前編:優
こんにちは、遊月です!
Twitter人気企画、【殺伐感情戦線】に今週も参加させていただいております!(自由参加だと思いますので、皆様も興味ありましたらいかがですか?)
テーマは『鋏』、思い浮かんだのはこういうお話でした。
本編スタートです!
「おねーちゃん、久しぶりに髪切って! 耳の下くらいまで!」
「えっ、そんな切っちゃうの?」
「うん♪ 彼氏がね、短いのが好きなんだって!」
「そうなんだ……、でもいろんなアレンジできるって言って長いの好きだったよね?」
「まぁねぇ~。でもほら、やっぱり優先順位ってあるし?」
「……そっか」
ここ数年ご近所付き合いをしていて、妹のように思っている子が、突然、大きくヘアスタイルを変えたいと言ってきた。ほら、この人みたいに!と言って見せてきたヘアモデルの写真も、彼女とはだいぶ雰囲気の違う人で。
初めて、リクエストを断りたいと思った。
* * * * * * *
彼女――甲斐田美桜ちゃんと出会ったのは、私が美容師になるのを諦めたばかりの頃。
テレビで見た美容師に「シンデレラに出てくる魔法使いみたい!」と幼い頃から憧れていた私は、よく周りの人の髪型をいじったり、時には頼まれて人の髪の毛を切ったりもしていた。だから心のどこかで「自分もすぐにカリスマ美容師になれる!」なんて思い上がっていた。
現実を突きつけられたのは美容学校に入ってから。私のいた環境がかなりのぬるま湯だったことも痛感して、周りの人たちにどんどん置いていかれてしまいそうな気がして。
ヘアアレンジのセンス以前の基本がなっていないと言われ続けて、慰めるふりをして近付いてきた人からも酷い裏切りを受けて、学費を稼ぐためにしていたバイトでもクレーマーみたいなお客さんから殴られて警察沙汰になったりして。
その時期に、同期で入った子が自主退学したのを見て、何かが切れた。
バイトでも生きていくだけなら困らないし、何かに縛られずにいるのがとても気楽に思えた。もちろんバイトのシフトには縛られていたけど、それ以外は毎日好きなときに起きて、好きなときに寝て、自己管理さえできていれば、学校時代よりは遥かに自由に過ごせている――――そう思えたのは、最初の1ヶ月くらい。
髪を切りたくなって美容室へ行ったときに、ふと怖くなった。
私、ちょっとずつ忘れてる。
当たり前のことだけど、使わなくなった知識はだんだん錆び付いて不明瞭になっていく。昔とった杵柄なんて言えるほどの経験もしてこなかった私にとって美容関係の知識は、本当にただ時間と共に消えてしまうだけのものだった。
怖い、怖い……今さら未練なんてないと思っていたのに、ううん、違う、ないわけなんてなかったのだ。だって、私にとって美容師になる夢は人生のほぼ全部に近かったんだから。
人生のほぼ全部を手離してしまったんだ、私は。
重くのし掛かってくる後悔に押し潰されそうになって、全部投げ捨てたくなったとき……美桜ちゃんと出会ったのだ。
あと少しインターホンが遅かったら……それを想像すると、少しだけ寒気がする。椅子から下りて玄関に向かうと、そこにはお母さんに連れられた美桜ちゃんの姿があった。アパートの隣に引っ越してきた挨拶で来てくれたらしい。
最初に会ったときは、ちょっと陰のある子という印象。
お母さんの明るそうな雰囲気が眩しかった私にとっては、どちらかというと娘さんの方が親しみやすそうだな、と思っただけだった。
出会った瞬間はそれだけの感想しか持てなかったけど、1度機会を逃したせいで、ふたりが自分たちの部屋に戻っても、とてもその直前にしようとしていたことはできなくて。見ているだけでも怖くなってしまったから、天井から吊るしていたロープも取ってしまった。
それからはただのお隣さん同士として付き合いが続いていたけど、少しずつ美桜ちゃんが遊びに来てくれるようになって。そのうち私が昔のことを話したのをきっかけに、時々美桜ちゃんの髪を切るようになった。
もちろん躊躇しなかったわけではない。私なんかが彼女の髪に触れていいのか、もっとちゃんと技術のある人に……って。だけど、美桜ちゃんの髪を切れることは私にとって、またとないチャンスでもあった。
忘れてしまいそうな経験とか技術とかを、忘れずに覚えておける。
そんな、どこか利己的な理由で続いていた関係のなかで、私は癒されていたし、美桜ちゃんが私に心を開いてくれているのも感じていた。
まるで本当の姉妹みたいに。
こんな穏やかな時間が続くなら、私はこのままでも構わない。たぶん美桜ちゃんも、私の部屋でくつろいでいる安心しきった顔を見ていると、同じ思いであることが伺えた……。
* * * * * * *
だからこそ、話してくれたのだと思う。
彼氏ができたこと、彼氏が少しだけ年の離れた人であること、周りにたくさん女がいる環境の人だから不安を感じていること、その他にもいろいろなこと。
少しずつメイクとか服装もその彼の趣味に変わってきていることも、見ていてわかった。けど、そっか、とうとう髪も、その人の好みに変わっていくんだね。
わかっていたけど、なんだかそれは、…………。
あぁ、なんでだろう?
今になって、胸が苦しい。
美桜ちゃんが彼氏を作った話を聞いても、ここまでじゃなかったのに。
改めて、突きつけられてしまった気がした。
時間は間違いなく進み続けていて、止まったりはしない。
出会った頃は今よりも小さくて、世界も狭くて、だからこそ私のことを『おねーちゃん』なんて呼んでくれていた美桜ちゃんは、きっとこれからこの狭い部屋をどんどん離れていくんだ。
この先、私がいつも見ていた顔を見せなくなってきて。
私が知らない顔で、私の知らない声を上げて。
私に対しても秘密とか作ったりするのかな?
それでいつか、どこかに羽ばたいていく、羽化した美しい蝶のように。それはたぶん、素敵なこと。むしろ私みたいにいろんなものを捨てて目を背けているようなやつの近くにいない方が、未来のある彼女にとってはいいことのはずなのに。
……置いていかないで。
髪を切る瞬間、ふとそんな言葉を口にしそうになった。
前書きに引き続き、遊月です!
こちらを読んでくださった皆様、「おいおい遊月さんよ、これは厳密には百合とは言わないんじゃあないかぁ?」とお思いになったかも知れませんね。
大丈夫、後編をお待ちくださいませ!
また後編でお会いしましょう!
ではではっ!!