表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/18

ロック・オン [クララの視点]

 なんで、こんなことに、なってるんだっけ?

 カイルって、いつから こんなだったっけ?


 王宮を出発して、まだそんなに時間が経っていないというのに、なぜか馬車の中は、すっかりプライベートな空間と化している。


 まだ真っ昼間だというのに、カーテンで閉め切られた個室は、なんというか、夜の雰囲気そのものだ。


「華の都?ここからだと、馬車で四時間くらいね!それなら、このドレスがいいわ!」


 ヘザーに勧められたのは、白のワンピース・ドレスだった。


 体を締め付けて長時間同じ姿勢で座るのは、血行が悪くなって、健康によくないらしい。

 だから、このドレスは、コルセットがないかわりに、あまり体の線が見えないものだった。


 前開きボタンとリボンが可愛らしいけれど、外出にこんなにゆるい格好で、いいのかな?


「この素材は、シワにならないのよ。座りっぱなしの馬車の旅では、すごく重宝よ!」


 へザーがそう言うと、王女さまも大賛成した。


「前ボタンで、着脱が簡単なのもいいわね。馬車酔いしたときに、すぐにくつろげるし」


 二人が大絶賛するので、このワンピース・ドレスに決めた。

 でも、あまりに楽を追求しすぎて、なんとなく寝間着のような感じがする。


 そうは言っても、馬車の中は適温調節されているし、外に出るときはコートを着る。

 初日は宿への移動だけだし、別にいいのかもしれない。


 そして、その初日の馬車移動の最中、私は二人に感謝するべきか、文句を言うべきか迷っている。


 たしかに、この服はこの旅に最適だった。でも、それはちょっと、違う意味で。


 私は今、カイルの膝の上に座っている。


 こんな格好は、恥ずかしいから嫌だと言ったら、抵抗する気力がなくなるまで、激しいキスをされた。


 カイルの手があちこちを撫でるので、くすぐったくて、体がモゾモゾと動いてしまう。


 もし、ドレスがシワになる素材だったら、あちこちがすでにくしゃくしゃだったと思う。


 会話の合間に、長いキスを繰り返されるせいで、息が上がって、体が火照ってしまう。


 暑いから窓を開けたいと言うと、あっさり却下された。


 その代わりにと、前ボタンを数個外して、胸元をくつろがされた。

 確かに、呼吸は楽になったけれど、動悸のほうは早くなるばかりだった。


 それというのも、カイルがたまに、私のはだけた胸元に、目を向けるから。


「レイは、僕の古い知り合いだったんだ。十年ほど前になるかな、最後に別れたのは」


 キスの合間に、カイルは自分の生い立ちを、ポツポツと語ってくれた。


 王族の側室だった母親が、子爵家へ下賜されてまもなく、カイルを産んだこと。

 カイルの母親が亡くなると、子爵はカイルを他国の孤児院に送ったこと。


「そこは、この大陸の最西端でね。一年中、海風が吹きすさんで、世間から打ち捨てられたような場所だったんだ。僕は四歳から十歳までを、そこで過ごしたんだよ」


 カイルが十歳の年に、戸籍上の父親である子爵が事業に失敗し、失意のうちに亡くなった。

 その負債を、親戚筋のカイルの母親の実家が処理することになり、そのときに領地や財産は、すべて失ってしまったという。


 それでも、カイルには、爵位だけが残された。


 表立っては、孫に何もできなかった母方の祖父母が、カイルに貴族としての道を歩ませたかったらしい。


「正直、自分が貴族だなんて、思ってもいなかったし、僕は孤児院で幸せだった。あのまま、あの土地で暮らしていきたかったよ」


 そこまで話すと、カイルは私をぎゅっと抱きしめて、首筋に唇を這わせた。

 くすぐったくて、身をよじって離れようとする私を、カイルは力でねじ伏せるようにして、座席に押し倒した。


 そのままで、随分と長いキスをしたあと、カイルは私の目を見て言った。


「今は、爵位を遺してくれた父にも、それを守ってくれた祖父母にも、感謝してる。貴族じゃなければ、君と結婚なんて、できなかったから」


 カイルは私を抱き起こし、乱れてしまった私の髪を手櫛で梳きながら、話を先に続けた。


 人目を忍ぶような、寂しい場所に建てられたその孤児院は、訳ありの子供が集められた場所だった。


 国によっては、魔力が強い子供はその暴走を恐れられ、遠方に隔離される傾向があった。


 その孤児院にも、そういう子供が集められていたと、カイルは後に知ったという。


「レイも、同じ孤児院で育ったんだよ。子供の頃から、強力な魔力の持ち主だった」


 カイルが八歳になった年に、強力な魔術師を増やすという国策で、強制訓練所が設立された。

 苦しい訓練に、心身を害して脱落するものが後を経たないその施設に、各孤児院から一番魔力が高いものを差し出すよう王命が出た。


「あの孤児院からレイを選んで、訓練所へ連れていったのは、シャザードだった。西の賢者の弟子にして、世界最強の魔術師。その縁で、レイも賢者に師事することになったんだよ」


 最初の頃は、訓練所から頻繁に手紙が来た。よい師匠に恵まれたこと、元気でやっていることが書かれていて、それは少なからずカイルを安心させた。

 しばらくすると、訓練が厳しさを増していったのか、だんだんと便りの間隔が空くようになっていた。


 そして、そうしているうちに、カイルは子爵家に呼び戻された。


「あの後、訓練所は閉鎖になったと聞いた。若い芽を摘むような訓練に、指導官が次々と離反して、組織の統制がとれなくなったんだと思う。レイのことは気になったけれど、消息を確かめることができるほど、僕はまだ大人じゃなかった」


 カイルがレイ様に再会したのは、彼がセシル王女の護衛騎士として、この国に来たときだった。


「すごい魔術師になっていた。騎士としても脱帽ものだった。苦しい修業に耐え抜いて、そうやって立派になったレイに、驚いたよ」


 レイ様が歩んだのは、兄弟子であるシャザードと袂を別つ、険しい道だった。

 そこを生き抜けたことを知って、カイルは安堵したという。


「その過酷な人生のどこかで、レイは王女に出会った。それが彼を生かし続けていると知って、レイの人生が戦いだけではなかったと分かって、僕は本当に嬉しかったんだ」


 カイルは私の髪の毛を一房取って、そこに口づけた。


「愛する者に出会えたことは、人生のどんな喜びよりも大きい。それは、僕も同じだ。君に出会えた奇跡に、感謝している」

「私も……」


 私も貴方に会えてよかった。


 そう言おうとしたのに、またカイルに唇を塞がれてしまった。


 カイルは一体、どうしちゃったんだろう。なんだか、キスで私を食べているみたいな気がする。


 セラピーを受けた日の夕方に、お父様から急ぎの連絡が来たのには驚いた。

 カイルが婚約の挨拶に来て、男爵家の婿養子になりたいと言ってくれたという。


 その連絡と前後して、カイルからピンクの薔薇の花束と一緒に、カードが送られたきた。

 婚約契約についての確認だったので、素直に『よろしくお願いします』と返答した。


 ただ、婚約が成立したせいで、カードの差出人は『夫』となっていた。

 それを、職場で受け取ってしまったため、秘書室には、狂乱の嵐が吹き荒れた。


 ……なんでだろう?


 ピンクの薔薇に、あの夜のカイルの言葉を思い出して、顔を真っ赤にしていると、侍女の先輩方は、がっちりそこを突いてきた。


 厳しい詮索に負けて、私はとうとう、ベッドでピンクの薔薇のようだと称賛されたことを、白状することになった。

 それを聞いたみなさんは狂喜乱舞して、そのまま夜の女子会へと、なだれ込んだ。


 ……仕事をほっぽらかして、いいんでしょうか?


 驚いたことに、侍女仲間は未婚者であっても、ほぼ全員が経験者ということが判明した。

 時代とともに、未婚者の処女性については、あまり重要視されなくなってきているのかもしれない。


 むしろ、あそこまでしていたのに、一線を超えていない私は、化石みたいなものだった。

 そのくらい、みなさんの体験談はすごい。


 ……衝撃の事実だった。


 殿下と王女様が、セラピーのお詫びにとくれた有給休暇で、カイルが旅行を計画していることを知ると、先輩方はこぞって、初夜の指導をしてくれた。


 閨の指南をしてくれる母を亡くしているので、こういうことは、とてもありがたかった。


 でも、なにも男役と女役に扮して、演技までしてくれる必要はなかったはず。


 ……絶対に、遊ばれていたと思う。


 そんなこんなで、すっかり耳年増になったはいいのだけれど、まさか最初から、カイルがこれほどグイグイ飛ばして来るとは、思ってなかった。


 ……一体、何があったんだろう。


「クララ、好きだ。僕から逃げないで」


 そんな風に懇願されてしまえば、カイルを突き放して、キスを止めるわけにもいかない。


 もちろん、カイルは私をガッチリと抱きすくめているので、どっちにしろ逃げられるわけもない。


 そして、私も、逃げたいなんて思っていない。


「あの孤児院を、あの土地を訪ねたいんだ。一緒に来てほしい」


 私は黙って頷いた。もう、カイルに何か言うのは諦めて、私は彼の首に腕を回した。


 女神の試練で、私はその孤児院のそばに住んでいた。そして、野外劇場であなたと別れた。


 あそこに行ったら、今のカイルにかかっている魔法みたいな恋心も、溶けて無くなってしまうかもしれない。


 でも、それでもいい。


 そこからまたスタートでも、まだまだ、私は頑張れるから。


「あそこには、君に見せたいものがあるんだ……」


 長時間にわたるキスで、息も絶え絶えになった私に、カイルがそうつぶやいた。


 そこにたどり着くまでは、私はカイルの婚約者だ。今はその幸福を享受しても、誰にも文句は言われないだろう。


 これはもう、カイルが正気に戻ってしまう前に、押し倒して、既成事実を作ってしまうしかない。


 先輩たちも言っていた。体から入る恋愛もあると。


 あれほど練習したのだから、案外カイルも、私の手管に溺れてくれるかもしれない。


 宿に着いたとき、私はキスで腰が抜けたフリをして、歩けないという演技をした。


 これは、先輩方から教わった技だった。


 こうすると、お姫様抱っこで寝室へ連れて行ってもらえるらしい。


 カイルも、見事にひっかかってくれた。


 そうとは言え、さすがに宿の人に見られるのは恥ずかしいので、私はカイルの首に腕を回して、鎖骨あたりにうずめるように顔を隠した。


 この動作も、なかなか功を奏してくれて、私が息を吐くたびに、カイルが反応してくれた。


 いい調子。さすが先輩方の教えはすごい。


 カイルは、食事も断ってくれたようだ。これで寝室に籠もる時間がたっぷりできた。


 ここが私の、女としての勝負どころだ。


 この体で、カイルを虜にする。有無を言わせず、カイルをベッドに、押し倒す!


 あの夜は、カイルに上手くかわされてしまったけれど、いよいよそれを、実力行使するときが来た。


 そして、ピンクの薔薇の花びらが散らされた豪華なベッドで、私はようやく、目的を達成した。


 これでもう、婚約解消されても悔いはない……と思う、たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ