01 新学期
ついに新学期が始まった――。学生服から慣れないブレザーへと変わり、ほんの少し煩わしいネクタイを締め、これから始まる能美坂学園の新生活に淡い期待と不安を胸に抱きながら、俺は新入生勧誘合戦真っ最中の学園内を散策していた――――――。
「よっ! おはようさん、優!」
背後から突然、左肩をポンっと叩かれ朝の挨拶を友人がかましてくる。
「鉢助……おまえ、相変わらず朝からテンション高えなぁ」
「やっぱり朝は元気よくっしょ!」
こいつは河鹿鉢助。家の近所の植木屋の息子だ。ガキの頃からの腐れ縁で、しかも、なぜか学園の学部から学科まで一緒になってしまった能天気野郎だ。
「ところで優、おまえクラブとかってもう決めたか?」
何の前ふりもなく、唐突に鉢助が俺にたずねてくる。
「いや、何にも決めてないなぁ……」
「おまえ運動神経いいんだからさぁ、なにか運動部に入れよ」
「ん~、いや、俺は何か文化部に入ろうかと思ってるんだが……」
「何でよ! もったいねえじゃん! そんだけの身体能力があるのに!!」
「身体能力とかはどうでもいいんだよ、そんなことは……クラブ活動に興味はないし、内申の為に俺は何か魔法系の文化部にでも入ろうかなって、ちょっと思っているだけさ」
「魔法系って……おまえ、将来は召喚士にでもなるつもりか?」
「そこまで限定はしてないけど、でも何かしらそっち系の道に進むつもりさ」
「ん~、優らしくねえなぁ……急に真面目になっちまったな……おまえ………………」
「鉢助こそ、いつまでもガキじゃいられねえんだからさ……、そろそろ真面目に人生を考えた方がいいと思うぜ」
「ありがたくそのお言葉、頂だいしておきやす――――――」
――この能美坂学園には普通科はもちろん、工業科やスポーツエリートを養成する運動科、情報科や機械科等もあるマンモス校だ。そして特に力を入れているのが近年発見され、科学的にも証明されてしまった人智を超えた潜在能力……、厳密には超科学的多機能応用能力だとか、超次元脳量子応用技術だとか、学者や能力の種類によって呼び方や正式名称などは未だに議論されている最中らしいのだが……ざっくりと言えば、まぁ、いわゆる魔法という存在の研究に重きを置いている。
中高生の子供たちでも理解できるように、わかりやすく『魔法』という俗称を世間一般では用いることがすでに慣習となっている為、時勢には逆らわず、どの学校も『魔法』という単語をあえて採用している。故に魔法科という学科もこの学園には存在している。
最近ではどの高校も魔法科の存在は特にめずらしくはないのだが、この能美坂学園の魔法科は特別だということを知って、俺はこの学園を受験したのだ。いわゆる普通のお勉強をして、いい大学に入り、いい企業に入ること、もしくは安定した公務員にでもなること……そういう人生を否定するつもりはまったくないのだが………………、子供じみたことをいっているのもわかってはいるのだが……、でも俺にはどういうわけか……、そういった人生をすんなり受け入れることが出来なかった――――――。
「鉢助はクラブどうするんだ?」
「オレっちも何にも考えてねえッスわ」
「……聞いた俺が馬鹿だったよ」
「あら、優ちゃん冷たいのね」
くだらない会話をしながら俺たちは学園内の散策を続けていた。すると、常識では考えられないほどの大きな広場に出る――。
「………………信じらんねぇ、ここはとんでもねぇブルジョワな学園なんだな」
「落ち着けよ、鉢助……とりあえず端からまわっていこうぜ」
「……お、おぅ」
動揺を隠せない鉢助だったが、実は俺も内心はひどく動揺していた。もちろん、うちは特別裕福な家庭ではないから、なんだか場違いな気がしてならなかった――。
「ちょっと、そこの君たち!」
内心ビクビクしつつ、しばらく学園大広場を歩いているとサッカーボールを小脇にかかえた大柄な学生が声をかけてくる。
「……俺たちですか!?」
「そう! そこの君たちだよ! どうだい、一緒にサッカーをやらないかい?」
「いや、サッカーはちょっと……やったことないんで………………」
「大丈夫、初心者だって丁寧に教えるよ!」
「……か、考えておきます」
「そうかい……、まぁ、気が向いたらいつでも声をかけておくれ」
「はぁ、わかりました……」
申し訳ないとは思うが、気のない返事でサッカー部の先輩を軽々にさばいてしまった――が、しかし、新入生の勧誘はここから堰を切ったように怒涛のごとく押し寄せてくる。
「君たち野球部に入らないか!」
「いいや、漢ならラグビー部に来たれ!」
「君たち、女の子にモテたいならテニス部だよ!」
「いまどき運動部なんてナンセンスさ! 将棋部に是非!!」
「いやいや、これからは教養を身につけないとね! 茶道部へ!!」
「………………心霊現象研究会です、ふふふ……是非……」
さらにこの後も、数えきれないくらいのクラブから勧誘を受け続けた――信じられない……この学園には一体どれだけのクラブがあり、そして、どれだけの人数がいるのだろうか……。
今、確実にいえることは、この学園は俺の想像を遥かに超越し、そして今までとは明らかに世界が違うという事だけだ――――――。