級魔法も上級魔法も究極魔法も単一としては放てないのだ。
つまり中級職から上級職、複合魔術師へ歩を進めると言うことは実質的にこれまで扱ってきた魔法全てを捨てると同義のことなのである。
例えるならジャブの使えないボクサー。ストレートしか打てないバッターだ。
当たれば必倒、当たればホームラン確定でも、そうなろうとする者はいないだろう。
基礎を積み上げて実力の付いた者ほど手軽に使える基礎の大事さを身に染みて知っている。
上級職にまで成れるような者ならなおさらだろう。
だから複合魔術師はハズレなのだ。
その証拠にいま現在シンファルニア国に複合魔術師である魔術師は一人もいない。
たった一人、金剛石のごとき才能と素質を有し、生まれた瞬間からそうだった少女を除いて。
※
油断したビックトードのケツに最初の一撃を叩きつける。
ゲコッ!微量なダメージが入った。
こちらの存在に気付いたカエルが振り返ろうとするのに合わせて正面に立たぬよう移動する。
こうなれば後はもうリズムゲーの要領だ。
移動して斬る。移動して斬る。ただそれだけだ。
グルグル回るビックトードとその周りをまわる僕。まるで地球と月だな。
少し離れた場所で魔術杖を構えるメアが見えた。
今度の作戦はビックトードの気を僕がすべて請け負い、ノーマークになったメアが複合魔法をぶちかますというもの。
攻撃スキルを持たない僕らが単純な殴打だけでカエルを倒すには二時間かかるからな。
メアの魔法で少しでも時間短縮になれば御の字だ。
「燃える火の原点よ、火天の先に在する陽極の一部よ!在るがまま全霊の一端をここに顕わし!我が敵滅する剣となれ!ファイア!!」
メアの所有する魔術杖の先にバスケットボール大の火の玉が出現した。
火属性の初級魔法【火球】だ。
それをそのまま飛ばせれば戦力になるのだが、本人曰くそれは無理らしい。
「燃える火の原点よ!火天の先に───」
メアはまた魔法を詠唱し始めた。
もしかして二度詠唱しないといけないのか?
まあ、そうか。複合する魔法は二つ用意しなきゃいけないと言ってたしな。
しかしこれは大きな隙になるな。
今回は相手が動きの鈍いビックトードだからいいが、何がどこから来るか分からない一瞬が命取りとなる危険なクエストでは無視できない弱点だ。
「───我が敵滅する剣となれ!ファイア!!」
二度目の詠唱が終わり、更にもう一本の魔術杖の先の方にも火の玉が出現した。
材料となる魔法は揃った。
「複合するは陽極の欠片と欠片───」
杖の先に浮遊する火球と火球がぐにゅりと合わさっていく。
二つの魔法が一つになっていく。
「───生きとし生ける森羅万象平伏す先は灰にある!熱をも知らぬ乙女に非ざる一手を!燃え盛るは万誕の奏!燃え尽くすは万死の絶息!多くは死して残るは刻め!純然たる絶大よ!神に近しき我が奔流に!メアリー・ギルバレットの名を示し、火天に滅せ!」
草原に直径六メートルぐらいの小さな太陽が出現した。
太陽と表現するのはいささか大げさだったかもしれないけど、間近でそれを目にした僕にはまさしく太陽にしか見えなかったのだからしょうがない。
巨大な火の玉はゆっくりと高度を下げてくる。
ビックトードに向かって。
僕の方にも向かって。え?
僕は、まだ、退避できていない。
「グランファイガ!!」
禍々しいほどの暴虐の塊が。
神々しいほどの魔力の輝きが、僕の視界を覆いつくしていった。
後で本人の口から聞くことになることだが、彼女はあまりの威力に複合魔術を滅多に使ってこなかったと言う。特に今回は久しぶりだったこともあって制御が全然できなかったそうだ。
僕が巻き込まれそうなのは頭では分かっていたが、いったん発動した複合魔法を寸止めできなかったらしい。制御不能、暴走したらしい。
燃え盛る火の球体が地面と接触し、轟音と共に火柱が上った。
全力で逃げ出した僕は爆風に煽られ吹き飛ばされ、ビックトードは消し炭になって吹き飛んだ。
ヌルヌルな体表のぬめりと厚い脂肪で物理攻撃と火属性魔法に耐性のあるはずのカエルが秒も耐えれず姿を消した。僕は熱風を浴びながら地面に叩き付けられた。
なんて威力だ。後ろを振り向くと大きなクレーター状の大穴が残っていた。
後数歩逃げ遅れていたらと思うとゾッとする。
メアの方を見ると、彼女は身を折り畳んで倒れていた。
気絶しないと言うことだったが、無事気絶してしまったようだ。
なんて子だ。
こんなの駆け出しFランクの出していい威力ではない。
Bランク、いやAランク冒険者にも匹敵する力だ。
それも複合したのは子供でも扱える初級魔法の【火球】を二つ。
もしこれが中級、上級魔法だったら…。
…少なくとも僕は死んでいただろうな。
※
メアが目を覚ますとそこはアルトの背中だった。
小柄な少女は背負われていた。
周囲を見渡すとそこがビックトードと冒険者の戦場となっている草原とべルートンの町を遮る土手道であるのが分かった。宿へどの帰路か。
ああ、終わったんだな。ビックトード討伐後半戦は。
日が傾く中、重なる二人の影は後ろに伸びている。
「師匠…」
メアは言いにくかった。
危うく師匠とまで呼び慕うアルトを殺してしまう所だったのを少女自身も分かっている。
ふがいない自分のせいで死にかけて彼は今どんな顔をしているのだろうか。
背負われている位置からでは彼の表情を伺うことはできない。
言葉を発せない彼からの返事もない。
ただアルトの背中は思っていたよりも大きくて暖かった。
時に男は背中で語るとも言うが、少女はアルトの意志を密接する背中から感じたような気がした。
「気にしないでいい。失敗しても支え合うのが仲間だ」なんて。
気のせいだろうか?
でももし彼が口が利けたらきっとそう言っていたに違いない。
アルトがメアを許してくれるなんてことは分かりきっていることだ。
怒って注意はされるだろうが結局最後は許してくれる。
彼の優しさに甘えているなとメアは思った。
でもあと少しだけ、あとほんのちょっぴり強くなるまでは甘えさせてくださいと心の中で唱えて少女はまた眠りについたのだった。
必ず師匠に恩返ししますからなんてことも思いながら。
※
「わー、立派ですね!」
土手道の終わりから背中から降ろされたメアと僕は今夜お世話になる宿へ辿り着いた。
ビックトード討伐者専用旅館【仙蛙】。立派な大型老舗旅館だ。
普段は一般客でも利用可だがビックトードの繁殖期シーズンだけは冒険者専用になるべルートンの町で一番一泊の値段が高い宿だ。
日も落ち薄暗くなった場を照らしているのが垂らされ飾られる朱い提灯たち。
その明かりが届かない場所では硬火蛍の淡い光が漂っている。幻想的な佇まいだ。
「凄い人だかりですね。草原より賑やかしいんじゃないですか?」
メアの言う通り多くの人間がぞろぞろ往来していた。
ビックトード討伐を目的とした冒険者のほとんどがこの旅館を利用するからな。
日も落ちて一斉に宿に戻ってきた冒険者たちで渋滞するんだ。
その冒険者たちをターゲットにした屋台や物売りたちも集まるし町の人たちもやってくるわで、もう一種のお祭りだ。
「あっ、カエル肉の唐揚げ売ってますよ。買っておきましょうか!」
[宿で美味しい夕食が用意されるよ。ここでお腹を満たしたらもったいない]
「確かにそうですね!我慢しますね」
偉い子だ。
そんなほっこりし合った僕らの前に黒い影が現れた。
それはスーツにコートを羽織ったデカい極道顔の男だった。
狼人のフロウと同じぐらいデカく威圧感がある。
こちらをじっと見たまま動かない男に僕は身構えた。
何だ、何のつもりだ。
「【ひまわりの光輪】のマスターさん…?ですよね!」
「覚えていたかァ!メア!!」
不審者はぱぁ~と強面の表情を緩ませた。
メアの知り合いだったのか?
「シルバさんの怖い顔は忘れれませんよ!」
「得したァ~、怖い顔で得しちゃったなァ~!」
「こちらは私をギルドに入れてくれなかったゴッホラバスのマスター・シルバさんです」
そう言ってメアは男を紹介してくれた。
【ひまわりの光輪】か、SSランク冒険者が一人所属している中堅ギルドで有名な所だ。
義を重んじることを公言していて強面揃いらしいが評判のいいギルドだ。
「棘があるなぁ」
「へへへ、事実ですし」
「しかしメア…。ここにいるっていうことは冒険者になったんだな。そのマークを見るに【翠緑の若葉】か」
「はい。あの後に、イリスさんに出会って」
「そうか…。で、君はメアのパーティーメンバーか?」
不意打ちで話を振られた。
メアがすぐ僕が話せないことを説明した。
シルバは納得し「ランクは?」と矢継ぎ早に尋ねてきた。
「師匠はFランクですけど…」メアが言いにくそうに答えた。
胸を張って言えないランクで申し訳ない。
「Fランク…?お前Fランクで師匠とか呼ばせているのか?たまげたなぁ…」
「やめてください。そう呼んでるのは自発的ですし心の底から尊敬してるんですから」
「すまんすまん。いやメアと組んでくれたのが君のような美しい女性でよかった」
どうやらシルバも僕を女だと勘違いしたようだ。
「メアは可愛いからな。組んだ相手がFランクで自分を師匠と呼ばせてるような男だったらこの場で玉金叩き潰していた所だ。女性同士なら騙されていることはないな、よかったよかった」
シルバはニコニコしたがそれがまた恐ろしい。
僕を女だと勘違いした人には毎回誤解を解くことにしていたが、今回はメアとアイコンタクトして内緒にしておくことにした。
黙っておこう、僕が男であることは。
「で、シルバさんはなぜここに?カエルを倒しに?」
「おいおいこう見えても俺は仕事を斡旋する側の人間、Sランクだぜ。金のない駆け出し冒険者らのお鉢を奪うようなマネはできん立場よ。ここにはうちの新人もカエル退治に来ていてな様子を見に来たんだ。もう帰るところだがな」
「へー。」
「そうだ、メアが冒険者になったお祝いをやるか」
そう言ってシルバが懐から取り出したのは薄い透明なケースだった。その中にはしっとり瑞々しい一枚の厚い葉が入っていた。
まさか、まさかと思うがこれ世界樹の葉か?
「わー、ありがとうございます!」
何も知らないメアは遠慮なくそれを受け取った。
彼女は知らないだろうが、これはたった一回分の一枚で二百万GPはする最上位回復アイテムだ。
切り落とされた四肢も断面にこれを挟めば元通りにくっつき、腹が裂けてもこれを差し込んで縫合すれば何とかなるという外傷なら大体治せる希少な奴だ。
ビックトード討伐二百五十体分のケースをメアは懐に収めた。
あっさりくれるもんだからそんな高い物とは思ってもいないんだろうな。
後でちゃんと伝えなければ。ちょっとのケガに使われたらもったいない。
「そっちの子は使い道を分かっているようだから説明は不要みたいだな。冒険者を続けるなら売って小金を得るんじゃなくてピンチの時まで取っておくんだぞ」
「はーい」とメアが返事した
しかしなんでシルバはこんな高価な物を譲ってくれるんだ?
同じギルドの仲間ならまだしも、ギルド入団を拒否した相手だろ?メアは。
「ん?疑問に思うか?まあただの趣味だ。将来が楽しみな奴にはとりあえず贈ることにしてるんだよ。あっさり死なれちゃ楽しくはないだろ?」
二カッとシルバは笑って白い歯を見せるとメアの頭を魔術帽子の上からわしゃわしゃ撫でまわした。
「何するんですかぁ~!」メアは深々と帽子を被ってしまいもがいた。
「お前ら翠緑の若葉から捨てられた時はウチに来い。今度は受け入れてやる、じゃあな」
そう言って僕の肩をポンと叩いてシルバは人ごみの中に消えていった。
悪い人ではなかったな。顔は怖かったけど、ああいう人を渋い男というのだろうな。
※
「えっ!お部屋一つなんですか!?」
「すみませんすみません!」
部屋の前で仲居の女性が頭を何度も下げて僕らに謝ってきた。
老舗旅館【仙蛙】では受付を済ますと男女に分かれて二部屋用意してくれるのだが、何かの手違いで一部屋しか用意されていなかったのだ。
恐らく朝から訪れ荷物を預けた時、受付の人が僕を女と見間違えたのだろう。
女性同士なら相部屋で構わないと判断されたか。
「至急空いている部屋を探していますが、何ぶん今日は当旅館をご利用してくださる方が多く…」
冒険者たちが集まるこの繁盛だ。部屋は他に空いてはいないだろうな。
仲居さんにペコペコ頭を下げられてこっちの方が申し訳なくなってきた。
他の仲居さんたちが忙しそうに食事を運んだり案内をして懸命に働いてくださっているし、彼女らも悪気はなかったんだろうから僕としては怒ってはいないのだが、メアと同室はまずいよなぁ。
他の旅館なら部屋は空いているだろうがそうなると冒険者割が効かなくなる。
討伐しようとした二体目のビックトードは結局骨も残らず消し炭になったから報酬を貰うことはできなかった。お金には余裕はないからここで出費はしたくはないが。
「しょうがないですね。冒険には野宿は付き物ですし一緒の部屋に泊まるぐらい問題はないです。ですよね師匠?」
それはまあその通りだ。
遠出のクエストでは宿がなくて野宿する機会も多い。
その時は安全第一で男女かたまって寝ることになるが、それに慣れるいい機会になるかな?
[メアが気にしないと言うのなら僕は相部屋でも構わないけど]
「えへへ…、気にしてない訳ではないんですけどね」
メアは真っ赤になっていた。やっぱりやめておくか。
「いえいえ!今日の反省点を話し合うのとか!明日の作戦立てるのとか!ショーギするのにも同じ部屋の方が便利ですよ!」
結局メアの迫力に押され、僕らは一つの部屋をシェアすることにした。
ドキドキお泊り会の始まりである。




