1.騎士が王太子の死を知ること
「王太子殿下が亡くなった?」
信じられない。
俺は思わず立ち上がって、机越しにオルドへ詰め寄っていた。
「嘘だろ、そんな、こと……なぁ、オルド!」
オルドに問いただしたって仕方ないことくらい、俺だって分かっている。
けど、だって、本当にそんなはずはないんだ。
確かに王太子殿下が不調だって話は、騎士団でも噂になっていた。
だけど、でも、陛下だっていつ冥府の姫君の手を取るのだろうか、って話だったのに。
それなのに、王太子の方が先に亡くなるなんて、そんなことあるはずない。
あれほど責任感の強い人だったのに。
あれほどに、次の王に相応しい方はいなかったのに。
「城からわざわざ騎士団まで知らせに来てるんだ、嘘ってことはないだろ。あぁほら、王太子付の護衛司の……」
「レヴィン卿か?」
「多分な。今、親父たちが相手してる…っておい、エリック!」
オルドの言葉に俺はぎょっとして手元を見る。
机に置いていたインク壺が倒れて、俺がさっきまで広げていた紙や木皮紙、羊皮紙の束が次々と黒色に塗りつぶされていくところだった。
「うわっ、お前、何やってんだよ!?」
慌てたようにオルドがインク壺をつかみ取って机にきちんと立て、机の隅に放り投げたままにしていた吸い取り紙を机上にばら撒く。
「あぁあこれ、結構高いんだぞお前……っ、くそ、いいからお前はこっちに来い!」
「あ、悪い……」
オルドにぐい、と手首を掴まれて、俺はいつの間にか机の前から引きはがされていた。
王太子殿下が亡くなったなんて、嘘だ。
頭の中ではいくらでも叫ぶことができた。
それなのに、俺は実際のところ椅子に沈み込んで、見慣れた部屋をぼんやりと眺めること位しか出来ずにいた。
ふと、俺の目に留まったのは石壁に飾られた剣だ。
柄に宝石、鞘にも宝石が飾られ、おまけに刀身は切れ味鋭いことで評判のシュルドン産だという恐れ多い宝剣は、俺が過分な地位に据えられた時、記念として王太子殿下によって授けられたものだ。
本当なら城内にでも飾られそうなその宝剣を、しかも王太子自らが騎士に与えるっていうんで、あの時は結構な騒ぎになったんだよな。
あの時のことは夢の中の出来事のようにおぼろげで、ほとんど記憶にない。
渡された剣がすごく重かったこと。
王太子殿下の瞳が透き通った緑石のようで、それが宝石のようにきらきらと輝いていて、すごく綺麗だった事だけが鮮明だ。
「……亡くなったなんて、嘘だろう?」
俺が守るんだって、思っていたのに。
母さんとも、そう約束したのに。