こっそり石を買うのこと。
一般的な冒険者から見て、かなりの資源を投じてみたが、出来たトランプもどきはスペードの7だった。
こういった投資は、見合うリターンがないということが確認できた。
うむ。これも一つの成果だな。うむ。
ここで行う最後の実験として、このトランプもどきから普通のスクロール用の紙に複写をしてもらった。
エプシロンには、もう魔石をコントロールする余力は無さそうだったので、魔石は無しだ。
結果はクラブの2のトランプもどき。
再複写が出来ることも確認できた。トランプもどきから、札の扱いに昇格だ。
ついでに、5枚分、最低の札を作ってもらう。
さて、少なくとも中位から低位の札は、簡単に手に入ることが分かった。
最も低位のものなら百枚でも作れるし、中位のものもしばらく稼げば何枚も作れるだろう。
逆に、これより高位の札を作るには、一定以上の素材か設備か複製術者か、あるいはその全部が必要になるのだろう。
あまり焦って先のことばかり見ていてもいかんな。
冒険者としては、今日駆け出したばかりなんだからな。
[エプシロン、ありがとうございます]
こんなもんでいいかな、と実費プラスアルファで金を置いておく。エプシロンは、干からびたようになって椅子の背にもたれかかり、かすかに頷いている。
[ヴィタ、もう一軒、付き合ってもらってもいいですか?]
[ツヴァイの国では、手にしたカネをその日に遣いきるという風習があるのですか?]
[いや、次は見るだけですよ。武具工房で、精霊石の相場を知りたいだけです]
結局、ヴィタだけでなくギャンマもついてきた。
もはや怖いもの見たさだろうか?
武具工房は、スクロール工房よりもずっと大規模で、建物も広く、職人もたくさん働いていた。
鍛冶場の光や煙、砥石の音、親方達の怒鳴り声。
エプシロンのところは複写や転写の術を使うだけだったが、武器や防具の製作は、途中のプロセスまでリアルな演出があるらしい。
おっと、ゲーム的な発想だったな。
防具との関係でいうと、俺の変身能力は、魔法でポンっと姿を変えるようなものではない。
バックにそれなりの設定があり、制約もある代わりに、ある程度応用もきくものだ。
この世界のヴァンパイアの本体は、血である。血のような、液体状の生物と言うべきか。
この「血の本体」の外側に、血の一部を変化させて、肉や服のような「殻」を自在に造れる。普段は人型の「殻」を造り、血管のような感じで身体中に液体ボディを行き渡らせることで動かしている。
「殻」の形は自由だから、コウモリでもオオカミでもドラゴンでも形だけなら変身できるし、「殻」を全部血に戻せば、スライムもどきや霧にもなれる。ただ、筋力みたいなステータスは「血の本体」の量に依存するので、「殻」を多くし過ぎると、動きは鈍く力も弱くなる。
LVが上がるにつれて「血の本体」の量は増えていく。俺の場合、今はまだレベルが低いので、子供のサイズでもまだ「殻」の割合が多い。例えば、黒剣抜きで戦闘するなら、もう二回りくらい小さく、オオカミあたりのサイズが一番バランスがいい。
あと、メニューに用意されているコウモリやオオカミなどの定番以外の「殻」は、意識して作り上げた上に自分で細かくコントロールしないといけないので、おそらく不格好で不自然な動きになる。
ちなみに、真祖である俺の「殻」は太陽の光に耐えられるが、それ以外のヴァンパイアの「殻」は太陽の光に耐えられず、崩れる。
「血の本体」は、俺でも陽光で焼かれてしまう。
と、ヴァンパイアの設定としてはこんな感じだ。
荷物や買った防具は、変身出来ないのだ。剣ぐらいなら、抱えて飛んだり背負って走ったりしてしまえるが、かさ張るものは邪魔くさい、と。
作り込んでるなー、と。
こうなると、オンラインマルチではないのかもしれないという気がしている。
ヴァンパイア主人公のオープンワールドってことか。
従僕を殖やして国作ったり、ダンジョン発生させたり。
変にパーティーとか組んでも、人族とじゃ獲得報酬の意味が違いすぎて難しそうだしな。
また思考が浮遊してしまった。
その間に、ギャンマが、工房の人間を連れてきてくれた。
ヴィタ経由で挨拶と事情の説明をしてもらい、精霊石を分けてもらえないか尋ねてみる。
融通してもいいが、高いぞ、と。
それはそうだろう、あのオーガの戦士だって簡単には狩られなかったのだ。同じくらいの小さな石でも、5000Gはするらしい。
使えるスキルが生活魔法レベルだと思うと、滅茶苦茶高価な家電みたいな感じか。
ちょっとだけ、しゃべるけど…
やっぱ、たけーな!
五十万円の消臭機とか、これは、とてもではないが周囲の納得が得られるカネの使い方ではない。
…黙っておこう。
こっそりと、同じくらいのサイズで目新しい色の石を3つ、もう1つ一回り大きいのを譲ってもらって工房を出たのであった。
締めて30000G、一人当たり給料三か月分ってか!