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2.騎士が友と語らうこと

もうすぐ冬が終わるっていうのに、随分と寒い日だ。

俺はまたしてもペンを床に落としてしまい、思わずため息をついた。

室内にいるというのに、指の先まで凍えそうでますます気が滅入ってくる。

こんな日は剣を振り回していれば身体も温まるし、鍛練にもなるんだけどな。

外から聞こえてくる剣戟の音に誘われそうになるのを堪えて、俺はこうして一人で部屋に閉じこもっていなければならない。

理由はよーっく分かっている。

数日中に、目の前の机に山積みされた書類を片づけなきゃならないからだ。


俺はハドラスの王直属の騎士団に籍を置いている。

で、騎士にしては珍しく読み書きができる。

となれば、後は分かるよな。

つまり、ハドラス全土にある騎士団の支部から届く膨大な報告書に目を通し、疑問点を洗い出し、要望書の方には検討するとか却下するとか、色々返事をしなきゃならないのは俺ってことだ。

そう、分かってはいるんだが。

「あぁー、もう、無理だ」

心底面倒な仕事で、気が滅入る。

「……よし」

覚悟を決めて、俺はちょびっとだけ火がちろちろしている暖炉に目を向けた。

この際、経費には目をつぶって暖炉に薪を多めに投げ込んでやる。

ロランはいい顔をしないだろうけどな。

いやでも、却って気がまぎれるかな。

さっきまで、俺が考えていたことと言ったらそんな些細なことだった。


「エリック、大丈夫か?」

手をインクで汚したオルドを見上げて、俺はなんとか頷くことくらいはできた。

現王の不調が囁かれる最中、王太子が流行り病に侵されたという噂は聞いていた。

だけどあれは、まだ若い部類に入るであろう貴人が亡くなるような病じゃない。

なら暗殺か、と思うところだけど、そのあたりのゴタゴタがあったのはもう何年も前のことだ。

「まだ、亡くなるような年じゃないだろ……」

とりあえず、言えたのはそんな言葉だけだった。

「そうなのか?王太子、ってあんまし知らねーからなぁ。俺らよりは年上だっけ?」

オルドは肩をすくめて手にした書類を見ると、顔をしかめた。

「ちょっと汚れちゃいるが、まぁ大丈夫だろ。もったいないし、このまま使えよ。いいな?」

親友のあまりにも平然とした様子に、俺は冷静さを取り戻しつつあった。


俺たち騎士は騎士団に属している以上、当然ながら陛下に対する忠誠を誓っている。

でも、あんまり目にしたこともない王太子が亡くなったと言われたところで、心から嘆くことのできる騎士がどれだけいるだろうか。

多分これは、俺にとっての課題だな。


「ま、一から書き直すって言っても俺は手伝わねぇから」

「いや、そこは手伝えよ」

「やなこった」

オルドと軽口を叩き合って、俺は無理にでも笑おうと努めた。

こういう時は、オルドの存在がありがたい。

「とりあえず地方の騎士連中に知らせを出す」

「え、どうせ城から領主に通達が出るんじゃないのか?」

「領主からの下知を丸飲みにしてたんじゃ、あっという間に取り込まれるぞ。俺たちは領主のモノじゃなくて、王の騎士なんだよ」

十分の一法、というものがある。

領主はその治める領地の内、十分の一を王に捧げる、という法だ。

収穫から得られる利でも良いんだけど、ほとんどの領主は領地の内十分の一を王に引き渡していた。

王に捧げられた土地には俺たち騎士が派遣され、王の代理として収支管理を行うのはもちろん、その属する領地の治安維持に努め、有事の際には武力を行使し、時には領主の監視も行う。

騎士と領主は対等である、というのは建前であって、実際は身分上の力関係もあり、騎士は領主に押されがちだ。

「騎士か、騎士見習いでもいいんだけど、一応読み書きできるのを揃えておいてくれ」

「はいはい。あ、書状はお前、一枚目だけでも書けよ?」

騎士仲間に渡すとはいえ、あんまり適当な書状は作れないのが辛いところだ。

この手のことに長けたロランにも手伝わせようと思ったところで、俺はふと思い出した。

「この話、ロランは知ってるのか?」

途端に、オルドがびくっと肩を揺らした。

「エリック、お前、思い出させるなよなぁ……」

俺はちょっとオルドに同情した。

こいつ、俺やロランに王太子が亡くなったことを知らせる役目を押し付けられたんだろうな。

「オルド、俺がロランに伝えてくるよ」

とりあえず寒いから外套っと、あれ、そう言えばどこに置いたっけな。

俺は立ち上がって、窓枠の隅に丸めて投げたままのそれを手に取って広げてみた。

あぁ、うん、外套らしきものは発見した。

なんか色々細かい何かが舞ったけど、まぁいいだろ。

それと剣はいるよな、一応。

いつもの剣、と思いかけて俺は手を止めた。


俺はもしかしたら、何か拠り所が欲しいと思ったのかもしれない。

あるいは、予感があったんだろうか。

俺は王太子殿下から拝受した、あの宝剣を手に取った。


「いいのか、エリック?」

「ん?まぁ一応、これも俺の役目だろうし」

「いいのか、エリック?流石は騎士団長だな!」

ぐ、と俺は言葉に詰まった。


騎士団長、と呼ばれるのに俺はまだ慣れない。


だって十六やそこらで、ハドラス全土の騎士団の頂点って、なんの冗談だよっていまだに思ってる。

実力不足なのも分かってるし。

俺はため息を押し殺して、オルドへ向かって笑いかけた。


「って訳で、書状の準備と使者の手配、後はそうだな、ついでに残った仕事を頼む」

「あ、待てさてはお前っ!?」

騎士団において、読み書きができる者というのは限られている訳で。

子どもの頃、覚えた読み書きを無理やりにでもオルドに教えておいて良かったよな。

つくづくそう思う。

「くそっ、あぁもう、すぐに戻って手伝えよ!」

「はいはい、分かった分かった」

オルドの声を聞き流して、俺はさっさと部屋を出た。

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