運命の再会
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この【最終章】は下記の続きになります。
【第一章:共通ルート】
https://ncode.syosetu.com/n4711gz/
【第二章:パラレル・ルート(カイル編)】
https://ncode.syosetu.com/n3024ha/
まだお読みでない方は、ぜひ先にそちらをお読みください!
よろしくお願いいたします。
僕が騎士になったのは、失った人との約束があったからだ。生涯をかけて、彼女だけの騎士となると。
望んだ未来を夢見て誓ったことで、守れた約束はそれしかなかった。だからこそ、それだけは守りたかった。
能力的に見れば、僕は魔術師になるべきだったと思う。騎士になるべく剣の鍛錬を積んだため、魔法については修練を怠った。
ただ単に、魔法というものを避けたいだけに、僕はその存在を徹底的に無視した。
この魔力は呪いだ。滅びた王族に受け継がれた、禍々しい力だ。人は滅んでもその呪いは生き続け、どこまでも追いかけてくる。
魔力差がありすぎると、子はできにくい。特に男が生まれる確率は低い。僕の母が王族に目を付けられたのも、魔力を受け継ぐ子を育む器を持っていたからだろう。
隣国の王は艶福家だが、側室はみな魔力が強いと聞く。後継者を得るために、国中からめぼしい器をもつ娘を召し上げていた。
それでも、生まれたのは女ばかり。王子は一人だけいるが、まだ幼く病弱だ。
もちろん、高度魔法と最新医療で治療を行えば、妊娠の確率は上がるだろう。だが、それはまだまだ新しい技術だ。誰でも受けられるものではない。
僕の伴侶となる女性は、子を持つことはできないかもしれない。僕の魔力のせいで。
もし、クララが婚約を解消することなく、このまま僕と結婚することになるなら、その前にこのことを話し合わなくてはいけなかった。
彼女から母親になる喜びを、黙って奪うわけにいかない。
だから、僕は彼女と一線を超えられなかった。もしそうなってしまったら、彼女に人生の選択ができなくなってしまうかもしれないから。
こんな魔力を僕は嫌って、ろくに学ぶこともなく、まともに使ってもこなかった。
それでも、体内に燻る魔法の焔は消えることはない。
むしろ、それを無視するほどに、その感覚が鋭敏になる。今もそうだった。
会場全体に意識を走らせたが、気味が悪いくらいに不穏な空気を感じられない。この会場を包む空気には全くの揺れがない。
まるで、霧がかかった森の中のように視界が遮られ、音波も微かに湾曲される。
会場全体になんらかの妨害魔法がかけられている。魔法が微量でさらに拡散されているので、普通なら気が付くことはない。
こんな高度な魔法を広範囲に施せるのは、世界広しといえどもほとんどいない。シャザードかレイだ。
魔法を感じ取ったとはいえ、ここで騒ぐのは逆に危険だ。殿下なら、この空気の歪みを感じ取っているはずだ。
相手の出方が分からない以上、今はこの状況を静観するしかない。だが、それなりの準備は必要だった。
魔法を扱うには、剣とは違う精神統一を求められる。
前方の壇上で、殿下たちが王太子と妃の席の前に立つと、いよいよ婚約公示のための式が始まった。
まずは式次第に則って、順調に来賓たちが進み出て、殿下たちへ挨拶を終えては席へ戻っていく。
これが終われば、いよいよ殿下の婚約宣言へと進行する。
来賓全員の挨拶が終わると、殿下は王女の手を取って、壇上の中央である玉座の前に移動した。
そのとき、僕はほんの僅かだが、魔力の発動を感じた。
来た!
そう思った瞬間に、会場のいたるところから、いくつもの稲妻のような光の帯が、ドーム状の天井へと駆け上がった。
そして、内側から爆発したかのようにドームのガラスを突き破り、天井全体が会場に落ちてくる。
会場には爆発音と人々の悲鳴が轟いた。
僕を含め、会場にいた魔術師はとっさに会場全体にシールドを施し、降り注ぐガラスの破片と天井を防いだ。
だが、これは長くは持たない。天井の崩壊によって上空の結界が破られた。すぐに次の攻撃が仕掛けられるはずだ。
僕は片手でシールド魔法を維持したまま、空いているほうの手で、そばにいたクララを引き寄せた。
今、動くのは逆に危険だ。特にクララにとっては。
魔法でシールドが貼ってあるとはいえ、頭上にガラスや天井が迫っている状況では、冷静になることは無理だろう。
衛兵や騎士の避難指示は的確だったが、それでも人々はパニックになり、出口に向かって殺到していた。
殿下のほうを見ると、すでに円卓の騎士に守りを固められていた。
殿下は魔法の腕も確かだ。王女と自分を守り切る技量は十分にある。
そう、シャザードと対峙しない限りは。
「カイル!見て!あれは北方の魔術師よ!果樹園でレイ様と!」
クララに言われるまでもなく、僕はこちらに向かってゆっくりと歩いてくる男の姿に気がついていた。
黒いローブを着た男は、フードで顔を隠していた。そして、僕たちのすぐ前でピタリと止まった。
「何の用だ」
僕がそう問うと、男は口元を不敵な笑みで歪め、ゆっくりとフードを脱いだ。
「久しぶりだな。こんなところで従兄弟どのに再開できるとは、思っていなかった」
思いがけないシャザードの言葉に、僕は全身から血の気が引いた。
こいつの強い魔法も、血族の呪いか。こいつの狙いは何だ?
「この娘は関係ない。解放させてくれ」
「関係ない?戯言だな。この女が、俺たちを覚醒させて引き合わせた。果樹園で見たときにすぐに分かった。この女は、宿命の巫女だろう」
「よせ!こいつは何も知らないんだ!」
クララは僕にしがみついたまま、言葉を発することも身じろぐこともなかった。だが、ひどく怯えている。
なんとかここから逃したい。そう思ったとき、目の端にローランドの姿が映り、その声が聞こえた。
「カイル!大丈夫か?クララ、こっちへ!」
「クララ!ローランドと行け!これをあいつに渡してくれ!大事なものなんだ。頼む」
僕はポケットから箱を取り出した。
今、ここでクララに渡せなければ、二度とチャンスはないかもしれない。
これを見れば、ローランドも僕の気持ちを汲んでくれる。
クララはそれを急いで自分の小さなバックにしまった。
その手は震えてはいたが、僕の声はきちんと届いているようでホッとした。
だが、クララをローランドのほうに突き飛ばそうとした瞬間、僕たちの周囲に空間魔法が張り巡らされた。
場所は移動していないが、僕らは別空間に閉じこめられた。ローランドからは消えたように見えただろう。
案の定、ローランドはヘザーと一緒に、僕とクララを探している。
「こんなところで立ち話は無粋だな。邪魔が入らないよう移動しようじゃないか」
シャザードは不敵に笑って、視線を少しだけ頭上に動かした。
その瞬間、頭上に留まっていた落下物が左右の壁に打ち付けられ、壁にかけられた絵画ごとすべてがガラガラとなだれ落ちた。瓦礫の下敷きになったものもいるかもしれない。
僕は咄嗟に、震えているクララの目を自分の手で覆った。こんな光景は見ないほうがいい。見せたくない。
僕たちの近くにいたヘザーは無傷のようだったが、少し壁際に近かったローランドは足に怪我をしたようだ。
二人はなんとか立ち上がると、ゆっくりと出口のほうを目指して移動していった。
二人が助かって、僕は心底ほっとした。彼らに何かあったら、クララがどれほど苦しむか。
会場に貼っていたシールドが内側から破壊されたため、魔術師たちは自らの魔法が跳ね返り、その場に次々と倒れていた。
だが、僕にはその反転魔法は及ばなかった。異空間とはいえシャザードの勢力内だ。クララの身を守るために、周囲に防御魔法をかけていたおかげだった。
そんな僕を見て、シャザードは面白そうに目を細めた。
「相変わらずだな。その女がそんなに大切か」
シャザードはそう言うと、指で弾くようにして、僕らを空間ごと別の場所へ飛ばした。
行き着く場所は、僕らのために用意された約束の地だろう。
そこですべての決着をつける。たとえこの命を落としても、クララが二度と同じ運命を繰り返さずにすむように。
僕はそう決意し、震えるクララを強く抱きしめた。