40 選考会Ⅳ
「終わりか………………」
見惚れているうちにそのまま一気にフィナーレまでパフォーマンスをやり遂げた佐々祇さんが神々しく見えた。今までに観た他のパフォーマーさん達とは違い、時間を感じさせないというこの事実……これが何を意味しているのかはさすがに俺でも簡単に理解できた。楽しい時間や充実した時間というものは一瞬で過ぎ去ってしまう……佐々祇さん達が演出した舞台上でのこの時間というのも、きっとそういう事なんだと俺は思う。
オーディエンスの歓声も鳴り止まないまま、佐々祇さんは片目を閉じて俺に合図をおくり、物静かに舞台を降りていった――――――。
「――それでは最後のパーフォーマーの方々、舞台の方へお願いします」
感動の余韻に浸る間もなく、なんとも素っ気ない、淡々とした選考会管理委員の無機質な声が俺たちを舞台へと誘導する。
――――――とうとうこの時が来た、俺の初めての舞台……大勢の人前で甘えの許されないデビュー戦だ。
緊張に震える両足をまるで制止させるように、俺は舞台袖の階段を一段一段ゆっくりと昇っていった――――――。
「――静かだな……、この感じは前にも確か………………」
そう、前にも確かに感じたことがある。集中力が研ぎ澄まされる感覚とでもいうべきか……周囲の騒音も一切気にならずに『キンッ!!』とした感覚が今の俺には確かにある。フィジカルアートパフォーマンス部とのサークル練習の時もこんな感覚だったような気がする。
「今度は屋内じゃないんだ……火災報知機を気にする必要もない……、全力を出し切るッ!!」
身体中に熱気を帯びてきているのが今の俺にはハッキリわかる。緊張にも負けず、魔力も思いのほか充実している……全員の配置も完了し、後は曲が流れるのをどういう訳かひどく遠くに感じる観客を茫然と眺めながら、只々、待っていた――。
ダンッ!! と、背後から大音量で突如、音楽が響き渡る――。
舞台上で聞かされる音楽はスピーカーモニターが近い分、こんなにも大音響なのかと驚かされる。内臓にも響き渡る程のナカオトで、俺は少し萎縮してしまっていた。思っていたよりも俺は気がちいさいらしい。そんな俺を尻目に、小倉先輩はチームを先導するように、率先して舞台前面に出て激しく動き出し、観衆を盛り立てる。さすがはベテランパフォーマー……こういう時の小倉先輩は頼もしい。物怖じすることなく自分のパフォーマンスを全力で披露しようとしている事が一瞬で感じ取れた……。
そうだった、ショーケースはもう始まっていたんだ……、我に返った俺は、周囲を確認し、メンバー全員と息を合わせ、何度も何度も繰り返して身体に叩き込んだパフォーマンスを始動させる――――――。
出だしは問題ない、簡単なステップワークと何度もみんなで合わせたルーティーンだ。完全に身体に染みついていて、むしろ他のムーブを知らない俺にとっては間違えようのない部分でもあった。とはいえ、極度の緊張から『フリ』が頭の中から飛んで行ってしまいそうな一抹の不安は拭い去れない。特に過去、前例のある鉢助が気になって仕方がなかったが、ここまでは全員、とりあえずは順調そうだった。曲もみんなで選んだ割と好きな曲だし、なんだか仲間とみんなでノレている感じが心地良い――。
「さて、そろそろ下がり時か……」
ダントツで個人技に秀でている小倉先輩のソロパートの為に俺たちは全員いったん下がり、小倉先輩の引き立て役に徹する。メリハリが大切な事くらいはわかっている。この辺の役割分担も佐々祇さんたちに負けてはいないはずだ。そして、小倉先輩の法術を駆使したソロからの連携で紗綾河と円花宮先輩の女子二人での華やかな演出も後に控えている。彼女たち二人の連携は観衆もきっと大きな歓声をあげてくれるだろう。彼女たちの超次元脳量子応用技術演出に俺たちのチームは絶対的な自信を持っていた。
「よし! 二人とも、いきたまえッ!!」
そう叫ぶと小倉先輩は下がりつつ、舞台の中央を彼女達にあけ渡す。小倉先輩のソロパートもこの二人の為の前座的要素でしかない。やはりメインは華のある彼女たちのパフォーマンスにかかっている。なにしろ俺たち同好会は立場上、身体的パフォーマンスのレベルよりも超次元脳量子応用技術の演出をアピールしなければならない。故に、彼女たちの演出は俺たちにとって絶対だったのだ――。
「いくわよッ!!」
そういうと紗綾河は一気に周囲の気温を下げ始める。急激に冷やされた空気と水蒸気を円花宮先輩が突風で巻き上げれば、ダイヤモンドダストの様に煌びやかな演出が望めるはずだった……が、しかし、よりにもよって、このタイミングで円花宮先輩の調子がまったくあがらない!
「くッ! わたくしとしたことが……」
「円花宮先輩!!」
「わかってますわよッ!!」
そう叫んだ円花宮先輩だったが、未だに十分な風力は発生しない――今日、この瞬間、この演出が決まらなければ今までの全ての努力が水泡に帰す……、もう迷っている時間はない!
「円花宮先輩、俺の上昇気流に合わせてください!!」
「伊野平くん!? わ、わかったわ!!」
最後の最後、俺の炎の演出はダンス同好会の切り札だったが、今ここで失態をさらすわけにはいかない……苦渋の決断だったが、フィナーレで立ち上げるはずだった炎を俺は上空へ舞い上げた。
「今ですッ!!」
合図と共に円花宮先輩は一気に魔力を解放する、俺の上昇気流と合わせて何とか風力が満たされ、紗綾河との連携も無駄にならずにどうにか格好はついた。当初予定していた煌びやかなダイヤモンドダストとは異なる演出になってしまったが、オーディエンスの反応は上々だった。
「伊野平くん、ごめんなさい!」
「舞台はまだ終わっていません! 最後までやり通しましょう、先輩!!」
「そ、そうね! ありがとう!!」
そうはいったが、正直フィナーレ用の大技をここで使ってしまっては万事休すだった。持ちネタの少ない俺にとって、この炎の演出は本当に唯一の見せ場だったのだ。おそらくもう一度、フィナーレで同じことをやっても驚きと感動は半減してしまうだろう――。




