39 選考会Ⅲ
「――伊野平くん、自分たちはそろそろ行くよ」
「あっ、お引き止めしてしまってすみませんでした」
「いやなに、まだ時間もあるし、自分らは構成の最後の確認だけだから大丈夫だよ。そっちは?」
「ダンス同好会の方も最後の確認作業を校舎裏でサラッとやるだけです」
「そうか、もう出来上がっているという事か……ダンス同好会のパフォーマンスを楽しみにしているよ、お互いにベストを尽くそう!!」
「はい! ありがとうございます!! では、また後で!!」
「うん、また後でな」
左手を軽く頭の上まであげ、ヒラヒラとしなやかにその手を振りながら佐々祇さんは学園大広場の方へと消えていった。段々と小さくなっていくその後ろ姿もまた妖艶で、正面はおろか、背後まで一分の隙もない……まさにアートといっても過言ではない完成度の女装姿だった――。
「……はぁ」
「ちょっと優ちゃん! なにため息ついてるのよッ!!」
「いや……べつに………………」
「目を覚まして! 佐々祇先輩はオ! ト! コ! なのよッ!!」
「んなことはわかってるよ……」
「だったらポワーンとしてるんじゃないの!! まったく……さっさと校舎裏にいくわよッ!!」
いつにも増して癇癪を起こす紗綾河だったが、どうもご機嫌ナナメなのは彼女だけではないらしい……なぜか女性陣一同、総じてご機嫌ナナメらしい。まぁ確かに男性にもかかわらず、あれだけの美貌を誇示されては女性としてはおもしろくはないだろう。プライドの高い紗綾河や円花宮先輩なんかは女性特有のヒステリックな嫉妬心や対抗意識を燃やしているのかもしれない。まぁしかし、素材が良いという点では全員、問題ないはずだから、女性になりきる為に徹底的に努力をした佐々祇さんの勝利は揺るぎ無いものだと思う。結局のところ美しさというものは努力次第であり、怠けて自分を磨かない者が輝けるはずはないのだ――――――。
「――さて諸君! 僕らの出番も目前である! 最終確認を行ないつつ、しっかり身体をほぐしておきたまえ!! 気合い入れていけよッ!!」
小倉先輩からめずらしく檄が飛ぶ。平穏を装ってはいるようだが、やはり小倉先輩も人の子……刻々と近づいてくる本番を前になにか熱いものが込み上げてきたいるのだろ。そしてそれは俺も同じだった――――――。
俺たちは昼食もとらず、何度も何度も入念にフリの確認を繰り返し、法術を使うタイミングとフォーメーションをさらに心と体に刻み込む。呆れるくらいに繰り返してきたムーブとルーティーンだ……これだけ練習して失敗なんかするわけがない。俺は、緊張感と比例して高まる昂揚感を自信に代えて、今か今かと本番を待っていた――――――。
「――伊野平さん、次です! 次、佐々祇さんの出番ですぅ!!」
「ありがとう舞衣ちゃん! あの……小倉先輩、ここら辺で切り上げて………………」
「承知している! では諸君、我々もそろそろ舞台に向かおうではないかッ!! いくぞッ!!」
俺たちダンス同好会の出番は目前だった。だがその前に、どうしても観いておきたいものがある……それは、いうまでもなく佐々祇さんのパフォーマンスだ。一瞬たりとも見逃したくなかった俺は駆け足で向かう……学園大広場の舞台へ――――――。
「ふぅ、良かった。間に合った! ちょうどこれから始まるところだ……」
いよいよ佐々祇さんたちのパフォーマンスが始まる――。舞台中央に立つのはやはり佐々祇さんだ……もし仮に佐々祇さんが中央じゃなかったとしても、自ずと視線は佐々祇さんに集まってしまうだろう。故に、誰がどう考えても佐々祇さんがセンターに立っての構成以外はありえない。誰もがそれを納得させられてしまうほどの妖麗さ、美貌、気品……筆舌には尽くし難いほどの異才を舞台中央で佐々祇さんは放っていた――――――。
「――いよいよか」
暫しの沈黙の後、音楽が鳴り始める。ビートの効いた曲調でありながらも、しかし、どこか上品な曲調は、いかにも佐々祇さんを中心としたフィジカルアートパフォーマンス部らしい選曲だ。ビートの効いている分、周囲も合わせ易いであろうし、上品な曲調も佐々祇さんにマッチしている。組織的なメリットだけを抽出したような見事な選曲だった――。
「う、美しい………………」
思わずギャラリーからタメ息交じりの称賛の言葉がもれる。佐々祇さんの美しさは形容のしようがない……もはや怖いくらいの美しさだ。一挙手一投足、その秀麗さに俺は我を忘れ、只々、佐々祇さんのパフォーマンスの華麗さに畏敬の念すら覚えていた。
「ほ、、ほんとうにすごい……感動っていうのはこういう事なんだ………………」
この日初めて、真に感動するとはどういう事かを学んだ気がする。
今までに映画を観たり、音楽を聴いて感動したことはもちろんある……でも、やっぱりそれはどこか他人事で、遠い世界での出来事に思えてならなかった。よくよく考えてみると、何の接点もない見ず知らずの赤の他人のやる事に一喜一憂する行為が急に愚かしくも思えてくる。偶像を崇拝する事ほど愚かしい行為はない……今まではそれに気が付かないでいた。しかし、今日というこの日に佐々祇魁斗という偶像ではない等身大の実像を目の当たりにして初めて『心が動く』という事を俺は実感した――。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!」
突如、オーディエンスが沸き立つ!! 法術を駆使した演出も抜かりない。下から吹き上げる上昇気流にあわせて水蒸気が飛散する! その水蒸気に乱反射した光ときらびやかな虹が何とも言えない清涼感を演出していた。佐々祇さんのキャラクターとは裏腹に、ギャップを生かし、その妖艶さとのミスマッチが逆にこの演出を成立させている。フィジカルアートパフォーマンス部は佐々祇さんのサポート体制も万全だ。皆が自分の役割を完全に把握している上に、その役割を機能的に作用させている。炎を主体とした俺とは真逆の演出だけど、フィジカルアートパフォーマンス部の構成、演出、そして魅せ方はまさに芸術的だった――。




