簒奪の術式工学のこと。
「宝石公女の誰か一人に、解析対象となっていただく必要があるのだ」
ケーヴィン師の正面には、カイアが座っている。
「解析対象……。それは、何をされるのか」
「その身を切り刻んだりするわけではない。ただ、その精霊の内なる世界に、入れてもらうことになる」
「内なる世界……」
カイアも、どのようなものか想定できないようだ。
「説明するより、やって見せたほうが早かろう。コーダ、よいか」
「はい。ええと……」
コーダはキョロキョロと周囲を見回す。
「何か、比較的単純な魔道具があると……」
寮生の一人が羽織っていたマントに、目を留める。
「隠蔽のマントですね。これは、学院の授業で制作したものですか? ちょっとお借りしますよ」
少年が作ったという魔道具のマントを手に、コーダが精霊石を取り出している。
体を作った時の石も相当なものだったが、こちらは俺が見たこともないようなサイズだ。
「す、すごい石だな……」
「ふふ、これはかつて深奥の迷宮を作り上げた精霊、奈落の聖母さんです。ダンジョンコアの力で、魔道具の解析のお手伝いをしてもらいます」
コーダが、カイアと俺を手招きしてくる。
「それでは、この魔道具の内なる世界を、のぞいてみましょう」
アビスマリアと呼ばれたその石が黒い光を立ち昇らせると、コーダがテーブルに広げたマントに一方の手を置く。
指示された通り、もう一方の手に、俺とカイアが手を触れる。
フワリ、とマントのそばの空間に、空間が広がって見える。
「これは?」
「このマントの魔道具としての構造が、人間の視覚で把握できる形で示されています。ダンジョンを作成するときの支援の仕組みを、魔道具に応用しているのです」
カイアが、空間の中に散らばる光の粒や魔法陣を目で追っている。
「この光の塊が、精霊か。あとは、術式がいくつか……他の魔力を打ち消すもの、歪めるもの……なるほど、隠蔽の機能は、これで再現されているのだな」
「我が見込んだ通り、カイア殿は精霊術を行使することだけでなく、中身そのものにも興味があるようだな」
ケーヴィン師が言う。
「では次に、私の持つこの指輪を見ていただこう。まだ試作中のものだが、精霊達の声を理解できるようになる、ある種の翻訳の魔道具だ」
コーダが、手をかざす。
今度は、ケーヴィン師も一緒にコーダの手に触れている。
周囲に立ち昇るように広がる幻視の空間の密度は、先ほどのマントとは比べ物にならない。
感覚的には、三メートル四方ほどの空間に、無数の魔法陣が本棚や柱のように並んでいる。
「精霊ごとの考え方や語彙が今よりも整理できれば、もっとすっきりした術式になるのだろうが、現状はこんなものだ。実際にやり取りした事例をひたすら集積することで、どうにか意思の疎通を図っている」
詳しい理屈はともかく、膨大な作業になるだろうということは実感できた。
「単に対話を目指すだけで、これだけの術式量になってしまうことからすれば、自由に動く肉体や繊細な感覚、さらには精霊術を使いこなすほどの力を再現してみせることがどれほどのことか」
「どの部分がどの機能に該当するのかを分析、特定し、実際に動いている術式群を、理屈や意味はともかく、丸ごと複写して使ってしまおうということだな」
カイアが言う。
「今見たように、簡単な魔道具ならば、その術式や構造を見るだけで把握できる。だが、複雑で力を持ったものほど、術式の数も幾何級数的に増えていくし、それを収めるための構造も立体的なものとなる。本当に高位の術師ならば、構造自体にも機能を持たせることもある。実物の意味を理解することさえ、我ら短命なる人間には手に負えぬのだ」
ケーヴィン師の言いようは卑屈にも聞こえるものだったが、その口調は熱を持っていて、諦めや怠惰を意味するわけではなさそうだ。
「この翻訳の魔道具とは比にならぬ高位の術を、あなた方は使えるはずだ。それを支える魔力の制御、発動の技術などのすべてを術式で表すことを想像してほしい。あなた方宝石公女は、その力と体自体が、精霊術の神髄、結晶と言っていい存在なのだ」
ケーヴィンが熱弁している。
何やら宝石公女のことを非常に貴重なものだと考えてくれているようで、それはありがたい。
だが、熱心さのあまり、おかしな方向へ進みがちな術者を、俺は身近にも知っている。
つい先日も、大きな騒ぎを引き起こした男をな。
話を進めてもらおう。
「それで、ケーヴィン師よ、結局、どうするというのですか」
「このコーダは、魔道具の中に入り込み、精霊の意識の中をも観ることができる。コーダが内部に入り込んだ状態で宝石公女に活動してもらえば、どのような行動をとった時にどの術式が働いたか、その場で直接的に確認していくことができる」
「ほう……?」
「簡単に言えば、宝石公女にコーダを憑依させた状態で、生活したり、戦ってもらえばよいのだ」
カイアが、質問を矢継ぎ早に繰り出していく。
「その憑依とやらは、どうしたらいいのか」
「リュシーナ様の術を用いることになる。リュシーナ様の術は、重付と言って、魔道具に、さらに別の精霊を重ねて付与することができる……」
「憑依した後、最後はどうするのか」
「コーダは、魔道具から精霊を引きはがすことができる。自力でも、憑依を解除することができるのだ……」
ひとしきりのやり取りののち、カイアは、少し押し黙った時を挟んでから、その口を開いた。
「パイロペ。我らから数名が、その術式の解析に協力したいと思います。」
パイロペは、アラゴンとちらりと視線を交わし、頷く。
「術師の一人として私、より簡素な術を使うものとしてフィオーラ、トラブル時の自衛のためにラズ、あとは帝国との窓口としてパイロアを、ここに残させていただきたい」
再び、パイロペが頷く。
「ケーヴィン師、コーダ殿、それにリュシーナ師。帝国の誇る術者達にご協力をいただけること、感謝したい」
「こちらこそ、計り知れぬ知見を得られる取り組み。精霊の世界と、人間の生活との調和のために、共に力を合わせようではないか」
話の切れ目で、俺が流れを引き取る。
「まったく、帝国の術には驚かされるばかりです。魔道具や精霊を、そんなに自在に扱えるとは……」
サルサリアでは、そんな仕組み、全然耳にしたことがなかったけどな。
「いや、これらは帝国の術というよりは、このお二人だけのもの。ほかに可能な者など、おらぬよ」
「そうですか。それだけ、リュシーナ様とコーダ殿は特別な存在なのですね」
そこに関しては、ケーヴィン師も強く同意しているらしい。




