第1話 くらやみの名の下に
「おじさん。つかれてるみたい。可哀そう」
小枝のように細い体つきの少年は、気球のように太っちょな大人に尋ねる。
普段から食事も満足にできていなそうな少年が、今まで食いぶちに困ったことの無さそうな赤顔の太っちょを、なぜだか見下すように眺めている。
「はは……13階の一番上だよ? そこまで私はこの足で登ったんだ。疲れて当然だろ」
少年のコートはみすぼらしい布製で、太っちょのマントは希少なモンスターの革製。
見下されるべき恰好の人間が、見下している。
太っちょはそれに苛立ちを覚えてか、少年を真似て、見下すような視線を返す。
「お父上にも困ったものだ。僕はちょっと欲しがっただけなのに」
「欲しがった……?」
「ああ。精霊の起源まで見通せる、大きな塔が欲しいと言ってしまってね。それでこんな立派なモノをね。いやぁ~……」
いい迷惑さ――と、わざとらしく太っちょは肩をすくめる。
貧乏な人間には到底理解できない話を、そうした人に直接ぶつける。
明らかな少年への当てつけだ。
「なるほどね。この塔を作らせたのは、おじさんだったんだ」
「ああ、そうだよ……すごいだろ?」
「……うん。ねえ、おじさん。この塔を建てる時さ、何人の奴隷が仕事していたか知ってる?」
「ぼっちゃん、ここで働いていた奴隷なんていないよ。奴隷制度は過去の話だ」
「おいおい、過去の話なんかじゃないだろ。おっさん」
「何だと……?」
「7年前、確かに奴隷制は廃止された。でも、その時、おっさんは奴隷を手放させなかっただろ。こんなふざけた塔の為に」
少年が袖をまくり上げると、その赤い痣だらけの左腕には、細長い筒状のモノがベルトで固定されている。
「奴隷は殺されたんだ。塔により高みの領域を侵されたドラゴンたちによって。塔の建設を命じた四大貴族の息子によって」
太っちょの顔色が、赤色から青色へとみるみる染まっていく。
「まさか……お前。あの時の奴隷か」
「もちろん違うよ。その“代行者”だ」
「暗殺者……? それも赤の刻印……!? ままま、待ってくれ! 僕には何の責任も無いんだ!」
「へえ……?」
「ぼ、僕はただ塔をせがんだだけの子供だ。そ、そうだ……ドラゴンの事なんて知らなかった! 誓ってもいい!」
少年は包帯を巻いた右手で、筒を持ち、太っちょの顎の下に当てる。
ほどなくして、筒から針が素早く打ち出され、太っちょは脳天を突き刺された。
「……知るか」
少年は赤憑きと呼ばれ、畏怖されていた。
わずか10歳の暗殺者である。