04 小倉先輩、再び
「――しかしすげぇな、この学園にはいったいどんだけクラブがあるんだよ」
「正確にはわからないけど、ここのポスターの数だけでも五十や六十じゃ済まないわよね」
「やべぇな、ちょっと簡単に考えすぎていたぜ、この中から選ぶとなるとなかなか骨だな……鉢助はもう何か決めたのか?」
「んにゃ、全然!!」
「だろうね……ホントにどうしようかな………………」
本音をいえばクラブ活動にはあまり興味がなかったのだが、でもひょっとしたら何か面白いものが見つかることを期待して、俺は掲示板の新歓用ポスターを端から順々に眺めていった。
「――――――あれ? ない……」
「どうした、優?」
「ん、いや……ダンス部のポスターがないなって思ってさ」
「ダンス部? 優、おまえダンスになんか興味あるの?」
「いや、そうじゃないけどさ……」
このとき俺は、入学当初に出会った奇妙な先輩……小倉先輩を思い浮かべていた。もちろんマジカルダンサーになりたいわけではない。あの奇妙な先輩のクラブは一体全体どれだけバカバカしいポスターを貼っているのかと、そこに少し興味があっただけだ。
「確かあれだっけ? 定員数に満たないとクラブって学園から公認してもらえないんだっけ?」
「どうしたの、優ちゃん? 急に……」
「紗綾河さん……もう俺って完全に優ちゃんで確定なんですね……まぁいいけど……ん、いや、ちょっと気になってね」
「なに? 優、おまえ新しくクラブでも立ちあげるつもりか?」
「まさか!? そんなわけないだろ、ただなんとなくさ……」
この時俺は、これだけのマンモス校なのにダンス部がないって事に疑問を抱かずにはいられなかった。一緒にダンスをやろうなんて言っておきながら、小倉先輩は新入生勧誘の張り紙も出さないで、いったいどのような活動をするつもりでいたのだろうか――――――。
「――ん? 社交ダンス部……そうか、こういうのはあるんだな」
「優ちゃん!? 社交ダンス部に入るの!? だったらあたしも……」
「まさか!? そんなものに興味はないよ」
「紗綾河さん、社交ダンスに興味があるんスか!? 紗綾河さんが入部するんだったらオレっちも入部しますよ!」
「いいえ、別に……そんなものには一切、興味はありませんので……入部なさるのでしたら、お一人でどうぞ」
なぜにこうも紗綾河さんは鉢助に冷たいのだろうか……。
ふられ慣れして打たれ強い鉢助も、これにはさすがに動揺の色を隠せないようだった……、というか、目が半分死んでいた。
「――ん!? なんだ!? なぁ鉢助、あそこってなんであんなに人ごみが出来ているんだ?」
「さぁ、いってみればぁ………………」
まだ魂が半分抜け出ている感の否めない鉢助だったが、こいつはほっといてもすぐに立ち直る奴なので俺は、特に気にせずに人ごみをかき分け、騒動の中心部へと入っていった――。
「――ゲッ!? 小倉先輩!? は、鉢助! あれって小倉先輩だよな!?」
「あの異様な存在感は……まぎれもなく小倉先輩だな………………」
なんと騒動の中心には、自らをマジカルダンサーと謳っていた小倉先輩が相も変わらず奇妙なパフォーマンスで新入部員の勧誘活動を行なっていた。
「ははははははッ!! どうだい? すごいだろ!? じゃあ今度はステップワークだッ!!」
「………………あの人って、いつもあのテンションなのかな」
「オレっちに聞かれても……」
「優ちゃん? あの方とお知り合い?」
「いや、知り合いってほどではないんだが……ダンス部の勧誘で、以前にちょっとね」
「ふーん……こっちのダンス部には興味あるのかしら?」
「ん~……ダンス自体には全然興味はないんだけど、あの人、ああみえて魔力がすげえンだよ……だからダンスは抜きにして、法術関係だけは学びたいなとは思ってるんだが………………」
紗綾河とそんな話をしている最中だった――。あろうことか先輩に見つかってしまった!
今回ばかりはどう考えても自分に落ち度があると認めざるを得ない。これだけ目立つ紗綾河と一緒に団体三人でまじまじと先輩を凝視し続けていれば誰だってその視線には当然気付く、いくらパフォーマンス中の小倉先輩だって例外ではないだろう――――――。
「――おぉ!? 君たち、来てくれたのかい!? ということは僕と一緒に踊りたくなったという解釈でオッケーなんだね!?」
「何言ってるんですか!? オッケーな訳ないでしょ!!」
「ははははははッ! 照れなくてもいいよ、わざわざこうして僕のパフォーマンスを見に来てくれたんじゃないか!!」
「違いますよ! わざわざ見に来たわけじゃありませんって! クラブの掲示板を見に来たら、先輩が偶然踊っていただけですよ!」
「クラブの掲示板? 君はどこか入部希望のクラブでもあるのかい?」
「いえ、そういう訳じゃありませんが……」
「だったら僕と一緒に踊ればいいじゃないか!?」
「だから、なんでそうなるんですか!? 勝手に決めないでください!」
以前と変わらずこの小倉先輩は、なかなかどうして言葉が通じない………………、というかポジティブシンキング過ぎて都合の悪いことは理解しない構造の頭脳になっているようにさえ思える。
「どうだい、そこの美しいお嬢ちゃんも一緒に踊らないかい? こちらの校舎にいるということは君も魔法科なんだろう?」
先輩は、今度はターゲットを紗綾河に切り替えてきた――、小倉先輩の強烈なキャラクターに彼女は少し呆気にとられているようだった。
「あ、あの……あたしはまだ、その……厳密には何部に入るかはまだ決めていなくて……誰か、その……友達と一緒に入れるんなら安心なんですが………………」
紗綾河は、俺のことを横目でチラチラ見ながら、何故かしどろもどろしている。
「一人じゃ不安かい? それなら安心したまえ! そこの彼と一緒に入ればよい!!」
「ちょッ、ちょっと! なに勝手に俺と一緒に入部させようとしているんですか!?」
「優ちゃん入部するの!? ならあたし、入部してもいいけど!」
「――しないよ! 紗綾河まで何を言い出すんだよ! 訳のわからないことに巻き込むのはやめてくれ!!」
「優たちが入部すんならオレっちも入部してやってもいいけど!」
「………………鉢助くんは他になにか向いていることがあるんじゃないかしら?」
「そんなことないです! オレっちダンスが超好きですから!!」
「あたしと優ちゃんの邪魔すんじゃねえよ……」
紗綾河がぼそっと一言、何かをつぶやいた。
「ん? 紗綾河、何か言ったか?」
「ううん、何にも言ってないよぅ! 気にしないで、優ちゃん!」
確かに何かをつぶやいていたのを聞いた気がしたのだが……気のせいだったのだろうか……、そして何故に鉢助は涙目で真っ青な顔をしているのだろうか――。今がどういう状況なのか、なんだかよくわからなくなってきてしまった。
「――よし! わかった!! じゃあこうしよう、三人で入部すればいいのさ!!」
「だ、か、ら!! 勝手に決めないでくださいよ! なんでそうなるんですか、先輩!!」
この先輩の思考回路はポジティブシンキングなんてものじゃない……単身外国に乗り込んで勝手に同盟を結んで帰って来てしまうレベルの偉人的思考だ――。
とてもじゃないがこんな人にはついていけない。騒ぎはどんどん大きくなり、いつの間にか、より大勢の生徒たちが集まってきてしまっていた――――――。




