ブラック企業で搾取され続けた俺は転生してドラゴンを育てる
二十代半ばで高橋穣は短い生涯に幕を下ろした。しかしそれは同時に新たな始まりでもある。
「あれ?僕は確かにビルの屋上から」
重い目蓋を開けた穣の瞳には、馴染みのない広大な丘陵。ごつごつとした岩肌が太陽に照され、灼熱の荒野には砂嵐が吹いている。
「にゃあ」
「にゃあ?」
振り返ると柴犬。まるでペガサスのように翼が生えている。思わず穣は後退りした。
「おいおい逃げるなよユタカ。折角転生したのだから、セカンドライフを満喫しよーぜ」
軽妙な口調で柴犬が言った。ふいに発せられた人語と、目まぐるしい両翼の羽ばたきに、穣は状況が飲み込めない。
「ははーん。その顔はパニックに陥っているな。そしてお腹が空いてきて、村に行って、ドラゴンを飼育するつもりだろう」
「何だよその絵に描いたような筋書きは!」
穣が堪らずつっこんだ。羽ばたきを止めた柴犬は一瞬目を丸くして、
「にゃはははは」
と嗤った。
「それだけ元気なら文句ないな。さあ村へ行こうか。オレはミケ、宜しく」
歩き始めたミケを慌てて穣は追った。足元の砂の感触が、異世界との出会いを告げた。
ほどなくして村へ到着した。木製の屋台が、褐色の絨毯のように砂地に広がっていた。市場からはえもいわれぬ香りが立ち上ぼり、穣の胃袋を刺激した。何やら大きな肉の塊を焼いているところがあり、穣は目を奪われた。
「食ってみるか?」
とミケが尋ねる。
「いや、でもお金がないし」
「心配するな」
陽気な店主の元からミケは素早く肉を頂戴した。
「う、うまい!」
生前はほとんどカップ麺しか食べてこなかった穣は、あまりの美味しさにしばし酔いしれた。香ばしさと溢れる肉汁が止めどなく舌を刺激する。
「これを毎日食う方法がある」
「どうやって?」
すっかり肉の虜になった穣は是が非でも知りたかった。黙ったままのミケを固唾を飲んで見守る。
「ほらお出ましだ」
ミケは真っ青な天を仰ぐ。すると晴れ渡っていた空が俄に曇った。太陽を遮っていた物体が身を翻して急降下してくる。村中から悲鳴が上がり、そこここから怒声が飛び交う。
砂埃の舞う隙間から首を覗かせた銀翼の生物は、鯨のごとき巨体を這わせて家並みを押し潰していく。
腰の抜けて立てなくなった穣の膝が震える。
「ミケ、おい、あいつは何だ!」
気づくと宙に浮いたミケの尻尾が小さくなって離れていく。
いつの間にか銀翼の巨獣は穣の目の前に佇んでいた。
「もう二度と死ぬもんか」
穣の握った拳が黄金色に染まる。




