ケーヴィン師のこと。
「失礼、うちの寮生達が、失礼を働いたのではないか」
ケーヴィン師と呼ばれた黒づくめの術師が、カイアに対してひざまずき、謝罪の礼を取っている。
「ケ、ケーヴィン師、我らは何も、ご迷惑など……」
寮生と呼ばれた少年たちは、後ろで慌てたように釈明している。
「ええ、迷惑など受けておりません。ただ、お互いをまだ知らないというだけで」
カイアは、平然とその礼を受けている。
それはそれで、どうなんだ。
その方は、偉い人なのではないか……?
「ケーヴィン師、この方達は、サルサリアからのお客様です。そちらの方々は、宝石公女という術で実体化した石の精霊だそうですよ」
「……この薄汚いあばら家に来訪していただいたこと、光栄の極み。歓迎させていただこう。どうぞ、こちらへ」
「そうですね、立ち話もなんですから」
ケーヴィン師、コーダに従って、案内されたのは食堂のような、大勢が座れる一室だった。
「賓客をお迎えするに相応しい部屋を用意できず心苦しいが、どうか赦されよ」
隣あう二つのテーブルに分かれて席に着く。
ん? アラゴンが、パイロペを連れて隣のテーブルに行ってしまったな。
カイアが話をするのか。
「何か口にされますか? 細かな魔石でもお持ちしますか?」
コーダがパイロアに訊ねている。
ここまでの旅路でも、いろいろと伝えてあるようだ。
確かに、しばらく滞在するなら暮らし方も伝えておかないとな。
「さて、ケーヴィン師。突然お客様をお連れしてしまってすみません。相談事がありまして……」
コーダが、簡単に経緯を説明してくれる。
俺からも、説明しておこう。
「今、ケーヴィン師がご覧になっている宝石公女達は、私の特殊なスキルで肉体を与えたものです。残念ながら、非常に時間のかかる方法を用いるため、ごく限られた量しか肉を与えることができず、このような小さな姿になってしまっています。今のやり方でも長い時間をかければ徐々に成長させることができるかもしれませんが、めどが立っていない状況です。
ただ、我々は、この石の精霊達が、サルサリアで人間と対等な地位を築けるようにという活動をしています。小さな姿かたちは愛らしいかもしれませんが、本来の姿ではないのです」
ケーヴィン師は、ぐるりと宝石公女達を見回す。
「……つまり、この姿は、仮のものであると。ふむ。我にとっても興味深い話。ここは、堅苦しいことは抜きにして語り合うとしよう」
「はい。そして、いまコーダ殿が動かしているような魔素の体を作る術が利用できないか、と考えたのです」
改めて、カンテラのカードと、宝石公女を償還するための札をケーヴィン師に示す。
カードがかすかに金色の光を帯び、カンテラが、語る。
「お初にお目にかかる。我が名はカンテラ。双頭斧の鬼と呼ばれている」
「我はケーヴィン。ただの工房の主だ」
ややそっけない言葉とは裏腹に、注意深くカードを眺めている。
砂色の地に遊色が散りばめられ、複雑な文様の金の縁取りが周囲を飾る。
長柄の斧を手に佇むカンテラの姿が、カードに彫り込まれている。
次に、札を手に取って観察する。
「札自体には、そこまでの力は込められていないな」
「はい。もっと大きな仕組みにつなぐための端末のようなものではないかと、リュシーナ師はおっしゃっていました。いったん召喚した後には、魔力のやり取りはあまり感じませんが」
「具体的には、どのように行使する術なのだろうか」
「その札に精霊石を乗せれば、石の力に応じた精霊が召喚されて、カードが出来上がります。この時、召喚された精霊と私の間には、宝石公女としての盟約が生じています。私以外が召喚した場合は、宝石公女の力は持たない状態で、カードが作られます……」
当たり障りのないところまで、情報を提供していく。
「……そこで、魔素だけで肉体を作れる勇者蘇生の術を流用して、肉体を作る新たな術を開発できないか、と。いかがでしょうか」
ケーヴィン師は、顎をさすりながら、長い溜息をつく。
「ふぅーむ……。不可能ではなかろうが、一からその術式を組み上げるとなると、正直に申して何十年掛かりの開発となるかも分からぬ」
「そう、ですか……」
肉体を捨て、禁忌の類まで手を出すようなドライでさえ、時間のかかった術だものな。
高位の術者といっても、容易なことではないのだろう。
「だが、短期間でそれを可能とする方法が、ないでもない」
「と、言いますと」
「こちらの、コーダの力を使う。仮とはいえ肉体を持っている宝石公女から、その術式を抜き取り、複写して分析や開発に用いるのだ」
「ほう……?」「なんと」
コーダも、声を上げている。
「彼女達の姿は、カードの記憶に導かれたものだと言っていたな」
「はい。私は、その設計図のようなものに従って、形を整えているだけです」
「そして、傷ついたり汚れたりしても、魔力でそれを復元する力があるとも」
「その通りです」
「彼女らの肉体は、カードを通した精霊からの命令によって常時制御されている。カードと肉体の間をつなぐ術式を特定し、再現できれば、魂と魔素の肉体をつなぐ勇者蘇生の術で扱える形に命令を変換する術式を構築するだけで済む。変換の術式のみならば、それほど期間を要しないはずということだ」
何を言っているのかよく分らんが、同じく術師であるコーダやカイアは、何か感心したような顔になっている。
それらしい見込みのある話ということか?
「名付けて、『簒奪の術式工学』としておくか。ただし、このやり方には、一つ受け入れてもらわねばならぬ要素がある」
「なんでしょう」
「宝石公女の誰か一人に、解析対象となっていただく必要があるのだ」




