22 サークル練習Ⅳ
「――もうそろそろブレイキンの連中のダンスも終了だよな?」
「ねぇ優ちゃん、もう三十秒過ぎてるとおもうけど……」
「なかなかのロングムーブだな………………」
確かに三十秒はもうとっくに過ぎているとは思うが、佐々祇さんがストップウォッチをもったまま三十秒経過の合図をださないでいる。
「佐々祇さん、どうして終了の合図を出さないのかしら?」
「気分良さそうにノリにノってパフォーマンス中だからな……おもいやり? とか?」
「まぁ確かに、ある程度はオーディエンスも盛り上がってはいるけどさ……でも、そういうのってどうなのかしらね?」
「別にいいんじゃないの? ガチの大会でバトルやっているわけじゃないし……、練習ということで………………」
この言葉に嘘はない。練習なんだから自由に好きにやってもいいだろう……ただ、なんとなく彼らの不遜な態度が、やはり俺は好きにはなれない――。
「俺、ちょっとホントに闘志が燃えてきたかも……」
「優ちゃん、がんばってね!」
「おう!!」
一応、そこそこの闘志は燃やしてきたつもりだが、あいつ等の後にでる以上はさらなる闘志をもってして、全力でやってやりたいと思う――――――。
紗綾河や鉢助はまったく気付いていないようだが、連中はさっきから俺の方を見てニヤけた表情を浮かべている。この行為に不快感を表さない人間が果たしているだろうか……、少なくとも俺は、そんなに出来た人間ではないのでハッキリいって不愉快だった――。
「――紗綾河、俺……こいつらが終わったらすぐ中央に飛び出すよ」
「優ちゃん、それで大丈夫なの?」
「問題ない」
「優ちゃん、ちょっと落ち着いて……目つきが怖いわよ」
「………………まぁ、気にするな」
「気にするなって……そんな、すぐ次で飛び出さなくても………………」
そういって俺のことを案じてくれた紗綾河が、そっと俺の右腕に触れようと、白くて華奢な左手を差し伸べた瞬間だった――。
「熱ッッッ!!」
思わず紗綾河は声をあげる。
「ちょっと……優ちゃん、大丈夫!? 優ちゃんの身体が………………」
「悪い、紗綾河……俺、こうなっちゃうと自分でもどれくらいの熱を発しているのかがわからなくなるんだ………………」
「身体は平気なの?」
「まったく問題ない、むしろ精神的に昂揚している時の方が魔力は飛躍的に向上する……だから心配ないよ」
「そう……でもあんまり無茶はしないでね」
「……わかった、覚えておくよ」
こうは言ったが、全力でやらせてもらうつもりだ。佐々祇さんが基礎も出来ていないくせに、なんちゃってダンサーが法術を頼りに演出でごまかしたようなパフォーマンスを披露する事はエンターテイナーとしては下の下だと言っていたことが頭を過ぎる――が、しかし、今の俺に出来ることは演出でごまかしたようなパフォーマンスを全力でする事だけだ。昔っからそうだったが、頭に血が上ると体温がグングン上昇し超次元脳量子応用技術、俗にいう魔力が著しく上昇し簡単に法術が使えるようになる。どうも俺はそういうタイプらしい……しかも、教科書通りというか……、なんというか……、恥ずかしながら絵に描いたようにわかりやすいのだが、頭にくればくるほど俺の法術の火力は上がる……炎属性の超次元脳量子応用技術の使い手である俺は子供の頃に自分の能力をコントロールできずに着ている服を燃やしてしまった事があるのだが……今回は多くの人たちが周囲にいる状況だ……、全力は出し切るが、他人には迷惑をかけないように完璧に法力をコントロールして最高のパフォーマンスを披露してみせる――。
今はもう、事を穏便に済ませるつもりはまったくない……苛立ちの中、そんな決意も俺は内に秘めていた――――――。
「――曲がフェードアウトしてきたな」
「……落ち着いてね」
「わかってる……」
いよいよ俺が中央に吶喊する順番がまわってきた……再び俺の手は震えだす――。
あいつ等の派手なパフォーマンスの後だけに、正直いってやりづらい……だが、もう逃げ場はない。やると決めたことだ……、この曲が完全に終わり、あいつ等がハケたら………………飛び出すだけだ――――――!!
「――いくぞ!!」
ついに次の曲が流れだした――どんな曲かもまだわからない、でもすでに頭の中にイメージは完全に出来上がっている。心臓が締め付けられるような痛みを感じるくらいの緊張状態だったが、今の俺は、その緊張を確実に上回る闘争心でサークルの中央に立っていた。
「……イケる!!」
俺は運がいい――リズムもミドルテンポで俺好み、しかも音ハメのしやすい曲だ。小倉先輩から教わったフレズノやポッピンを主体としたパフォーマンスをするにはあつらえ向きの曲調だった。基本的なスタイルはまだ確立してもいない初心者の俺だが、フリースタイルと割り切ってこの三十秒で俺のすべてを出し切る――!!
「――――――静かだな」
曲はよく聞こえている。でもそれ以外は何も聞こえない……とても静かだ――――――。
「………………………………」
不思議だ……自然にリズムがジャストで取れている、以前はアップやダウンに意識をとられていたのに………………、今はなにも意識していないのに身体が勝手に動き出す。
「――――――――――――そろそろか!?」
ここまでで、どれくらいの時が刻まれただろうか……?
まだ二回転しかできないけれど、最後はスピンターンで終わらせると決めている。しかも、ただのスピンターンじゃない……佐々祇さんは嫌いかもしれないが、法術の演出も兼ねそえたスピンターンだ。ターン中に炎を上昇気流に乗せて放出する……、発想としてはありがちで、貧困なアイデアかもしれないが、それでもとにかくやるしかない。
「――!!」
もう間もなく三十秒だろう……今、渾身の力をため込んで一気に開放する――といいたいところだが、未熟とはいえ俺も一応はエンターテイナーの端くれ、さらにもうひと工夫した演出を凝らそう――――――。
「――三十秒経過!」
佐々祇さんの声が聞こえた――。
ちょうど三十秒、やるならここしかない……俺はスピンターンの為に力をため込む。この動作……プレパレーションからが勝負だ!!
「………………………………」
ただ沈黙を堅持する……これも一種の演出だった――。
「………………??????」
オーディエンスの困惑の色が伝わって来た瞬間から、俺は少しずつ、炎を彩り豊かに小出しに魅せる――――――!!
「おぉ!! きれいだなぁ………………」
よし! いい反応だッ!! やるなら今しかない!! ここで俺は二回転スピンターンと共にフレイムトルネードを巻き起こす!!
「「「「「「おおおおおおおおッ!! こいつ、マジですげぇ!!」」」」」」
反応は上々だ――!! パフォーマンスの技術はまだまだ拙いが、炎のバーストなら自信がある。俺の回転に伴い炎も渦状に立ち昇る!!
「すげぇ!! 炎属性の超次元脳量子応用技術の使い手かぁ……、3年の小倉さんは電撃属性の超次元脳量子応用技術の使い手だろ? ダンス同好会の連中って法術エリート揃いなんだなぁ……マジですげぇわ………………」
想像以上の成果だ、まさかこんなにうまくいくとは思ってもみなかった――。
報われた……今までの努力がすべて報われた……そんな感慨深い気分だった。普段の俺なら決して調子にのったりなんかはしない性格なのだが今日、この時、この瞬間だけは違った……素直に嬉しかった、素直に熱くなれた、故に少し調子にのってしまったのだろう――。
「――最後にもういっちょサービスだ!!」
この行動がいけなかった……法術を人前で自慢げに披露することなど、普段の冷静な俺なら絶対にありえない行為だ――――――。
子供の頃は、確かにそんな奴だったかもしれない……でも、大人になるにつれて人の心の闇の深さ、怨み、つらみ、妬み、嫉み、そんなものを少しづつ理解し始めてからは、法術の使用を控えるようになった――。
どんなに望んでも素養のない者、適正のない者は決して得ることのできないこのチカラ……それが超次元脳量子応用技術なのだ、だから能力者たちは一般の人たちの嫉妬心からか、いわれのないやっかみを受けたりもする……故に、人前で自慢げに法術を披露することなど、少なくとも今までの俺にはなかった事だったのだ……、軽い気持ちで大火力の炎を放ってしまったことが、まさかあんな惨事をまねいてしまうことになるとは……本当に自分の愚かさに泣けてくる――――――。




