願いを乗せて [クララの視点]
夢のように楽しかった旅行も終わり、私たちは帰国した。
この一ヶ月のうちに、すっかり気候は春めいて、王都は新しい季節に向けて、テロの衝撃から立ち直りつつあった。
私たちはそれぞれの寮には戻らず、カイルの屋敷であるタウンハウスに住むことになった。
男爵家からはマリエルが戻っていて、私たち二人が快適に暮らせるように、すべての準備が整っていた。
彼女がいてくれるのは心強かったが、寝室と入浴のお世話だけは、女中頭のマーサさんにしてもらうようお願いした。
侍女に戻ってしばらくすると、私は体調不良を覚えた。なんとなくフラフラするし、食欲が落ちて、気持ちが晴れない。
そんな私を見て、みんなは口を揃えてこう言った。
「絶対に妊娠!それ、つわりよ。早くお医者さんに診てもらうこと!」
そして、お医者さんに診てもらったところ、やはり懐妊していることが判明した。
私の妊娠のニュースに、カイルと父は飛び上がるようにして喜んだ。
私も、もちろん、ものすごく嬉しかったのだけど、同時期に婚約したカップルの中で、一番最初に身籠ったために、みんなにスキモノとからかわれた。
失礼な!私たちは、きちんと婚約契約して愛し合い、ハネムーン・ベビーを授かっただけだというのに!
通勤のために馬車を使っていたが、妊婦に振動はよくないとカイルが主張したため、私たちは王宮に部屋を借りることになった。
しかし、これが実のところ拷問だった。
私たちの寝室を整えたり、朝の湯浴みを手伝ってくれたりするのは、王宮のメイドさんたち。みな顔見知りだし、未婚の娘さんばかり。
さすがに、年配のメイド長や監督係にお願いするのは、侍女の分際ではわがままなので遠慮したが、本当に毎朝「後朝公開処刑」な気分なのだ。
そんなことで落ちつかないこともあり、私は早々に産休を取得し、臨月までカイルの屋敷で過ごした。
そして、実家の男爵家で出産した。
生まれたのは、黒い髪に群青色の瞳の、カイルによく似た男の子だった。
そして、その子が1歳になり産休から職場復帰しようとしたところ、二人目を妊娠していることが発覚した。
色々なことを考えて、侍女を退職することになった。
次も、男の子だった。
この子は、私の血を色濃く引いているようで、父は、私の子どもの頃にそっくりだと言っていた。
女顔で生まれたということなのだろうか。それとも私が男顔なのだろうか?
それでも、これで子爵家と男爵家の両方に後継ができて、私はなんだか、ホッとした。
結婚五年目に、三人目の子どもが生まれたのを機に、カイルは円卓の騎士を辞め、男爵家へ婿養子に入った。
私たちは、そこで父と一緒に領地経営を学び、カイルは、兼ねてから希望していた執筆活動を本格的に開始した。
彼が書く小説はベストセラーになり、印税を使って領地の治水を整備し、領民たちも大いに潤うことになった。
父と領地を視察して回るうちに、カイルは領民から、しっかりと次期当主と認識され、かなり慕われているようだった。何もかもが、順風満帆だった。
たった一つの願いを除いては。
「どうしてうちには、女の子が生まれないのかしら?」
四人目も男の子だとわかったとき、ついつい私は、そう口に出してしまった。
息子たちは可愛いし、父もカイルも子どもたちをとても可愛がってくれている。
男の子をもうけることが、嫌なわけじゃない。そういうことじゃないのだけど……。
「次は、産み分けをしてみようか?」
ちょっとだけ、産後ブルーになっていた私を気遣って、カイルがそう提案してくれた。
二人で勉強していくうちに、男の子を狙うよりも、女の子を望むほうが、確率が低いということがわかった。
それでもダメ元ということで、カイルはとてもよく協力してくれた。
そして、生まれたのは五人目の男の子だった。
前置胎盤だったので、この子は帝王切開だった。産後の肥立ちがあまりよくなかったこともあり、私たちは話し合って、子どもはこの子を最後にしようと決めた。
「そんなに女の子がほしいなら、養子をもらったらどうかな」
それなりに落ち込んでいる私に、カイルは慰めるように言った。
孤児院から、女の子の赤ちゃんを引き取ったらどうかと、提案してくれたのだ。
「あ、ううん。そうじゃないの。ただ、なんとなく、私の子どもは、女の子だと思っていたから。私に宿るのを待っている子が、いるような気がして……」
私は、キャシーのことを思っていた。
女神のどの選択肢の中にも、私のところにちゃんと来てくれた娘。
この世界でも、必ず来てくれると思っていた。だから、彼女を産んであげられないことが辛かった。
それでも、私は一縷の望みをかけて、毎年夏にカイルの故郷である孤児院を訪ね、キャシーが預けられていないか確認した。
でも、それはいつも、空振りに終わった。
カイルは、孤児院から少し離れた村外れに別荘を建て、私たちはそこで、子どもたちと避暑を兼ねた夏休みを過ごした。
そして、カイルは野外劇場の脚本を書くという仕事に、没頭したのだった。
そんな夏を繰り返すうちに、子どもたちはすっかり大人になって、私たちから巣立っていった。
長男は子爵家を継いで円卓の騎士になり、次男は男爵家で次期領主となるべく修行中だ。
三男は学者として国の研究機関に勤めていて、四男は愛する女性に望まれて、他家の婿養子となった。
私たちは、家のことは子どもたちにまかせて早めに引退し、大陸の最西端の村で静かに暮らすことを希望した。
王都の父はまだまだ現役で、孫たちの後見役を引き受けてくれているので心配がなかった。
実は、末っ子がこの国の王都で医学を学んでいる。だから、その子の応援という意味もあった。
まだ研修医の息子は、カツカツの給料で生活しているのだ。
「父上、母上、会っていただきたい女性がいるのですが……」
私とカイルは、顔を見合わせた。
息子たちが連れて来た女性に会うのは、これで五回目だ。
上の子たちが連れてきたのは、とてもよいお嬢さん方で、何よりも息子たちをとても愛してくれていた。
私たちは恋愛結婚で結ばれたので、相手の身分は問わず、息子たちの幸せだけを願って、いつも彼らを祝福した。
でも、末っ子のこの子だけは、父親によく似て硬派で奥手らしく、25歳の今になるまで、恋人の影は一切見えなかった。
私たちが18歳で結婚したことを考えると、少し遅い気がしたけれど、男の子のことだから……と放っておいたのだった。
「あいつも、いよいよか。また娘が増えるな」
カイルが、嬉しそうに言った。
自分に一番良く似た容姿と気質を持った末っ子を、一番心配していたのは、実は父親であるカイルだった。
「まだ18歳だそうよ。どんな方かしらね。看護師をされているんですって。きっと、しっかりしたお嬢さんよ。楽しみだわ」
働いている大学病院で知り合ったという恋人を、息子は次の休暇に、ここに連れてくると言った。
「平民の生まれだけど、とてもいい子なんだ。真摯に仕事に向き合う姿も、すごく尊敬できる」
私たちが聞いてもいないのに、息子は彼女の魅力を熱く語った。
どうやら、息子のほうが相手にメロメロのようだ。
きっと、素敵な娘さんに違いない。
そうして、息子が連れてきた女性を見て、私は息が止まるほど驚いた。
「キャサリンと申します。息子さんには、とてもお世話になっていて……」
私と同じ目の色、同じ髪の色。三十年前ほど前の私に、よく似た背格好の女性。
「そう。あなたが。あなたが、息子のお嫁さんになってくれるのね?」
「母上、気が早すぎます!僕たちはまだ、その、結婚までは……」
赤くなってモゴモゴと言い淀む息子のことは無視して、私は彼女の手を取った。
「会えて嬉しいわ!息子のことを、よろしくお願いしますね。あなたのことは、なんて呼べばいいかしら?」
「ありがとうございます。私こそ、お会いできて嬉しいです。よければ、キャシーと呼んでください」
頬を染めて嬉しそうにそう言うキャシーを、私は思わず抱きしめた。
「よろしくね、キャシー。私はずっと娘がほしかったの!息子たちがみんな、素敵なお嫁さんを連れてきてくれて、本当に嬉しいのよ」
あの子の髪、あの子の匂い。この娘は私のキャシーだ!
この世界でも、ちゃんと私の娘になってくれるんだ。
「これは驚いたな。かわいい娘さんだ。クララの若い頃に、そっくりだぞ。お前、実はマザコンだったんだな」
カイルにそう言われて、息子は赤かった顔をさらに真っ赤にした。
ひどい父親だ。
私がキッと睨むと、カイルはしれっと目をそらした。
そんなことを言っているけれど、あなたも目がハートになっていますよ!若い娘にデレデレして!
そんな私達の様子を見て、キャシーはくすくすと笑った。
「素敵な家族なんですね。とても楽しそうです」
「あなたのご家族は?ご両親は、どちらにいらっしゃるの?」
私がそう問うと、キャシーは首を横に振った。
「両親は私が幼い頃に他界して、どんな人たちだったか、覚えていないんです。私は王都の孤児院で育ったので、家族といえば施設の仲間だけで……」
そう言って俯いた彼女を、私はもう一度、やさしく抱きしめた。
キャシーはずっと近くにいて、私を待っていてくれた。そして、その彼女を息子がきちんと見つけてくれた!
「これからは私たちが家族よ。私たちを本当の両親だと思って、ずっと仲良くしてね!」
私がそう言うと、キャシーは遠慮がちに私を抱きしめ返した。
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします……お義母様」
キャシーが来てくれた!約束通りに私の元に。私の娘に!
「クララ、よかったな。やっと願いが叶ったようだね」
カイルが、私の肩に優しく手を置いた。
キャシーのことを、話したことはない。でもきっと、カイルは何もかもお見通しなんだろう。
知っていて何も言わないのは、彼の優しさだった。
前世からずっと、変わらず私を包んでくれる、彼の深い愛情だった。
こうして、私は自分で選んだ運命で、すべての願いを成就できた。
それは、周囲で支えてくれた優しい家族や友人、そして何よりもカイルのおかげだった。
私とカイルの恋を応援してくれた貴方にも、過去にとらわれず、自由に生きる未来への喜びが見いだせることを。
貴方の幸せが、周囲の人を幸せにする。だから、どうか諦めることなく、必ず幸せを見つけてください。
今度は私とカイルが、貴方の応援をするから。いつまでも。あなたが幸せになるまで、ずっと。
ーーー 完 ーーー
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
「鈍感男爵令嬢と三人の運命の恋人たち」を楽しんでもらえたでしょうか。
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他ルートも、ぜひぜひ読んでみてくださいね!!