14 部室Ⅱ
――キーンキコーンー、カーンカコーン――。
――キーンキコーンー、カーンカコーン――。
能美坂学園独特のチャイムが鳴り響き、本日最後の退屈な授業の終わりを告げる――。
「よしッ! 終わり! 紗綾河、いこうぜ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 優ちゃん、支度が早すぎるよ!」
「紗綾河がモタモタしてるからだろ、早くいくぞ!」
そういって俺は、ちょっと強引に紗綾河の手を引っ張った。普段の俺なら絶対にそんなことはしない……クラスの男子の視線も今日は気にならないくらいに気持ちは真っ直ぐ地下3階のラウンジに向かっていた――――――。
「――あれ!? だれもいない………………?」
「当たり前でしょ、チャイムが鳴った瞬間からここまで走ってきたのよ……そりゃあ、あたしたちが最初に着くわよ」
「そ、そうか……そりゃそうだよな………………」
紗綾河の手を引き、速足でラウンジに駆け付けたのだが……当然といえば当然か、しかし、逸る気持ちを抑えきれなかったのは俺だけではなかったようだ。
小倉先輩と円花宮先輩がこの直後に合流してきた事は責任感の強さの表れでもあるのだろう……でも、きっと胸の高鳴りも一緒のはずだ――。
「おやおや、おそろいで……随分早かったんだね、伊野平くん」
「あ、はい! チャイムが鳴ってから速足でここまで来ましたので……」
「そうかいそうかい、感心だねぇ……お手てつないで、仲睦まじくて何よりだ!」
「――!?」
今日の俺は本当にどうかしている………………紗綾河の手を引いて来ていたことをすっかり忘れていた。小倉先輩にそこを指摘された瞬間、俺はあまりにも恥ずかしくて反射的に紗綾河から手を離そうとした――が、しかし……どういうわけか、紗綾河から俺の手が離れない!
「――ちょッ!? あの……紗綾河……ちょっと……手、手を……」
「なぁに、優ちゃん?」
不敵な笑みを浮かべながら、紗綾河は俺の左手を離そうとはしない。女子とは思えないほど強い力だ……力を入れている素振りさえ感じさせないほど、にこやかな笑顔なのに――。
「いや……ほんとに……手、手を……」
「ん? 手? そんなに強く握られたら手、離せないよ……優ちゃん」
「ちょ!? そんな強く握ってねぇ!」
「恥ずかしがっちゃって……照れ屋さんね」
「ふざけんなって!? マジで! いいから離せって!!」
「だって……そんなに強く握られたら………………」
何という不毛なやりとり! まるで俺が悪いみたいな空気が紗綾河から発せられている!! そうだった……こういう事をこいつは平気でする奴だった――。
「――紗綾河さん、いい加減になさいな! 伊野平くんが迷惑しているでしょ!」
「はぁ? なにをわかった風な事を……円花宮さんには関係ないと思いますけど!」
「関係あります! あなた個人の勝手な振る舞いで組織の風紀が乱れます! 副代表としても、生徒会副会長としても、そのような行為は黙認できませんわよ!!」
「へー、随分とご立派ですね! でも今、個人の勝手な振る舞いで組織の風紀を乱しているのはどちらでしょうかね?」
「「………………………………………………」」
あぁ……まただ……またしても二人とも、互いに目を逸らさずに長い沈黙が続く……まるでデジャヴをみているようだ……これじゃあ、この間の南校庭の時となんにも変わらないじゃないか……厄介な事に、二人とも共通して沸点は低そうだ。何故にこうもこの二人は相性が悪いのだろうか――――――。
「まぁまぁ、そこら辺にしときたまえ2人とも! 相変わらず仲睦まじいのは何よりだがね、同好会の活動に支障を来すようなことはご遠慮願うぞ!」
こちらも相も変わらず、誰がどう見たって仲睦まじくないのは明らかなのだが、小倉先輩のシニカルな物言いでしぶしぶ二人はいったん落ち着きを取り戻す――。
「――あれ!? オレっちが一番乗りじゃないかと思ってたのに……みなさん早いですね!」
少し遅れて鉢助が合流する。そして、ジャストのタイミングで続けざまに小倉先輩の妹さんも合流した――。
どうやら中等部の方はかなり早く授業が終ったらしく、舞衣ちゃんはみんなが来るのを陰でこっそり確認してから、合流するタイミングを見計らっていたようだった。なんでも高等部のアウェー感が少し怖かったらしく、人目につかないところでビクビクしながら大人しくみんなを待っていたそうだ……いかにも舞衣ちゃんらしい。やっぱり、とても小倉先輩の妹さんとは思えないしおらしさだ――――――。
「うむ! これで全員そろったようだね! では、さっそくミーティングを始めよう……っと言いたいところだが、そのまえに!!」
「「「「「……そのまえに?」」」」」
「みんなも心待ちにしているであろう我らが新拠点!! 今回、最高の戦利品!! 我がダンス同好会の部室に案内しようではないか!!」
「うおおぉッ! やりましたねッ! さすが小倉先輩! 新興の同好会が、まさかここまでの待遇を受けられるとは思っていませんでしたよ!」
「うむ、伊野平くん! さすが僕だろう! 好きなだけ褒めてくれたまえ!!」
「はい! 今回ばかりは頭が下がりますよ! でも、もし今度なにかあったら、俺にも手伝わせてくださいね、何でもやりますから! 小倉先輩に甘えてばっかりだと……なんだか申し訳ありませんし………………」
「伊野平くん……君はいいやつだねぇ、うんうん、感心するよ! でも、恩返しなら直接僕にするのではなく、同好会の組織に恩返しをしてくれたまえ! そうすれば、僕も含めてみんなが喜んでくれるだろう? 僕は同好会の代表だから、あたりまえの事をしたまでだよ……もし、どうしてもというのなら、円花宮くんに恩返ししてくれたまえ! 今回、部室を獲得できたのは円花宮くんの功績がほとんどだ……僕は大したことはしていないよ……なにしろ円花宮くんのお父様はこの学園の関係者らしくてね、多額の寄付金を出しているそうだ……故に、円花宮くんの発言力はこの能美坂学園では絶大だ! 今回も円花宮くんが学園の上層部に融通をきかせてくれたから部室を獲得できたのだよ! 僕のことは気にしなくていいから、感謝するなら皆、円花宮くんにしっかり感謝してくれたまえよ!」
「そ、そうだったんですか!? 円花宮さん……やっぱり、すげぇ人だったんですね! 円花宮さん、ありがとうございます!!」
「伊野平くんって意外と律儀ですわよね、別に気を遣うことなくってよ……、でもまぁ……、そうね、いつか伊野平くんには個人的に何かしてもらおうかしら……さっき、何でもやりますからって言ってらしたし……うふふ、楽しみね」
そういいながら、円花宮さんは目を細めて俺をみつめた――なんだかものすごく妖しい顔をしているような気がするが……気のせいだろうか………………。
「――ッ!? こんなところでモタモタしてないで、さっさと部室に行きましょう! さぁ! 早くッ! 優ちゃん、小倉先輩、いそぎましょう!!」
どういう訳か、鋭い目つきで落ち着かない様子を見せる紗綾河は強引に俺の腕を引っ張り、小倉先輩を急かしてむりやり部室へと案内させる……、彼女の我が儘っぷりは今日に始まったことではないし、早く部室が見たいのはよくわかる、が……それにしても纏った空気がやけにキンッ! と冷えているように感じる……何で彼女はちょっと不機嫌なんだろう……? 部室に向かいながら、ホントに女心ってやつはまったく理解が出来ないなと、またも痛切に感じさせられたような気がした――。




