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入国審査のこと。

空飛ぶ布での旅、と言っていいかどうか微妙な移動は、半日ほどで終わった。

魔道馬車で街道を走っていたら、四日か五日はかかったろう。


「リュシーナ師達がこの距離を何日もかけて旅していたのは、何か理由があったのか?」


「この辺りの調査だとかなにやらを、ね」


「調査か。魔物や魔素を探していたのか」


「それもあるけれど、地図を作ったり、ちょっとした接続端末を設置したり、ね。サルサリア人は、自分達の利益にならないことは中々やらないから、人の住まない地域の探索は、意外と不便なのよ」


「人の住まない地域か。確かに、サルサリアでは街道と町のことしか話に上がらなかったな」

街道から少し離れるだけで未利用地が広がっているおかげで、俺達は大した対価なしに広大な精霊の里の土地を使えているわけだが。


「さて、と。」

リュシーナ師が布をまとめながら口にする。

国境まではあと少しあるのだが、俺達は地上に降り立っている。

「ここで一つ、提案があるのだけれど」


「なんだ?」


「このまま私と一緒に国境の門から入国するか、別々に門から入国するか、それとも一緒に門以外から入国するか、選んで欲しいの」


「どういうんだ?」


「私と一緒に正式に入国すれば、大した問題は起こらない。ある程度は、お客様扱いもしてもらえるわ」


「で?」


「別々に入国すれば、きっとトラブルにはなるけれど、一応正式な入国ね」


「それじゃ、三つめのは、密入国かよ」


「まあね」

まあね、じゃないだろ。


「俺達は学院にも行ってみたいんだ。密入国は問題外だが、別々じゃあまともに入国できないってことだろ。四番目にしといてくれ」


「あなた達だけでまずは門をくぐろうとしてみる、後から私が合流ということでよろしい?」


「俺達がどんな風に扱われるか、身を持って味わえってことだな」


「無理にとは、言わないわよ」


リュシーナ師は、知るべきだと考えているらしい。

なら、従うさ。




リュシーナ師を置いて、俺達は国境の門までの間を軽く走って移動した。

俺を先頭に、八人の宝石公女がバラバラと群れている。

国境まで近くなると、街道にも交通量が増えてきた。

やはり物珍しそうに旅人や商人が眺めてくる。

中にはサルサリアからの人間もおり、陽光の名を口にしているのが聞こえていた。

ひょっとすると帝国でも、二つ名持ちの冒険者として俺の噂を聞いている人間はいるかもしれないな。


しかし、そんな気楽な気分は、門兵の最初の対応で吹き飛んでしまった。

「止まれ!」


入国の審査を待つ列に並ぶ以前に、門の外周を警備する兵が警戒態勢を敷いている。

「貴様、人間ではないな! その人形達は、ゴーレムか、使い魔か」


おっと。

いきなり暴露されてしまった。

これでも、ちょっとした隠蔽やら何やらで、人間に近い波動にしているはずなんだがな。


門の辺りから探知系の気配を感じる。

高性能な魔道具が備え付けてあるのか。


両手を挙げ、戦う意思はないことを示す。

「俺は、確かに普通の人間ではないが、サルサリアでは普通の冒険者として過ごしていた。登録証もある。

この子らは、妖精のようなものだ。俺が使役しているわけではない。言葉も普通に通じる。俺と同じく、冒険者や、サルサリアで市の仕事をしている。入国審査を受けさせてもらえないか?」


そこへ主任風の男がやってきて、他の門兵に声を掛けている。

「どうした?」

「はっ。人外の反応が出ております。サルサリアの冒険者登録があると称しておりますが……」


「ふうむ。それじゃあ、まずは詳しい鑑定を受けてもらおうか。武装の解除もだ」


なかなかに、一方的で、高圧的だな。

まあ仕方がない。

俺は黒長剣を預け、パイロペやカイアは杖を渡している。

宝石公女の持ち物は殻の衣装の一部でしかないが、魔力自体はそこにも蓄えられている。

ダミーと誤解されることはないだろう。


鑑定を受けるため、柱のような魔道具のところへ連れていかれる。

女性の術師らしき担当者が現れ、鑑定の魔道具の一部なのだろうか、首の周りに何かの鎖を巻いてきた。

隠蔽の術が散らされている気配。

強力な術式が組み込んであるか。


アウィネアやラズも、鎖を掛けられている。

自分自身ではそれほど思わなかったが、少々不快な光景だな。


「さっさとやってしまってくれ」

高位の鑑定が働くならば、俺が真祖の吸血鬼だということも読み取れるのだろう。

別に吸血しなくとも生きられるのだが、普通の人間の国ならば、討伐対象になってもおかしくない。

どう反応されるのか、それを見届けろってことだな。


術師が柱に手をかざし、何かブツブツと詠唱している。

柱の中でヒュウーンと何かが回転するような音が起こる。

ぼんやりと光が灯り、複雑怪奇な文字のようなものが浮かび上がった。

「……ツヴァイ=ハルサメ。この者は、転生者にございます」


おっと、そこまで読めるのか。


主任めいた男が、腕を組んで唸る。

「今となっては、珍しいな。人外なのに、人のように振舞うわけだ……。連れの妖精とやらは、ユニークスキルの類か?」


まったく友好的な様子ではないが、入国の審査は受けられそうだ。

「いや、むしろ帝国の術をベースに召喚した者達だ。ドライという術師を知らないか。かつての勇者らしいが」


「妖精の召喚術だと……? ドライという名も、聞いたことが無いな」


「そうか。で、どうなのだ。入国はできるのか」


「入国は認めるが、当分の間、その追尾の鎖環を付けてもらうことになる。派手な術を使ったり、勝手に外すとこちらに連絡が来るようになっている。不法入国扱いになるから気を付けろ」


なっ……。

「当分の間とは、どうしたら外せるのだ」


「ある程度以上の公職者の身元保証を受けるか、そうだな、冒険者だというならギルドへの貢献が認められれば口添えがあるかもしれんぞ」


「帝国にも、冒険者ギルドがあるのか」


「ま、帝国の平穏は領主軍や街道の警備隊が担っている。お世辞にも、冒険者の出番が多いとは言えんがな」

この野郎……、どうやって貢献しろっていうんだよ。


「……魔道学院に行くつもりなんだが、強力な術を使うとこの鎖環が反応すると言ったな。授業や研究のために術を使うのもダメなのか」


「魔道学院だと……。貴様、リュシーナ派の手引きか。転生者とはいえ、他国の、それも人外を呼び寄せるとは、あのあばずれめが……どこまで帝国の誇りを傷つけるつもりなのか!」


「そいつは貴族様に対して、まっとうな口の利き方に思えんぞ」


「あれのどこが貴族なものか。ちっとばかり術ができるからとこだわっていないで、水精家の当主もさっさと見切りをつければ良いものを……」


いよいよ本音が出てきたか。

どれ、どの程度の術を使ったら反応するのか、試してみるか。

闘いへの興奮が高まるのを感じる。

口元に、牙が見えてしまっているかもしれんな。

そう思ったところで、背中に、ぽんと手を置かれる。


「そろそろ、十分そうね?」

リュシーナ師だった。



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