30 座席争い
「あっ!? そうそう、今日から円花宮くんの家で勉強会もあるぞ! 諸君、努々、わすれてはならんぞ!!」
「そういえばそうでしたね……でも俺、円花宮先輩の家を知らないんですけど……」
「伊野平くん、それでしたらご心配なく、ちゃんと車を二台ご用意してありますわ」
「二台!? ……そ、そうなんですか!? さすが円花宮先輩ですね………………」
「大きい車を一台ご用意して差し上げたかったのですが、なにぶん急な事でして……、二台にわけさせていただきましたわ」
「さらっと二台用意する方が凄いですけどね……俺ん家なんか一台も車持ってないっすよ……」
「あら? でしたら何かの折にはプレゼントして差し上げますわよ」
「なに言ってるんですか!? もらえるわけないでしょ!? だいたい免許も持ってませんよ!!」
「でしたら免許を取得した暁にはプレゼントさせていただきますわ!」
「何年先の話ですか……っていうか、そんな高価なものは頂けません! そんな義理もないですしね………………」
「あら? 義理でしたらございましてよ」
「――は? 何のことです?」
「まぁ、今はございませんけど……それはいずれ………………」
「??????」
円花宮先輩の発言はまったく意味不明だった――、超大金持ちの考えている事というのは、自分には想像も及ばないところにあるようだ――――――。
「――で? 円花宮くん、僕らはこの後どうすればいいんだい? ここからの指示は円花宮くんに任せようではないか!」
「小倉代表、それでしたら各自準備が整い次第、学園の東門で合流ということでよろしくて?」
「うむ! 承知した! では諸君! 各自シャワーを浴び、帰り支度を済ませたら、学園東門に集合である! 以上、解散!!」
シャワーを浴びに行くのも億劫なくらいにヘトヘトで、まさしく疲労困憊状態だったのだが、今の俺たちに休息は許されない――選考会だけではなく学業も修めなくてはならないからだ。文武両道……どちらも高いレベルできちんと修めてこそ、俺たちは学園から少しは認めてもらえる存在になれるのかもしれないのだ。約あと三週間……、まだまだこの程度で弱音を吐くつもりはない――――――。
「――すみません、お待たせしました! ってすげえ車だな……」
「優ちゃん遅い! まったく、男のくせに時間かかり過ぎ!!」
「しょうがないだろ……俺、めちゃくちゃ汗っかきだから、シャワー出た後もしばらくは汗が止まんなかったんだよ………………」
「もう車もすでに待機しているわよ!」
「紗綾河が用意した車じゃないだろが……」
「なんですって!?」
「なんでもねえよ……あの、みなさん………………本当にお待たせしてすみません!」
「別に気にしなくって結構よ、汗っかきさんは頑張り屋さんの証拠……あたしは好きよ」
「円花宮先輩……すいません、ありがとうございます!!」
「うふふ、気にしないで……さぁ、みなさん、順番に車にお乗りになってくださいな」
「順番って……適当でいいのかい?」
「では、小倉代表から前の車からつめていってくださいますか」
「うむ! 了解である!!」
円花宮さんの指示通りに小倉先輩、そして先輩の妹さん、それから紗綾河に鉢助と続いて、前の車から順番につめて乗車していった――。
「あら、困りましたわ……そちらの車は全部で五人乗りですのね……仕方がありませんわね、わたくしと伊野平くんは二人、後ろの車に乗りましょう」
円花宮先輩のその台詞を聞くや否や、紗綾河が後部座席から突如飛び出し、凄まじい剣幕でお得意のワガママを言い始める――。
「――!? ちょっと円花宮先輩! それならあたしが優ちゃんと二人で乗ります!!」
「またワガママ言って……わたくし達には時間がないんですのよ! 指示通りにちゃっちゃっと動いてくださいます?」
「じゃあ、ちゃっちゃっと円花宮先輩が前の車に乗ってくださいよ!」
「バカな事を言わないでくださいます!? 時間がもったいないから、とっとと前の車に戻ってちょうだい!!」
「あぁーッ!? わかった! 円花宮さん、わざわざ車を二台用意したのもわざとなんでしょ!?」
「――!? そ、そそそ、そんな事、ご、ごごご、ございませんわ!!」
「な、なんて計算高い女……優ちゃん、危険よ! あたしと一緒に車に乗りましょ!?」
「は!? 何言ってるんだよ……誰と乗ろうが、そんなの問題じゃないだろ!?」
「大問題よ!!」
「紗綾河さんッ! いい加減にしてください!! みなさんにご迷惑ですわよ!!」
「だったら円花宮先輩が前の車に乗ってください!!」
「紗綾河さん……いい加減にしないと……」
このままじゃ埒があかない、それにはっきりいって……もう面倒くさい………………。
「……じゃあ俺が前の車に乗りますよ、時間がないんでしょ?」
「え!? そ、それならあたしも前の車に……」
「紗綾河さん、後ろの車をご希望なんでしょ? それでしたらどうぞ!」
「こ、今度は前の車でいいんです!!」
「遠慮なさらなくて結構ですわよ、わたくし前の車に乗って差し上げても構いませんので……」
「……ていうか、前の車は五人乗りなんですよね? なら、俺が乗ったらそれで満員なんで、紗綾河も円花宮先輩もお二人で後ろの車にどうぞ」
「え? いえ、でも……伊野平くん?」
「時間がもったいないんで、俺、もう前の車に乗っちゃいますね」
俺はもう二人の意地の張り合いに精神的にも体力的にも付き合えきれなかった。とにかくこの場を只々、丸く収めたかったので、俺は前の車の後部座席に半ば強引に独断で乗り込むことにした――――――。
「――いやはや……たいへんだねぇ、伊野平くん」
「は? なにがですか? 小倉先輩」
「なにがって………………マジか!? すごいな、きみは……」
「??????」
「まぁ、ここはなんでもよしとしておこう……運転手さん、出発していただけますか」
「かしこまりました。では、円花宮邸までお連れさせていただきます」
そういうと運転手さんは白い手袋の根元をキュッと締め、ハンドルを握った。そして、リムジンだかリンカーンだかロールスロイスだか知らないが、車に詳しくない俺でも一瞬でわかるほどの、明らかに高級な外車を転がしだした――。
それに引き続き後ろの高級車も動き出す、が……ルームミラー越しからでも容易に確認できるほどに、どういう訳か後続車の車内の二人は荒れていた……やはりあの二人と離れて前の車に乗ったのは大正解だったようだ――――――。




