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無神論者と神様

作者: 相浦アキラ
掲載日:2021/09/22

 手を二回叩いて、古びた本殿に向かって深々と頭を下げる。


「甲子園に行けますよーに」


 財布から5円玉を取り出して賽銭箱に投げ入れる。


 踵を返して帰ろうとしたら、巫女装束の美人が鋭い切れ長の瞳でじっと見つめてくる。

 先っぽが黒いキツネ耳をこれ見よがしに動かしているので、どうせこの神社の神様とかそんな感じだろう。


「どうもー」


 適当に会釈しながら挨拶し、すれ違おうとしたが、


「久々の参拝客じゃなあ」


 立ち塞がられてしまった。

 開け広げた目と、きつく縛った唇はどこか怒っている様子だ。


「えーっと、僕なんかやっちゃいましたか?」


「やったも何も……お主の願い、私を愚弄しておるのか? 『甲子園に行けますよーに』お主はそう言ったな。そのような事を願って、私にどうして欲しいのだ?」


「いや、あまり深く考えてなかったです」


「私はお主が甲子園に行けるように、対戦相手のチームの調子を最低にすればいいのか? ああ?」


「いえ、滅相もございません」


「ならば何故私に願うような真似をした? お主は具体的に何を願った? 申してみよ」


 ……すごく嫌な怒り方をする神様だなあ。


「この神社もランニングの休憩に寄っただけですし、甲子園に行きたいってのも別に願った訳じゃなくて、自分の気持ちに整理を付ける為に言っただけです。そもそも僕は無神論者なので神様とか信じてませんし」


「無神論者……ククク……この姿を見ても無神論者のままでいられるかな?」


 神様の姿が渦のように歪んだと思ったら、そこには一匹のキツネがいた。


「可愛いですね。撫でていいですか?」


「よかろう。耳の後ろを撫でよ」


 キツネが人の言葉を喋るのはちょっと怖かったが、可愛いのは可愛いのでベンチで膝の上に乗せてやった。

 うーん。モフモフだ。


「私は神様だからよいが、野生のキツネは寄生虫がいたりするから安易に撫でるでないぞ」


「はーい」


「……しかし私の正体を知っても驚かぬな」


「アニメとか結構見たりするんで、そういうのには慣れてます」


「まあよい。何にせよお主は今後一切、無神論者を名乗る資格を失った訳だ。……結構結構」


「いえ、今も無神論者ですけど」


「なんじゃと!?」


「――あいたっ! 噛まないでくださいよ!」


「どういう事じゃ! 申してみよ!」


「いや、別にそういう超自然的な事はあるかも知れないけど……どうせ僕の人生には何ら影響はないっていうか、そういう意味で無神論者ですね」


 キツネは耳を少し垂れて寂しそうに俯いてしまった。


「確かに、私には大した力は無い。精々キツネや人に化ける程度だ」 


「やっぱりそんな感じなんですか」


「そうじゃ。神とは名ばかり。死病に蝕まれる子の親に頭を下げられても、飢饉に苦しむ民草にかがり火を焚かれても、私には何も出来なかった。ただ、祈る事しか……」


「へぇ。神様が祈るんですか。変な話ですね」


「お主、いよいよ不敬極まりないのお……」


「あっ、もう噛まないでくださいって。……でも、神様が何も出来ないって事は無いと思いますよ。祈ってはいる訳ですからね」


「…………」


「祈る対象があるだけで救われる事もあるでしょうし。それに神様が自分の為に祈ってくれているって考えたら、気が楽になるかも知れません」


「……うむ。ならばこの私がお主の為に祈ってやろう。精々頑張って甲子園に行くがよい」


「はい。頑張ります」


 ◇


「今日はありがとうございました。毛並みすごく良かったです」


「フン。神の毛並みじゃ。当然であろう」


「それでは。また来ますね」


「次は賽銭をもう少し弾んでくれんかのお。本殿の雨漏りが酷くてな」


「考えときます」


 風が木々を揺らす音だけが、鬱蒼とした境内に響いていた。

 この空間は、本当に神秘的だ。それこそ、無神論者の僕が神様を信じそうになる程。


 参道をゆっくり歩いて鳥居を抜けていく。

 振り返ってみても、キツネの姿は何処にも無かった。


 そして僕は再び走り出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかんだで少年と神様であるキツネちゃんが仲良くなったところが良かったです!
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