魔王討伐パーティを追放された吟遊詩人♀は、協奏曲の音色を紡ぐ
♪♬ ♬♪
それはひとごとではない、ぼくらのお話。
ぼくたちがいるこの孤児院が出来るずっとずっと昔のこと。
天使様たちは、この上のお空で喧嘩をしていました。
理由はとっても小さなこと。ぼくたち人間にはわからないこと。
喧嘩した天使様たちは、お互いもう顔も見たくないと言って、それぞれどこかに飛んで行ってしまいました。
一番うでっぷしが強かった天使だけを残して、みんな自由に飛んで行ってしまったのです。
それを見かねた女神様は言います。
「天使はどこかへ行ってしまった。人の子たち、あなた達が天使の代わりをなさい」
ぼくらのご先祖様は頷きました。
「はい! 女神様!」
ある人は悪い魔物を退治して、またある人は荷物を運んで。
ケガを治す人、美味しいごはんを作る人、お掃除をする人、歌を歌う人。
みんながみんな、天使様のお仕事を代わってあげて、世界を動かして行くのです。
一人に出来るのは、たったひとつかふたつだけれど、みんなで力を合わせて、世界を作って行くのです。
♪♬ ♬♪
「はいっ! じゃあ皆は天使様のお手伝い、出来るかな~?」
「「「は~い!!!」」」
「わぁ! えらいね~いい子だね~」
ボクの名前はミークゥ。16歳の女の子。自慢じゃないけど、ひとかどの吟遊詩人さ。
王国にスカウトされて、栄えある魔王討伐パーティに入ったんだけど……それもつい最近までの話。
ボクは皆の足手まといと言われて、パーティをクビにされちゃったんだ。
勇者の『クロード』、戦士の『ガフガン』、魔法使いの『リリスィ』、そして僧侶で聖女の『ミルフェーユ』。彼らは戦えないボクを鬱陶しく思っていたみたいで、激しく責められなじられて、魔王城を目前にしたこの街に置いていかれてしまったんだ。悲しいね。
吟遊詩人としての仕事もかなぐりすてて、世界を救う使命に胸いっぱいだったボクだけど、他の人には雑音だったみたいで…………。
魔王を倒すって思いを胸に、志を『♯を付けた』5人の中で、ボクの楽譜だけ♭が書き込まれてたって訳さ。心のヴィオラもギギギと軋んだ音を出しちゃう。
故郷に戻る事も考えたけど、馬車に乗るお金も取り上げられて、着の身着のまま放り出されちゃったから……とりあえずこの街で、歌を歌って小銭を稼ぐ日々を過ごしていたんだ。
今日はちょっと空いた時間で孤児院へお呼ばれしてる。運営が厳しいここじゃあおひねりは期待出来ないけれど、子供たちが喜ぶ姿が、ボクの何よりの宝物!
それに、院長さんの作るスープは絶品だしね。気持ちだけじゃお腹は膨れない、暖かくて優しいここで、心とお腹をどっちもいっぱいにして旅立つのさ。ああ、ご飯はまだかなあ?
「みーくーまただらしない顔してる~」
「ぜったいご飯のこと考えてるよ」
「食いしん坊はだめなんだぞ~」
「うるさいやーい! ガオガオ~!!」
「きゃー! あははは!!」
「変な事言う子は食べちゃうぞ~!!」
「きゃー! ホブゴブリンみーくーだ~!」
「な、なんでホブゴブリン!? ゴブリンを更に醜悪にした上位種の名前が出た訳を聞かせて!? ボク悪い想像して傷ついちゃう!!」
「きゃー! きゃー! あははは!」
子供たちはかわいい。元気もいっぱいだ。歌を歌い始めれば しん と静まって、オーディエンスとしてもとびきりなのさ。ずうっとここで歌を歌っていられればいいのだけれど、そうも行かない。魔王の力は、日に日に強くなるんだ。誰かが止めなきゃ……誰もが危ない。
「みーくー! 勇者様のお話をうたって~!」
「え~、勇者の歌かい?」
「聞きたいの~」
「別に良いけど……つまらなかったら、言うんだよ?」
「はぁ~い!」
本当にわかっているのか、無垢な笑顔で頷く子供たち。しかしボクとて、ひとかどの吟遊詩人。リクエストとあらば、何時何時でも喉を震わせ鳴らすのが宿命。
ならならば。いざいざや。
「さてさてこれより奏でまするは……勇者と4人、そうだった頃の仲間たちの歌……」
ポロロロン。長年連れ添ったリュートが悲しげな音を奏でる。そう、これはそういう歌なんだ。
責められ、嬲られ、虐げられた。頬を伝って流れるような、心の哀歌。ボクの思い出に響かせる鎮魂歌。
歌うから、聞いて。お日様みたいな子供たち。日向ぼっこすれば、ボクの心もぽかぽか陽気になるだろうからさ。
♪♬ ♬♪
「おい、早くしろ」
「ひぃ……ひぃ……待ってください、勇者さん……」
「日が暮れちまうぞ!! 気合入れろッ!!」
「はぁ~……ばっかみたい」
「……チッ」
ボクの名前はミークゥ。16歳の女の子。自慢じゃないけど、ひとかどの吟遊詩人……なんだけど、今はしがない荷物持ちさ。
そんなボクが所属している『勇者パーティ』は全部で5人。『勇者』『ボク』『戦士』『魔法使い』『聖女』のカノン進行みたいな王道パーティ。ちなみにさっきの会話がその順番通りの発言で、つまりボクは酷い扱いを受けてるって訳なんだ。
それにしたってこの荷物、吟遊詩人のボクにはまさしく荷が重い……。崩れ落ちないのが奇跡みたいだ。
「も、もう無理です……はひぃ……死んでしまいますぅ……」
「ただでさえ歌うしか能がないんだっ! それくらいやれっ!」
「ワシらの魔王討伐の功績にタダ乗りしようとする事と言い、性根の腐った奴だッ!」
なんて言い草。なんて扱い。ボクだけ歩みのリズムはズレて、何小節だって置いていかれる。こんな様子じゃ、吟遊詩人も型なしだ。
街で陽気なおじさんに『最近この辺りは魔物が少ない』と聞いた比較的安全なルートとは言え、絶対に魔物が出ない訳じゃない。平和な時間の繰り返しは、もう終わりなのかもしれないのだから。
ひぃこら、ひぃこら、必死に歩く。ボクはひとかどの吟遊詩人。世界を歌と笑顔でいっぱいにする、その使命がある限り――こんな事ではへこたれない。
こういう時は歌を歌おう。『重い荷物を運ぶ歌』。そんな曲目知らないけれど、とにかく歌えばボクは進める。ララルラ、ラララ。頑張れボク、ゆっくりだけど亀さんみたいに、一歩一歩確実に、歩くような早さで良いから進むのだ。
「……ふん、ばっかみたい」
歌の力か、音と共に体が光って、なんだか荷物が軽くなった気もするよ。ララルラ、ラララ。頑張れボク。
「うるせえぞ! クソバード!! 歌ってねえでさっさとしろっ!!」
ああ、なんてこと。歌すら許されないなんて。ボクにとっては呼吸を止めるが如くだというのに。
ボクらのパーティは調律がなっちゃいない。不協和音は、誰の耳にも響かないのに。
◇◇◇
今日も今日とて旅路の途中の街に出るのは、ボクのお仕事。ボクだけの仕事。
ポーションを買って、聞き込みをして、ギルドで色々換金したら、次の街までの地図を買うんだ。小間使いとはまさにこのこと。てんやわんやで、一人で円舞曲を踊っちゃう。
ようやく全てが済んだ後、皆が待ってる宿屋へ帰れる。もうしっとりと日が暮れて、お腹はグーグー、8拍子。
「ひぃ……ひぃ……戻りました……」
「……ご飯は戦士が全部食べたよ」
「……」
なんと驚き、ボクのご飯は無いらしい。そんなのないよ、ひどすぎる。仕方がないから乾燥させたお肉をチューチュー、塩っ辛いからお水をゴクゴク。お部屋の隅で野営よりひもじいご飯を食べた。心が泣いてる、お腹も泣いてる。もっと欲しいよって、か細く鳴くんだ。
「お腹がグーグーうるさいんだけど? 寝れやしない」
「……クソが」
「ご、ごめんよ……お腹が空いちゃって」
「はぁ……もういいから、眠りの歌、歌って」
「えぇ! 今ぁ!?」
「あんたのせいで寝れないの。こっちは魔法使い、戦闘の要なんだからさ。生き残りたければ、アタシを眠らせて、それからベッドに入りなさい」
悲しいよ、苦しいよ。けれど腕は勝手に動いて、リュートを手にして音を奏でる。嗚呼、これも吟遊詩人の悲しき性。いつしか英雄譚で語られると信じていれば、この苦痛にだって耐えられるのかな。世界中の吟遊詩人たち、ボクの歩みを忘れないで。
ドカンッ
「うるせえぞッ!! ボケバード!!」
「ひゃぁっ、ごめんよ……」
「はぁ……もういいわ、静かにしてて」
「……カスが」
ボクが何したって言うんだ。こんなのないよ。勇者も戦士も酷いけど、スタッカートみたいなぶつ切りの言葉でちくちく突き刺す聖女の言葉が、ボクの心でクラッシュ・シンバルを叩いたみたいに強く激しく打ちのめすんだ。女神様の加護を受けた彼女が一番に酷いだなんて、指揮者を無視するチェロみたいだ。彼女がしっかりボクをいじめるから、皆が安心してボクをいじめられるんだ。
……もう寝よう。もう少しで魔王城。それが終われば、さよならだから。最後くらいは、みんなの為に、ちからいっぱい歌うから。それまでは歪んだ遁走曲を耐え歌おう。ララルララ。
……と思ったら、ベッドに違和感、異物感。もぞもぞ取り出すと、それは……パン!!
何でこんな所にパンが!? 誰かの忘れ物かな? このままにしておいたらカビが生えて駄目になってしまう。大変だ! 名もなきパンよ、ボクが今、君が生まれもった使命を果たすその為に、コントラバスが如く伴奏しよう。使命を果たす助力をあたえたもう。
つまりは、食べちゃう。もぐもぐ。美味しい! なんだかボクを包み込むような音が聞こえて、涙が出てきた。優しい音で、優しい味だ。パンって、とっても美味しいなあ。ボクは明日も頑張れるぞ。もぐもぐ。美味しい。お水が欲しい、けど我慢。
「…………」
◇◇◇
いよいよ魔王城までもう少し。魔王の住む所までに存在する街はここと、あともう一つきり。アイテムの補充や聞き込みを怠らず、準備万端、安全安心に行こう。油断大敵、ロングトーンだって終わり際が一番ブレるし、一番に大切なのさ。
「……なるほどぉ、ありがとうっ! おじさん!」
「魔王を倒した日にゃあ、嬢ちゃんが歌にするんだろう?」
「そうかな、きっとそうなるね、えへへ」
「そんときゃ俺の名前も出してくれよ、"安全なルートを教えてくれた魔王より強そうなコックのおじさん"ってな具合によ」
「う~ん……」
「なんだよ、嬢ちゃん」
「おじさんの後ろにいる恐~い人のほうが、強そうかなって」
「……うしろ?」
「あんたッ!! 何を若い娘にちょっかいかけてんだいッ!! さっさと厨房に戻んなさいッ!!」
「あたたたっ、すまん、かーちゃん! 違うんだって!」
「言い訳無用ッ! さっさとするッ!」
魔王より強そうなおじさんが、もっと強そうなおばさんに連れてかれる。魔王より強いあのおばさんは、ひょっとして邪神か何かかな?ふふふ。いいなぁ、夫婦って。ボクだってひとかどの女の子だ。恋愛ソングにだって興味がないわけじゃないのさ。
*
「70ゴールド。これ以上は まかりませんよ、お嬢ちゃん」
「この前の街では55ゴールドだったよ、取りすぎだよおじさん、57ゴールド」
「馬鹿言っちゃいけない。ここは魔王城にほど近い所です。供給は少なく、需要はあるんですよ。70ゴールドからは上も下もないんです」
「……わかった、わかったよおじさん。それじゃあボクと勝負しよう」
「こちらにメリットがありませんね」
「ボクは今から歌を歌う。終わった後に、おじさんが値段を決めておくれ」
「……なんですか?それは。意味がよく――」
ポロン、ポロロン。ララルラ、ラララ。心をこめてボクは歌う、それはニワトリのお話だったり、空に浮かぶ雲のお話だったり、何のこともない他愛ないうた。だけど精一杯喉を震わせ鳴らして、気持ちをいっぱい込めて歌う。
ポロン、ポロロン。ララルラ、ラララ。歌声を聞きつけた人々が、足を止めてこちらを見ているよ。ほらもっと近くにおいで。なんなら一緒に歌ってもいいんだ。歌は聞かせるだけじゃない。楽しい時間をみんなで作る、きっかけにもなりうるのだから。
疲れで喉がかすれて来ると、露店のおじさんのポーションを一本開けて、ぐいっと飲み干す。おじさんが何か言おうとしたけれど、ボクの声でかき消した。ごめんね、お金は払うから。
かすれた声は透き通った音を取り戻して、歌もいよいよ最高潮だ。みんながみんなボクの周りで、踊って笑って手を叩く。ちっちゃいけど幸せなお祭りみたい。ああ、嬉しいね。楽しいね。嬉遊曲はフィナーレを迎え、みんなで拍手して笑いあった。歌って良いなぁ。ボク、吟遊詩人でよかったよ。
「お嬢ちゃん」
「ふぅ……へぇ……なぁに? おじさん」
「私の負けです。55ゴールド。途中で飲んだ一本はおまけです」
「えへ……ありがと、おじさん。吟遊詩人はあなたを忘れないよ」
「ええ、ええ、私も貴女を忘れません。楽しい時間が過ごせました、ありがとう」
◇◇◇
宿屋に戻ると、誰もいない。どうやら皆でお酒を飲みに行ったよう。ひどいや、おいていくなんて。でもどうせ、行っても面白くなかったと思う。どうせ悪く言われるだけなんだから。彼らの心にボクのリュートは響かないんだ。
……一人の時間は久しぶり。つい色々と浮かんできちゃう。ボクらは魔王に、勝てるのだろうか?当代の魔王は、今までに類を見ないほど圧倒的な強さらしい。どんな剣でも傷を負わずに、どんな魔法も打ち消して、高らかに笑って恐怖を振りまく邪悪の化身。魔王の羽音は、ボクらの平穏を脅かす。
……勝てるか、じゃない。勝つんだ。一人ひとりは小さな音みたいにちっぽけだけど、ボクの歌声に想いを乗せて、皆で一緒に戦えば、きっと明るい未来を作る音となる。戦って、勝つんだ。ボクらの楽譜に、敗北の指示なんて出ていないのさ。
ガチャリ
「あっ、おかえりなさい! 楽しかった?」
なんて考えていたら、魔法使いさんと聖女が帰ってきたよ。ほのかに赤らんだ顔は、お酒の匂いをふわりとさせて。ボクが必死に節約して貯めたゴールドの無駄遣いかもしれないけれど、英気を養う大事な小節。そういう事なら、仕方がない。
「……」
「……」
何も言わない二人は、黙って着替えてベッドに潜り込んだ。なんだか様子がおかしいけれど、ボクに冷たいって意味ではいつも通り。悲しいけれど、見慣れた光景。割れた心に傷はつかない。いいことか悪いことかは別として。
「……ねぇ、あんた――」
「明日が楽しみですね、バードさん。ふふ」
「……えっ?…………う、うんっ!! そうだね!!」
魔法使いさんの声を遮って、聖女さんが声をかけてくれた。どうしたんだろう? 嬉しいな。まるで友達になったみたい。魔王が近づいたこの場所で、そういう気分になったのだろうか? 今日は気持ちよく眠れそう。優しい言葉に、ボクの心はほぐされる。それが何よりの子守唄になるのさ。
「……ばっかみたい」
◇◇◇
ひぃこら、ひぃこら、必死に歩く。ボクはひとかどの吟遊詩人。だけど今は、しがない荷物持ちさ。
だけれど今日は、いつもと違う。荷物は特別に多いけど、遅れても悪口は飛んで来ないんだ。遅れるボクを、じっと見つめて待ってくれてる。一体どうしたと言うのだろう? 音のハンマーは痛いけど、ただ見つめられるのも、なんだか居心地が悪くって。人前で歌う吟遊詩人だというのに、今日は注目をあびるのが苦しいよ。
「……」
「……」
無言で歩くボク達5人。勇者パーティであるボク達は、魔王城に最も近い『最後の街』にたどり着く。今日はここでたっぷり休んで――明日は決戦! フィナーレだ。泣いても笑っても、明日で全てが決まる……ボクの険しく厳しい旅路も、ようやく終わって、余生は音楽に塗れて暮らしていこう。恋をしたっていいかもしれない。悪口を言わなくって、睨みつけて来ない、やさしい人がいいなぁ、なんて。
「ふぅ……ふぅ……つきましたね。それじゃあボクは、いつも通り買い出しと情報収集を……」
「バード」
「……はい?」
「お前はクビだ。ここで、パーティを抜けろ」
ビリリと体に痺れが走る。楽譜の音符に手足が生えて、カエルになっちゃったみたいなショックを受けた。なんで? どうして? ここまで来たのに、何がどうしてそうなるの?
「正直、お前、いらねーから。戦えないし、出来る事と言ったら馬鹿みてーに歌うだけ。無駄に飯ばっか食って、何の存在価値もねーよ」
「魔王討伐のタダ乗りは許さんッ!! この寄生虫めがッ!! 町の人々とチャラチャラ遊んでばかりで、少しの鍛錬もしない怠惰な間抜けめッ!!」」
「…………」
「……消え失せろ、ゴミが。無能のカスに聖女の加護あらざるべし、だヴォケ。いびきもうるせーし、いつもいつも鬱陶しいんだよ」
頭がぼーっとする。理解が追いつかない。なんで? いびき? どうして? ボクは今まで、何をして――――
「あとはもう魔王を倒すだけだし、雑用係もいらねーんだよ。その汚い楽器で小銭でも稼いでろ、クソバード」
そういうと、皆はボクに背を向けて歩いて行った。
あれ、なんでかな? 涙が出てきちゃった。あ、そっか。悲しいんだ。辛いんだ。そうだ、そうなんだ。ボクは、哀しい。
心のリズムも聞こえなくなった。言葉が何も出てこなくなった。ボクは、わからない。何も、わからなくなっちゃった。
「…………ひっく…………ひっく……」
誰かが泣いてる。慰めないと。
ちがう。泣いてるのはボク。心と体の、全部が涙を流している。どれだけ外に出したって、哀しさはちっとも消えないんだ。悲しい。寂しい。ひとりぼっちで座り込む。
頭の中のメトロノームも、すっかり動きを止めちゃった。
♪♬ ♬♪
ポロン。演奏が止まると、我慢していた子供たちが一斉に声をあげる。
「「「うぇ~~~~ん!!」」」
「ど、どうしたの!? みんな?」
顔を真赤にぷるぷるさせて、何かをこらえてる様子だったけど、まさか泣くとは。涙するとは。ひとかどの吟遊詩人であるボクも、全くもって予想外。
「だって、だって、みーくーがかわいそうだよぉ」
「勇者も聖女もみんなひどい! あたし、その子達のこときらい!!」
「あ、あらら……これはまた……」
嬉しい。だってそうだろう? ボクの事を想って泣いてくれているんだ。ボクの哀しみを代わって流してくれてるみたいにさ。嬉しくない訳ないじゃないか。純粋な心で作られた優しさの結晶がキラキラしてる。その輝きは、眼の前が歪んでしまうほど眩しくて。
「そ、そっか……そうなんだ……そっ……ボ、ボクの事を……おもって……」
だめだ、こんなの。声が震える。吟遊詩人にあるまじき姿だよ。
でも、でも、耐えられない。子供たちだって耐えたけど、よわっちいボクには、無理なんだ。
「あっ、ありがとっ……みん、な……ひっく……うぇえええ……」
お姉さんなのに、声をあげて泣いてしまう。みんなの優しさが嬉しくて。大変だったねって言って貰えて。真っ直ぐでひたむきなみんなの想いで、ボクはどうしようもなく感情を揺さぶられてしまうのさ。
歌って、聞いてくれた。お日様みたいな子供たち。日向ぼっこしたら、ボクの心もぽかぽか陽気にしてくれた。嬉しいな、しがない一人の人間としてさ。
◇◇◇
「ねぇねぇ、みーくー? 続きは~?」
「続きぃ? う~ん、あるにはあるけど……」
「聞きたいの~」
本当は歌いたくない。だって、まだ『途中』なんだもの。しかしボクとて、ひとかどの吟遊詩人。リクエストとあらば、何時何時でも喉を震わせ鳴らすのが宿命。
ならならば。いざいざや。
「さてさて続いて奏でまするは……吟遊詩人が一人、そして別れたはずの彼女との歌……」
♪♬ ♬♪
それからのボクは、ひとしきり泣いて、街に入った。しばらく宿に篭っていたけど『勇者たちがついに魔王城へ向かった』と聞いて、ようやくお部屋の外に出たんだ。顔を合わせたくなかったから、殻にこもっていたんだよ。カタツムリさんと一緒だね。
しばらくはリュート片手に噴水広場で歌を歌って、おひねりで食いつないでいたボクだったけど、そのうち酒場にお呼ばれしたり、素敵な孤児院(みんながいる、ここだよ)にお呼ばれしたりする毎日で、吟遊詩人として歌と笑顔に囲まれる日々を過ごしていたのさ。
でも、そんなある日のこと。
*
「おいっ!! クソバードっ!!」
酒場に声が響き渡る。それは唐突で荒々しくて、ボクの声も、リュートの音も、お客さんの手拍子だって、はたり と消してしまうものだった。声の主は勇者さん。世界を救う英雄で、魔王と決着を付けているはずの彼だったんだ。
「ゆ、勇者さん?……なぜここに?」
「バードはここかッ!! この詐欺師めがッ!!」
「聖女の名において命ずる、バードはその首を差し出せアホンダラッ!!」
遅れてやってきたのは、戦士と聖女の二人だった。誰も彼もが酷い剣幕。怒っているのは何時もの事だとして、なぜボクにそれを向けるのだろう?
「な、何なんですか今更……ボクは歌を歌ってるんです! ほっといてください!」
「それだよてめー、知ってやがったのか?」
「……どういう意味ですか」
「魔王は音を纏ってるから、それを歌で吹き飛ばさなきゃ何の攻撃も効かねーって知ってたのかって聞いてんだよっ!! ボケバードっ!!」
え、ボク知らない。
「この詐欺師めッ!! どうやってポーションをあの値段で購入したッ!? どうせ言葉巧みに商人を騙し、ワシらには高く売りつけるよう謀ったのだろうッ!!」
ボク、たばかってない。
「わざと魔物を私達の元へ誘き寄せましたね? 今まで殆ど出なかった魔物が、あなたをクビにしてから大挙して押し寄せて来ました。あなたには女神の罰が下されるでしょう、このドチクショウがよぉ!!」
ボクがおびき寄せる訳ないじゃないか。
なんなんだよ、この人達は。まるっきり全部、身に覚えがないよ。濡れ衣だ。流石のボクだって怒りがだんだん強くなって来たぞ!!
「全部が全部、知らないよっ!! 勝手に追い出して、勝手に困って――ボクのせいにしないでよっ!!」
「ここまで生きてこられたのは誰のお蔭だと思ってるっ!!」
「ああ、そうさ!! ボクは戦えない!! けど、出来ることはしてきたんだっ!!」
「貴様がしたのは、愚かに歌う事だけだろうがッ!! この愚か者めッ!!」
なんだよ、なんだよもうっ! みんなしてボクに酷い事を言ってさ!
「愚かなのはどっちだよっ!! ポーションの値段は、いつもボクが必死に値切った結果だよっ! 粘って、頼んで、歌を歌って! 必死に節約を重ねただけだっ!!」
「そうやって魔物も誘き寄せたんでしょう? 歌ボケが!」
聖女が何か言うたび、ボクの頭はカーっとなるんだ。一番に酷くて、一番に嫌いだ。女神様だって……ああ、そうさ! 見る目がないよ! 言ってやったぞ! 言ってやった! もう知るもんか!!
「誘き寄せたんじゃないっ、いつも魔物がいない所を通ってたんだっ!! 街の人に話を聞いて、一生懸命考えて、一番安全な所をボクが地図に書いてただけだっ!!」
「言い訳だらけだな、嘘つきバード。いいから来いっ! 魔王を倒すには、お前の下らん歌が必要なんだ、不本意な事にな」
「行く訳ないだろっ! ボクをポイって捨てたくせに、やっぱり来いだなんて都合がよすぎるとは思わないのかよっ!」
「世界がどうなってもいいのかっ!! 魔王に与する裏切り者っ!!」
なんてことを言うんだ。頭に来た、もー怒った! ボクの心に燃え上がるような、歌曲が流れる。ずっとずっと我慢してたんだっ!!こんな奴ら、こんな奴ら……っ!!
「――勇者じゃなくたって魔王は倒せるって事も知らないくせにっ!!」
……。
ボクがそう言うと、辺りはしんと静まり返った。ボクの荒い息遣いだけ大きく響く、極めて小さな音な酒場になっちゃったんだ。勇者も戦士も聖女も、お客さんまで呆然としてる。
「な、んだよ……それ……一体何を根拠に……」
「吟遊詩人なら知ってる、古い歌だ。最初に習う"天使様のうた"だよ。歌いやすいように、聞きやすいようにアレンジされたその曲には、削られた部分だってあるんだ」
「……削られた部分、だと?」
「『一人に出来るのは、たったひとつかふたつだけれど』ってところの前後に、こういう節が入るのさ」
ポロロン。ボクはリュートを鳴らす。お年寄りなら知っているけど、若い世代は知らない小節。さして大事なものでもないから、削り取られた本当の部分。
「『魔物を蹴散らす人は戦士と呼ぼう。ケガを治す人は聖女と呼ぼう。料理が出来ればコックと呼んで、歌を歌うのはうた歌い。いくつも出来る器用な彼は、勇者と呼んで讃えよう。器用な彼なら、なんだって出来るのだから』」
「……っ!?」
「勇者は『器用な一般人』だ。色々出来るけど、勇者じゃなければ魔王は倒せないって訳じゃない」
「じゃ、じゃあ俺は……」
「……ずっと思ってたけど、荷物をボクに乗せるの上手だったよね。荷運びと戦いの才能があるんじゃないかな?って思ってたよ」
「なっ……!?」
彼は上手に、それは上手にボクに荷物を乗せた。まるでどうやって乗せれば崩れないかを知っているみたいに。きっとそれは、女神様が与え給うた天使様の才能。荷運びの天才の証だったんだ。
「嘘だ……コイツは嘘を吐いているっ!! 悔し紛れに適当を言って、俺を貶めようとしてるんだっ!!」
「往生際の悪い詐欺師めがッ!!」
「天罰を受けなさい!! ビッチ!!」
あわわわ、大変だ。激昂した3人が武器を構えてボクへと襲いかかる。歌は歌えるけど、戦いは出来ないんだ。ひとかどの吟遊詩人は、16歳のしがない女の子なんだ。このままじゃ、ボクの人生にピリオドが――――
「ばっかみたい」
さむい。凍えそうなほど。
それもそのはず、だってボクの周りには、カチコチに固まった"嫌な3人が凍った氷像"と、氷のトゲが天井に向かって つらら みたいにとんがってるんだから。これは何時かに見たことがあるぞ。あの声だって聞いた事がある。氷のように透き通る高い声と、氷の魔法を使う彼女は。
「魔法使いさん……」
「ほんと、ばかばっか。ミークゥが言った事はアタシも知ってる。女神教じゃないエルフの間でも、常識よ」
「そうだよね……って、ええっ!? エルフ!?」
「あ~、言ってなかったっけ?ほら、耳」
そうやって帽子を取る魔法使いのリリスィさんは、耳がつららのようにとんがっていて。それはまさしくエルフの証なんだ。森の民、古きを生きるもの、人が嫌いで滅多にボクらと関わらないって聞いたけど、まさかこのパーティにエルフがいたなんて。音符を繋ぐ曲線がニョロニョロ動いてヘビになっちゃうくらいの驚きだ。
「ミークゥのリュートの音色を聞いて、木漏れ日のような歌声を聞いて、この子が悪いいきものだと思えるほうが不思議。あんな綺麗な音色を奏でる彼女が、悪い子なわけないじゃない。ばっかみたい」
「そ、そんな……えへへ……」
思わぬタイミングで褒められて、思わずボクも照れてしまう。そんな風に思ってくれてたなんて! 身近なファンの存在に気付いて、でへでへしちゃうのは吟遊詩人の性なのさ。
「この子の音色と……まぁ、いい加減魔王の羽音もうるさかったから……パーティに参加したけど、もういいわ。世界どころか吟遊詩人一人救えないあんたらとは付き合ってられない。今日限りでアタシは抜ける」
「そ、そんなっ!! リリスィの魔法がなければ、魔王どころか魔物すらっ!」
「心が乱されるのよ、あんたらといると。それを取り戻す旋律も失ったこのパーティに、未来なんて一つもないわ。長き時を生きるエルフの忠言よ、聞き入れなさい」
余り喋らない魔法使いさんの、氷みたいに冷たい視線と厳しい言葉を受けた3人は、それでもめげずに氷から這い出て吠え立てる。
「ふざけるなよっ! いいからお前ら二人とも来いっ!! 俺は魔王を倒して、有名になるんだっ!!」
「ワシももう自宅を売っぱらっちまったんだッ!! 魔王討伐の報奨金で、デカい家と女を買って酒かっくらって暮らすためにッ!!」
「私は聖女よ! 言うことを聞け!! このっ! 耳長と歌馬鹿っ!!」
なんて醜さ、あさましさ。汚い心を隠そうともしない3人の声は、ボクのリュートには聞かせたくない物だよ。弦に歪みが出てしまいそうな、調子っぱずれの不協和音だ。思わずリュートごと自分の体を抱きしめてしまう。氷よりずっと、心が寒くなっちゃう。
「……黙って聞いてりゃあよう? なんだよお前ら、それでも勇者パーティかよ」
「ミークゥちゃんの歌を邪魔しやがって、何様だお前ら」
「勇者だからって特別な力があるわけじゃねぇのかよ。腕っぷし自慢の俺っちと力比べしてみるか?おい」
「こんなに可愛いミークゥちゃんをいじめて、何が聖女よ。笑っちゃうわね」
余りにでたらめな音を奏でる3人組に、オーディエンスも立ち上がったよ。暴動だ、クレームだ、チケットの返金騒ぎだよこれは。
場所が酒場だったせいか、狩人さんや大工さんが沢山いて、それはもうムキムキなんだ。それに加えて夜のお仕事のお姉さんもいる。妖艶に流れるその髪は、夜想曲みたいに優美でしなやか。艷やかな瞑想曲と、筋肉行進曲が混じり合って互いを引き立て合う室内なのさ。
「なぁ? 兄ちゃん? やるかい?」
「……ひっ!」
「おう、戦士さんよ。その家は誰が建てるんだ? 大陸中の大工に俺ぁ顔が効くんだぜ」
「……くっ!」
「同じ女だからわかるけど、あんたソイツらと寝てるでしょ? 臭いがすんのよ。聖女じゃなくて性女よね」
「……うっ!」
オーディエンスの大炎上を受けてぶつ切りな声を漏らした3人は、顔を青ざめて逃げ出した。ざまあみろ、だ。晴れ晴れとした気持ちだよ。人の口に戸は立てられないと言うし、これからどこへ言っても変な目で見られてしまうだろう。ちょっとかわいそうかもしれないけれど、自業自得の因果応報だよね。一度短調を奏で始めると、急には長調に直せないもの。
「……ごめんね、ミークゥ。本当はずっと、どうにかしたかったけど」
「知ってたよ、魔法使いさん」
「……え?」
「ボクが荷物を運んでいた時、魔法で体を軽くしてくれたでしょう? ボクがお腹をぐーぐー鳴らしていた時、パンをベッドに入れてくれたでしょう? ボクは、それでとっても助けられてたんだ」
「……気付いてたのね。バレないようにしたつもりだったのに」
「……聞こえたんだ」
「……?」
「綺麗なソプラノ。青空を飛ぶ鳥のように、自由に伸びる音。時には夜空を照らす月のように、優しく静やかな音。魔法を受けた時、パンを齧った時に、魔法使いさんの心が鳴らした透き通る高い声が、ボクの心に聞こえたのさ」
「……聞こえる訳、ないじゃない。ばっかみたい」
「えへへ……」
エルフな魔法使いさんも、ボクも、お互いの音が好きだったんだ。
♪♬ ♬♪
ポロン。演奏を止めると、ボクは子供たちに言う。
「はい、ここまで~」
「え~!! 続きは~!? まおうは~!?」
いいところで切られて、子供たちは不満気な声をあげる。ふふ、可愛いなぁ。大切だなぁ。だからこそ、さ。
「続きはね、まだ出来ていないんだ」
「なんでなんでなんで~?」
「だって、それは……」
「――ミークゥ。いつまで遊んでいるの。もう出発よ。大工やら狩人やら、待ってる間にお酒でも飲もうなんて言い出してるんだからね。早くしなさい」
「ごめんよ魔法使いさん! 今行くからっ!――続きは、これから作りに行くのさ」
だからこそ、そんな子供たちを守る為にも、ボクは魔王を倒すんだ。
ボクの名前はミークゥ。16歳の女の子。新生勇者パーティ自慢の、ひとかどの吟遊詩人さ。
狩人、大工、夜のお姉さんにエルフな魔法使い、魔王より強いコックさんと邪神おばさんの仲良し夫婦、そしてその他たくさんの……全部で50人! みんなでそれぞれ出来る事をして、邪悪な魔王を討ち滅ぼして――世界に歌と笑顔を取り戻すパーティの、ひとかどの吟遊詩人なんだ。
さぁ、足を鳴らして勇ましく歩みを進め、みんなが自分の力を精一杯発揮して――世界を救う協奏曲を奏でようっ!!
音はいつだって、僕らを繋げてくれるのだからさっ。
6/10
『魔王討伐パーティを追放された吟遊詩人♀は、協奏曲の音色を紡ぐ』の続きをアルファポリスで書いております。
小説家になろうでは読み切りとして置いておきたいと思いますので、もし興味がございましたらお手数ですがアルファポリスのほうまでお願い致します。
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お読みいただき、ありがとうございました。
「乙女ゲーム」「転生チート」に続く、テンプレを題材にした自分なりのもの第三弾でした。
お題は「パーティ追放」。自分で題を決め、自分で書いて、自分で読むエコロジストです。
うた歌いであるミークゥは、心にリズムが刻まれています。
楽しく、良い気分の時は、軽快に。
悲しく、悪い気分の時は、リズムが崩れる。
ミークゥが語る地の文でそれを表現してみたつもりなので、リズムに注視して読んでいただけると、また違った心の動きが見えたり見えなかったりするかと思います。
僕なりのリズムなので感じ方は人それぞれかと思います。
ご自身のリズムに合わなかった方はそんな試みをしてみたチャレンジャーだと思ってスルーしてやってください。
誤字脱字等、お気づきの点がございましたらお手数ですが感想欄にてご指摘いただけると、幸いです。
その他、一言でも良いので感想をいただければ嬉しいです。返事は必ずお返しします。
評価ポイントやブックマークが入るたびに、顔も見えぬあなたに感謝を捧げています。
数クリックで舞い上がる単純な人間なんです。