10 トレーニング
「では諸君、練習テーマ、練習スケジュール共に暫定的ではあるが、決まったからには遂行していこうではないか! 早速、来週の月曜日から活動開始としよう! 各自、動きやすい服装と、着替えやタオルを持参するように! あッ! そうそう、シャワー室や更衣室等の設備もこの学園は完備してあるから、下着類やシャンプー等もお好みで持ってくるといいと思うぞ! では、本日はこれにて解散ッ!!」
またもや、なしくずし的な展開でスケジュールが決まってしまった。とりあえずは週三日、放課後に集まって『とにかくがんばる!』作戦で活動をしていく事になった――。
なんとも場当たり的で、正直こんなんで大丈夫かよ……、という不安となんだか嫌な予感しかしない。そして、残念なことに俺の嫌な予感は的中する。
基本的に同好会メンバーのみんなは真面目な性格だからか放課後の集まりは悪くなかった。ほぼ全員が皆勤賞といってもいいくらいにみんな放課後の南校庭に集まっていた。そのうえ、鉢助の計算通りなのかどうかはわからないが、授業終了後、南門から帰る生徒たちの人通りの多さも手伝って、日を追う毎にギャラリーは増えていった。とはいえ、ギャラリーといっても紗綾河とスーパーアイドル級美少女の舞衣ちゃん目当てで冷やかしに来る輩がほとんどだった。
人のことは言えた義理じゃないが、紗綾河と舞依ちゃん目当ての不純な動機の入会希望者が後を絶たず、この事態をみかねた小倉先輩が入会テストと称してナンパなチャラい連中に無理難題を押し付け、足腰立たない状態まで追いやって入会を辞めさせてしまうのだ。ほんの少しでもダンスを楽しみたいという動機の欠片でも連中にあればまだいいのだが、残念ながら絶対的に完全にパーフェクトに紗綾河と舞衣ちゃんだけが目当てなのがみえみえな連中しか来ないのが現実だった………………。 形だけでも入会させて、水増しでもなんでもいいから一応、名簿上は既定の人数を満たしている状態をつくることもできるだろうに……、どうも小倉先輩は変なところで生真面目らしく、あまりそういう事はしたくないようだ。その所為もあって、後一人がなかなか決まらない状態が随分と長いこと続いていた――――――。
「――さて、皆の衆! 今日も一日おつかれさん、君たちはなかなかに筋がいいぞ! 基本のリズム取りや初歩のステップワークはそつなくこなしている上に、伊野平くん以外は柔軟性も一般人よりもはるかに優れている! いまのところ言うことなしだぞ!!」
「おまえら……ていうか、鉢助……おまえ何でそんなに身体やわらかいんだよ………………」
「優が硬過ぎるだけじゃねえの?」
「そんなことはないはず……普通よりは絶対にやわらかいはずだ、スポーツだって大抵のことは出来るし………………」
「伊野平くん! 普通のスポーツとストリート系ダンスを一緒にしてはいけないよ! どんなスポーツも柔軟性は大事だが、ことダンスに限っては特に重要だと考えて欲しい!」
「はぁ……そうなんですか……」
「よしッ! では、君には特別に重要なミッションを与えようではないか!」
「……ミッション?」
「伊野平くんは今後、ひたすら柔軟、主にアイソレーションをメインの練習課外とする!!」
「――アイソレ? ってやつですよね? でもそれは、同好会の活動を始めた時にいろいろと教わりましたけど……」
「バカを言ってはいけないよ! あれはアイソレのほんの一部だ! これからは全身くまなくきちんとやっていこうではないかッ!! アイソレなくして優美なパフォーマンスなどありえないのだ! そうだ!! 今後はついでに全員でアイソレの基礎から順番にやっていこう!! 身体が柔らかければそれでいいってものでもない、身体の各パーツを個別にやわらかく動かしていく訓練も始めよう!!」
「各パーツを個別にっていわれても……それなら、小倉先輩またちゃんと教えてくださいよ」
「やれやれ、仕方がないね……、少し時間がかかるかも知れないが、僕がひとつひとつ丁寧に教えてやろうではないか! まずはだね………………」
やっちまった……一通りのカリキュラムを終えて、これから帰ろうと思った矢先、俺は随分と余計な一言をいってしまったようだ。心なしか周囲のみんなからの視線も少し痛い――。
最初はダンスと聞いて、俺は適当に楽しく踊って気楽に練習すれば済みそうなヌルいものだと勝手に想像していたのだが、実際にやってみるとこれがまた尋常じゃないほどにキツイ!
普通の運動と違って技によっては身体のある特定の部分だけに過度の負担がかかる為、余程の筋量がなければまともに技を成立させることができないものがあり、この技をマスターするための練習がハンパじゃないのだ――――――。
例えばバックスライド……、もっとメジャーでわかりやすい呼び名に換言すれば、いわゆるムーンウォークっていうやつがあるのだが、はたから見ている限りはスイスイと地面を滑って後退していくように見えるかも知れないが、これをやっている当事者からすると足首とつま先にかかる負担にただひたすら耐えているというのが現実だ。それを、表情一つ変えずに楽々とやって見せることがパフォーマーとしての醍醐味なのだそうだ………………。
なんとなく理解できるような気もするが、それを実現させるためには筋トレや減量、それに加えてひたすら反復練習をしなければならない。はっきり言って本物のダンサーは通常のプロスポーツ選手と何も変わらないほどの凄まじいトレーニングを積んでいるといっても過言ではない。そんな現実を知らずに軽い気持ちでダンスを始めてしまったことに多少の後悔の念と、練習後のものすごい達成感も同時に俺は感じていた――――――。
「――こんな感じでしょうか? 小倉先輩」
「伊野平くん、君は本当に身体が硬いね……ダンサーとしては致命的だ!」
「そんなことはないですよ! そんなにやわらかくはないかもしれませんが……いわれるほど硬くはないですよッ!!」
「いいやッ!! 君をダンサーとして考えるのならば、全ッ然硬いぞッ!!」
「そんな………………」
「だが安心したまえッ! 少し時間はかかるが、柔軟ときちんとアイソレを続けていけば必ずみんなと同じくらいの柔軟性は体得できるッ! 弛まぬ努力だッ!! 伊野平くんッ!!」
「まぁ……先輩がそこまでいうのでしたら……頑張りますけど………………」
「そうだ! それでいい!! マジカルダンサー目指して共に頑張ろうではないかッ!!」
「いや……、ですから……、別にマジカルダンサーは目指してないですからッ!!」
「なにを今さら照れているんだい? 君の熱い気持は充分僕に伝わってきているよッ!」
「照れてませんッ!! 嫌がっているんですよッ!! まったくもぅ……」
――相変わらずの変人ぶりを発揮する小倉先輩だったが、指導者としてはおそらく優秀な方だと思う。なにより意外なのが、とにかく面倒見がいい人なのだ。
妹さんの面倒もさることながら、俺たち後輩に対しても決して手を抜かずに最初っから最後まできちんと丁寧に指導をしてくれる。
同好会もどき発足から練習場所の確保、練習カリキュラム、そして諸々の面倒な手続きなども小倉先輩がやってくれているらしい。この時の僕らは何故かそれを当然だと思っていたし、小倉先輩にひどく甘えていたことに気付こうともしないでいた……そんな、いつもの練習後の南校庭だったが、変革は突如としてやってきた――――――。




