23 緊急火災警報
「………………終わった」
やりきった、ほんの少し現実から離別できたような……そんな、夢心地な充足感につつまれていた最中、聞きなれない大音量の非常ベルの音が俺を現実に引き戻す――。
ジリリリリリリリリリリリ――――――!! ジリリリリリリリリリリリ――――――!!
「――!? なんだ!?」
キンキュウカサイケイホウ――――――!! キンキュウカサイケイホウ――――――!!
無機質な音声案内が繰り返し学園内に響き渡る――――――。
「火災だって!? いったいどこで………………」
その言葉を自ら発した瞬間に気付いた……、この緊急火災警報の原因はおそらく俺の所為だ――――――。
「――みんな落ち着け! パニックになって勝手な行動を起こすなッ!! 避難誘導は自分と小倉さんとで行なう!! 規律を守って集団行動を心がけるんだ!!」
佐々祇さんの迅速な指示が飛ぶ、それと同時に小倉先輩も迅速に行動を起こす――。
「――諸君、落ち着きたまえ! 我々ダンス同好会は少人数だから後でも良い! 佐々祇くん、先に行きたまえ!!」
「小倉さん、ありがとうございます! とりあえずみんな、慌てないように!!」
二人のそんなやりとりを見ているのがひどく心苦しい……原因が俺なのはまず間違いない、事実を早く伝えなくては………………。
「小倉先輩……、あの、すみません……、小倉先輩………………」
「なんだい? 伊野平くん、今、忙しいのだが……」
「いえ、あの……この火災報知器の誤作動の原因って、……たぶん俺です」
「――!? なんだって!?」
「あそこの熱感知器を見てください……赤いランプが点灯していますよね? あれって多分、さっきの俺の法術が原因です……すみません」
「そういうことなら……」
一言そういうと、小倉先輩は大きな声で佐々祇さんに指示を出した――。
「佐々祇くん、ちょっと待ちたまえ! これは火災じゃない、誤報だとすぐに事務課に行って伝えてきてくれたまえ!!」
「え!? 誤報? どうしてそんなことが……」
「説明は後でする! 誤報なのは確実だ! 事態が収拾つかなくなる前に早く! 急げッ!!」
「絶対に誤報なんですね!? 間違いないんですね!?」
「そうだ! 確実に誤報だ!!」
「わ、わかりました!!」
ひとことだけそう言うと、佐々祇さんは猛ダッシュで第三小体育室を飛び出し、学園事務課へと向かっていった――――――。
「――フィジカルアートパフォーマンス部の諸君! どうか落ち着いて、このまま待機していてくれたまえ! これは誤報である、火災ではない!!」
その言葉を聞いて、多少パニック気味だったフィジカルアートパフォーマンス部の面々も落ち着きを取り戻したようだった。そして、小倉先輩の指示通りにしばらく待機していると学内放送が流れてくる――――――。
――――――ザザッ……ザッ………………ピンポンパンポーン――――――。
「あ、あー……業務連絡、業務連絡、ただいま火災報知器が作動いたしましたが、誤報とのことです。繰り返します、ただいま火災報知器が作動いたしましたが、誤報とのことです。みなさん落ち着いて、先生の指示に従って行動してください。以上、事務課からの業務連絡でした」
――――――パンポンピンポーン………………ザザッ、ブツッ――――――。
この校内放送から察するに、おそらく佐々祇さんが詳しい事情はわからずとも事務課の職員の方々に誤報だと伝えることが出来たのだろう――。
「――ふぅ、諸君! もう大丈夫だ、安心してくれたまえ!!」
校内放送によって皆、火災警報が誤報であると確信が持てた為か、第三小体育室全体に蔓延する緊迫した雰囲気から一転して、弛緩した安堵の空気が広がっていく――。
「小倉先輩、すみません……、俺の所為で………………」
「いや、なに……ちょっと配慮が足りなかったとは思うが、今回のは単なる事故ということにしておこうではないか」
「はぁ………………」
「それに、謝る相手は僕じゃないだろ?」
「あっ!? そ、そうですよね………………、ちゃんとみなさんに事情をお話するべきですよね」
極度の緊張感と頭に血が昇っていた所為だろうか……、俺は完全に注意力を散じてしまっていた――――――。
「――みなさん、今回は件は、本当に申し訳ございませんでした!!」
突如、恭しく頭を下げる俺に、体育室のみんなは訝しげな表情をみせる。
「どうしたんですか? 突然あらたまって……」
怪訝な顔をしていたフィジカルアートパフォーマンス部の女子生徒の1人が品のある丁寧な口調で俺に疑問を投げかける。
「いえ、あの……非常に言いづらいことなんですが………………」
「………………???」
「今回のこの火災警報の件は、実は俺の所為でして………………」
「………………あッ!? なるほど、そういう事なのね!?」
少し頭が回る人間ならばすぐに気付く……当然だ、俺があれだけの熱量を発したのは周知の事実なのだから――。
「そういう事です……本当にみなさん、すみませんでした!」
俺は頭の中に、罵詈雑言、誹謗中傷、集中攻撃、避難殺到、四面楚歌、等々……ネガティブな単語が脳裏をよぎった。
「……まぁ、そういうことなら逆によかったんじゃないの?」
「そうよね、実際に火事があったわけじゃないんだし……」
「それに俺たちもなかなか楽しませてもらったしな」
「そうね、タダであれだけの超次元脳量子応用技術イリュージョンを見せて頂けたんだし……あたしたちは、別に、ねぇ……」
「幸いにも、特に怪我した奴がいるわけでもないし……俺たちは別に気にしてないよ」
ありがたい話だ……古典的な展開ならば、ここからドロドロとした、あえて波風を立てる、昼ドラ御用達の三文芝居が始まりそうなものだが、現代ではやはり、そういう展開は流行らないらしい。あたり前の事だが、もうみんなガキではないし、この学園の生徒たちは心なしか皆、利発そうで気の良い奴が多そうに感じる――。
「――ありがとうございます! そう言っていただけると、本当に助かります!!」
「そんなに気にする必要ないわよね?」
「そうですよ、あんまり気に病まないでいいのよ……ねぇ、そんなことより………………」
「……そ、そんなことより?」
「超次元脳量子応用技術イリュージョン! あたしにも教えて!!」
「へ!?」
「あ、それ!? あたしも教えて欲しいかも!?」
「あ、いえ……でも、それは………………」
「ねえ、いいでしょ!? ね、ね、お願い!!」
そういってフィジカルアートパフォーマンス部の小柄な女子部員の一人が俺の左腕をまるで我が子を抱くかのように優しく、それでいて力強く抱え込んだ。
「ちょッ!? ちょっと……あの……む、胸が……あ、あたってるんですが………………」
「ん? 胸? やだぁ、もう、エッチなんだからぁ……」
「ち、違いますよ! お、俺、なにもしてないですし……、こんなの不可抗力ってやつでしょ!?」
「不可抗力でもなんでも女の子のおっぱい触っちゃったんだから……それなりの対価は払ってもらわないとね」
「対価って、そんな……」
「ギブ&テイクよ」
「俺が好きでテイクしたわけじゃねえ!!」
「でもテイクはテイクよ……ね?」
確かに胸に触れてしまったことは事実だが……納得はいかない――。
「という事は、おっぱい触らせてあげたら、私たちにも超次元脳量子応用技術イリュージョンを教えてくれるって事? それなら私たちのおっぱいも触っていいわよ!!」
なにをトチ狂ったのか、フィジカルアートパフォーマンス部の女子たちが一斉に俺に胸を触らせようと迫りくる……ありえない、いくら童貞妄想系の夢のようなシチュエーションでも、こんなものを受け入れられる耐性は今の俺には皆無だ――。
「ちょッ!? まッ!? いったん落ち着いてください!? マジで! 本当に! いったん落ち着いてくださいッ!!」
そういう自分が最も取り乱していることは明々白々だった……、こんな事になればきっと誰だってそうなるだろう――――――。




