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短編:ムチヌラムキテカ・夏でぇと。

作者: 三角

この小説は、舞氏のHP『SS捜索・投稿掲示板Arcadia』にも掲載しております。




「ふあは! ぬあはは! ぬはははははは!! 見よ見よひれ伏せ無辜の民!  今日は! 我と! 主殿との初でぇと☆記念日だッッ!!」


 咆哮。駅前の中心で放たれたそれは、周囲を歩いていた一般市民の皆様の心臓にガシガシと揺さぶりをかける。

 普段なら人々皆泣き叫び逃げ惑い、混乱の極みに達して自我崩壊してもおかしくないレティシアのキモさは、今回意外な効力を発揮する。

 ぐるりと俺達を取り囲み、どっと湧く名前も知らない市民の方々。


「ひゅーひゅー!」


「よっ、お熱いねぇ!」


「きぃぃ! 独身だからって、三十路だからって……!!」


「幸せになるのよー!」


 誰も倒れない。誰も悶絶しない。

 それどころか――ごく一部脳みそが不適切な人間が混じっているが、確かにレティシアは祝福されているのである。

 駅前の中心部、市長がどこだかの誰だかという著名でも無名でもない芸術家に依頼して作成した不思議モニュメントの前で腕を突き上げ仁王立ち。

 穏やかな風が吹き抜け、少し高い所に立っているレティシアの髪を乱して去っていく。

 街中での突然の絶叫――そんなものにも慣れてしまったここの住民は、今や拍手や指笛、割れんばかりの歓声でもって堂々と立っている。

 怒濤の大歓声。

 当事者なのにイマイチ乗り切れず、空気読めよ的に突き刺さる知らない人達の視線を跳ね返して俺可及的速やかに口を開いた。


「あああ! いかん、俺の住む街が着々と筋肉バイオハザードを起こしているぞ……! 皆、正気に戻ってぇぇぇぇぇ!」


 正気よ正気よ! 声高に叫ぶ市民の瞳がゆらゆらと想像付かない不可思議興奮で揺らめいている。

 合法! これ合法だから問題ナイ! と言われてちょこっとイケナイ薬を使用してしまった危ない集団にしか見えない俺はマジビビリ。

 ついに、ついにレティシアの筋肉は依存性激強薬物並みの精神テロを起こす様に進化したのだ!


「生暖かい目で俺を見ないで……! 見ないで……!」


 はいはい御馳走様。そんな声が聞こえてきそうなトリップ感丸出しの集団から離れたいがために、俺は今だぬは笑いを続けるレティシアの手を取る。

 途端に起こるどよめきを綺麗さっぱり消去して人混みへと突っ込んだ。


 怪我も癒えていない今はまだ夏。


 一応そうゆー関係になったレティシアとのデートの日、である。









ムチヌラムキテカ・夏でぇと










「……のー」


 殆ど痛みも治まり、邪魔だという理由で診療所から追い出されて帰って来た翌々日。

 燦々と降り注ぐ夏の日差し、うだるような熱気の中で俺はごろりと寝がえりを打……てない。


 固い。重い。暑い。

 地獄の三重苦で俺の安眠を妨げる何かが存在しているのだ。

 何か異様に暑苦しい物に責められながら俺は、必死に寝返りを打とうとする。


「ある……のー」


 やっぱり無理だ。何でこんなに掛け布団が重たいのだろう。

 うーんうーんと唸りながら、どうにも苦しくて俺は苦しみの現実世界に帰還する。

 頬を撫でる生暖かい風に、夏は暑いなぁと息を漏らし、重たい瞼をこじ開け――


「あ・る・じ・ど・の……!」


「ひゅっ……!?」


 るのを通り越し、眦よ裂けよ! とばかりに目をかっ開いた。

 なにせ目の前、眠りの世界から目覚めた俺の数センチ先にレティシアの顔があるのだ。


 近い近い超近い。

 近過ぎてぼやける視界の中、碧の瞳だけが爛々と光っている。

 もりっと恐怖で半泣きになった。ついでに体が小鹿の如くぷるぷる震える。


「た、食べないで……!」


「おはよう主殿!!」


「な、な、何してんの」


 依然俺の上、マッシブでダイナマイトな姉貴ボディをふんだんに利用したボディ・プレス。

 どう見積もって見ても俺自身の体重より米袋分くらいは重量感たっぷりのムキムキ神様が乗っているのだ。

 切実に泣きたい。


「いや何! 嬉しくてな! ぬははは!」


 僅かに頬を染め、腕をついて体を起こすレティシア。

 嬉しいという言葉が何を指すのかは分からないが、何故かその言葉が胸に響く。

 圧殺筋肉塊レティシアへと変貌しつつあった彼女の顔を見上げた。


「これで存分に、主殿に我の筋肉を見せつけることが……!」


 ニカ! パチ! 妙に男臭い笑みを浮かべて白い歯をテカテカ光らせ、ウインクを一つかます重戦車。

 気温が高いせいかその頬を言わず米神と言わず、滴る汗が顎先を伝って滑り落ちる。


「ふお!」


 慌てて頭を横に思いきり傾げて汗の攻撃を回避。

 その拍子にレティシアが床についていた腕に衝突してしまう。

 後頭部に微かに触れるゴツイ指。

 その気になればボーリングの球を掴めそうな驚異的握力を誇る細く強靭な前腕筋群がぐぐっと盛り上がり、浮いた汗が差し込む陽光に僅かに照り光る。

 ひじ関節の上、悪夢的バランスで隆々と盛り上がる完成された上腕二頭筋が張りつめ。

 僅かに覗く上腕三頭筋や広い肩の三角筋も無意味にみなぎりしっかと深い割れ目を作る。


 そんなクレーンアームみたいな腕の先には絞首刑も軽く耐えきれそうな分厚い筋肉で補強された首。

 強靭な胸鎖乳突筋とクロスする頑丈な広頚筋、鍛え込まれた椎前筋と肩甲挙筋は僧帽筋へとがっちり噛み合い奇跡の強度。

 白い肌、白い筋肉を常人には理解出来ない筋肉的興奮でほの赤く染め、血管をピクピク浮かせるその筋肉の傍で鎖骨がチラリズム。


 そして。

 どう見ても女に見えない見えたら良い眼科紹介してやるからちょっと来いよ、な、な!? と言いたくなるそれら鋼の肉体の上には。


 どこからどう見てもついこの間告白した最愛の女の、顔が、載っているのだ……ッ!


「何が悲しいって、それが一番悲しいよネー」


「?」


「いやいやいいんだこっちの話。それよりちょっと退いとくれ」


「うむ」


 割りかし素直に退いたレティシアを横目に、腹筋だけで体を起こす。

 体に負担を掛け過ぎないように筋トレを続けているせいか、最近妙に体が軽い。

 もしかしたら、魔法だだもれで知らない内にちょこっと身体能力が上がっているのかもしれない。

 詳しいことは調べようがないので放っているが。


 大きく一つ伸びをし、欠伸を零す。滲んだ涙を指先で拭った。コキコキと首を鳴らしながら時計を見ると、もう昼前だ。

 ちょこなん、を目指して動かざること山の如くどっしり鎮座していておはしますレティシアの方に視線を投げる。

 首を捻った。


「……あれ? 何だかやけに気合い入ってんね」


「う、うむ! あ、その主殿!? 少々頼みたいことがあるのだが」


「はいなぁにー」


 着ているのは紛れもなく女性物、普段着として愛用しているジャージや迷彩パンツではない。

 まるでデートに赴くみたいに、ぱっつぱつのキャミソールとデニムのショートパンツ、大きめのベルトでキメている。

 首からはハート型の可愛らしいネックレスがぶら下がり、爪もほんのり桜色に塗られ。

 良く見れば薄くであるが化粧もしていた。意外と上手だ。

 鏡の前で化粧品片手に睨めっこしているレティシアを思い浮かべて笑いを漏らす。


「あの! 我と、でぇとをして欲しいのだ……! っこの筋肉の照り輝きにかけて!」


 伸ばし曲げた両の腕。動きに合わせて脆弱さと、あと男女の機微とは無縁な筋肉の束がうねり、高速で宙を汗が飛んで行く。

 常人なら絶叫+発狂コース間違いなしの肉体美を見せつけるレティシアを尻目に極普通に立ち上がった俺は、洗面所へと足を向けた。

 何となしに頬を掻く。


「うん、いいぞ」


「うわぁあ! ダメだ、主殿に拒否権は……って、え……」


 ばたばたと忙しなく空気を掻き混ぜているのであろう、凄まじい切り裂き音がビュバビュバ鳴っているが敢えて振りかえらない。

 浴室のドアを開け、電気を点ける。正面の鏡に移りこんだ寝起きの顔が微かに赤いのは、あれだ。気温が高いからに他ならないのだ。


「ぅぁー」


 いや駄目だ恥ずかしい。勢い良く蛇口を捻り、何度も水を被る。冷たいその感触が有り難い。

 俺とて無為にレティシアとその、何だ、俗世間で言うこ、恋人同士になった訳ではないのだ。

 デートくらいまぁやぶさかでは……いや、べ、別に久しぶりに外を歩きたいだけだしアイス食べたいし!?

 洗面台に手をつき、中々治まらない頬の火照りを睨みつける。


 あの馬鹿げた事件の後、一番変わったのは俺の心境なのかもしれない。








「ぬは! 主殿ーー!」


 駅前。ぶんぶんと恥ずかしげもなく手を振るレティシアの姿に思わず苦笑を零す。

 「でぇとは待ちあわせからだ! ぬは!」と無意味に力むレティシアに押されて、俺達は少し時間をずらして落ち合うことにしていたのだ。

 生まれ落ちて二十年。初めてのデートにまぁ胸が高鳴らんこともない。

 レティシアがそそくさと出掛けた後、携帯で所謂デートスポットを検索してしまったのは俺の日記帳にも書けない秘密だ。いや日記書いてないけど。


「あれー、レティシアきゅ〜んごめん待ったぁー?」


「いや、我は今来たところだ! 全然待ってないぞ……って主殿! これでは男女が逆ではないのか!?」


「っち、気付いたか」


「ぬあ、主殿が不良になったぁぁ!」 


「はいはい」


 ついに小器用にもノリツッコミを覚えたレティシアを右から左に受け流して、周囲を見回す。

 異次元生命体と同義である筋肉姫様の姿は人目を引くものだが、何だか微笑ましいものを見る様な目で見られているのは気のせいだろうか。

 俺の目の前、キラキラと目を輝かせたレティシアは地面を揺らしながら駅の中央に駆け寄る。

 不気味なオブジェの隣にわざわざ並び立ち、そして。



 冒頭の見世物状態へと移行する訳である。


「と、まぁ、野暮なこた言うまいてよ」


「あ……!」


 常よりテンション五割増し位に喧しいレティシアの手を掴む。

 気分的に檀上で演説一つブチかましていたレティシアの興奮度は上限突破、臨界点突破の大盤振る舞い。

 筋肉も盛り盛り伸ばし拳を唸らせ、全身の筋肉で歓喜を表現していたレティシアの手を引き、ひとまず同じ高さに下ろす。

 浮かんだ汗で数本、頬に張り付いている髪の毛を逆の手で払ってやり、そのまま歩きだす。

 ぽかん、と呆けたレティシアは次の瞬間。


「ぬふふ」


 顔をくしゃっと歪めて犬歯を覗かせた。八重歯じゃない。犬歯だ。

 威力的にはそれくらいが妥当なのである。

 首から下がアレなので、獰猛な笑みと表現するのにやぶさかでない。


「いや、せめて普通に喜べよ……ぐふふ笑いと同じようなもんじゃねぇか」


「主殿の手は大きいなぁ! どこに行くのだ!?」


 ブブブン! 俺の突っ込みを分厚い筋肉の鎧ではじき返し、明らかに俺よりデカイ手を絡ませて頬を緩ませるレティシア。

 余りにも素直に楽しそうなので、不覚にも笑い声を上げてしまう。


「ふっ、はははは」


「何だ主殿!? 何か面白いものを見つけたのか!? それとも思い出し笑いか!? ――いかん、いかんエロいぞ主殿!」


 そして一瞬で顔が引き攣った。

 間違っても真昼間の往来で、それも大音声で叫んで良い内容では無い。主に俺の社会生命的に。


「っちょま……お前ぇぇぇぇ! 天下の往来で妙なこと口走るなよ!?」


「ぬはは! それで、我をどこに連れ込む気なのだ!?」


「一々含みを持たせた言い方は止めてください! ……全くもう、映画だよ、映画。定番だろう?」


 映画。カップルがデートするに相応しい、定番お勧めスポットである。――これで決まり! 彼女を楽しませる十の心得〜デート編より〜。

 二人でとことこ目指す先、駅ビルの中には大きな映画館が入っているのだ。

 見上げる様に大きく、しかし別段何の特徴もないそこそこ新しい駅ビルへと騒がしく喋りながら入っていく。

 自動ドアをくぐると、人工の冷房が作りだす乾いた冷気が体を包む。

 肌寒さすら感じる過剰なソレにぶるりと身ぶるいして、目的地のある上階へと足を向けた。

 依然、手はしっかりと握られたままである。


「いきなりでアレだけども、何か見たいの、あるか?」


「おぉ……す、凄い」


 ズラリと並んだ映画の巨大ポスターの群れ。

 中々の人だかりが出来ているのは、昨日から公開されているというさる巨匠渾身の一作が公開されているからだろう。

 テイクフリーのパンフレットをぱらぱらと捲りながら、見たい映画に目星を付ける。

 と言っても、レティシアの好みにある程度合わせるのだけれども。


「こ、こんなに一杯あっては決められぬぞ! 主殿、我の代わりに決めてくれ! 我は、主殿と一緒に映画を見られるだけで幸せだ!」


「て、おま……」


 手にしたパンフレットでぱしりと自分の額を叩く。

 純真そのものの瞳でこちらを見下ろす――いいか、すとろべりぃな展開に油断するな、あくまでレティシアはムキムキマッチョだ。

 とにかく見下ろすレティシアに顔色を悟られたくない。

 咄嗟に深呼吸をして素数を数えると、顔を隠していたパンフレットの一ページをさっと差し出した。

 一つの作品を指差す。

 ええい、そんな生暖かい目で見るな、見るんじゃないお前ら。周囲、同様に手を繋いだり腕を組んだりしているカップル達を半睨み。


「フリーダム御用侍……こ、これは毎昼我がかぶりつきで見ているスペース時代劇の、最新作!」


「……フリーダムだな、しかし」


 言ってはなんだが、レティシアの趣味は良く分らない。

 宇宙を舞台に宇宙船を乗り回し、時に刀一本で好き勝手し放題の超絶不道徳サムライの超スペース伝記物らしい。

 ちなみに、毎回必ず投獄されてしまうので御用侍と銘打たれている。

 頭はちょんまげ後はハゲ。小粋に着こなした着流しは特殊技術を用いて作られているらしく、象が踏んでも破れないとか。何だそれ。

 言いたくはないが、これでも人気の番組の映画化なのである。日本は一体どうなってしまうんだろう。


 そういえば先週偶々見た印籠を振りかざして悪を退治するお爺さんは、登場時に颯爽とリッターバイクを駆って現れた。

 「控えおろう! この御方を誰だと心得る!」「そうさ私が「そのバイクのペイントは、MITO!? まさか貴方様はあのいい年こいた放蕩爺で有名な、あの!」……やっておしまいなさい、打ち首、超打ち首です」という倫理三段跳びの展開だった気がする。

 しわしわでよぼよぼの爺さんが異様に高い下駄を履き、足りない足の長さを補うその姿に俺がチャンネルを変えたのは言うまでもない。


「ようこそ当映画館へ! 本日はどちらのチケットをお求め……うおっ!」


「10分後のフリーダム御用侍を大人二枚で」


 受付のガラス越しに、思い切り顔を引きつらせて仰け反っているお姉さん。

 俺はというと特に反応もしない。何故ならもう慣れたからである。慣れって怖い。

 平然と指を二本突き出し、お金の代わりにチケットを受け取る。


「は、はいそちらお席が開いております……! 自由席ですので、ご自由な席に座って下さいさぁさぁ早く始まっちゃいますよ……!?」


「ぬははは! 凄いぞこのガラスみたいなの! 面白い面白い!」


「ひああ――!」


「ちょ、泣きそうだぞ受付のお姉さん! いいからそこに顔へばり付けてないで、こっち来なさいレティシアめ!」


 抱える様に肩を抱き、子犬の如く涙目で震えるお姉さん。

 眼前に迫ったレティシアの人外筋肉装甲がガラスで押しつぶされ、奇怪な芸術作品として強制上映されている。

 周囲の目もあるし、慌ててべったりとガラスに張り付いているレティシアの手を引っ張って受付から離れる。


「穴があったら入りたい……」


 恥ずかしさと申し訳なさで顔から火が出そう。


「な! ……何という破廉恥な!? 主殿は、その、そんな、新ジャンル系の特殊プレイで我を責め立てへぶっ!」


 筋肉の国で使われているとされるマッスルランゲージを意味不明に行使するレティシアの頭を叩いた手を振りながらため息を吐く。

 少しの間アヒル口でぶぅぶぅ言っていたレティシアにジュースとポップコーンを押しつけると、途端に笑顔を取り戻した。

 単純な奴だ。


 係員の人にチケットを渡し、物珍しげにきょろきょろしているレティシアを引っ張って劇場に向かう。

 弾むような足取りで上機嫌に瞳を輝かせるレティシアに、係員の人も心なしかニコニコ笑顔だ。


 ふと疑問が浮かぶ。


「レティシア、こういう所あんまり来ないのか?」


 くり、と振り返ったレティシア。笑顔のまま。


「うむ! 我は何を隠そう、初映画館だ! だから、見るもの全部新鮮で、楽しいくて仕方がないのだ! ほら我の腹筋もこの通り、ぬっふん!」


「いやいや、腹は見せるなよ腹は。無辜の市民を犠牲にするんじゃありませんってば」


 もしかして、余り娯楽とか知らないのか。

 両親も幼い頃から忙しくて、余り遊んでもらったことないって言ってたし、とセンチな気分になった俺を余所に、レティシアは満面の笑みで続ける。


「何せ映画など、自宅のシアターでしか見たことなかったからな! ぬはは! 楽しみだ!」


「……」


 ジーザス。そっちか。


 恋とか愛とか関係なしに、俺は一貧乏人として顔を引きつらせた。そう言えばコイツってお金持ちだったな、と今さら再確認。

 家にシアターとかどういう設備だ。超凄い。


 ひとまず劇場の扉をくぐり、「真ん中が良い!」と主張するレティシアにうやうやしく従って希望通りの席を確保する。

 同じ時間から上映する超大作の方に人が集まっているようで、あまり混んでいないのは幸いだ。

 安っぽく窮屈なシートに体を滑りこませ、並んでポップコーンを齧る。

 目につく物全てに興味を示し、あまつさえ証明が落とされた後に薄緑に光る非常灯の灯りにもはしゃぐレティシアを余所に、遂に映画は始まった。

 コマーシャルや客へのお願いを経て、ドキドキとワクワキの投獄侍の冒険が始まる。

 俺はと言うと、暗いのを良いことに映画四割レティシア六割で、盛んに、しかし口を噤んだまま小刻みな動きで感動を表現する彼女を眺めていた。


 スクリーンに反射した光を受け浮かび上がる、レティシアの顔の方が地味に面白い。

 自然頬を緩ませ、俺は手に持ったコーラを一口ずずっと啜った。








「時はスペースタイムゼロナナニィハチ年――ODAIKAN率いる大宇宙帝国と、それに追随する民間悪徳傭兵国家ECHIGOYAによって、数多ある民衆が搾取され娘はあ〜れ〜とセクハラをされ、平和だった世界はいつしか無法者が蔓延る危ない稼業もびっくりの世界と化していた――」


 ガラス製のコップに満たされた氷を、さされたストローで掻き回す。

 水滴に浮いたグラスはカランと澄んだ高い音を立てた。

 濡れた指先をナプキンで拭う。


「次々と他国を侵略していくODAIKAN! 唯一それに立ち向かうはTONOSAMA率いる連合国。泥沼の戦いへと激化していく中、一人の風来坊が立ち上がる――! 姓はモンド、名はジョニー。着流し一枚着崩し刀一本でのらくら放浪を生活を送る、宇宙的食い逃げ指名手配の男は! 遂に! 義の為勇の為信の為! そして巷でも有名なODAIKAN城の食材を食い尽すため――今、立ち上がったッッ! デーデデデー!」


「……わぁー、お、おもしろーい」


 ちぱちぱと手を叩き顔を上げる。

 街の小洒落た喫茶店、昼食を取る筈の席で立ち上がり腕を振り、瞳を輝かせて先程見た映画の粗筋を語る恋人の姿に俺は疼痛を覚えるに至る。

 米噛みを押さえた。


 余りにハイテンション。それは良い。

 余りに場違い。まぁ何だか周りの席に座っている人達も店主も、大分面白い物を見る目でこちらを眺めているのでそれも良い。

 ただし、余りにビッグボリューム。その偉容。それだけが俺の胃を苦しめるのだ。


 レティシアさん。

 映画を痛く気に入ったのは俺としても嬉しいが、まずはテーブルの上に山を作っている超巨大あまずっパフェを片付けようか。


 俺はげんなりと、アイスやチョコや果物、その他色々な物が乗せられた喫茶店自慢の怪物パフェを突っついた。

 恋人限定、ただし二人の仲を引き裂いてしまう位のボリューム! と銘打たれた悪魔のパフェである。小食の癖に何て物を頼むんだ。


「ぬはは! やっぱり、どれだけ活躍しても、食い逃げ現行犯で捕まってしまうのが楽しいな! 名作だ! うま! うま!」


 忌憚なく言わせてもらえば間違いなく地雷作品だと思う。

 長大な特製スプーンをぐーで握りしめ、頬っぺたにクリームをひっ付けたまま全開笑顔のレティシアは留まる所を知らない。

 ついでに、猛然と残像を残しつつ、凄まじいスピードでパフェが消えて行くのも止まらない。

 パフェが届いてから十分は過ぎているが、俺はもう心持ちギブアップだ。

 まだ半分も減っていない。


「つーか良く入るよなぁ。甘いものは勘弁なりよ……うぷ」


 手に持っていたスプーンを投げ出し、背凭れに体を沈み込ませる。

 パフェを掬う手を止めたレティシアは、不思議そうに首をかしげ、一口分掬うとそっと身を乗り出した。


「た、食べさせてあげようか? あ、あーんして欲しいぞ主殿」


 頬を真赤に紅潮させ、心なし震えながら呟かれたりした場合、世の男性諸氏はどういう対応をするのだろう?

 脳裏に開かれるデートマニュアルをかなぐり捨て、もう何か胃的に限界な体を押して、俺に出来るのはただ一つ。


「……あー、む」


 頬張ることだけだ。

 いくらスプーンを差し出す時、開いた襟ぐりから鍛え抜かれた歴戦の大胸筋が覗こうとも。

 梃子の原理を要さずにスプーンを曲げれるであろう芋虫指であっても。


 微かに不安げにこちらを見詰める女の子に逆らう術など持ち合わせていないのである。


「美味しいか!?」


 純真な瞳でこっち見ないで!


「お、オイシイヨー」


 おそらく怪しさ全開であったろう、ぎこちなさ全開の俺の言葉にレティシアは、


「そうか! ――もっと、食べさせてやろう主殿! 何心配は要らぬ! 我の腕筋は、これしきの運動モノともせぬからな! ふははは!」


 満開の笑みでそうのたまった。

 対する俺は青い顔。甘い物が嫌いなわけではないが、限界なのだ。

 何せ、既に俺は日替わり定食を。

 レティシアはヘルシーランチセットを食べ終えたばかりなのだから。

 何故女の子って人種は別腹があるのだろう。口の中一杯があまい。というか雰囲気とか含めるとあまじょっぱい。

 正にあまじょっパフェ。

 しかし俺に退路はないのである。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃ(以下略)。


「あむ……あむ……あむ……!!」


「主殿、大丈夫なのか!? 我には主殿の顔が土気色をしておるように見えるぞ!」


「だふ、だ、大丈夫大丈夫。も、全然平気だからー!」


 まぁ、何のかのと言えど、パフェを食べきるまで男の子のやせ我慢は終わらない訳で。

 何とか最後の一口まで詰め込んだ俺は、努めて冷静にアイスコーヒーを啜り、「ちょ、ちょとお手洗い」席を立つ。

 途中で目のあった落ち着いた感じのカップルや店主に小さく拍手されながらこっそりとトイレに駆け込んだ。あまままままま。







「ん――! 今日は、とっても楽しかったぞ!? かたじけない、主殿!」


 夕焼けこやけで日が暮れて。

 斜陽に傾いた夕日が見慣れた住宅街の通りと、いつもより少しはしゃいでいるレティシアの姿を照らす。


 ご飯を食べた後、一休憩を挟んだ俺達はとにかく遊び回った。ゲーセンにボーリング、カラオケダーツににビリヤード。


 そして、今日も今日とてレティシアは色んな伝説を作ったのである。

 パンチングマシーンでぶっちぎり一位を記録し。

 力が強すぎてボーリングの球をリアルに鷲掴み、レーンに叩き込んだり。

 ダーツでは白熱したレティシアが勢い余ってダーツをへし折りわたわた焦ったり。

 ビリヤードで見事に俺、どころかセミプロの方々まで打ち倒したり。しかも全てマスワリである。

 一回ならまだしも十二回連続て。神業か。


 それに、一人ファッションショーを始めてしっかりと過失なき一般市民の皆様の精神をバスバス狙撃もしていた。

 勿論俺はそれを遠巻きに眺めていた。無理だ止めれない。




 今は疲れて帰宅途中。

 俺のやや前を楽しげにスキップするレティシアを追う様に、俺はほてほてと歩いている。

 一日何も考えずに遊んだせいか、体に残るのは心地よい倦怠感。

 頬を撫でる風が心地良い。


「あーるじっどの!」


「どしたぁ、レティシア?」


「ぬはは」


 どすどすとこちらに駆け寄り、ぎゅうと万力パワーで俺の手を握りしめたレティシアが小さく「またでぇとしたい」と呟いた。

 今日一日、レティシア筋肉状態でも十二分に楽しめてしまった俺は、特に異論もなく頷いた。


「そうだ、どうせなら次は筋肉なしの状態でデートしようかね」


 俯いただけなのか、はたまた頷いたのか。レティシアは判別し難い小さな動きで目線を下げる。

 その顔が赤く見えるのは夕日のせいか、そうでないのか。


 揶揄うのも今は無粋かな、と繋いだ手の指をよりしっかりと絡ませる。


「こういうのも、いいもんだネー」


 繋いだ手を振りながら二人一緒に並んで歩く。


 何の変哲もないごく平凡な日常に、俺は幸いを呟いた。







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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ、やっぱりこれは絵がみてぇ……筋肉狂ヒロインは新しいし、なれちゃった主人公ももう笑うしかないっすね。細かい描写もされてますし、夏があるなら秋もデート話が聞けそうです。マッチョい話、また…
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