21 サークル練習Ⅲ
「――!? 来た!! さて、どんな曲だ……」
あらたに曲が流れだす――――――。
少なくとも俺は聞いたことがない曲だ……鉢助は大丈夫だろうか………………。
「??? なんだ? この曲……?」
今までに本当に聞いたことがないタイプの曲だ――というよりも、ネタ用にお遊びで入れてある曲のようにさえ感じられる………………。
何とも陽気で、不可解なコミカルさを感じさせる曲だった――。
「なんだよこの曲……? 鉢助の奴、大丈夫か……」
「今の所は大丈夫そうよ……いま、ダウンでリズムをしっかりとっているわ!」
「見ているこっちが緊張するぜ……ここからどうする? 鉢助……」
祈るような気持ちで、俺はただ鉢助を見守っていた――。
「………………紗綾河、何秒経った?」
「え? わからないけど……十秒くらい?」
「そうか……ここからだ、鉢助!」
十秒経過したあたりで、鉢助はまだリズム取りをしていた……ここからきっと何かある……鉢助ならきっと何かをやってくれるはずだ。淡い期待を俺は胸に抱いたまま、サークル中央の鉢助見守っていた――――――。
「………………紗綾河、もう結構、時間経ったよな?」
「そうね………………」
感覚的には二十秒くらいであろうか? 鉢助はまだリズム取りをしている……。のこり十秒で何か一発逆転の秘策でもあるのだろうか――?
「………………………………紗綾河、もう、そろそろ三十秒経つよな?」
「そうね………………………………」
「どうすんだよ……? 鉢助!?」
もう後、数秒で三十秒が経過しようとするその刹那――はじめて鉢助に動きが見えた!!
「もう時間がないぞ!? 鉢助、どうする気だ!?」
自分の事より緊張する……心苦しくて鉢助を直視するのもツラい状況だ――。しかし、鉢助は最後に何かをやるつもりだ!? もう、そろそろ曲が終わろうとする間近、くるっとターンをしてから、なんだかよくわからない奇怪な決めポーズで、どういう訳か全力でやりきった感を醸し出していた――。
「終わりかいッッッッッッッッッッッ!!」
至極あたりまえだが、お笑い芸人としてツッコミの訓練を受けてきた者など、当然この会場にはいない……が、これ以外はない、というくらいの定番のセリフと絶妙なタイミングで全員がツッコミを入れてしまった――。
今、この第三小体育室の人間たちの呼吸は、カミソリの一枚だって入る隙もないくらいに、ピッタリと合っている。人間のこころがこれほどまでの一体感を味わう事なんてなかなか出来る事ではないだろう。
愛で地球を救うなどとのたまっているテレビ番組の関係者たちなんかよりも、はるかに今の俺たちのこころは、ひとつになっていた――――――。
「ふぅ……緊張したぁ………………」
「緊張したぁ……じゃねえよ鉢助! なんなんだよ、あれは!!」
「いや、緊張しすぎて……頭の中が真っ白ッスわ!」
「真っ白って、おまえなぁ……」
「いや、優の言いたいことはよくわかる! けど、本当にきれいさっぱり頭の中が空っぽになってしまってな………………」
「他にやり様があっただろうが!?」
「いやいやいやいや……マジで、どうしていいか全くわからんかったんよ! 振りとか過去のルーティーンとか全部、頭の中からすっ飛んで行ったッスわ!!」
「おまえ、後で小倉先輩にガチで怒られるぞ……」
「どうして?」
「どうしてじゃねえよ……んな事もわかんねぇのかよ!?」
「いや、だって……みんな結構、笑顔で温かく見守ってくれてる感じだったし、まぁまぁ盛り上げられたっていうか……笑いをとれたっていうか……」
「笑いをとってどうすんだよ!? それに、鉢助のは笑いをとったんじゃなくて、ただ笑われていただけだぞ!! 笑いをとったのとは大きく違う!!」
「でも一応さ……、ほら……、なんつうの……、盛り上がったのは事実だろ? 次こそ本当にがんばるから……勘弁!!」
せっかく紗綾河が華のある美麗なパフォーマンスを披露してくれたのに……、鉢助の所為で新生ダンス同好会の面目丸つぶれだ――紗綾河と鉢助を足して二で割ってプラマイゼロと言いたいところだが、どう考えてもマイナスだろう……他人を気にしている余裕などはないのだが、次はどうにか俺が頑張って事を穏便に済ませたいものだ――。
「最後はおれか……」
「そろそろ出ないと、優ちゃん本当に最後の最後になっちゃうわよ!?」
「それは嫌だな……最後から三番目ぐらいで終わらせたい……」
「もう、頭の中でイメージは出来てるのかしら?」
「ん……だいたいはね」
「じゃあもう、いつでも行ける準備しときなさいよ!」
「わかってるっての……紗綾河は一言多いんだよ!」
「多くもなるわよ!! もうあんなみっともないマネはやめてよね!?」
「それもわかってるっての!!」
ポカーンと大きく口を開けたままの鉢助を尻目に、紗綾河からの叱咤激励という名の愚痴を聞かされる――確かに、もうあんなみっともないマネは出来ない。ダンス同好会のメンツとかじゃなく、鉢助には悪いが俺自身、あんな恥をかきたくはない――。
「さて、いつでるか……」
センターへ躍り出るタイミングを見計らっていると、例のパッと見、ガラの悪そうなブレイクチームが他人を押しのけて中央に飛び出してくる――。
「あいつら、他人を押しのけて前に出てきたぞ………………」
「……マナー悪いわね」
「キャラクターでB―BOYを演じてるって訳ではなさそうだな」
「元々の本質があの感じなんじゃないのかしら……」
「とはいえ……パフォーマンスはなかなかレベル高いぜ」
「そうかしら?」
「あの筋肉は軽い気持ちでダンスやっているような、なんちゃってダンサーに身につけられるレベルの筋肉じゃなさそうだな……」
「いくら筋肉があったって、品性のない男なんてお断りよ!」
「ふ~ん……紗綾河って筋肉が嫌いなのか? 筋肉が嫌いなんて、女子なのにめずらしいな」
「別に筋肉が嫌いなわけじゃないわよ、気品のない男がきらいなだけよ………………」
「気品ねぇ……」
「ついでに頭も悪そうね……あれでよくうちの学園に入学できたわよね」
「おい、紗綾河……」
「一般受験組じゃなくて、きっと親がお金持ちで、幼稚舎からの内部進学組ね……まったく、腹立たしいったらないわね」
「おい、紗綾河ってば!? いくらなんでも言い過ぎだぞ……」
「だって、なんだかイヤラシイ視線もあいつ等から感じるし……、なんかさ………………」
「そうなのか!?」
「男の子はバカだから、女の子が気付いてないとでも思っているのかも知れないけどね、胸元への視線とか、女子はハッキリ気付いてますからね!?」
「あ、そうなんだ……」
「そうなんですッ!! まったくもぅ……」
いくら気分屋の紗綾河でもむやみやたらに人を毛嫌いするようなことはないだろう――。
気分屋ではあるが、別に彼女は性格の悪い女の子ではない。いわゆる女子ならではの『生理的に受け付けない』って程度の事ならまったく問題ないのだが、今回の場合は紗綾河に問題があるのではなく、やはりB―BOYを気取っている、素行の悪そうなあいつ等の方に問題がありそうだ……なぜなら俺も鉢助も同様に、どういうわけか、あいつ等には好感が持てなかったからだ。満場一致で全員が不信感を持っているのならば、きっともう……そういうことなのだろうし、申し訳ないけど、向こうに問題があると判断させてもらうしかない――――――。




