0章2話 出会いと別れの物語2-坂本深雪-
おかしい。紘一がしゃべり始めると長くなる。
その人との出会いはたばこの香りがした。
大学3年春のセミナー配属先が決まった私は、顔合わせのために研究室へ向かった。
構内は相変わらず広すぎて、まだ春先だというのに歩いているだけで汗ばんでくる。
顔合わせの後には歓迎会も控えてるのに、べた付くのは嫌だ。
こんなに広いなら歩く歩道とかエスカレーターとか設置してくれてもきっと罰は当たらない。
研究室の扉を開けるとたばこの臭いが漂う。
最低だ。いまどき、構内で吸うやつがいるってことに腹が立つ。
そこには、背の高いイケメンと地味なメガネ男が窓を開け放ち、たばこを燻らせるという光景が広がっていた。
私が部屋に入ってきたことに気が付いたイケメンが声をかけてくる。
「お?君3年?ここのセミナー?まじかー。俺ってついてるじゃん!!」
喫煙はイケメンだったから許す。だが地味男お前はだめだ。とか考えながらも私はイケメンとの会話を続ける。
「えっと、高田研究室ってここでいいんですよね?」
「そうだよー。そうだ、お茶かなんか飲む?なんか冷蔵庫にあったと思うんだよね。」
吸っていたたばこを灰皿代わりの空き缶に捨てたイケメンが私の返事も聞かずにキッチンでお茶お汲み始める。
「ねぇ。君の名前は?」
紅茶の入ったカップを手渡すイケメンの手を、カップを受け取るふりして包みつつ、上目使いで答えてやるのだった、感謝しろ。
「坂本深雪です。深雪って呼んでください。」
イケメンは照れながら答える。耳まで赤い、笑える。
「深雪ちゃんね。俺は荒木修二。これからよろしくねー。」
チョロ。この先輩チョロいわー。研究室内のイケメン先輩をほかの有象無象どもより先にキープして置けばマウントも研究も楽でいい。
「研究室のことでわからないことがあれば何でも訊いてね。どんなことでもいいからさ。」
「わぁ。ありがとうございま「シュージ」」
私がチョロイケ先輩へのトドメを加えようとしたそれを遮り、地味男が修二先輩を呼んだ。
「なんだよ。コーちゃん。かわいい後輩に色々レクチャーしてるのに。」
「シュージ。レクチャーされるのはお前も一緒だろ。留年してて配属は今年からなんだから。」
は?なにこいつ。誰に断わってこの私のイケメン先輩攻略を邪魔するのか。地味男のくせになまいきやぞ。
「それは言わなけりゃわからなかったのに。」
「言わなくてもお前の自己紹介枠セミナー組と一緒だからな。余命30分ってとこだな。」
「ま。そうか。深雪ちゃん。同じセミナー生だからよろしくね。」
なんだこいつら。先輩じゃないのか。
「そっちのメガネはコーちゃん。セミナー扱いだけど去年配属だからセミナーの単位は取り終わってるし、わかんない事あったら俺が深雪ちゃんの代わりに訊いてあげるから。」
「あのな、コーちゃんは名前じゃねえだろ。俺は佐藤紘一。あと、聞くならゼミの連中に訊け。シュージや俺に訊いても落第するだけだからな。」
モブの癖して偉そうにたばこ吹かしながら最低極まりない。というか、モブならモブらしく私の前に跪いて、感涙に咽びながら美貌を褒め称えるぐらいのことはしなさいよ。
というか、ゼミ同期ならまだしもセミナー同期のイケメンとか使い勝手が悪すぎるし、めんどくさい。来年まで塩漬けだな。イケメン先輩を確保して楽々セミナーライフの後は、塩抜きしたこいつで搾取ゼミ生活しなきゃ。
セミナーの顔合わせは何事もなく終わり、ゼミ生、院生も三々五々集まってきたので駅前の居酒屋で歓迎会が始まる。
正直、ゼミも院生も大した面がいない。仕方がない、とりあえず全部に適当に媚びとけば、一人からの上りがわずかでも、困らない程度に搾取できるだろう。それに女どもの面も大したことないから、上手くやればこの童貞面の連中はリソースを有象無象に振り向けることなく、私に貢ぎつくしてくれるようになる。
そんな風に簡単に考えてしまった私は、持ってけ泥棒よろしく男どもにサービスしてやったのだ。
翌週、セミナーに行くと歓迎会の時にまともに話もしなかった女ばかりか、男どもも寄ってこなかった。
私は、遣らかしたことに気付いた。
やってしまった。工学系のモテない女どもの執着と嫉妬心をすっかり忘れていたのだ。
取り返しがつかない。
ゼミもセミナーも女はすでに敵だ。ゼミの男は去年1年で調教済み。セミナーの男も女の先輩が声高に悪口を言っているのを聞いていたら、普通の神経なら近づいてきたりはしない。誰も換わりの的にはなりたくないから。
はぁ。茨の2年間か。仕方ないとはいえ、腹は立つ。
あんだけサービスしてやったのに挨拶もないとかこいつら●●●ついてんのか。
2時間を何食わぬ顔で過ごし、バイトもあるし早く帰ろうとした私はふとイケメンと地味男が研究室にいないことに気が付いた。最初からいなかった気もする。
初回からサボるとかいい度胸だ。
私のバイト先は大学最寄の駅前にある喫茶店だ。ダンディなイケメンの小父様がマスターをしているのだが、このマスターはかなりのクズだ。バイトの子たちはみんなイケメンか美人だし、何よりも揃いも揃って性格が悪い。経営方針として、何よりも面を大事にしていると面接の時に言われた。まぁそのおかげか、面目当ての客で店は結構繁盛している。
私が制服に着替えホールへ出ると店の隅のカウンター側が見えないテーブル席であの二人がたばこを吸っていた。よくわからない苛々を覚えた私はメニューをまだお冷しかないテーブルに叩きつける様にして置いた。
「ご注文は?サボって飲む珈琲は美味しいですか?それとも?可愛い女の子でも見に来ましたか?」
「深雪ちゃん。ここでバイトしてたんだ。結構通ってるけど、見たことないな。」
「そんなの仕方ないじゃん。俺らが通されるのはいつも誰の顔も見えないここの席だからな。」
「それな、飯しか食わんで帰るコーちゃんのせいだと思う。マスターになんで必ずここに案内されるのか聞いたら、佐藤君が飯にしか興味がないからって言われたもん。」
「ほえー。そうだったんけ。ここよりおいしい飯屋はないのに勿体ない事するねー。」
「で、ご注文は?なんでサボったんですか?」
「俺、ブレンドのアイス。コーちゃんは?」
「ハンバーグ。ライスセット。飲み物はアイスティー。レモン倍で。」
「なんでサボったんですか。」
「しらん。」
仕方がない。チョロイケを使おう。
「修二さん?な・ん・で?」
「昨日、ジェロニモからメールが来てな、深雪ちゃんを無視するように指示されたんだけどさ。コーちゃんに話したらそのまま飛び出してどこかに行っちゃって。戻ってきたらもう教授に話しつけて来てさ、コーちゃんと俺と深雪ちゃんは講義の関係でセミナーでられないから、別の曜日にしてくれって。」
「俺ん所にはメールなかった。やるなジェロニモ。」
「え?なんですかそれ。理解が追い付かないんですけど?あと、ジェロニモって誰?」
「ジェロニモはゼミの蒲原さん。で、連絡方法がなくてさ。ここなら駅使う深雪ちゃんが通ればわかると思って、ストーカーよろしく張ってたわけ。まさか店内側に出てくるとは思わなかったけどね。」
「結局、行きには間に合わなかったけどな。」
「なんで勝手にそんなことしたんですか。先輩たちには何の関係もない話じゃないですか。」
二人は顔を見合わせると笑いだした。
「何がそんなにおかしいんですか!!」
「コーちゃんがな、深雪ちゃんにこの話したら絶対こんな風に言うって言ってたのと一言一句変わらなかったからつい。」
なんか急に馬鹿馬鹿しくなった私は一つため息をついた。
「それでな、坂本。お前とシュージのレポートの添削はゼミや院生じゃなくて俺がやるから毎週水曜日の昼に俺のところに提出な。遅刻は2回で未提出1回扱いだからな。セミナーは木曜の4.5限。坂本は時間大丈夫か?真面目に単位取ってるやつならこの時間は空きになるはずなんだけど。」
「空いてますけど、添削なんかできるんですか?ゼミ生でもないのに。」
「あー。コーちゃんはね。できるんだよ。専門科目は取れるんだけど、英語が嫌いすぎて4年生になれなかっただけだから。」
なんだそれは。
「・・・必修の英語落として、卒論着手にならなかったんだよ。」
「セミナー自体は終わってるんだから、能力的にはゼミ生と変わらないって教授に言い放ったらしいよ。」
「で、お前はどうしたい?」
「えっと、それは・・・先輩たちの迷惑になるから。」
「そんなことないって。深雪ちゃんみたいな美人とごいっ「シュージ」・・・はい、黙ってます。」
「俺は好きなようにやっただけだ。どうしたいかはお前次第だ。」
「なんでそこまでしてくれようとするんですか?」
「俺がこういうことが嫌いなだけだよ。罵り合うならいいんだよ。見えるところで正々堂々殴り合ってくれるなら、全く構わない。見えないところで、こそこそしてるのが腹に据えかねただけだ。」
「私が断ったときはどうされるんですか?」
「シュージと1on1」
「コーちゃんそれね。僕苦しい。」
「どーする?」
「・・・おねがいします。紘一先輩。」
「さよか。」
たばこを銜えたまま首を傾げる地味な顔の先輩の顔を見ながら、この人には一生敵う気がしないと思った。
ヒロインはそれぞれ、自分の趣味で属性つけてます。7+1人予定。