0章9話 出会いと別れの物語 幕間-荒木修二-
シュージ君のお話。
時には昔の話をしようと思う。
大学に入って直ぐにパチンコにはまり大学にほとんど行かなかった俺は、当然、2年になれるはずもなく、もう一度1年をやることになった。
正月に両親からこってりと絞られた事については木で鼻を括って済ませたが、ばーちゃんに泣かれたのは、正直なところ、心に刺さった。
コーチャンこと佐藤紘一と出会ったのは1年の前期、一番最初の設計製図基礎の講義でのこと。
建物の設計製図に直結する講義と言うこともあって、製図室では気合いの入った1年生が教卓前に陣取り、空いている席は疎らに幾つかあるばかりだった。
やる気はないし、当然ながら顔見知りもいない俺は一番後ろの隅の何となく目立たなくて済むだろう席に着いた。
着いたのはいいが、隣に座っている学生の様子がどこかおかしい。
その男は下を向いて、何かをノートに書きながらぶつぶつ言っている。
隣に俺が座ったことにも意識は向いていないみたいで、ちょっと鬼気迫る感じがして怖い。
うわー。ヤバい奴の隣に座っちゃった。
大学は1学年の人数も多いから色んな人がいるのは判るけど、ヤバい人もそれに従って増えるのは本当にどうにかして欲しい。
製図の講義が始まってもその学生は一心不乱に何かを書き続けている。
手元を覗けば、そこには数式が綴られている。
え、なにこいつ。
製図授業だってのに何で数学やってるの?
確かに共通科目にも数学はあるけど、そんな感じの問題じゃないぞそれ。
たぶん、どこかの高校入試の証明問題だと思う。
俺がもう無視して、講義に集中しようとした時、ぽつりと解けたって声が聞こえた。
どうやら解き終えたらしい。
隣を盗み見るとスッキリした顔で数式を撫でている奇人の姿が見えた。
講義は実践に入り、課題の用紙が配られる。
一番最初の講義なので今日は線の引き方というものすごく単純な作業だ。
去年は、もちろんサボったのでやっていない。
直線やら破線、一点鎖線なんかを延々と描かされるだけ。
正直、何の為にこれを描かされているのかは俺には理解しがたい。
隣の奇人君は何をしているのかと思えば、黙々と線を引いている。
真面目なのか不真面目なのか、よくわからない。
指示通りにそれぞれ10本ずつ線を引くという、修行僧のような課題を終え、課題用紙の一番下の端を見ると裏へ続くの文字が。
すると図面上の表現を描く欄がずらりと並んでいる。
何々、オーバーヘッドドア?割栗?動力分電盤?
おい、糞講師。
講義中にやったことを課題にしろ。
終わったら提出して帰っていいとか言ってたけど、帰らせる気は更々ないらしい。
製図室は溜め息と悲鳴があちこちから上がっている。
あちこちからざわめきが聞こえる。
隣の製図台からは線を引く音が止まらない。
止まらない?
隣の製図台に向かう奇人の手元には見たことがない図形が並んでいた。
適当に描いているにしてはやけに迷いがない。
気になってついに声をかけてしまった。
「ねぇ。なんで裏面描いてるの?」
「早く帰らないと、バイトあるし。」
「テキトーに描いたら怒られない?」
「適当に描いたから怒られない。」
「合ってるのそれ。」
「合ってるよ。」
「どうしたら描けるの?」
「たぶん工業系とか出てれば描けるんじゃない?」
「工業高校出たの?」
「いや、普通科。」
「じゃあ、描けないじゃん。」
「描いてるよ。」
「何で描けるの?」
「図面見るのが趣味だから。」
「見てると描けるようになるの?」
「描かないと覚えないかな。」
「矛盾があちこちに散らばった件について一言。」
「無罪。よし、終わり。」
「写していい?」
「いいけど、もう提出するよ?」
「先っぽ、先っぽだけだから。」
「嘘つき、そうやって私の初めてをどうするつもり?」
「そりゃもう、ずっこんばっこんですね。」
「写して良いから、早くしてね。」
「自分、三擦り半故。」
「もう提出していい?」
「あんまりー早いとー女の子にー嫌われちゃうぞ。」
「・・・。」
「待って待って。無言で席を立とうとしないで。」
紆余曲折はあったが俺たちは一番先に製図室を後にした。
「本当にありがとう。課題大変だった。毎週これだと辛い。礼は後日。」
「まぁ、今日だけでしょ。来週だって、いきなり図面で仕上げて持って来いとは言われないだろうし。現調もやってないし、仕様書も渡されてないから。」
「現調、仕様書とは一体なんぞや?助けて・・・そういえば、名前聞いてない。」
「言ってないからね。」
「それがし、荒木修二と申す者にて候う。」
「佐藤紘一。」
「改めて。助けて、サトえもん!!」
「お断りします。」
「そんな!?嘘だと言ってよ、コーチャン!!僕達、友達でしょ!!」
「友達料の入金がまだだから。」
「先程の課題の件につきましてはバイト代が入り次第、何らかの形で。」
「学食のステーキ丼でいいよ。」
「一番、高いやつ!?」
「そういえば、さっきの授業中に何やってたの?」
「課題やってたよ?」
「お戯れを。」
「殺意の波動に目覚めた。」
「数学的な、あれは何でしょう?」
「あー、あれか。バイト先の中坊に先生の頭じゃ解けないって馬鹿にされたから、意地になって解いてた。」
「バイト先に中学生がいらっしゃる。」
「塾の講師やってるからさ。」
「僕、初めてなんですけど、可愛い子いますか?」
「お前の外側だけならまだしも、中身もついてくるん・・・ごめんな、中身はすっからかんだったな。」
「紘一さん。我々初対面ぞ?」
「滲み出る無能感につい。」
「辛辣ゥ!!」
「連絡先聞いてもいい?」
「捨てアドでいい?」
「どおして、そおゆうこというの?」
「ちょっと友達だと思われたくないし。」
「いや、さっきの授業の紘一君の方がヤバかったって。」
「なんでよ。」
「なんかね。目がイッちゃってた。」
「頭イッちゃってる人に酷いこと言われた。」
「あのさぁ。」
「荒木君、俺、今日バイトあるから帰るわ。」
「シューちゃんって呼んで?その代わり、コーチャンって呼ぶから。」
「もしもしポリスメン不可避。」
「土下座をお望み?」
こうして、俺とコーチャンは出会った。
講義もほとんど被ってるから、お互いの色んな事を話すようになる。
コーチャンは偏屈だし、小難しいし、気難しいけど、本当は優しくて、さみしがりで、誰よりも人を気遣えるそんな人だった。
コーチャンがいなかったらおそらく3年になる前に大学を辞めていた。
かなり、いや、物凄く感謝してる。
もし困っていれば、俺が必ず力になってやるって、そう思える大事な親友だ。
「コーチャン。レポート書いてきたよ!」
「シュージ。再提出。」
「ナンデ!?」
「枚数不足です。」
「(´・ω・`)そんなー」
「出荷されたい?」
「誠心誠意、作業に邁進する所存であります。」
「シュージ。」
「何、コーチャン。」
「早く終わらせろ。飯いくぞ。」
「ゴチになります!」
「冗談は面だけにしろ。」
大事な親友です。
紘一君の最初の名前案は顕「あきら」
で、気がついたの。漢字違うけど、これ丸被りなんですわ。
親友でシュージとアキラは不味いですよ。