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私はそれを、大人になったら諦めなければいけない、思春期の特権的なものだったのだと理解していた。
私はピーターパンではなかったのだ。
結局のところ、城に行けなくなったことは何よりも私を苦しめたが、かつてのまま城に行き続ける訳にはいかないようにも、あの時の私なりに思ってはいた。
それだけ私があの城に費やす時間や労力は、他をあまりに犠牲にするものだったのだ。
しかしその頃そう思えたのも、あの城を抜きにしてもいられる兆しが私の中で一抹でも生まれた事が、原因として大きい。
私は就職してはじめて、社会との繋がりを感じていた。
就職先は建築美術に携わる研究所だった。
私は変わらず周囲から理解されない性質だったが、それでも同僚や上司と1年、2年と仕事を共にする内、かつて頻繁に脈打った私の中の幼子の鼓動は、ゆっくりとなりを潜めていった。
新人の多忙を極める仕事内容は、人間関係に複雑化の暇を中々与えなかったし、自身の力を活かせる仕事として、私が初めて周囲からの評価を得た事もあった。
時には名誉ある賞を授かったり、気の合う友人が出来たりもした。
しかしそれも長くは続かなかった。
私のような人間はそもそも、大した苦労をせずとも、大いに傷つく性質なのだ。
そんな職場でも僅かな齟齬で、多大な偏見で、衝突して啀み合う人間を、次第に私はやはり多く見ることになった。
期待し、喜びもあったからこそ。
私はそんなことで、良くも悪くも所詮、人はどこまでも人なのだ。
と、知った風な口ぶりで拗ねた。
こうして一度打たれた麻酔は切れることはなく、しかし文字通り最後の砦たるあの場所にも、最早逃げる事は叶わない。
消耗した私は逃げ場も失い、ただ明日の来ることを待ちわびる今日を、幾度となく過ごすこととなった。
あの城で過ごした日々を忘れることなどできはしない。
それでも本当は何処より近いはずの城の追憶にさえ、今や手を伸ばすことも憚られていた。
その実、不思議と耐えかねるほど辛くもなかったのだ。それはかつての私が羨望して止まなかった、正常な麻痺のある日常そのものでもあったから。
そんな『なんてことのない、満たされない生活』が、ずっと続いていくはずだった。
しかし唐突にも今。
覚えのある風を感じ、草の匂いを覚えていた。
この景色はこの五感と共存しえないものであるはずだった。
周囲に虐げられた時、蔑まれた時、この景色のみが私を救ってくれる、私さえもが救われる価値のあるものだと嘯いてくれる、私の内側の憩いそのものであった幻想の城。
しかし今私の外側に朝を待ち聳えるそれは紛れもなく私の城で、影も風も薫りも味方となって、今がこそがこの身体の生きる今だと、私に教えていた。
未だ麻酔の抜け切らない私はどうやら、かつてこうまで自由だった事を忘れていた。
この麦畑、この路地裏、この水面。この何処よりも見知った、私の築いたこの城で。
気付かず溢れた涙にも、夜色の反射は須くなかった。




