帝国への旅のこと。
拠点への帰り道。
俺達は、少々拍子抜けした感じで歩いている。
「なあ、カイア。公女達のこと、どう見た?」
「国をひっくり返すという話? あの術師なら、可能」
「うん、まあ、それはそうだな……。それほど好戦的な性格には見えなかったが、今の帝国は、ひっくり返さなきゃならんようなものなのかね」
「精霊にとって居心地が良くないのは確か。でも、あの方が精霊に肩入れする理由は、分からない」
「分からないの?」
パイロアが口を挟む。
珍しいな。
「なんだ。お前には見当がついてるのか」
「え、あのリュシーナって人、コーダって精霊のことが、好きなんでしょ?」
……は?
「パイロア? 何の話だ? 公女が?」
チュートリアル精霊を?
「私達と同じ話でしょ? 精霊でも、人間と同じように扱ってほしいって」
「それで、国をひっくり返そうってのか……? そんな話に、人間が、ついてくるのか」
今度は、アラゴンが声を上げる。
「逆に考えるべきですニャ」
「逆に?」
「今回の来訪で、公女は一人でしたニャ」
「まあ、彼女は強いし、精霊のお供は何人もいたからな」
「国の仕組みを引っくり返そうという人間が、ほかの人間も連れずに行動してるニャ」
「まあ、そうだな」
「おそらく、一緒に活動してる人間は、少ないのだニャ」
「ああ」
「逆に考えたら、精霊達が、公女という一人の人間を味方にしたってことニャ」
「……ああ、そういうことか。精霊の側が、人間の中でも、戦力、影響力共にとびぬけた存在を、自陣に獲得した、と」
「ひっくり返そうとしてるのは精霊の意思だニャ。人間の意思は、この際後回しだニャ」
……公女じゃなくて、精霊によるクーデターってことか?
あの赤い精霊、チュートリアル担当ではなく、むしろ精霊世界の反撃主人公ポジションなのか?
「そんな精霊の勢力が、私達にいろいろ力を貸してくれるのニャ。乗っかってしまえば、良いのではないですかニャ」
「俺達が存在感を増すだけでも、あっちにとっては価値があるってことか……」
なるほど、どうも俺は、自分をニンゲンの側として考えてしまっているようだ。
サルサリアやこちら側では、人間にも獣人達にも、人間と同じように扱われてきたからな。
今は制限されている権利を勝ち取ろうという場面では、多少の衝突は避けられんか。
「よし。あちらさんが何処までのことを考えているのかは確かめなきゃならんが、同じ方向を目指しているんだ。乗っかっていくとするか!」
リュシーナ師のサルサリア訪問は、平穏無事に終わった。
そうそう、事実上貴族位は捨てているが、今回の訪問にあたってはその立場を宣伝材料として利用したということらしい。
貴族ではないし、ある種の同盟関係ということで、俺達とは概ね対等ということでどうかという話になった。
その辺は融通の効くキャラのようで、形式にこだわれない俺にとってはありがたい。
一応、術師としての格の違いから、俺達の中ではリュシーナ師と呼ぶことに落ち着いた。
本人は少し微妙な顔をしていたが。
戦闘能力について詳しく聞いたわけではないが、あの間合いで手を打てる相手に、暗殺だの誘拐だのなんて不可能だろう。
言ってしまえば、帝都内の敵対勢力は、潰そうと思えばいつでも潰せる、って状況か。
ただ、武力だけで仕組みを変えると、パワーバランスが変わったときに、同じようにひっくり返される恐れがある。
そのために、わざわざ時間をかけて政治的パフォーマンスをしているんだとすれば、リュシーナ師達は案外平和主義なのかもな。
サルサリアを、デルタ卿や都市長に見送られて出発する。
野次馬の市民も大勢集まっている。
城門の外側に、一枚の布が広げてある。
リュシーナ師が、全員一緒に乗せて飛んでくれるという。
空飛ぶ布らしい。
見送りの人々に、笑顔を振り撒いている。
俺は軽く手を挙げる程度だが、アラゴンやフィオーラはわりとノリノリで応じていた。
座っていたら、フワリと浮上し、あっという間に高度を上げていく。
コウモリのような羽ばたきがないだけ、なめらかだな。
空飛ぶ布という響きにしては固めの座り心地で、前世で言えば空気を入れて膨らませるエアマットのような感触だ。
「これも、魔道具なのか?」
飛行の魔道具は、俺も非常に欲しかったのだが、そう簡単には手に入りそうもなかった。
この布は、俺とリュシーナ師と宝石公女全員を乗せて、まだ多少の余裕がある。
リュシーナは、来たときには持っていなかったような気がするが、小さく収納もできるのだろうか。
正直、かなり欲しい。
「いえ。ただの布よ。足下に何もなく持ち上げられると、落ち着かないでしょう?」
え?
俺は、不思議そうな顔をしていただろうか。
「ほら、布がなくても飛んでるのよ」
そういって、リュシーナ師は大きな布を、サッと除けてみせた。
俺達は、無……、いや、空気の塊に乗っているだけだった。
座っていると思っていた足下は、遥か下の方に霞んで地面が見えるのみ。
「う、うぉっ」
下腹のあたりがスースーして、声も力が入っていない。
「ふふ、目で見えるものに頼りすぎてるから、見えないと不安になるのよ」
「は、はあ。見えないってことは幸せなときもあるってことだな」
「ふふ。」
バサッと音をたてて、再び布が尻の下に入り込んできた。
空飛ぶ布……って、嘘ではないが、ただの目隠しだった。
「それにしても、大貴族の娘で高位の術師なんて、もっと優等生みたいな人物かと思っていたが」
「しばらく前の私なら、そうだったかもね」
「今は……?」
「無茶ばっかりする人と一緒にいたら、慣れちゃったっていうか」
「それが、あれか?」
宝石公女達の脇で、赤い石が飛び回っている。
帝都に着くのが待てずに、質問責めにしているのだ。
最初はアラゴンが応じていたが、いつの間にか身代わりのようにパイロアが前面に押し出され、その回答で満足できないときには、カイアの方に飛び火していた。
パイロペも喋っているのだが、あまり噛み合っていない。
「アラゴン、あいつはどうだ?」
もぞもぞとこちらに回り込んできた猫娘のローブをつまんで、膝の上に連れてくる。
「立派な精霊オタですニャ」




