2,彼女がコンビニで買った物〜四月一日午後三時〜
コンビニって素晴らしいと思う。
大事なことなので二度言うが、コンビニって素晴らしいと思う。
何が素晴らしいって、家から歩きで行ける距離にあって、ニ十四時間年中無休で、いつでも気軽に出掛けられるのが素晴らしい。
品揃えは驚くくらい豊富だし、空腹のお昼時にはついつい赴いてしまうというもの。
「ふん、ふんふふふんふんふん♪ ふん、ふんふふふ〜ん♪」
ほら見ろ。余りのコンビニの素晴らしさに、俺は鼻唄さえ刻んでしまっているぞ。
風の谷のナウ〜シクァ〜♪
「あはは、亮太、凄く楽しそうだね」
本日四月一日午前十一時をもって、正統派ヒロインに変身を遂げてしまった我らが鈴音が、俺の横を歩きながら笑う。
「あったり前じゃないか鈴音くん! 今日のランチを買いに行くんだよ? 楽しいに決まってるさ! 今日という日は一生に一度しかないのだから!」
「そっか……ニ人が恋人同士になって初めてのランチだもんね♪」
「カァァァーット! はい、今の俺の台詞やり直しッ!!!」
出来るなら、午前の偽告白の辺りまで全部カットしちゃって!
「どうしたの亮太? 急に空に向かって叫んだりして?」
鈴音もツッコむ所が違うっ! そこは普通、「何でやり直しなの?」でしょ!
そうすれば、偽告白の件に会話が繋げ易くなるのに!
「はは、何でもない……そんなことより、さっさとコンビニ行くぞ、コンビニ!」
「おー!」
とにかく、気が狂いそうなあの部屋から何とか抜け出せたのだ。
今はコンビニの存在に深く感謝して、ひとまず気を休めるとしよう。
寮から歩いて五分程の所に、『ヘブンイレブン』というコンビニはある。イメージカラーの蛍光グリーンと、看板に掲げられた『天』のロゴマークが特徴的な、全国規模のチェーン店だ。
俺と鈴音は店内に入ると、突き当たりの、おにぎりや弁当が並んでいるコーナーに向かった。
さて、今日は何を食おうかな……。
気分的には、午前中の出来事によるストレスで、胃に大変な負担が掛かっている為、軽めの食事が好ましいです、はい。
弁当を物色していると、横に鈴音がいないことに気付く。
「あれ?」
店内を見回すと、離れた日用品のコーナーに鈴音の姿を見つけた。
何を探してんだアイツ? ……まぁ、いいか。俺は俺で昼食と飲み物を購入するとしよう。
考えた末、俺はざる蕎麦と鮭おにぎりを持って、飲み物を選びに向かおうとする。
「亮太、待って待って〜!」
そこへ鈴音がやって来て、弁当コーナーを一瞥してすぐに、『がっつり牛丼450円』を手に取った。
「鈴音しては珍しいチョイスだな」
「うん、まぁ、ちょっとね」
何故か顔を赤くして照れる鈴音に、襲い来る目眩。いかん、コンビニに入ったことで完全に油断してた!
「どうしたの亮太?」
鈴音は小首を傾げ、瞳をぱちくり。
無闇に可愛い仕草をするんじゃありません!
何か……何かこの気持ちを発散する台詞を――
「牛丼最高ォォォッ!!! ベストチョイスだ鈴音!」
「えへへ、そうかな? だったら亮太も牛丼を買って、一緒に食べようよ♪」
ミスチョイスッ!!!
結局、ざる蕎麦と鮭おにぎりは『がっつり牛丼450円』に早変わりする。胃に大変よろしくない。
飲み物は俺がペットボトルのミルクコーヒー、鈴音がメロンソーダを選んだ。
二人でレジに向かう。
「会計、亮太が先でいいよ」
すると、鈴音がそう言って、俺の背中を押してくる。
「え、何で?」
「いいからいいから」
一体、何だっていうのか。
嫌な予感しかしない。どう考えても何かの前フリだろコレ。
そうはいかん!
「鈴音が先に会計しちゃいなよ。俺は全然構わないからさ」
「え……り、亮太がそう言うなら……」
だから、何故に照れる。
鈴音がそそくさとレジの所に行き、俺はその後に続く。
「会計お願いします」と鈴音が呼ぶと、二十代前半くらいの若い女の店員さんがやって来た。
鈴音の背中でよく見えないが、会計はどうやらスムーズに進んでいるらしい。よし、頼むからこのまま何もなく終わ――
「あっ、あとスパイシーチキンを二つお願いします」
「『世界』時よ止まれッ! WRYYYYYYYYYY―――ッ」
鈴音を制止し、女の店員さんに「スパイシーチキンは、一つでお願いします!」と訂正を入れる。
瞳をぱちくりさせる鈴音。
「えー、何で? 二人で一緒に食べながら帰ろうと思ったのに」
「いや、俺はいい! 鈴音が食べるのを見ているだけでお腹一杯さ!」
親指をぐっと立て、きらーんと歯を輝かせる。
「亮太……う、うん」
ゆでだこみたいに顔を真っ赤にして、鈴音は頷く。
……何か逆にどんどんと墓穴を掘っているような気がするのは、俺だけだろうか?
会計を終えた後、女の店員さんにまで「頑張って下さいね♪」と励まされてしまった。……死にたい。
ヘブンイレブンを出たところで、鈴音がビニール袋の中から熱々のスパイシーチキンを取り出した。はむっ、と口を付ける。両手でスパイシーチキンを持ち、それを頬張っている様子は、何というかハムスターのようにも見える。
やがて、鈴音は俺にスパイシーチキンを差し出して来た。
「はい、亮太の番」
「へ?」
意味がよく分からず、首を傾げる。
「ほら、亮太も食べなよ」
「いや、俺は……」
というか、そもそも目の前のスパイシーチキンは先程、鈴音が口を付けたやつで。
俺が食べたら、その、いわゆる……間接キ――
「遠慮しなくていいよ」
鈴音は顔をこれでもかと赤く染めて。
「この為にスパイシーチキンを一つだけ頼んだんでしょ?」
ミスチョイスッ!!!
※スパイシーチキンはこの後、鈴音さんがおいしくいただきました。
部屋に帰って早速、鈴音は牛丼を電子レンジに入れて温め始めた。
チン、と音がして、
「亮太ー、レンジ空いたよー」
「おう」
俺もレンジに牛丼を放り込み、ダイヤルを捻る。
本当はもっとさっぱりした物が食べたいところだが、腹が空いているのもまた事実。胃によろしくなくとも、ここは大人しく食べるしかない。
温め終えて居間に戻ると、鈴音は箸を止めることなく、ぱくぱくと牛丼を口に運んでおり、容器の中を覗けば、既に半分以下になっていた。
「食べるの早っ! 一体、今日はどうしたんだ鈴音?」
今更の気もするが、それでも問わずにはいられない。
普段の鈴音は小食なのだ。
「んー? 何となく、今日はがっつり食べたい気分なんだ」
「そ、そうか」
今朝を境に鈴音は、オレンジ色の宝玉を七つ揃えると願いが叶ってしまう某バトルマンガの敵キャラよろしく、いわゆる第二形態みたいな感じに変貌を遂げてしまったわけだが、これもその影響なのだろうか。
割り箸を手に取り、俺も牛丼の蓋を開けた。
うわぁ……胃にもたれそう。
昼食を終えると、俺達はテルイズの攻略を再開した。
鈴音は俺の横、肩が密着するくらい近くにいるが、午前中に比べれば落ち着いたもので、今はテレビ画面に夢中になっている。
俺としては一安心だ。
これで夕方まで時間を潰せば、今日のところは生き地獄から解放される。
……いや、待て、俺。何だ、その真実を話すのは明日に後回し的な思考は。
いわゆる『逃げ』ってやつじゃないのか、それは?
いかん……思考がネガティブになっているぞ……。
いくら鈴音が鈍感で、今もこうして俺の横で、心底幸せそうな、無邪気な笑顔を浮かべているといってもだ……流されてはいけない。
やはり真実は真実として、ちゃんと鈴音に伝えなければ。
テレビ画面内では主人公達がマップ移動を終え、新しい街に辿り着く。
これでしばらくは魔物とエンカウントしない。2Pである俺は休憩することが出来る。
「鈴音!」
思い切って言ってしまおう、と口を開いた。
「うん? どうしたの亮太?」
目をふっと優しく細める鈴音。
ズキリと胸が痛む。
「……あー、えっと……ちょっとトイレに行って来る」
俺は立ち上がって、洗面所に向かった。
洗面台の鏡には、特に整えもしない黒髪の、地味なルックスの少年が一人。顔を見て、嫌悪感を抱く。
鏡越しに掌を叩き付けた。
「ちくしょ……言えね……」
情けない。情けないけど、あの笑顔は壊せない。
とりあえず、顔を洗った。
居間に戻ると、鈴音がメロンソーダを飲んでいた。プラスチックの栓を閉じ、脇に置いて、コントローラーを手に取る。
そういえば、俺もミルクコーヒーを買ったんだったな。
コンビニのビニール袋はベッドの上に置かれていた。中からミルクコーヒーのペットボトルを取り出す。
空になったビニール袋をゴミ箱に捨てようとして、ベッドの上にもう一つ、別のビニール袋が置かれていることに気付く。
おそらく鈴音のやつだろう。ついでに捨てておいてやるか。
そのビニール袋を持ち上げる……と、若干の重さを感じた。
「ん?」
中にまだ何かが入っているのか?
ビニール袋に手を突っ込むと、小さな箱状の物が指に触れた。
「どれどれ……」
きっとガムか何かだろうと取り出して、製品名を見ると、
『うすうすEX』
………………。
…………。
……。
箱を開けた。中にゴムみたいなものが入ってた。箱を閉じる。ビニール袋に戻して、ベッド上の元の位置に戻した。
鈴音を見ると、ゲームに集中しており、こちらの様子に気付いてはいない。
「鈴音ー」
「んー?」
「お前さー、今日は帰るの?」
「……どうしよっかなー、ぶっちゃけメンドイよね」
「そっかー、俺、またちょっとトイレに行ってくるわー」
言葉はやんわり、足は部屋の外に向かって全力疾走。
トイレの横を通り過ぎ、外に飛び出してドアを閉めると、背中から、ぶわっと大量の冷や汗が吹き出した。
え? 何だアレは? どういうこと?
何故にコンビニのビニール袋の中にアレが入ってるんだ?
いや、そもそもアレは本当にアレだったのか?
冷静に考えれば、鈴音のことだから水風船という可能性もなくないぞ、うん。
そうだ、俺の見間違いに決まってる、うん。
俺は二階通路から青い空を見上げ、深呼吸すると、確認すべく居間に戻る。
鈴音はまだテレビ画面に集中している。
俺はベッドの上のビニール袋から、そっと箱状の物を取り出した。
『うすうすEX』
…………。
………。
……。
そうか、薄いのかぁ。
俺は二階通路に飛び出して、今度こそ叫んだ。
「コンドォォォ―――ムッ!!!」
ガチャッ!
「うるせぇぞ羽柴! 寝させろって言ってんだろ!」
「助けてハゲ! 俺を匿ってッ!!!」
「断る!」
バタン!
寮の隣人にしてクラスメイトであるスキンヘッドの山田が、部屋のドアを閉じる。
ハゲの薄情者! 友を見捨てやがったな!?
四月一日午後三時。
羽柴亮太、貞操のピンチ!