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工学系男子の甘い日々  作者: でっち
0章 出会いと別れの物語
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0章4話 出会いと別れの物語4-松実朱莉-

どんどん長くなる。

先生との出会いはとても衝撃的だったと思います。


「起立。礼。」

日直の早川さんの号令でHRが終わり、教室に喧騒が広がっていきます。

なにせ、今日で一学期が終わりましたし、高校最後の夏休みですから。

「まつみんは夏休みの予定とかどうなってるの?男子も誘って海とか行こうよ。」

「今年は、ほぼ毎日実家の手伝いがありますから。部活の練習日、それに塾の日は流石に手伝いは休みますが。」

手帳を開きながら答えるといつものグループのその子は私の手元を覗き込んだ。

「うわ。ほぼ全部埋まってる。空いてるところは・・・あたしの夏講とかぶってるのかー。」

「あの。友人とはいえ、人の手帳覗き込んだりするのはどうかと思いますよ?」

「ごめんってば。ん?このハートマークの日ってなんなの?彼氏と会う日?松実さんて彼氏いたっけ?」

声が大きいです。


「え?松実さん彼氏いるの?聞いてないんだけど!!」

ほら。余計な人たちまで集まってきちゃったじゃないですか。

クラスの友人たちは私の手帳を見ながら、勝手に妄想を広げていきます。

「ハートマーク多すぎじゃね?」

「つかここ2週間連続毎日なんだけど。」

「さすがにサカリすぎじゃない?」

「サカる言うなし。」

「ほらあたしら18だし、覚えちゃったらもうね?お猿さんかなみたいな。」

「え、真面目なまつみんに限ってそんなことないでしょ。」

どうなの?とみつめる思春期のお馬鹿さんたちに呆れながらも私は帰り支度を続けます。


「つか、まつみんの彼氏ってどこの誰なのよ?」

その一言に集まった友人ばかりかクラスメイトまで静まり返ります。

「ハートマーク塾の日にかぶってない?」

おいこら。早川余計なことを言うな。日直の仕事を終わらせろ。

「え、まさかの他高?どこ中よ?」

「なんで中学生なの?流石にまつみんが選ぶんだもん。超ハイスペックなエリートのイケメンに決まってんじゃん。きっと外務省とかの外交官とかITの社長とかだよ。」

「いい加減、その手帳返して貰ってよろしいですか?」

私の褪めた声に友人たちもやりすぎたと思ったのか素直に渡してくれました。

友人ばかりかクラスメイトまでこちらに聞き耳を立てたまま動こうとしないのはどうかと思うのですが。

「ハートマークに他意はありません。」

本当に他意はないんです。

「去年、塾の日のマークをそう決めてしまったので。」

ええ、他意はないんですよ。

「彼氏もいませんし、お相手が中学生だとか他高だとかどっかの社長だということもありません。」

なぜかホッとした教室内にムカつきました。制裁です。

「ですから、みなさん。人の恋路に思いをはせている暇があったら、自分の進路について、一つ考え直してみてはいかがでしょうか。高校最後の夏休みですから受験に向けての準備もさぞ忙しくなることでしょうから。」

魂の抜けた骸どもを背に私は教室を後にしました。


さて、ああはいったものの、本当にハートマークに他意はないんです。

相手が彼氏でないのも本当ですし。中学生とか他高とかどっかのオジサンではないのも確かです。

超ハイスペックでもイケメンではないのも確か・・・どちらかといえばちぐはぐスペックなフツメンなのですが。

クラスメイトや友人は気付いていなかったようですが、今日もハートマークの日です。

やっぱり、いつもより浮かれてるのか、足取りも軽い気がします。


駅のホームで電車を待っていると背中越しに声をかけられます。

「松実さん。これから塾?」

振り返れば、そこに私の通う塾の講師をしている神田先生が立っていました。

「ええ。先生もこれから出勤ですか?」

「今日は部活も休みだし、質問の多い子が来るから準備しとかないと。」

「それにコーイチも一緒に出勤の予定だから。」

神田先生のセリフに苛立った私の視界にコンビニの袋を持った男性の姿が飛び込んできました。


「朱莉さんじゃん。こんにちは。早いね。学校帰り?塾真っ直ぐ行くの?」

笑顔を貼り付け直して答えます。

「はい。佐藤先生に早く会いたくて。」

「朱莉さんは本当に真面目だよなー。中坊連中も本当に見習ってほしい。宿題もやってこないんだよ、あいつら。」

「私が言って、聞くようならそうしますけど。」

「いやぁ、それは悪いし。やる気出させるのも講師の仕事だしね。」

「それに松実さんが言っても、あの子たちには逆効果じゃないかしら。」

「それってどういうこと?」

「鈍いアンタが悪いってことよ。」

「なんで罵られてます?」

将来の旦那様たる佐藤先生への奉仕を邪魔するとは。

やっぱりこの女は、私たち松実姉妹にとっての害にしかならないな。

いくら親友の先生とあっても許せぬ。心のデ●ノートに刻んでおきましょう。


塾の個別ブースで佐藤先生と二人きり。これは実質デートと言って過言ではないのでしょうか。

「佐藤先生の夏休みのご予定は?」

「バイトと部活かな。まぁ8月にならないと夏休みにならないんだよね。」

「では、8月になったら一緒に海に行きましょう。」

「いやー。先生じゃなくてクラスメイトとか誘いなよ。」

「先生は女子高生の水着に興味とかないんですか?」

「・・・世の中には世間体というものがありまして。」

「先生のお好きそうな白のビキニなんですけど。」

「・・・。」

「興味ありませんか?私で足りないなら奈那子も誘いますけど・・・。」

「はーい。そこまでー。」


神田先生がブースに入ってくる。

「コーイチ。時間よ。」

「あ、本当だ。じゃあ、今日はここまで。宿題はテキストの予習と今日の間違ってたとこの解き直し。じゃあ、来週は休みで次は夏期講習だから。またね。」

佐藤先生はそう言い残すと教員室へと去っていく。挨拶する暇もなかった。相変わらず逃げ足が速い。


「それで神田先生。どこから聞いてたんですか。立ち聞きとか趣味が悪いですよ?」

「餌をお猿さんに与えないでちょうだい。奈那子ちゃんまでダシにするとか本当に悪い子ね。」

「神田先生には言われたくないですね。学校の外でも会いたいからって同じバイトに引き込んだ癖して。」

「なんのことかしら。コーイチがバイト探してたし、塾長から理系の子を探してるって言われてたんですもの。人材的にはぴったりだったのよ。」

「佐藤先生、文系の方が教えるのも得意だし、どちらかと言えば、いえ、壊滅的なほどに理系科目に苦手意識を御持ちなんですが。判って言ってますよね?」

「世の中、脱がないと誘えないような小娘には判らないことも多いのよ。」

「そうやって油断してるといいです。吠え面かかせてやりますよ。」


佐藤先生の帰りを襲撃する計画を立てつつ自習していると、塾長の奥さんの事務長さんが手招きをしていました。

「事務長さん、お呼びですか?」

「朱莉ちゃん。神田先生とまた喧嘩したのー?」

「いえ。喧嘩というほどのものではないというか。」

「二人とも紘一君大好きだもんねー。」

「私の方が大好きです。」

「まぁ。でも紘一君はうちの栄子の旦那にするからあげられないわー。」

そばを通りかかった塾長がぎょっとした目でとんでもない事を口走った事務長を見詰めていましたがすぐに追い払われます。


「ねぇ。朱莉ちゃんはどうして紘一君のこと好きになったの?」

「好きじゃないです。大好きです。」


わたしが佐藤先生に初めて会ったのは中等部3年の夏期講習でした。

その頃の私は小学校の時のトラウマから男性そのものが苦手というか、存在そのものを嫌悪していました。

毎日のように顔も名前も知らない男性に呼び出され、告白を受ける人間の気持ちというものを考えたことがあるのでしょうか。

まず内面を見ての告白であるのならば一考の価値があるのですが、そのような人は一人も現れませんでした。

私の顔が醜かったらあの方たちは私を侮蔑し罵り最終的には無視したことでしょう。

無視してくれた方がどんなに楽だったことか。

先生だって、中学のクラスメイトだって同じです。

私の前に立てば、だらしない事この上ない貌を向け、欲望に染まった眼で私を見詰めるのです。

その結果、簡単に言えば、男という存在を受け付けない様になっていたのです。


夏期講習は少人数で行われるため、教室にはすでに6人の生徒が座っていました。

幸い、女子しかおらず私はほっとしていました。

チャイムが鳴り、講義開始の時間が過ぎても先生の姿は見えません。

廊下からばたばたと走る音が聞こえてきたと思うと教室の扉が開き、一人の男性と塾長が入ってきました。

「夏期講習から栄冠塾の講師として働く新しい先生を紹介します。佐藤先生です。」

「佐藤です。東都大学建築1年生です。去年まで受験生だったのでみなさんのわからないこと、疑問に思うこと、躓いてしまうところは身を以て知っているつもりです。みなさんの学習を助力できるよう、微力ながらお手伝いさせていただきたいと思っています。よろしくお願いします。」

「緊張しているようですが素晴らしい挨拶ありがとうございます。では、先生よろしくお願いします。」


塾長が教室を出ていくと佐藤先生が話しはじめます。

「改めてよろしくお願いします。判らないことがあれば、いつでも答えられるように準備しますので、どんどん聞いてください。」

わたしは、冷めた心でこの男性もきっとあの貌をするのだとあの眼をするのだと考えていました。

夏期講習は2週間続きます。毎日、男性に教わらなければならないことに私は絶望を感じていました。


夏期講習も10日を過ぎ、残り4日という日、講義を受けていた私は、先生と一度も目が合っていないことに気が付きました。

観察していると先生は生徒の方を向いていますが、どうも顔ではなく頭頂部辺りを見ながら話をしています。

結局この日も、先生とは目が合いませんでした。


翌日、私は少し早く家を出て塾に向かいました。

駅の改札を出て、少し待つと目当ての人がのんびりと歩いてきます。

「佐藤先生。」

「えっと、松実さん。おはようございます。」

やはり目は合いません。

「先生、塾に行く間でいいので少しお話しませんか?」

「いいけど、何かあったのかな?講義のこと?」

「いえ。先生のことについてです。」

私が立ち止って先生の目を覗ようにすると先生はパッと目をそらします。


「佐藤先生はどうして、私と目を合わせないのですか?」

「いやー。人の目を見ると緊張しちゃって。」

「塾長と話しているときは目を見て話していましたよね。」

「んー。可愛い子たちばっかりだから、教えていると緊張しちゃうんだよ。」

そんなはずはない。7人生徒がいる教室には私を含め確かに客観的に見て可愛い子がいる。

だが、そうは見えない子もいる。その子たちとも目を合わせて話していないのは観察していてわかった。

「先生は女性が苦手なのでしょうか?」

「まぁ。」

「私も男性が苦手です。この容姿ですからちやほやされて来ましたがうんざりです。」

「まぁね。確かにかわいいよね。」

「ですが、先生は特筆するほどイケメン、むしろブさ「普通です」ぶさ「普通」・・・はい、普通ですよね。なぜ女性が苦手なのでしょう?」

「あー。」


先生は何か苦いものを口の中で転がしているような顔で唸っています。

「話してくれなくても構いません。」

「いや、話すよ。そうすれば君の何かも晴れるんだろうね。」

先生はそう言うと、少しずつ、溢す様に話しはじめました。

「先生にはね、高校の時に付き合ってた彼女がいたんだよ。」

「本当ですか?」

「本当だよ。」

「精神科医の方が知り合いにいらっしゃるので、ご紹介しましょうか?」

「妄想じゃないから、本当にいたんだから・・・いたんだよ。」

「はい。」

「その人とは高校卒業してからも会っていたんだけど、向こうは大学生、こっちは浪人で時間も合わないし、あのまま上手くいってても結局どこかで破たんしてたんだと思う。」

「はい。」

「結局、向こうに大学で好きな人ができちゃってね。フラれちゃったんだけど、気が付いたら同じ年くらいの女の子と目が合わせらんなくなっててさ。」

「自信を無くされたということでしょうか。」

「自信か。んー、自分じゃなくてもいいんだって思わされちゃったってとこかな。」


先生のその言葉は私に突き刺さりました。

「自分じゃなくてもその人の傍に立てる。自分じゃなくてもその人を笑顔にできる。自分じゃなくてもその人を幸せにできる。そう気が付いちゃったとき、自分は誰かの代替物でしかないって知ったとき、怖くなっちゃったんだ。」

「目を見て人と向き合うのが怖い。心を映す目が見れない。」

先生は男性です。かっこよくはないけどそれでも私と同じように悩んでいました。

それも特定の誰かではない私と違って、特定の誰かを失ったうえで、苦悩していました。

先生をどうにかしてあげなきゃ。私が苦しんでいるように苦しんでいる。

同じように代替物としての自分に悩んでいる。それならお互いに求めることができる関係であれば?欠けているものを埋めることができる存在であればいいのではないでしょうか。


「佐藤先生。」

「なにかな。松実さん。」

「朱莉と呼んでください。」

「松実さんそれは・・・」

「朱莉です。」

「朱莉さん。」

「仕方ないですね。今はそれで許してあげます。」

「急に名前で呼べってどうしたの。」

「先生は、佐藤先生は佐藤紘一その人であって他の誰でもありません。だから、私が求めます。他の誰でもないあなたを。」

「朱莉さん?」

「だから、先生にも私を求めて貰います。ほかの誰の代わりにもならない松実朱莉を。いいですね?」

「よくないと思います。」

「いいんです。私が決めました。」


初めて私の目を見詰めてくれた先生の黒くて大きな瞳は衝撃的なほどに綺麗だと思ったのです。


1話書き直したい。神田さんしゃべってなさすぎてかわいそう。

2/2朱莉との出会いを朱莉中3にしないとずれるので訂正。

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