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時は然るべく刻まれていた。
それはそう聞けば当然そうだろうと思える。
しかし、私だけの宇宙であるはずだったここで、私の知らない内に物事が進んでいる。
それはあたかも自身が設計したこの世界が、その手を離れて独り歩きしていたようだった。
そしてこうして突如として経年の観測を余儀なくされた事で、それに対して生物のみならず、この光景全てを以ってして逆らっているように錯覚した。
この光景の全てが、1つの大きな生き物のように思えたのだ。
今になって、私は今の自身の状況を恐ろしく思えた。
私は神さまでもなんでもなく、そもそも何も見越してなどいなかった。
ただ自分の好き勝手に生んだ想像の産物が実際に顕現してしまって、それが活動を始めたのだとすれば、私に取れる責任は何もない。
あの時慕ってくれていたこの世界の住人が、私の手を離れて時の経った今、私をどう扱うのかさえ、全く予測のつかないものになってしまったのだ。
朝は既に吐息の色を失わせていた。
ぽつりぽつりと、人々が生活をはじめる様子が遠目にも見える。
ふと見ると、猫は変わらず、私の足元で稲穂に鼻をあてがっている。
当然何よりも不思議なのは、急性の腎臓病で死んだばかりのはずの、エルヴィンと名付けたこの猫だ。
2年ほど前、怪我をして動けなくなっているところを会社帰りの私が見つけて、病院に駆け込んだ。
この黒猫はいつも虫を追いかけて窓から飛び出したり、一度何かに興味を持てば延々と執着して追いかけ回したり、飼い主の私に似て熱しやすく、冷めにくい性格だった。
そして今もかれこれ30分、飽きることなく麦の匂いを嗅ぐのに夢中なところを見るに、やはり、見れば見るほど彼は生きていた。
無数の関心事を拠り所にしてまで、その無明には触れるべきでない様に思えていた。
私自身、彼が居なくなってしまった生活をまだ1日しか噛んではいないのだから、
こうして隣に平然といられてしまっては、死んでしまったことの方に現実味がなかった。
これ以上迷っていても仕方がない。
どのみち不可解は尽きないのだ。
猫の鼻がこびりついたままの稲穂を一本拾い上げ、私はゆっくりと歩き始めた。
導入おわり。