新入生と宝探し⑥
「いやー、友坂先輩のおかげでこんなに早く宝探しが終わったっスよ」
「大したことしてないよ」
図書館を出て、時刻は六時。
宝探し終了まで一時間ある。
今暮らしている学生寮は、校門を出て一キロくらい坂を下ったところにある。二人はきっとこのまま部室棟のある校舎裏に向かうだろうから、今日はここでお別れ。
図書館を出てすぐのところで甲斐くんと小西くん、二人とIDを交換してもらった。男の子の大胆な悪戯の方法は、今晩にでもどちらかから教えてもらえるだろう。
「って、あれ?」
さよなら、と挨拶しようとしたら、甲斐くんも小西くんも部室棟とは反対方向、つまり校門の方へ向かって歩き出していた。
「先輩は帰らないんですか」
振り返った小西くんが不思議そうな顔をして聞いてくるけど。
「二人こそ、何で帰ろうとしてるの?折角宝物を見つけたのに、報告しに部室へ行かないの?」
「勿論、そのつもりっスよ」
「でも、部室棟は反対方向だよ」
もしかして、校門までお見送りしてくれるつもりだったのかな。それはちょっと心苦しい。
「先輩ってば、よく考えて下さいっスよ。あんなおかしなポスターをデカデカと貼っちゃうような倶楽部が、部室棟に部室を用意してもらえてるわけないじゃないっスか」
ケラケラと笑う甲斐くん。
それは、確かにそうかも。
今回の図書館の悪戯といい、一般生徒から見れば何がしたいのかいまいちよくわからないところがある部活動だと思う。それに『逸話蒐集倶楽部』が部の申請をしても、真っ当な先生なら字面の怪しさと部活動の目的が不明瞭な点で却下してしまうとも思う。
「というかさ、先輩にも部室に顔を出してもらった方がいいんじゃない。事情説明の為にもさ」
二人の後ろを歩きながら校門を出ると、小西くんがそんなことを言い出した。
「やっぱり?俺もそれ、ちょっと考えてて」
「ちょっと待って、何でそうなったの」
そんな当たり前みたいに言われても。
確かにあの悪戯をどうやってやったのか興味がある。でも活動内容もメンバーも、よくわからない部活動に顔を出すような勇気は全然持ち合わせてないんだけど。
「先輩もしかして、お家の門限とか厳しめなんスか?」
「寮の門限までは、あと二時間もあるのに」
学生寮の門限を知っている小西くんに驚いたけど、もしかしたら小西くんも寮に住んでいるのかもしれない。
「時間は大丈夫だよ。でもほら、入部希望でもない人間が行っても迷惑じゃないかな」
「あの部活の人たち大抵のことは『まぁいい』ってスルーしちゃうから、大丈夫じゃないっスかね」
それは社会で生きるのが、とても楽になりそうなスキルだな。
「それに甲斐と二人であのまま探していても、見つからなかったと思いますし。先輩に協力してもらったって、ちゃんと言っといた方が罪悪感がないというか」
小西くんがさらりと重ねた言葉に、心がズシッと重くなる。
良かれと思って手伝ったことが、二人に罪悪感を持たせてしまったんじゃ申し訳なさすぎる。そこは一つ年上の先輩として、きちんと事情を説明しに行った方が良いかも。
「わかったよ。事情を説明するくらいなら、手伝えると思うし」
「もう十分手伝ってもらった後だと思うっスけど」
坂を勢いよく降りながら、甲斐くんは苦笑い気味でそう言った。
「部室に行くって行ってたけど、学校からも出ちゃって大丈夫なの?」
てっきり中等部か高等部の使っていない教室を間借りしてるんじゃないかと思っていたんだけど。
小西くんと二人で後に続きながら尋ねると、だーいじょうぶ。と甲斐くんの楽しそうな声が聞こえてくる。甲斐くんってば、降りるのがとても早い。きっと宝物を見つけたこと、早く報告したいんだろうな。
学校から出た二人が、鞄も持っていないっていうのは、見ていて何だか面白い。
よく考えると、全然面白がっている場合ではないんだけど。二人とも、明日の朝は何を持って登校するつもりなんだろう。学園は割とその辺りの規則は緩いので、指定のスクールバッグしか使っちゃいけないわけじゃない。ちゃんと代わりのバッグで登校してくれたら良いんだけど。
有り得ないはずなのに、二人とも朝から何も持たずに登校している姿が容易に思い浮かぶところが恐ろしい。
甲斐くんの後ろ姿を、小西くんと並んでゆったり追いかけながら、沈みかけた夕日が紫を連れてきている様を眺める。ここは山の上の方だから、暮れる街並みや金色にとろける夕日が良く見える。
「綺麗」
「そうですか」
思わず落ちた言葉に返事をされて、少しぎょっとする。
普段は閉館ギリギリまで図書館にいるか、授業が終わったらすぐ自室に帰るかのどちらかだったから、とても新鮮な景色なんだけど。実は小西くんもそうなのかな。
「ちょっと二人とも。そんなトロトロ歩いてないで、ちゃっちゃっか来て下さいっスよ」
ご近所迷惑が心配なくらい大きな声で、坂の下から甲斐くんが手を振っている。この少し気不味い雰囲気を洗い流すため、「わかった」と返事をしながら坂を勢いよく降りた。
「くにおみんと何か話してたんスか」
「夕日が綺麗だね」
「はー?そこは『月が綺麗だね』に決まってるじゃないっスか。ロマンに欠けるなー、二人とも」
「月はまだ見えてないよ」
ぱちくり。
甲斐くんが目をまん丸にして固まってしまった。
何だろう、そのリアクション。
「まさかそんな純粋な返しがくると思わなくて、びっくりっス」
どんな返しを期待されてたんだろ。
「何、二人して何の話?」
後ろから追いついてきた小西くんが、怪訝そうな顔で尋ねる。甲斐くんは「夕日が綺麗って話っスよ」と肩を竦めながら答えた。
「あ、ほら。そんなこと言ってたら、部室が見えてきたっスよ」
あからさまに調子を変えた甲斐くんが、少し先を指差す。
寮への帰り道から少し外れて、住宅街に出る少し前。ここは山の中腹くらいかな。
生い茂る木々に埋もれるようにして、ポツンと一軒、木造の建物があった。ファンタジー小説に出てきそうな佇まいのお家だ。
近寄ってみると小さな看板みたいなものが、ドアの少し上の方に見える。何かのお店みたいだけど。
彫り込まれた文字は『喫茶 Charme』。喫茶店ってカフェのことだよね。
「部室兼喫茶店っス」
そんな兼業は初めて聞いたよ。
それに、こんな人通りの少ない道にお店を構えて、お客さんを呼び込めるのかな。お店は立地条件も重要になるって、何かの本で読んだ気がするんだけど。
経営面が気になってくるけど、怪しい倶楽部が使用している部室だと言われれば、なるほどと思ってしまう。
見た目が不気味とか、そういうわけじゃなくて。むしろ見た目は温かみがあって、どこかホッとするような気もするんだけど、何故だろう。
「ほらほら、友坂先輩。レディファーストっス」
「ありがとう」
甲斐くんがにこやかに開いてくれた喫茶店の扉を潜ると、ぶわっとコーヒーの苦くて深い匂いに全身が包まれた。
「あらあらあら、新顔ちゃんじゃあないの」
少し太い、甘えたような声が店内から聞こえてくる。
「こんにちは」
「こんちはーっス」
「いらっしゃい」
後に続いた二人が挨拶をすると、カウンターの中にいた眼鏡の人が、にこやかに笑いかける。さっきの甘い声は、この人だったみたい。声も見た目もふわふわしているからか、男の人なのか女の人なのか、その境目も何だかふわふわと曖昧にぼやけた印象を受ける。
丸い眼鏡をかけたその人は、ふわふわと柔らかそうな髪をしている。色も何だかチョコレートみたいで甘そうだ。
「ってかアンタたち。今学校帰りよね。カバンはどうしたの」
「教室に忘れてきたっス」
「忘れ物の規模をはるかに超えちゃってるじゃない」
柔らかそうな見た目や声とは裏腹に、何だかキビキビした物言いの人だ。お母さんみたい、とはこういう人のことを言うのかも。
「先輩。こんにちは」
小西くんが挨拶している声が聞こえてくる。カウンター席から視線を外して声の先を見る。
一番奥の四人掛けテーブル席に豊山学園の制服を着た男女がゆったりと寛いでいた。
一人は伸びた前髪を可愛らしいピン留めで止めている男子高校生。
一人はピンク色の髪をした、可愛らしい女子高生。
同じ学年の生徒だってことはすぐわかった。問題児が多い二年生の中でもずば抜けて問題児と噂されている鼓くんとピンクさんだ。
「あ、あんたが由良って先輩っスか」
甲斐くんがピンクさんにそう尋ねると、ピンクさんはクスクス笑いだす。
「ブッブー外れ。私は鈴之瀬伎って言うの。由良ちゃんは今日、風邪でお休みでーす」
ピンクさんは、鈴之瀬さんという名前だったんだ。
あれ。鈴之瀬ってどこかで聞いた気がする。
そうだ、確か今日クラスで欠席している人の中に、鈴之瀬さんの名前があった。ということは、鈴之瀬さんとは今年からクラスメイトってことだ。まさかクラスメイトと教室より先に不思議な倶楽部の部室で会うことになるとは思わなかった。
「由良ちゃんだけじゃなくって、私もさっきまで風邪で寝こんでたから。あんまり近寄んないでね。移っちゃうぞ」
笑顔でそう言う鈴之瀬さんに
「そう思うならわざわざ店で寝てないで、家であったかくして寝てなさいよ」
とカウンターの中から、トゲのある言葉が聞こえてくる。
「だって、ここならマスターが看病してくれるでしょ?しかもコーヒー付きで」
「風邪引いてる時にコーヒー飲んでる場合じゃないでしょ」
遠目から鈴之瀬さんの顔色を確認すると、熱は下がっているみたい。明日には教室で顔をあわせることができそうで安心する。明後日には遠足を控えてるけど、この調子ならきっと鈴之瀬さんも参加できるはずだ。
甲斐くんが鈴之瀬さんを知らなかったということは、二人が会ったことがある部長代理っていうのは鼓くんのことになるけど。ちらりと鼓くんの方を見ると、しっかり目が合ってしまった。無視して逸らすのも感じが悪いかもしれないし、軽く会釈してみる。
「ところで、その女の子は一体誰なのかな?新入部員候補の君たち」
こちらに視線を向けながら、鈴之瀬さんがにっこりと微笑む。鈴之瀬さんは二人のことをきちんと把握しているみたいだ。