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1,さよならクールビューティー!〜四月一日〜

 風木鈴音が可愛いのは決して贔屓目ではなく、普段下駄箱を開ける度に溢れ落ちるラブレターの山を見ていれば、周知の事実だと分かる。

 明るい色の長い髪はめっちゃさらさらのストレートロング、柔らかそうな肌は馬鹿みたいに白い。出るとこは出て括れるとこは括れたスタイルに、整った顔立ちは、もはや呆れのため息しか出ない。

 それが高校の制服を来て、入学式の日に教室の隣の席に座っていたのだから、健全なる青少年が騙されるのも無理はないと思う。

 そう、風木鈴音はルール違反だ。

『ん? どうしたんだアリサ? 何か俺の顔に付いてる?』

『べ、別に! ただ、アンタの顔がマヌケだなぁって思っただけよ!』

 テレビ画面のテイルズ内では、主人公を見つめていたヒロインが顔を赤らめ、そっぽを向いている。

 スキットと呼ばれる、移動中での会話場面だ。

 操作しているのは鈴音、なのだが。

「えっと……鈴音? お、俺の顔に何か付いてる……?」

「ううん。ただ、亮太って格好良いなぁって思っただけ」

 鈴音はゲーム画面に目もくれず、幸せそうに瞳を細め、じっと俺を見つめている。

 やばい、悶え死にそう。




 四月一日、午前十一時。

 エイプリルフールに惑わされて俺が嘘の告白をし、鈴音にOKされてしまってから約二十分。

 最初はむしろ、俺が鈴音に騙されているんじゃないかと思ったが、「付き合ってもいい」と口にするなり俺の部屋を飛び出した鈴音は、想像を絶する変身をして、俺の前に再び姿を現した。

「ど、どう? 似合うかな……?」

 とんでもないことをしてしまったと思った。事態は深刻だ。

 鈴音が死ぬ程可愛くなっていた。

 胸の辺りにハートマークがプリントされた白いTシャツの上に、フード付きの薄桃色のパーカー。ジーンズの布地のミニスカートからは、白い太ももが覗き、黒いニーソに挟まれて絶対領域を形成している。

「似合わない……?」

 不安げに上目遣い。くらっとした。

「い、いや、似合ってる……と思う」

 似合い過ぎてて恐ろしい。

 身震いした。背中から嫌な汗が出まくって、シャツが貼り付いた。

 これは本当に不味いんじゃなかろうか?

 一応、一年間一緒にいたので、鈴音のことはある程度分かる。

 本気の瞳だった。こいつ、本気で俺と付き合おうとしてやがる。

 と、鈴音の瞳に溜まる雫。

「良かった……今まで、似合わないって言われたらどうしようって思ってたから……」

 人差し指で涙を拭ってはにかみ、

「嬉しい」

「はぃいいい、boxXスイッチオォォォ――ンッ!!!」

 人生最大のやる気でゲーム機の電源を入れた。

 羽柴亮太十七歳、今程テルイズをやりたいと思ったことはありません!

「はい、鈴音は主人公、俺ヒロインッ! 早いもん勝ち、レッツゲームスタートォォォッ!!!」

 鈴音に無理矢理コントローラーを押し付ける。

「えっ、せっかく互いのことが好きだって分かったんだから、もう少し話を――」

「鈴音、今の俺達ならどんな敵でもコンボ繋げて瞬殺上等! さぁ、いくぞ銀河の彼方へッ!!!」

「お? おー!」




 ……で、冒頭に至る。

 勢いでテルイズを始めた。それはいい。

 だけど全然状況が変わってねぇ!

 スキット画面の度に見つめられてるよ俺!? ていうか、スキット多いよテルイズ! どんだけイチャついてんだよ主人公とヒロイン! 他のサブキャラも会話に交ぜてあげてお願いだからッ!

『ん? どうしたんだアリサ? 何か俺の顔に付いてる?』

『べ、別に! ただ、アンタの顔がマヌケだなぁって思っただけよ!』

 はい、このスキットさっきも見た!

「鈴音! スキット一通り見たからゲームを先に進めよう!」

「ん……もう少し」

 吐息が耳に掛かる。

 身震いして、横に視線をやると、目測およそ十センチの距離に鈴音の潤んだ瞳がある。

「す、鈴音。気のせいか、さっきよりも距離が近いような」

「それはきっと、私と亮太の心の距離が縮まっていってるからじゃないかな……」

 縮まってるのは俺の寿命です!

「そうだ、鈴音! 闘技場行こう闘技場!」

 びしっとテレビ画面を指差す。

 テルイズシリーズお馴染みの闘技場。今作では、プレイするキャラをパーティーの中から一人選び、闘技場に現れる強敵達に挑戦する。戦績により、賞金や珍しいアイテムが貰えたり、隠しキャラが出現したりする。

 で、何故俺が闘技場に行こうと言い出したのかといえば、プレイするキャラは一人であるから、必然的に俺か鈴音のどちらか一人が闘技場に挑戦するということになる。

 すなわち!

「よし、頼んだ鈴音! お前に任せた!」

「えっ、私?」

「鈴音」

 ぐわしと両肩を掴む。

 出来うる限りの甘い声とスマイルで囁いた。

「お前を信じてる」

「私、頑張るッ!!!」

 よし、良くやった俺ッ!!!

 鈴音に背を向けて、思わずガッツポーズした。

 これでしばらくは色々な安全が保証される! 主に俺の精神面の安全とか!

 鈴音の操る主人公が、勢い良く闘技場に突入して行く。

「よーし、行くよクルス!」

 クルスは今回のテルイズにおける主人公の名前だ。

 テレビ画面内で戦闘が始まるのを見届けてから、俺は鈴音に聞こえないよう、そっとため息を吐いた。

 ……ようやく冷静になれるというか、考える時間を持つことが出来る。

 鈴音が着替えて来た時にも思ったが、正直、深刻な状況である。

 鈴音は俺の告白がエイプリルフールにおける嘘だと全く気付いていない。

 奴の思考は単純なので、おそらく俺から「エイプリルフールの嘘でした」と言わない限り、疑うこともなく俺と付き合い続けるだろう。

 というか、驚きを隠せないのが、現状を考察するに、少なからず鈴音にとって俺が恋愛対象になり得るのだという事実。

 それってつまり――


 鈴音が俺を、好きってことか?


「嘘だッ!!!」

「亮太!?」

「嘘です♪」

 思わず上げた大声に、鈴音が振り向き、目を丸くしたので、白き歯輝く爽やかスマイルで返す。

 危ない危ない。今の俺はあくまでクールビューティー。

 何もまだ、鈴音の口から直接「好き」って聞いたわけではないじゃないか。判断は時期焦燥というもの。

 例えば、単純なので、された告白は必ず受けなきゃいけないみたいなデマをどこかで刷り込まれたとか。

「ねぇ、亮太」

 呼ばれて、鈴音に目をやる。テレビ画面の中央に『Pause』の文字が浮かんでいるところを見るに、どうやらスタートボタンを押して、ゲームを一時停止させたようだ。

「どうした?」

「あのね、ただ何となく言いたくなっただけなんだけど……」

 鈴音は困ったような、悩んでいるような様子。

「亮太」

 それでも奴は俺の目を見て、意を決したように口を開く。

「あ?」

 一体何だって――


「大好き」


「ひゃっほい☆俺トイレッ!!!」

 さよならクールビューティー!

 俺は全力で駆け出した。

 全力で走らないと死ぬ、と思った。

 誰か俺のタイムを計ってくれ。今なら五十メートル走、とんでもない記録が出ると思う。

 人間は普段、脳のリミッターにより、筋力が七十パーセントに抑えられているという。

 しかしながら、緊急時にはその脳のリミッターが一時的に解除されることがある。

 いわゆる『火事場の馬鹿力』というやつだ。

 多分、今の俺はそのリミッターが外れている!

 部屋の短い廊下で転けそうになりながら、トイレには目もくれず通り過ぎ、玄関の扉を開け放つ。

 春休みの真っ昼間らしく、清々しい青の空にはまばらな雲がゆっくりと流れ、そよそよと肌をくすぐる柔らかな風。

 俺の第ニ男子寮の二階にあるのだが、二階通路の鉄柵から身を乗り出し、両手を口元に添え、大空に向かって叫んだ。

「惚れてまうやろぉぉぉ――ッ!!!」

 ガチャッ!

「やかましいぞ羽柴! 夕方からバイトがあんだ、寝させろ!」

「うっさいわハゲ! 俺と代われッ!!!」

 バタン!

 寮の隣人にしてクラスメイトであるスキンヘッドの山田が、部屋の扉を閉じる。

 ……あのハゲ野郎はともかくとして、ヤヴァいぞ、これは本当にヤヴァい。

 鈴音の奴、マジで俺のこと……!

 いや、本当は分かってたさ。鈴音は単純な奴だから、好き嫌いもハッキリしてる。

 好きな奴には近付こうとするし、嫌いな奴からは遠ざかろうとする。

 だから、毎日俺の部屋に遊びに来てたってことは――。

「ぬぉぉぉ、ミスったぁぁぁッ!!! 今日がエイプリルフールだからって調子に乗るんじゃなかったぁぁぁッ!!!」

 頭を抱える。

 戻れるものなら、今朝に戻って自分の横顔を殴りたい!

 助けてドラ衛門、頼むから俺を今朝に連れてって!

「お、落ち着け、俺。ドラ衛門はあくまで架空の存在であって、アニメの中のキャラクターに過ぎないんだ。そもそもあんなのが現実に道端を歩いていたら、噂にならない筈がなくて、それこそ野尾家はマスコミに囲まれる羽目になる。第一、どんなに冷静に考えてもママさんが同居を許すはずがない。地球破壊爆弾をポケットの中に潜めているようなロボットだぞ? 更に言うなら、ドラ衛門の存在は過去に干渉することになるんじゃないか? 下手をしたら未来が変わってしまう。というか、もはや犯罪の域だ。大体、ドラ衛門の持つ道具には夢があるが、何だかんだで殺傷能力の高い武器が多過ぎって落ち着けるか馬鹿ぁ!!!」

 いずれにしても、俺の取るべき選択肢は一つしかない。


 ――鈴音に、告白は冗談だったと伝える。


 今ならまだ間に合う。……間に合うと思う。……間に合うよね?

 いや、言うんだ。

 思い返せば、俺がはっきりとした意思を持たなかったから、これまで『朝から晩までテルイズ漬け』の生活を許して来てしまったのであって、今回のエイプリルフールの嘘に繋がってしまったのだ。

 ここは一つ、男らしく、

「鈴音。すまないが、さっきの告白は嘘だったんだ。今日はエイプリルフールだから、ついからかいたくなっちゃってさ。でも、お前も悪いんだぞ? 毎日毎日テルイズやろうって押し掛けて来て。俺だってさすがに精神的にキツい」

 ……いい感じではなかろうか?

 これならば言える気がする。

「よし!」

 ぴしゃりと両手で頬を叩き、気合いを入れた。

 屋内に入り、玄関の扉を閉め直す。

「鈴音、話があるんだ!」

 部屋に戻って、テルイズをしているはずの鈴音を探す……と。

「あ、おかえり、亮太」

 奴は何故か俺のベッドの上で、うつ伏せに寝転がっていた。

「えっと……何をやってなさるのかしら、鈴音さん?」

 俺の枕なんか抱き締めて。

 そんなに強くしたら、中の綿が出ちゃいますヨ?

 テレビの方に視線を向けると、闘技場でポーズ画面のまま。俺が部屋を飛び出す前の状態から、進んでいる様子はない。

「テルイズはどうしたの?」

「……進めようと思ったんだけど、何というかその……」

 鈴音は枕に鼻を埋めて、頬を赤く染め、

「――ベッド、亮太の匂いがするから」

「絶対に無理ッ!!!」


 四月一日、正午。

 真実は、未だ言えず。

〜テルイズオブフィクションの世界観〜


 かつて自然に溢れた星シャルロバイスでは今、急速に機械化が進んでいた。

 各地に巨大な都市が出来、人の起こす奇跡と詠われた魔法は科学によって解明され、そのエネルギーは機械の動力源となった。

 そして、科学が到達した魔法の根源は、生きとし生けるもの全てに見えぬ糸で繋がっていた。

 発見した科学者はその『見えぬ糸』に名を付けた。


 ――CLクリア・ライン


 見ることも、触ることも叶わぬ、感じる糸。

 科学者はやがて、CLを利用し、情報交換や交信を行うシステムを思い付く。


 『虚構世界ヴァーチャリア』。


 シャルロバイスを忠実に模した世界は、今日も多くの人々で賑わっている。


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