24 印象
「――伊野平くんもお困りのようですし、もうそろそろ……彼を解放してあげてくださらないかしら?」
女子たちへの対応にしどろもどろしていた俺をみかねて、円花宮さんが一言そういって救いの手を差し伸べてくれる……まさしく救いの女神だった。
「それにね、彼はダンス同好会の部員よ、優先的にわたくしが先に教えてもらうことになっているの……ね? 伊野平くん」
そんな約束は一切していないのだが、円花宮さんが咄嗟に利かせてくれた機転だ……これにのっかる以外の選択肢は俺にはない。
「そ、そうなんですよ!? みなさん、そういう訳なのですみません」
この一言で事態はすべて収束に向かってくれるだろうと俺は、ホッと胸をなでおろした……が、しかし………………。
「なら、あたしダンス同好会と兼部したいんですけど? それならいいよね? 伊野平さん?」
フィジカルアートパフォーマンス部の女子の一人が意外にもここからさらに食いついてくる。
「え? あ……、えっと………………」
ほんとに……、どうして女ってこうなんだろう……そろそろ空気を読んで欲しい所なのだが、またも俺は困惑してしまい、閉口するしかなくなってしまった――。
「――もういい加減にしてくださいッ!! 超次元脳量子応用技術イリュージョンについてはあたしたちが優先的に教わることになっているんです!! 後から割って入ってきて兼部とか……そんなのダメです!!」
しびれを切らしてトゲのある発言をしたのは紗綾河だった。いかにも直情傾向のある紗綾河らしい発言だ……もう少し言い方ってものがあるだろうに。
「あ、あの……本当に皆さんすみません、とりあえず同好会のみんなに優先的に教えることになっているので……本当にすみません!!」
もうこうなったらひたすらに頭を下げるしか思い浮かばなかった……あれだけの騒ぎを起こしておきながら、迷惑をかけてしまったフィジカルアートパフォーマンス部の方々の要望にも応えられず、自分で自分の神経を疑ってしまう――。
「――諸君! お忙しいところすまないが、兼部の話や超次元脳量子応用技術イリュージョンの話は後にしてくれたまえ! 事務課の先生と佐々祇くんが戻ってきたようだ!!」
やや慌てた様子で事務課の先生と佐々祇さんが戻ってくる、とりあえず状況確認とその後の事務処理をしなければならないのだろう……俺は誤報の原因やその時の状況など、事情を簡潔に説明し、事務課の先生に何度も何度も頭を下げた。そして、代表者として小倉先輩も一緒に頭を下げてくれた………………小倉先輩にまで迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった――――――。
事務課の先生方も『ふぅ……やれやれ』というような顔をしておられたが、実際の火災ではなく誤報だったことに安心して多少の事には目をつむってくれるスタンスのようだった。とはいえ、今後は決して同じ過ちを繰り返さないようにと辟易とするほど何度も何度も同じ小言をいわれはしたが………………。
そんなこんなでバタバタとしたが、一応、先生方のほうで熱感知器のキャンセルをして通常状態に復旧させ、防災関係の諸々の業務を手早く終わらせてくれた。これで何事もなかったかのように、いつもの学園生活とまったく変わらず元通りである……と言いたいところであるが、なかなかそうは問屋が卸さないのがツラいところだった――――――。
「佐々祇くん、今日のところは僕らダンス同好会はお先に失礼するよ……本当に迷惑をかけてすまなかったね」
「いえ、迷惑だなんて……そんな……」
「また来週も合同で練習してくれるなら非常にありがたい!」
「もちろんですよ、小倉さん」
「うむ、ありがとう! そうそう、練習スペースの件だがね……今回のこともあるし、大きな借りが出来てしまったからね……前向きに検討させていただくとしよう!」
「ほんとうですか!? ありがとうございます!!」
「そのかわりといってはなんだがね……悪いが交換条件としようじゃないか………………今回の件に関してはフィジカルアートパフォーマンス部のみんなに箝口令を敷いておいてくれるとひじょうにありがたいのだが……どうかね?」
「箝口令?」
「うむ! ひらたく言うと、この事は口外無用ということだ……我がダンス同好会はこの時期に問題を起こすわけにはいかないのだよ……学園に貢献できない上に発足した途端、問題を起こしているようでは……ちょっとまずいのだ………………」
「なるほど、そういう事ですか……そういう事情がおありでしたら一応はみんなにその旨を伝えておきますが」
「まぁ、御上に隠し切れるものでもないだろうし、ただの悪あがきかもしれないのだがね……よろしく頼むよ、佐々祇くん」
「了解しました! フィジカルアートパフォーマンス部としては練習スペースが欲しいところですので、みんなも協力してくれると思います」
「うむ! ありがとう! それでは僕らはこれで失礼するよ!!」
「はい! では小倉さん、また来週、よろしくお願いします」
「もちろんだ! ダンス同好会諸君、撤収だ! 話があるからみんな部室に来てくれたまえ!」
小倉先輩はそういうと、この場を立ち去るように目線でみんなを促した。自分としてもここにいるのはなんだか気まずいし、先輩の指示通りに早いところ撤収してしまおうと歩みを前に進めようとしたその時だった――。
「――伊野平くん! ちょっといいかな?」
人差し指を軽く立て、佐々祇さんは手招くように指を動かしながら俺を呼び止めた。
「はい……? なんでしょうか?」
「すごかったよ! 君のパフォーマンス!!」
「あ、ありがとうございます!」
「今度、自分にも法術のコントロールを教えてくれないかな?」
「教えて差し上げたいのはやまやまなのですが……」
「なにか教えられない事情でもあるの?」
「いえ、そんな……、事情とかそんなんじゃなくて……法術のコントロールに関しては自分の方が教えて欲しいくらいで………………」
「ん? あのパフォーマンスは自分自身で計算してやったんじゃないのかい?」
「いえ、あの……炎のバーストに関しては完全にやり過ぎてしまったようで……感情が高ぶってしまい自分の想像以上の火力を発してしまいまして………………」
「そうなのかい? でもあの竜巻や色鮮やかな小さな炎は君のコントロールだろ?」
「まぁ、確かに火力以外は……なんとか自分でコントロールしていたと思います」
「そうか……通常はみんな法術の出力を上げる事に四苦八苦しているのに、きみの場合は逆に出力が高すぎて苦労しているみたいだね」
「はぁ……まぁ………………」
「その事実はきみの潜在能力の高さを如実に表しているな……羨ましい限りだ」
「いえ、そんな……俺なんか大したことないです、あの時はただ、悔いのないように精一杯、自分のすべてを曝け出して、そして本当の自分らしくパフォーマンスをしようとただ無我夢中だっただけですから」
「本当の自分らしく……か………………」
ポツリと一言、佐々祇さんはそう言葉をもらすとしばらくの間、黙りこんでしまった――。
「……? あの、佐々祇さん?」
「ん? ああ!? すまない、少しぼーっとしてしまったみたいだね……ごめんごめん」
「いえ、別に……お気になさらずに」
「とにかく、今日はきみのパフォーマンスが観られて本当によかったよ、呼び止めてしまってごめんね……ほら、小倉さん達がお待ちかねだ」
「はい、こちらこそ、今日はありがとうございました!」
俺はそういって軽く頭を下げる――そして、体育館の出入り口付近でまだかまだかと俺を待つ同好会のみんなと合流し、獲得したばかりの狭い部室へとむかう。第三小体育室からは解放されたものの、小倉先輩の部室での話はきっと重々しい話になるだろう。どんなお説教を受けることになるのか……自業自得とはいえ、やはり少しだけ憂鬱だった――――――。
「――いやいや、諸君! 半ば強制的に引き上げさせてしまったようで悪かったね」
「いえ、それは別に構いませんが……話ってなんなんです?」
「うむ、それなのだがね……」
小倉先輩にしてはめずらしく神妙な面持ちだ。
「まぁあれだ……いきなり廃部になることはさすがにないとは思うが、今回の一件でひょっとしたら御上の印象を悪くしてしまったかもしれないな」
「すみません……俺の所為で………………」
「いや、伊野平くんを責めている訳じゃないんだ……あれは単なる事故さ、気にしなくていい」
「………………本当にすみません」
「――以前にも話をしたとは思うが、この学園のクラブ活動の規定は非常に厳しい……既定の期間内に結果が出せなければ新興のクラブは即座に廃部ということだってザラにあると、前に生徒会長さんもいっていただろう? 覚えているかい?」
「もちろん覚えています」
「……ということはだね、ひょっとしたら御上から何かお小言くらいはあるかもしれない」
「せっかく部室までゲットしたのに……公認取り消しとか、そんな感じですかね?」
「いきなりそこまではないとは思うが……もし次やったら、どうなるかわかっているよな? くらいの事はいわれるかもしれないね」
「………………本当に、本当にすみません!!」
別に責められているわけじゃないことはわかってはいるが、なんともいたたまれない気持ちだった――みんなが本当にいい奴で、俺に気を遣ってくれていることが逆に、俺の気持ちを、心を深い方へと深い方へと追い詰めていた――――――。




